第94話 明らかになる召喚儀式の実行犯とその対決の行方

 キンッ ゴオオオオオオオオオォッ


 炎がその周囲に、一瞬で広がっていく。


 ナパーム弾を思わせる業火は、女子たちに近づいていた異形の群れを一掃する。

 しかしながら、気管に吸い込むだけで命に関わるであろう熱と炎は、一定ラインを越えない。


 それを成した脇宮わきみや杏奈あんなは、最前線で突出したまま、すっくと立つ。

 堂々たる姿は、ベルス女学校の高等部3年の主席にふさわしい。



「第一分隊は前に出て、敵のエリアを削れ! 第二分隊はその場から動かず、第一分隊の援護! 第三分隊はいったん下がって、補給と小休止!」


 高等部3年をそのまま部隊にした第三小隊の副官が、小隊長である杏奈の代わりに、指示を飛ばした。


 この決戦でもマイペースな杏奈は、くるりと後ろを向き、自分の副官に告げる。


「私は、このまま突っ込む……」


 ぼそりと告げた後に、杏奈の姿は掻き消えた。


 いつものことで、副官は慌てずに、指揮を続ける。


 敵は多いものの、杏奈がまとめて焼却しているおかげで、こちらが優勢だ。

 私たちの学年主席が攪乱かくらんすれば、敵はその対処に追われるだろう。



 ――― 【6日目 午後】 3年エリアの校舎 廊下


「敵の本命は、ここか……」


 俺がつぶやくと、傍にいる咲良さくらマルグリットが同意する。


「そうね……。重遠しげとおは、敵が守っている中心地を目指すの?」


 いつもの戦闘服に軍用ヘルメットなどの一式を身に着けたマルグリットが、改めて確認してきた。

 彼女はアサルトライフルや、ナイフ型のバレも装備しており、完全武装だ。


 廊下の角で壁を背にしながら、目的地である3年の校舎の屋上までの道のりを頭に思い浮かべる。


 3年の部隊、つまり第三小隊が敵を引きつけている間に、別の侵入口から静かに上っていく段取り。


 あの学年主席の火力は凄まじく、物量で押してくる眷属けんぞくたちを文字通りに一蹴していた。

 まるで、爆撃だ。


 3年主席の脇宮杏奈。

 『レッド・カーペット(赤の絨毯じゅうたん)』の二つ名は、まさに、その通りというわけか……。



「ああ! ここは、他よりも屋上が広いから……」


 俺はマルグリットに答えながら、前方の様子をうかがった。


 今回は、彼女が前衛で、アサルトライフルを構えている。


 それに対し、後ろの俺は両手をフリーにしていた。

 左右の腰にハンドガンがあるものの、彼女を誤射しないよう、ホルスターに収められたまま。

 どちらの拳銃も、初弾を装填済みだ。


 ヘッドセットから聞こえてくる無線によれば、1年と2年の部隊は召喚ポイントを潰したようだ。


 まだ混乱しているが、じきに増援で駆けつけてくるだろう。



「いいか、メグ? このまま、敵に気づかれないよう、屋上まで――」

 バリンッ ジャラジャラジャラ


 外の窓ガラスがいきなり割れて、2つの人影が飛び込んできた。

 すかさず、マルグリットが銃口を向ける。


 俺は片手でさえぎり、彼女を制した。


「重遠さま! 1年と2年のエリアは、問題ありませんでした」

「たぶん、大丈夫……」


 如月きさらぎ弥生やよいはカジュアル着物のまま、結論を言ってきた。


 俺はうなずき、手の平を外側へ動かす。


 千陣せんじん夕花梨ゆかりの式神である2人は、即座に窓の外へ身をひるがえし、上からワイヤーで吊られているように空中を飛んでいった。



 夕花梨の影響を受けた彼女たちは、色々なアニメを見ている。

 その結果、露出が多い衣装をまとった戦闘系ヒロインのように、自在に空中機動をするまでに至った。

 能力によって木や建物に頑丈な糸を次々に伸ばし、自前でワイヤーアクションを行っている。


 気分が乗るとアカペラで、オープニングも歌い出す。

 それも、合唱になるように。


 あ! 

 遠くから、2人の歌声が聞こえてきた!



 彼女たちは、大名の姫さまが持っていた日本人形。

 由緒正しいことから、やくが集まる人形でありながらも大切に保管され、現代まで生き残った。

 九十九神つくもがみとして、千陣家のお姫さまである夕花梨に引き取られたのだ。


 夕花梨の希望とアニメの影響によって、彼女たちは立派なアニメ顔に!

 まさにドーリー系で、その日の朝には千陣家の面々が大騒ぎになったとか、ならないとか……。


 彼女たちが外を出歩いたら、コスプレイヤーと間違われる。

 無断で撮影されることが相次ぎ、しばらくは千陣家の担当者が難儀した。


 お気に入りのアニメで、可愛い魔法少女が敵を倒すと、大盛り上がり。

 別のアニメでも、敵を切り裂き、血がほとばしり、その中身をぶちまけるシーンでは、彼女たちはキャッキャッと喜ぶ。


 懐かしいですね、あの時は大変だった、この斬り方だと刀が折れると口々に感想を言うのは、戦国時代を思い出しているのだろうか?


 しかし、好きなことは? と聞いた時に、大将首を取ることです! と真顔で答えるのは、やめて欲しい。


 ちなみに、あるじが危険に陥った時には? と聞いたら、辺りを火の海にしてでも、一矢報いっしむくいます! とも言っていた。


 笑顔で……。



「あの2人、昨日のブリーフィングルームにいたわよね? 重遠の部下なの?」


 銃口を下げていたマルグリットが、再び進行方向を警戒しながら、質問してきた。


 手短に、説明する。


「そうだ……。あいつらは勝手に動くから、心配する必要はない」


 分かった、と返事をしたマルグリットは、すぐに移動を開始する。


 派手に音を立てたので、早く移動しないと、敵に囲まれるだろう。



 俺たちの視界に、また人影が入ってきた。


 シュバッ


「……ここにいたの」


 3年主席の脇宮杏奈が、話しかけてきた。

 身体強化による高速移動で、やってきたようだ。


 相手を確認したマルグリットが、すぐに銃口を下げる。


 俺は、まるで恋人を見るような表情の杏奈に、向き合った。


「脇宮先輩は、前線で敵を掃討するべきでは?」


「……もう大丈夫だから。あなたの顔を見に来たの」


 はにかむ杏奈を見ながら、俺は密かに準備を始めた。


 最終工程の解放、対象の選定。



 他の召喚ポイントを回っていた如月たちは、言っていた。

 、と……。


 ならば、この召喚儀式を引き起こしている実行犯は、残りの3年の中にいる。


 目の前にいる学年主席の脇宮杏奈が、関わっていないはずがない。

 だから、ここで彼女を殺す。



 俺が千陣家にいた時の師匠から教えられたのは、だ。

 師匠は、日本の歴史で死してなお人々を呪い殺したとされて、有名な遺跡もある、その一族。


 まだ弱かった俺のために、本来なら自分にも返ってくる呪いを代わりに引き受けてくれるという、破格の待遇。

 つまり、俺はノーリスクで、強力な呪殺を使える。


 交流会の初日から、俺は全てをターゲットにするべく、呪殺の準備を進めていた。

 最悪、疑わしい人間をまとめて、50人、100人でも始末する予定だったのだ。

 それでも、世界が滅ぶか、ベル女の敷地ごと消し飛ばすよりは、少ない被害になる。


 ところが、夕花梨の式神である如月と弥生が来てくれたおかげで、大きな余裕を作れた。

 如月たちとは深い繋がりがあるため、偽者という心配はいらない。


 今日の決戦では、正体不明の犯人を警戒して動きにくい俺の代わりに、1年と2年の様子を探りつつ、敵の出現ポイントを潰してくれた。

 まさに、露払いをしてくれたわけだ。



 考えてみれば、杏奈の態度には、どこか違和感があった。

 俺ではなく、別の誰かを見ているような……。



「どうしたの?」


 杏奈の柔らかな声を聞きながら、最後のトリガーを引こうとする。


「私ね? ようやく、あなたに会えたの……」


 大勢を守るためだ。


「まだ、思い出してくれないようだけど……。許してあげる! もうすぐ、全てが上手くいって、あなたとの生活が始まるのだから」


 たった1人を殺すことで、全てが解決するんだ。

 後手に回れば、救える人間を見捨ててしまう。


 これから自分がどうなるのか? を知らない杏奈の顔を見た。

 長年待ち続けた末の、望みがかなったような、無邪気な笑顔……。


 師匠からは、殺す相手の目を見るな、と言われている。

 それにもかかわらず、杏奈の目を見据えた。


 ここが戦場であることを忘れてしまうほど、穏やかだ。

 周辺には化け物がおらず、校舎の外から砲撃や魔法による音が、散発的に聞こえてくる。



 お前は、無関係かもしれない。

 だが、実行犯であった場合に、お前を相手にして倒すことは無理だ。

 ゆえに、先手を打つ。


 この事件は、必ず解決する。

 約束だ。


 お前のことは、決して忘れない。

 だから…………。



 安心して…………。



 死んでくれ。



 ガシッ


 自分の右腕が掴まれた感触で、杏奈から視線を外した。


 マルグリットが、俺の腕を握っている。


「行ってちょうだい、重遠! ここは、私が引き受けるわ……」


 うつむいたまま、搾り出すような声で、マルグリットは呟いた。


「しかし、メグ。俺のほうが――」

「いいから!! 早く行って!!」


 腕を強く握られる痛みと、思わぬ大声、さらにマルグリットの剣幕に押されて、その場を後にする。


 俺が霊力を込めて加速する中、杏奈はマルグリットを見たまま、動かない。


 トップスピードに乗って、杏奈の横を通過する。



 一連の動きで発生した風によりなびいた彼女の長い茶髪の一部だけが、わずかに俺を引き留めた。


 それ以上の観察はできず、目的地である校舎の屋上をひたすらに目指す。

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