第90話 人類とベルス女学校の命運がかかった決戦前夜

 ――― 【5日目 夕食】 管理エリア 士官食堂 個室


 俺はしゃべりながら、自分の考えをまとめていく。


「他に同じような仕込みがしてあると仮定すれば、それは体育館、屋上、グラウンドといった広い場所です。屋内外のどちらが狙われやすいのかは、何とも言えませんが……」


 不安げな顔の神子戸みことたまきが、自分の考えを述べる。


「なるほど。それが、あの化け物たちを召喚する条件というわけか……。分かった。それを鵜呑うのみにはしないが、部隊を配置する参考になったよ! 貴重な意見をありがとう」


 お礼を言う環だが、俺の顔を見たままだ。


「指揮官として、恥ずかしい話だが……。旧校舎で、君が召喚儀式を消し飛ばした方法を教えて欲しい! ことはすでに、高等部だけの問題では収まらなくなっている。対価が必要だと言うのなら、僕たちが連名で校長先生や理事長に要求する準備もある。頼むよ」


 頭を下げる環。


 それを見た俺は、口を開く。


「大変申し訳ありませんが、俺の返事はさっきと同じです。代わりと言っては何ですが、明日以降で今日のような敵が湧いたら、また中心地へ突入します」


 悲しそうな顔をした環だが、俺を責める様子はない。


「そうか……。すまない。そこまで言わせてしまって」


 言葉に詰まった環が黙り込み、その代わりに時翼ときつばさ月乃つきのが話し出す。


重遠しげとおに教えてもらえても、準備が間に合わないんじゃないかなあ? 魔術はよく知らないけれど、これだけの異常を打ち消しているわけだし。それなりに、触媒だかを用意しなければいけないはずだ……。重遠が言うには、この交流会の最終日、つまり明日、明後日が期限だろ? だったら、ボクたちの手札で勝負をするしかないよ!」


 月乃が話し終わった時点で、環が幹事の役割に戻る。


「まったく、その通りだ! 妹に言われているようじゃ、僕もまだまだか……。明日の配置についてだが、奇をてらわずに正攻法でいく! 僕たち3人の学年主席がそれぞれ小隊長として、室矢くんに指摘された広い場所を見張る。対応しやすいという意味で各学年のエリアを中心にしつつも、その範囲が重なるように拡大。手が空いている場合でも、時間差で化け物が湧いてくる可能性があるため、持ち場から離れないように! それで、室矢むろやくんだが……」


 環が説明を止めて、こちらを見た。


 そこから先は、俺が言おう。

 この戦いで死ぬか、再起不能の重傷を負うかもしれないのだから。


「遊撃隊として動きます! 神子戸先輩たち3人のエリアで同時に湧いた場合には、最寄りのポイント、または、最も激しい戦闘になっているポイントを優先する予定です」


 俺の宣言に、環が目を合わせたまま、うなずいた。

 他の女子たちも、真剣な顔つき。


 環は、この会食を締めくくる台詞に。


「いいかい、みんな? 部外者の室矢くんが、僕たちのために命を懸けてくれるんだ。彼に負担をかけないよう、最善を尽くそう! 明日がどれだけの長丁場になるか不明だから、今日は早く休んでくれ。また同じ顔触れで、今度は祝杯を挙げられることを願っているよ。では、解散!」




 彼女たちに有効な手段を与えない以上、俺は連戦を強いられる。

 しかし、この学年主席の3人、それに近い位置の人間に、この召喚儀式を仕組んだ犯人がいるのだ。


 さあ、俺はえさいたぞ?


 ここからは、お前と俺のどちらが上なのかを決める勝負だ。

 仮に、あの学年主席3人と妹たちが敵であろうとも、咲良さくらマルグリットが敵に回ろうとも、必ずこの召喚儀式を潰す。



 俺は、名探偵じゃない。

 容疑者を絞り込んで、舞台が整ったのだから、あとは邪魔をしてくる犯人、いや容疑者を全て沈黙させればいいだけだ。


 ここまで自分の手の内を隠せたのは、運が良かった。

 今回の犯人が俺の情報を集めていても、せいぜい異界になっていた洋館のことぐらい。

 千陣せんじん流の戦い方は式神の使役で、本人の戦闘力は自衛ができる程度だ。


 俺は、自分の式神を連れてきていない。

 なぜなら、明確な敵対行動と見なされるからだ。



 俺は、弱い。

 今日の旧校舎の戦闘を見ても、そう思える。

 マルグリットにも、特殊な弾丸を使ったと説明。


 明日は切り札を使い、その油断した状態のまま、

 俺は初めて、よく見知った人を殺めるだろう。


 学年主席たちの実力は、本物だ。

 彼女たちの魔法や物量で先手を打たれたら、俺の勝ち目は消える。

 この中に犯人がいると考えたら、手加減は無理だ。




「ええかー、重遠」


 可愛らしい女の子の声。


「あんたは弱い。簡単に死ぬ! 今のウチどころか、桜帆さほすいが手を抜いても……。霊力がないことは、それぐらいのハンデになるんやで?」


 女子の声は、同じ口調で話を続ける。


「だから、これは覚えていきなー! ウチがしてやれて、無能のあんたでも使える、数少ない切り札の1つや……。何しろ、本家本元やー! 歴史的にも、ポンポン犠牲者が出ているわ。他とは、ちょっと威力が違うでー?」


 俺が覚えている少女は、いつものノホホンとした表情と声、ゆるい関西弁のまま、その目つきを変えた。


「ええか? やられる前に、やれ! さもなかったら、自分と大事な人間の両方が死ぬで? 重遠だって、詩央里しおりが死んだら悲しいやろ? あんたが死んでも、おそらく詩央里は後を追う」


 必要になったら、絶対に躊躇ためらうな!


 そう言った師匠は、悲しげに天を仰いだ。




 千陣家にいた頃より、格段に霊力が上がっている。

 でも、今回の召喚儀式は、そういうレベルの話じゃない。


 より多くを救うために、俺は自分でそのトリガーを引く。

 すでに、仕込みは終わっている。

 この5日間、ずっと女の尻を追いかけていたわけじゃない。


 明日、俺はいったい、何人を殺すのだろうか?



 もう1つの問題は、召喚儀式の本命である『星空をたゆたう存在』を出さないこと。

 深海魚の姿をした化け物は、人間でいう常在菌のたぐいに過ぎず、攻撃的な白血球ですらない。


 彼女たちには、言えなかった。

 相手にしていたのは、奴の眷属けんぞくといっても、ミジンコみたいなものですよ、とは……。


 奴らは、俺たちに敵意を持つどころか、こちらを認識すらしていない。

 本当の意味で連中がやってきたら、もはや絶望するのみ。



 ――― 【5日目 夜】 ゲストハウス 個室


 ブリーフィングルームで報告が済んだから、校長との会合はすぐに終わった。


 旧校舎の召喚儀式を、たった2人で潰したんだ。

 これで文句を言うのならば、その場で張り倒していた。



 ゲストハウスの個室。

 俺と咲良マルグリットは、それぞれ、装備の点検を行っている。


 カチャカチャ ゴシゴシ


「ねえ、重遠……」


 広げたボロ布の上で分解したPDWピーディーダブリュー(パーソナル・ディフェンス・ウェポン)の煤取すすとりや、ハンドガンの分解整備をしている。


 撃ちまくったPDWの銃身には火薬のガスによるさび、それに銃弾が通過した際のカスなどが付いているからだ。

 この手入れを怠ると、まず銃弾が素直に飛ばなくなって、次に銃身の中で爆発して自分が吹っ飛ぶ。


 ブラシを付けたクリーニングロッドを通す掃除で、汚れを除去。

 取り外したバレルの内側を覗き込んでいた状態から、マルグリットに顔を向ける。


「いよいよ、明日なのね……」


 マルグリットは、不安なようだ。


 彼女の話を聞きながら、ガンオイルと銃身の中に突っ込むウェスを用意。

 少しでも安心させるべく、声をかける。


「そうだな……。メグも一緒に来てもらうぞ? ただし、状況によっては、俺だけ召喚儀式のコアへ先行する」


 頷いたマルグリットは、俺がこれまで見ていなかったアサルトライフル型、ナイフ型のバレを触った。

 思い詰めた顔で、口を開く。


「明日は、私が敵の足止めに徹するわ。でも、これだけは約束してちょうだい。私が追いつかなくても、決して振り返らないで!」


 その言葉に、外していた上部のスライドを下のフレームに噛み合わせていた手を止めた。


 マルグリットは、俺に寄りかかってきた。


「私は、もう準備を終えるわ。あなたも終わるようなら、寝ましょう。明日は、きっと忙しくなるから……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る