第85話 銃は持って嬉しいコレクションじゃない!必要なら撃つ!

 ――― 【5日目 午前中】 1年エリア 閉鎖区域 旧校舎1F 南棟


 現在位置は、まだ玄関ホールの奥にある中廊下。

 『口』の下の真ん中ぐらいで、南棟だ。


 正面の出入口から入り、左側へ進んでいる。

 俺が前方を見張っていて、背中は咲良さくらマルグリットに任せているフォーメーションだ。


 マルグリットには探知魔法があるので、敵がステルスでも、対応することが可能。



 コツコツ


 左の廊下は、右側が中庭に面していて、左側が各部屋だ。

 表示板によれば、事務室、校長室、国語教員室……。


 太陽の光が空中を舞っているほこりに当たってキラキラと光り、どこか幻想的な風景を作り出している。


 窓を閉め切っていることで空気が淀んでいるものの、呼吸に問題はない。

 何も知らなければ、ただの昼下がりの学校。


 念のため、左右に目を走らせるも、中庭の窓は外からの光を入れるのみで、各部屋の窓は曇りガラスか汚れていて、中が見えない。


 むろん、部屋の扉は閉まったまま。



 脳内通信をしている室矢むろやカレナが俺の視界にIFFアイエフエフ(アイデンティフィケーション・フレンド・オア・フォウ)を表示するのなら、過度な警戒は必要ない。


 校舎は窓が多すぎて、相手から隠れるには中腰どころか、匍匐ほふく前進だ。

 教室の前後にも大きな扉があるので、いつ中から出てくるやら……。


 敵がこちらを感知する仕組みも不明だから、時間をかけることは悪手。

 早く召喚儀式の刻印を探し出して、それを壊そう!



 正面には上に続く階段と、その後ろのスペースを利用した倉庫があった。

 倉庫については、壁の表示だけで判断。


 正面の奥には採光と通風のための窓があるものの、外との出入りはできない。



 現在位置は、右側に折れている廊下の手前、つまり『口』の左下だ。


 右コーナーの中庭に面した壁に背を預け、そっと、進行方向の廊下をチェック。


 頭を少しだけ出して、ゆっくりと引っ込める。

 今までと同じだが、妙に長く感じる廊下が見えた。


 どっちみち、敵はステルスか……。


 ぴったりとくっついているマルグリットは、後方を警戒中。

 つまり、俺が右の廊下と、前方の階段を担当しているわけだ。


 ツンツン


 俺をつついたマルグリットが、前を指差した。

 上り階段があるわよ? と言いたいのだろう。


 首を横に振り、人差し指を右側に向けた。

 後ろから反対のオーラを感じるが、無視だ。


 ツンツン


 振り向くと、マルグリットは片手を耳に当てるジェスチャー。

 私が魔法で敵を探る? ということか。


 同じく、拒否する。


 たぶん、カレナの探知のほうが高性能だ。

 貴重なリソースを使うべきじゃない。



 ――― 【5日目 午前中】 旧校舎1F 西棟


 両手で構えたPDWピーディーダブリュー(パーソナル・ディフェンス・ウェポン)の銃口によって安全エリアを増やしながら右折して、『口』の左下から上へ進む。


 今度も、右側に中庭、左側に各部屋が並んでいる。

 生活指導室、印刷室、教務室、数学教員室、職員室……。


 職員室の半ばで、また右側に廊下が折れている。

 このまま直進すると職員用トイレ、生徒用トイレがあるものの、そちらは関係なさそうだ。


 同じく右側の廊下の手前で止まり、奥の様子をこっそりとうかがう。

 視認できる敵はおらず、室矢カレナの識別でもクリア。


 ハンドサインで『右折』を伝え、後ろの咲良マルグリットからの肩叩きを確認した後に、銃口によるクリアリングを開始。



 ――― 【5日目 午前中】 旧校舎1F 北棟


 『口』の左上で、今度は左から右へと進む。


 図書室、保健室、地学教室まで進んだら、右側に上り階段を発見。

 ちょうど廊下の真ん中で、大勢の生徒が上り下りできる広さだ。


 室矢カレナの指示の赤線によれば、ここから3階へ上がる。



 階段は、最も襲撃されやすい場所の1つだ。

 下から上に昇る際には、一瞬で全滅しかねない。


 階段の一部のような地学準備室も見つけたが、扉は閉まっている。

 無視だ。


 階段の踊り場をチェックした後に、今度は少しずつ上りながら、見えてきた部分へPDWの銃口を移動させていく。


 咲良マルグリットは下から2階部分に銃口を向け、俺の死角をカバーした。

 後ろ向きに階段を上り、追ってくる敵を警戒する。


 2階は通過するだけなので、いよいよ、問題の3階へ突入だ。



 ――― 【5日目 午前中】 旧校舎3F 北棟


 2階は見えている部分に銃口を向けながら通り過ぎ、3階まで進む。

 屋上へ上る階段が続いているものの、室矢カレナの誘導では、そちらは関係ないようだ。



 旧校舎は1階から3階まで、同じ部屋が存在している。

 学習効率のデータを収集するために、1年から3年が同時に授業を受けられる施設を作ってみたそうで……。


 学校は開放的に作られているため、階段と廊下の出入口に扉はない。

 目の前には地学教室が見えているものの、左右の視界はゼロ。


 俺と咲良マルグリットはそれぞれ右と左につき、同時に左右の廊下へ銃口だけ向けて、安全確認。

 身体の大半は階段側のスペースに隠しており、いざとなれば、即座に隠れられる。


 パッと見た感じでは、異常は――


 コツコツコツ


 俺が担当している右側、つまり目的地である3階の一番奥、物理実験室の方向で人影を確認した。

 こちらに、歩いてくる。


 足音を聞いたマルグリットも、顔だけ向けてチェック。


 ベルス女学校の制服を着ていて、雰囲気と体格から高等部ぐらい。

 勝ち気そうな顔で、御多分に漏れず、世間では美少女と言えるラインだ。


 よく見れば、随分と古ぼけた制服で、女子用の革靴を履いているものの、靴下はない。



「そこで止まれ! 俺たちは風紀委員だ!!」


 ジャキッ


 PDWを両手で構えて、銃口をその女子の胴体に合わせた。

 威嚇いかくのために、緑色のレーザーポインターを起動させる。


 その光を見たことで、彼女の動きが止まった。

 俺がつけている風紀委員の腕章を見たものの、不満そうな顔を隠さない。


「どうして、男子がいるの? ここは女子校よ! それに、銃を持っているのはおかしいわ!?」


 見た目通りに強気な性格のようで、両手を上げながら、文句を言ってきた。


 いったん左手を背中に回して、目の前の女子に気づかれないよう、マルグリットへ『警戒』のハンドサインを送る。


 マルグリットは左側の廊下に注意しながら、横顔をこちらに向けて、うなずいた。


 銃尾を肩付けしているため、呼吸と共にPDWのドットサイトも小さく上下する。

 この距離なら、別にタイミングを考えなくても当たる。



 ザッ


「金髪のお世話係。ああ、えーと、紫苑しおん学園1年の男子の……そうそう、室矢むろや重遠しげとおだっけ?」


 旧校舎の3階で廊下を歩いていた少女は、自分の記憶から俺の名前を突き止めたようだ。


 マルグリットが横目で、不審な女子を誰何すいかする。


 ザッ


「あなたの名前と、認識番号を言いなさい!」


 言われた女子は、しぶしぶ答える。


「高等部3年の本波ほんなみそらよ! 認識番号は、アルファ530164ごさんまるひとろくよん


 マルグリットは納得せず、詰問する。


 ザッ


「どうして、本波先輩はそこにいるの? 制服に識別章がない理由は?」


「そんなこと聞かれても……。気がついたら、ここにいたのよ。裸だったから、そこら辺にあった制服をとりあえず拝借したの! 分かった? 私、さっさと外に出て、シャワーでも浴びたいんだけど?」



 【UNKNOWN(不明)】


 カレナは、本波穹と名乗った女子を味方と判定していない。


 廊下の中央に立ち、後ろの右足の爪先を斜め前45°にした。

 前にある左足の爪先は正面に向け、やや前傾姿勢に。

 自然に膝が曲がり、重心も下がる。


 半長靴の底が床に強くこすれて、ギュギュッと音を立てた。


 PDWを持つ両手の肘を落とし、脇をしっかりと締める。

 肩付けしているストックで、軽く頬付け。

 ドットサイトの光点は、穹の胴体中央だ。


 左手に力を入れず、添えるだけ。

 トリガーを引くための人差し指にも、妙な力を入れるな……。


 ザッ


 フーッ フーッ


 自分の呼吸の音が、妙に頭の中で響く。


 銃口を真っ直ぐに向け、トリガーは人差し指で、まっすぐに引く。

 きちんと撃てば、狙ったポイントの近くに当たる。


 右手の人差し指でPDWの側面を軽く触って、柔らかくした。


 息を大きく吸い込んで、短く吐き、そのまま止める。

 ドットサイトの光点のブレが、小さくなった。



「そこの室矢くん? あんたの後ろにいるギャーギャー五月蠅い後輩を黙らせてくれない? ほら、ご希望通り、ゴムなしでヤラせてあげるから!」


 その場で座り込んで、いきなり足を広げた穹が、自分でスカートをたくし上げた。

 2本の指で押し広げ、笑顔で見せつけてくる。


 【ENEMY(敵)】


 戦闘機のHUDハッド(ヘッド・アップ・ディスプレイ)のような敵味方の識別が、赤字に変わった。


 右手の人差し指をPDWのトリガーにつける。


 これはで、人差し指のどこに当てるのか? を気にする必要がない。

 グリップを握って、トリガー全体を覆い、そのまま押し込むだけ。


 後方にいる練度の低い兵士を前提とした設計だからか、本当に合理的な形状になっている。


 右手の人差し指に、ゆっくり、ゆっくりと、力を入れていく。

 急にトリガーを引いたら、その勢いで銃口が動いて、狙った部分から大きくズレるからだ。


 PDWのハンマーに命令が伝えられるまでの遊びがあり、まだ発砲には至らない。

 その手前までトリガーを押し込み、溜めを作る。



 こっそりとオープンにしていた無線機から、外の司令部にいる時翼ときつばさ月乃つきのの声が響く。


 ザッ

『本波穹は、まだ病室にいるよ』



 パアンッ  ブシャアッ


 乾いた発砲音。

 それとほぼ同時に、右肩で強く押される衝撃が伝わってきた。


 後ろの右足で踏ん張り、そのリコイルに耐える。

 発砲によって発生した衝撃波が、俺の顔や手を通り過ぎていった。


 飛んでいく銃弾の風切音と、それに続く人体が破裂する音。

 本波穹の形をしたは、胴体の中央から割れた風船のように、バラバラとなった。


 PDWの銃身の下から排出された空薬莢からやっきょうが床に落ちて、キンッと、金属音を立てる。

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