第89話 この期に及んで新しい謎を増やすのは止めてくれ

 ――― 【5日目 午後】 管理エリア ブリーフィングルーム


「この深海魚みたいな連中は、どういう生物ですか?」


 別の女子の質問に、言葉を選ぶ。


『おそらく別の世界、あるいは別の次元にいる生物です。えーと、この体育館の映像を見てもらうと分かるように……』


 助手の咲良さくらマルグリットが、宇宙のような体育館の映像を出す。

 暗い場所に大小の魚介類が泳いでいて、何も知らなければ、深海を撮影した画像としか思えない。


『どうして深海魚の姿であるのかは、俺にも不明です! 1つ言えるのは、この空間がそのまま異次元に通じていたことだけ……。その接点を壊しました』


 俺の説明にうなずいた女子は、質問を付け加える。


「この本波ほんなみそらさんと、数名の女子の擬態は、やはり化け物に血を吸われたことが原因ですか?」


 光点のある暗闇で泳ぐ女の裸が正面のモニターに映っていて、何とも気まずい。

 ファーストコンタクトもそうだが、全て丸見え。

 事態を正しく把握するために、モザイクはかけていない。


 ガワだけ真似しているのとまで再現しているのでは、全く状況が異なるから。

 それでなくても、男は俺しかいないが……。


 できるだけ平然としたまま、答える。


『そう思います。ただし、根拠はありません』


「最後まで答えていただき、感謝します」


 頭を下げた女子は、お礼を言った後に着席した。


 ガタッ


「あー、2年主席の神子戸みことだ! 今の室矢むろやくんの説明に、補足をしたい。化け物に血を吸われた女子と擬態の形は、現時点で一致している! 吸血などの被害が出た場合は、必ず僕たちに報告をしてくれ! 以上」



 元いた席に戻ると、校長が中央に陣取った。


『この中には、現状に詳しい室矢くんを疑っている者もいるでしょう? しかし、その可能性は一切ありません! なぜなら、室矢くんはこの交流会で初めて当校の敷地に足を踏み入れ、その行動はトイレの中に至るまで監視していたからです。……監視についてはセキュリティの問題で、他の男子も同じ扱いになっています。くれぐれも誤解なきよう、お願いしますね?』


 校長の発言で、俺に厳しい視線を送っていた女子の大半が態度を軟化させた。

 そりゃまあ、疑われるよな?


 ガタッ


「3年主席の脇宮わきみやよ! 室矢くんを疑う者がいるのなら、私に言いなさい……。きちんと、納得させてあげるわ」


 周囲を見回しながら、また座る脇宮わきみや杏奈あんな


 ブリーフィングルームは文字通りに、静まり返った。




 ブリーフィングが終わり、それぞれが部屋を出て行く。

 俺は椅子に座ったまま、精神的な疲労にグッタリとしていた。


「なかなか、威厳のある説明だったよ……。室矢くん! 良かったら、ウチの主席補佐かクラス委員長でもやらないか?」


 揶揄からかうような口調に顔を上げたら、2年主席の神子戸みことたまきが笑っていた。

 その周囲には、見知った顔ぶれ。


 環は、俺の顔を見ながら、話しかけてきた。


「疲れているところ悪いけど、これから一緒に、食事でもどうだい? 僕たち主席で意見交換をするから、できれば君たちも……」


 気が乗らない場合は、別にいいけど。


 そういうニュアンスをにじませながら、環は提案してきた。


 時間的に、もう夕飯か。

 いったい何時間、旧校舎の説明を行ったのやら……。


「ぜひ、お願いします! メグは、どうする?」


 俺の横に座っているマルグリットは、首を縦に振った。

 彼女も疲れた様子だが、主席と話せる機会は貴重と考えたようだ。




重遠しげとおさま、お久しぶりでございます」

「久しぶり……」


 出ようとしたタイミングで、いきなり話しかけられた。

 その相手を見て、非常に驚く。


「お前ら……。来ていたのか?」


「はい」

「本当は、もっと戦力が欲しかった……。もう1人のバカは、お留守番」


 2人の顔を見た。

 そのうちの片方が、話しかけてくる。


「重遠さま。今宵は、私たちにお任せを……」


 ホッとした俺は、その相手に返事をする。


「任せた! 俺たちは、明日の朝からだんうらだ」


 自然に下ろした両手が膝頭に達するまで深い礼をした2人の少女は、吸う息で身体を曲げ、吐く息で留まり、吸う息で身体を戻す、礼三息を守っている。


 ウェーブのかかった長い髪の少女が上品な笑みを浮かべながら、その可愛らしい口を開く。


「では、明日の私たちは露払いに回ります。重遠さまは大将首のことだけ、お考えくださいませ……。どうか、ご武運を」


 2人の少女は、優雅に別れの挨拶を行い、その場を立ち去った。



 呆気あっけに取られていたマルグリットが、また女の子を引っかけたの? と言いたそうな剣幕で、話しかけてくる。


「ちょっと、重遠! いい加減に、中等部ぐらいの女子に粉をかけるの……は?」


 怒っているマルグリットは、俺の様子に戸惑い、その叱責を途中でやめた。


「あ、あの? 重遠? だ、大丈夫?」


 よし。

 よしよしよし……。


 これは、嬉しい誤算だ。

 明日の決戦で、俺の選択肢が一気に増えた。


 今日は主席たちとのディナーを行い、後はゲストハウスで明日の準備に専念しよう。



 ――― 【5日目 夕食】 管理エリア 士官食堂 個室


 管理エリアの士官食堂に移動した俺たちは、すぐに食事の用意をされた。


 士官食堂とは、文字通りに士官のみ、例えば防衛軍の少尉より上の階級だけが入れる施設だ。

 ベルス女学校の学年主席は『中尉』待遇のため、こうやって立ち入れる。


 士官は忙しいから、食事のタイミングで打ち合わせをすることが多い。

 場合によっては、他国のVIPを招き、簡易的な外交の場にもなる。


 ここは士官食堂と言っても、特別にお金を払って利用する場所。

 俺と咲良マルグリットのぶんは、1年主席の時翼ときつばさ月乃つきのが払ってくれた。



 白いテーブルクロスがかけられた長机の上には、高価な食器に盛られた料理の数々と、きちんと並べられたカトラリーが輝く。

 専属のコックがいるようで、手の込んでいるメニューだ。


 階級による絶対的な上下関係だからこそ、気遣いは大事。

 2年主席の神子戸環が代表して、給仕をしてくれた当番兵にお礼を言う。


「ありがとう。助かったよ!」


 それぞれに準備を終えた当番兵は、浅いお辞儀をした後に、退出した。

 各学年の主席とその妹は、静かに待つ。


 環が、グラスを手に取った。

 それにならい、他の者も自分のグラスを持つ。


 この食事会の幹事である環は、口上を述べる。


「忙しい中で集まってくれたことに、心から感謝するよ! 特に、臨時の風紀委員の室矢くんと咲良さんは、お疲れ様……。明日も忙しいだろうから、せめて今ぐらいは楽しく歓談しよう。乾杯!」


 その言葉が終わった後に、各自が高く掲げていたグラスを口に運び、夕食が始まった。


 環が必要事項を言うため、声をかける。


「楽しい歓談と言ったばかりで申し訳ないが、この場で伝えておかなければならないことが一件ある……。例の旧校舎で、1人の女子のが見つかった! 幸いと言うのははばかられるが、僕たちの管轄ではない。というのも、すでにミイラ化していて、識別章から身元が判明しているからだ! データベースで該当者はいたけど、念のために本人かどうかを確認中……。この敷地内の話だから、まず本人だろう」


 トイレの中まで監視されている敷地内で、行方不明者か。

 妙な話だ……。


「神子戸先輩。その女子は、どこで見つかったんですか?」


 俺が質問すると、環は頷いた。


「問題はそこだよ、室矢くん! 発見された場所は、旧校舎で不自然な壁を壊した先のスペースだ……。その傳崎でんさきのぞみという女子は、行方不明の時に中等部。どうやら、自分で自分を外へ出られないように、閉じ込めたらしい。しかも、彼女は内側から壁をきむしるような体勢で、倒れていた……。誰かに脅されていたか、められた? という疑惑を消しきれないのさ! 頻繁ひんぱんにカウンセリングを受けていて、悩みはあったようだが……。いずれにせよ、優先順位が低い話だから、後回しだ」


 正直、全く意味が分からない。

 自殺するにしても、そんな遠回りで、手間のかかる方法を選ぶ意味が……ん?


「それ、遺体の発見を遅らせたかったことが動機では?」


 思わず自分の考えを口にしたら、1年主席の月乃が反論する。


「犯人の視点では、そうだろうさ! でも、これは被害者が自分でやった話だからねえ……。他人に迷惑をかけない、ってわけじゃないな。全員が捜索に駆り出されて、大迷惑だ……。うーん?」


 3年主席の脇宮杏奈が、この議論に口を挟む。


「これ以上は、水掛け論よ? その傳崎さんがパニックか発狂していたら、道理を無視した行動でも、不思議ではないから」


 この女、まともな意見もしゃべれるのだな……。


 驚いていたら、横のマルグリットにつつかれた。



 ドリンクを飲み、仕切り直す。


「話の腰を折ってしまい、申し訳ありません。旧校舎の件から、明日の行動について話したいのですが?」


「ああ、構わないよ! ちょうど、僕からも聞こうと思っていたところだ!! 実際に制圧した君たちは、敵の動きをどう予測しているのかな?」


 環は、笑顔で答えてくれた。


 月乃と杏奈、さらに口出しを控えている2年主席と3年主席の妹たちも、興味深げな様子だ。

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