第92話 武芸十八般を尊ぶ槇島藩の少女たち(後編)

 ――― 【6日目 午前中】 第二グラウンド


 今では人形姫とも言われている、千陣せんじん夕花梨ゆかり

 ある日、大名ゆかりの日本人形たちの九十九神つくもがみがいると聞いて、彼女たちを引き取った。


 式神となった如月きさらぎは、その長い髪をなびかせつつ、敵の戦列を崩そうと試みていた。

 夕花梨の琥珀こはく色のように明るい、パープルに輝く瞳。

 

 薙刀なぎなたを握る手は柔らかく、ヒットする瞬間のみ、手の内が締まる。

 身体の全体の動き、さらに薙刀そのものの重心の移動、それらが全て防御であり、攻撃だ。


 これは、武器ではない。

 自分の一部。


 姫さまを愚弄する者、敵となる者、その全てを薙ぎ払う。

 霊力と長年の武技が合わさった攻撃は、いともたやすく、敵をほふり、吹き飛ばした。


 戦場の主兵装として、多くの敵を薙ぎ倒していた頃を彷彿ほうふつとさせる剛力だ。

 槍と違い、切りつける動作のため、いかに相手との間合いを保てるのかが薙刀のポイント。


 如月はヒュンヒュンと薙刀を動かしつつも、全体を見た。


「校長の協力を得られたものの、やはり厳しいですね」


 昨日のブリーフィングルームで室矢むろや重遠しげとおに会っていた1人である如月は、愚痴をこぼした。


 如月は京都で千陣家の屋敷にいる夕花梨に命じられ、ベルス女学校の中等部に潜伏。

 ここは他流のため、夕花梨の独断だ。


 たまたま校長と利害が一致しただけに過ぎず、交流会5日目の朝に行われた校長室の密会でも、微妙な距離感の会話。


 ――このまま、警戒を続けてください。……室矢くんと合流するのは、本格的な戦闘が始まってからでお願いしますね?


 ――はい、校長先生。ただし、私たちは事態の解決を優先しますので、人員を含めた被害については何卒ご容赦くださいませ。


 私たちは、あなた達にどのような被害が出るのか? を考慮しません。


 そう断言した如月に、校長は顔をしかめたものの、言い返さなかった。


 如月としても本意ではなかったが、ここに召喚儀式を仕組んだ犯人が交じっているのだ。

 たとえ無関係でも、敵対行動をしてきたら、排除せざるを得ない。




弥生やよい、早くしなさい。これ以上、時間を浪費できません。重遠さまの支援に向かわないと!』


 如月がテレパシーを飛ばすも、弥生は言い返す。


『そっちも分かっているでしょ? 儀式の中央までの道を切り開くのに――』

『いいから! 数を増やして、射なさい!!』


 ヒステリックな如月の声が、弥生の頭に響いた。


 離れた校舎の屋上で胴づくりに入っている弥生は、いつもの飄々ひょうひょうとした無表情を崩しつつも、ため息を吐きたい気持ちを必死に堪えた。


 その両手には和弓とそれにつがえた矢が握られていて、いつでも斜面打ち起こしから離れまで、持っていける。

 ここで息を吐いたら、せっかくの集中が崩れてしまう。


 弥生の少女らしい短めの髪が風によって動く中、その水色の瞳がサーチする。



 夕花梨の式神の恐ろしさは、10体よりも多くいることだけではない。


 彼女たちは相互に情報を共有する、1つのネットワークだ。

 一糸乱れぬコンビネーションは、日本人形の九十九神ながらも、格上のあやかしを倒す。


 弥生は、以前に秋葉あきばの街で重遠をラブホに連れ込もうとしていた睦月むつきがいてくれれば、おとり役にできたのにと思う。


 如月と弥生は、重遠がコラボ企画のカフェでJCに囲まれ、友人たちとオタクショップを巡っている時にも、陰ながら護衛していたのだ。


 商業ビルの屋上からベッドイン直前の2人を威嚇した如月と弥生は、帰宅後に睦月を吊るし上げた。

 反省はしているけど、後悔はしていない。せっかく良い雰囲気だったのに! とほざいた睦月は、しばらくサンドバッグに。


 南乃みなみの詩央里しおりの近辺を空白地帯にするのもマズいと考えて、睦月だけ残した次第。


 他の夕花梨シリーズを呼べば、千陣せんじん家にバレてしまう。



『……如月』


『何?』


 弥生がテレパシーで話しかけると、如月が面倒そうに返事をした。


『そこの部隊が、如月の支援に入っている。第二グラウンドの中央まで行けそうだから、吶喊とっかんして! 如月を狙っている奴がいたら、周囲にいる部隊を含めて、そいつを攻撃する』


『分かったわ……。援護をよろしく、弥生』



 弥生がいつでも矢を飛ばせる状態で待機していたら、如月の周りにいる魔法師マギクスたちが、彼女の進路を切り開いた。


 アサルトライフルのバレによる支援射撃を受けた如月は、その足に霊力を込めて弾丸のように飛び出し、舞うように薙刀を回転させながら、第二グラウンドの中央へ進む。


 どうやら指揮官が如月に協力する気になったようで、彼女の前方が一時的に空いた。

 それでも妨害に入る化け物は、その薙刀で切り飛ばして、強制的にどかす。



 第二グラウンドの中央に辿り着いた如月は、四方八方を囲まれていた。

 周囲から見たら、ただの自殺行為。


 神子戸みことたまきを隊長とする第二小隊は、どうすることもできず、群がる化け物に埋もれていく少女を見守るのみ。


 だが、もう勝負はついている。


 如月は、薙刀の先を地面に突き刺した。

 おもむろに着物のふところに右手を入れ、すっと、一丁のハンドガンを取り出す。


 和服に似合わぬ、セミ・オートマチックの上にあるスライドを引き、シャコッと初弾を装填した。

 銃口を地面に向けて、躊躇ためらわず、トリガーを引く。


 パンッ


 その瞬間、旧校舎の時と同じような光があふれる。


 まぶしい光がようやく収まった時には、如月と名乗った着物の少女も、近くの校舎の屋上にいた弥生も、どこかへ消え失せていた。




「ぐっ……。な……。いや、今は呆けている場合じゃない!」


 いち早く我に返ったのは、2年主席の環だった。


 40人以上が在籍している学年の代表として、そのまま第二小隊の隊長だ。

 その責任の重さが、彼女を正気にさせた。


 ザッ

「小隊長の環だ! 第二小隊の総員に告げる! 各分隊長は、状況の確認を始めろ! 機甲部隊は後ろに下げて、乗員を休ませるように!! 以上」


 環は、近くにいる第三分隊のリーダーに声をかけた後で、司令部に戻る。



「いやはや、訳が分からないね、こりゃ……。お帰り、タマちゃん!」


 臨時の司令部では、マイペースな副官が首をかしげていた。


 環はその場で立ったまま、携帯糧食をかじり、ドリンクを飲む。

 合間に、外される装甲の内部フレームから倒れ込むパイロットたちを見ていた。


 どの女子もグッタリしたままで、緊張が途切れたせいか、気絶している。

 介助をしていた女子たちに抱えられ、担架で運ばれた。


「彼女たちの容体は?」


 環の質問に、副官が返事をする。


「薬物投与の寸前だったよ! 実戦は、1時間もたたずに決着がつくのだね……」


 マギクスの装甲服には、パイロットを強制的に覚醒させるシステムもある。

 負担は大きいが、意識を失ったり、正常な判断ができなくなったりして、敵に殺されるよりは、賢い選択だ。


 ふと気づいた環は、副官に確認する。


「状況は?」


「敵影なし! うちの行方不明者もいないから、いったん警戒レベルを下げたら? ゲームみたいに、一定時間でまた湧いてくるかも?」


 うなずいた環は、各分隊長の判断で休憩を取るように、指示を出した。


 副官が思い出したように、環に告げる。


「そうそう……。如月ちゃんだけど、一瞬で空を飛んでいったらしいよ?」


「本当かい? 飛行魔法……じゃなくて、フックやアンカー付きのワイヤーでもあったのかな?」


 環の独白に、副官は同意する。


「目撃者の話では『引っ張られていった』とあるから、そうだね……。中等部に確認を取る? それとも、捕縛のために、追跡者を出す?」


 首を横に振った環は、それは後でいいと、言い返した。


「他の部隊がどうなっているのかが、気になる……。如月という女子が敵とは思えないから、下手に掣肘せいちゅうしないほうがいいよ。僕たちは体勢を立て直しつつ、他への支援を行う!」




 建物の屋上を伝い、大きなジャンプを交えながら走っている少女たちは、移動しながら、会話をする。


「如月。次は、どこへ?」


「重遠さまが3年エリアにいるので、私たちは1年エリアへ向かいますよ!」


 弥生と如月は、カジュアル着物と雪駄せったの服装でありながらも、忍者のように動く。

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