第93話 時翼月乃 vs 少女たちの戦いと不穏な対話の結果

 第二グラウンドの召喚儀式は、室矢むろやカレナの術式を封じた弾丸で壊した。

 如月きさらぎ弥生やよいは急ぎ、次の召喚ポイントへ向かう。


 少女たちは地面を駆け、校舎の壁を走り、屋上の間を飛び跳ねる。

 着物のたもとすそが流れ、空中にその軌跡を描く。


「カレナの弾丸は、すごい効果だね」


 身体強化をした魔法師マギクスに勝るとも劣らぬスピードで移動しながら、弥生がつぶやいた。

 すると、不機嫌そうな如月が言い捨てる。


「長年お守りした私たちを差し置いて、あんな得体が知れない西洋人形と毎日一緒だなんて……」


 呆れた弥生が、如月をたしなめる。


「同じ人形の九十九神つくもがみだよ? あんまり言わないほうが……」


「だからこそ、気に食わないのです!」


 くわっとした顔の如月ににらまれて、弥生は顔を背けた。



 ――― 【6日目 午前中】 第一体育館


 第一体育館では、時翼ときつばさ月乃つきのを隊長とする1年生たち――第一小隊――が、苦戦していた。

 ここが召喚儀式の中心地の1つであることは明白だが、この近辺にも小規模ながら召喚ポイントがいくつか設置されていたからだ。


 もし、この一連の召喚儀式を仕組んだ犯人がいるとしたら、かなり周到な準備。



 ドゴッ


 身体強化した肘打ちで化け物を吹き飛ばした月乃は、その姿勢のまま、周囲の敵をチェック。

 彼女の拳法は不用意に動くのではなく、敵の攻撃にカウンターを合わせる。

 しかし、いくら一撃必殺といえども、無限湧きの敵では相性が悪すぎた。


 第一体育館の中へ入っては、物量で押し返される状態が続く。

 月乃は自分の部隊に炎や氷結の魔法を使ってもらい、アサルトライフル型のバレの射撃で援護してもらうが、焼け石に水。

 動きを止めた化け物たちが壁になってしまい、余計に入りにくくなる悪循環。


 第一体育館を壊してしまえば、第一小隊の全員による集中砲火も可能だが。


「それだと、敵が一気に増殖する恐れがある……」


 誰に話すともなく、愚痴を言う月乃。


 なぜか、化け物たちは体育館を破壊せず、その中の空間に収まっていた。

 うかつに屋根や壁を壊してしまったら、せっかくの状況が崩れてしまう。


 出入口で迎撃しやすいことは、月乃たちにも大きなメリットだ。

 そこを封鎖することで、他の部隊の救援に向かうことや、交替で休むことも可能。


「やっぱり、他の召喚ポイントを潰してから、総力でここを潰すか……。でも、重遠しげとおが来ないと、その潰し込みすらできない! まいったね、どうも」


 後ろで考える月乃は、近づいてきた副官に気づく。


「第一体育館の屋根から中等部らしき女子が2人、突入したって!」


「はあっ!?」


 反射的に第一体育館のほうを向いた月乃は、内部からあふれ出ているまばゆい光を見た。

 満員電車みたいに詰め込まれていた二足歩行のトカゲやらが全て消えたという報告を聞いて、頭を抱える。


「いやいやいや! 何をやったんだよ、一体……。で、その2人の所属は?」


 月乃はヘッドセットのマイクで、当然の質問をする。

 無線からは、応答なしとだけ。




「はい。これで、2つ目ですね?」


 如月が言うと、慣れぬハンドガンの扱いに戸惑う弥生が答える。


「やっぱり、これは操作しにくい。せめて、矢の先につけるやじりにして欲しかった」


 それでも、かろうじて着物のふところのホルスターに仕舞い、上蓋うわぶたをパチンと閉める。



 シャアアアアッ


 風を切り裂く音に遅れて、如月と弥生がその場から飛び退く。


 ドガアッ


 第一体育館のアリーナの床が大きく壊れ、それを上空からの踵落かかとおとしで成した月乃が立ち上がる。

 彼女はインパクトの時に腰を中心に上体を反らして、足を落とす勢いを増していた。


「もう一度だけ、聞くよ! 君たちの所属は!?」


 両膝を曲げて、常に溜めを作りながらも、両手はだらりと下げたまま。

 独特の構えをした月乃は、正体不明の少女2人に詰問した。


「言えません」

「右に同じく……」


 如月と弥生の返答に、月乃は右足を水平に上げた。

 高くなった前足に、身体がスッと釣られる。


 ドンッ


 前方に一直線に伸びた前足が着地した瞬間に、縦拳による突きが繰り出された。

 後足が寄ってきて、完全な姿勢になる。

 最初は左手が前だったが、引き手になり、その反動による右拳に全ての勢いが乗せられていた。


「……外れた?」


 驚愕する月乃。

 間合いを測り損ねたのか、狙った少女はもっと後ろにいた。


 後足で蹴るのではなく、前足の崩しによるノーモーションの飛び込み。

 間合いの外から一瞬で飛び込む、この歩法の怖さは頭の高さがあまり変わらず身体の予備動作がないことによる、予測の難しさだ。

 身体強化をしている月乃が行えば、まさにホバー移動をしているかのように、いきなり目の前に現れる。


 それなのに、必殺の突きは虚しく空を切ったのだ。


 月乃はさり気なく、再び溜めを作りながら、右拳を下げた。

 次の瞬間、横に転がりながら、敵の攻撃を避ける。


 ドンドンッ


 外からの光で輝く刃を見た月乃は、珍しくハンドガンを抜き、相手の動きを止めるために撃った。

 立っている相手が刃物を持っている状態で、格好をつけているわけにはいかない。


 月乃は相手が下がったタイミングで、ハンドガンの銃口を向けながら、立ち上がる。


「武器を捨てて、投降しなよ……。そろそろ、大怪我をしても知らないぜ?」


 まだ余裕がある表情の月乃は、銃口を突きつけた状態で、着物の少女2人に最終通告をした。


 第一体育館の出入口から、月乃の指揮下にある第一小隊が集まってきた。

 それぞれが銃を持っていて、同士討ちを避けるように配置へ。


 ジャキジャキッ


 連携が取れている女子たちは戦闘服で、着物の少女たちに銃口を向けた。

 それと入れ替わるように、月乃はハンドガン型のバレを腰のホルスターに仕舞う。


 ガランガラン ガシャ


 薙刀なぎなた小太刀こだちを握っている少女は、それぞれ武器を床に落とした。




「ふーん……。どうしても所属を言う気はない、と」


 何回聞いても、2人は名前のみ。

 自分の所属を言わない。


 各方面に問い合わせており、槇島まきしま如月、槇島弥生の学籍がないことは、確認済み。

 明らかに、不法侵入者だ。


 月乃にしてみれば、召喚儀式の犯人か、その関係者としか思えない。

 彼女たちが第一体育館の事態を解決したようだが、自作自演という可能性もある。

 周辺の召喚ポイントが軒並み停止したのも、話ができすぎている。



 槇島は、槇島藩の大名だったような?


 そう考える月乃だが、今はどうでもいい。

 早く、この事件について、有益な情報を引き出さなければ……。



 しかし、2人の少女は、無関係なことを言い出す。


「ところで、時翼さんは学年主席ですから、さぞや男子にモテるのでは?」

「興味がある……」


 如月と弥生が、ジッと月乃を見た。


「ああ、それはないない……。時翼さん。いつも振られているものねえ?」

「変に強がっていて、可愛げがないって評価だから」

「この前はあおられた仕返しに、手が出ていたし……」


 思わず真顔の月乃だが、会話を続ければ、それだけ懐柔できるか? と思い直す。


「恋のおまじないを試したら、どうですか?」

「何なら、私たちが持っている本を貸してもいい」


 拘束されたままで座っている如月と弥生が、それとなくフォローする。


 暢気のんきすぎる会話に、月乃は怒りを爆発させた。


「はあっ……。そんなことは、どうでもいいよ……。君たちは、自分の心配をしろ! このまま黙っていれば、陸上防衛軍の部隊に引き渡す!! その場合はスパイやテロリストの扱いで、国際法の適用も、人権もない! 諜報部の手で虫責めや切り刻み、薬物漬けといったおぞましい拷問も、平気で行われるんだ!! 仮に君たちが無関係であろうとも、この騒ぎの犯人として都合よく処理される可能性が高い……。頼むから、所属と身元保証人を言ってくれ! ボクも、できるだけ擁護するから!!」


 大声で怒鳴り散らした月乃に、周囲で騒いでいた女子が黙り込んだ。



「……あなたは、良い人ですね」

「きっと、良縁がある」


 緊張した空気の中、如月と弥生がシミジミとつぶやいた。


 ダンッ


 2人の少女は椅子に座った姿勢のまま、両足を地面に叩きつけ、その反動で飛び上がる。

 月乃はすかさずハンドガンで狙いをつけて撃つも、空中で不自然に姿勢が変わったことでかわされた。

 両手、両足を縛っていたはずだが、どちらも切られた拘束具が床に転がっている。


 遅れて、周囲の女子も銃を構えるが、少女たちは身体をワイヤーで引っ張られているかのように、地面スレスレを滑っていく。


 いきなり急上昇して、月乃たち第一小隊の視界から消えた。



 1人の女子が混乱したまま、ぼそりと呟く。


「な、何、アレ? やっぱり、化け物の一種だったの!?」


 もはや、そうとしか考えられない空中機動だった。


 小隊長の月乃は、周囲を見る。


 さっきのわずかな時間で、机の上のハンドガン入りのホルスターが2つ、なくなっていた。

 如月と弥生を武装解除した時に、取り上げたものだ。

 あれば助かるが、1秒を争う極限状況で、わざわざ回収していくとは……。


「さっきのハンドガン、中身は調べた?」


 月乃が尋ねるも、その相手は、武装解除しただけ、と返した。



「あれ? さっきの2人が持っていた薙刀と小太刀もない……」


 他の女子の声を聞いて、月乃は顔を向けた。


「さっきまでは、あったのかい?」


「うん。それは、間違いないよ!」


 腕を組んだ月乃は、指でトントンと叩きながら、考える。


 ハンドガン入りのホルスターはともかく、あんな物まで同時に回収できるのか?

 一瞬で空中を飛んで消えた時に、それを持っている様子はなかったと思うが……。


 今は、指示を出すことが先決だ。


「第一小隊は、第一種戦闘配置のままで待機! このエリアを安全なまま、維持せよ! 今のうちに、交替で休憩しておいてね?」

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