第84話 やっぱり校舎はあまり戦闘に向いていない場所だ

 ――― 【5日目 午前中】 1年エリア 閉鎖区域 旧校舎の前


 隣にいる咲良さくらマルグリットに、話しかけた。


「俺は、実弾射撃をあまりやっていない。制圧力に優れたPDWピーディーダブリュー(パーソナル・ディフェンス・ウェポン)を持っているから、俺が前だ! 後ろから援護すると、たぶん誤射するから……」


 マルグリットは、うなずいた。


「そうね……。壁や天井に当たっての跳弾が怖いけど、そこまで言ったら銃を使えないわ! かといって、このグロテスクな様子と過去の被害者を見る限り、接触されただけでヤバそうだし」


 俺は土嚢どのうの壁に近づき、突入できる隙間があるところで陣取った。

 その横に、マルグリットが続く。



 “銃を携帯するのなら、常にすぐ発砲できる状態にしておけ”


 もはや、常識といえる話だ。

 なぜなら、近距離のとっさの撃ち合いでは、暢気のんきに銃のスライドを引いている暇がないから。


 北米のUSFAユーエスエフエーの警官が殉職したケースを調べると、極めて近い距離の1秒を争う射撃戦で片が付いている。

 殉職者の70%はたった3m以内の至近距離で撃たれていて、長くて20秒、せいぜい10秒で終わっているのだ。

 お互いに遮蔽物しゃへいぶつに隠れながら銃撃を続けることは、滅多にない。


 どれだけ鍛え抜いた大男でも、身体の一部に弾丸がめり込めば、うめくだけで動けなくなる。

 次の弾丸がそいつの頭か胸に到着して、戦闘は終了。


 ホルスターから銃を抜いて、グリップを握っている親指で安全装置を外し、もう片方の手で上部のスライドを握り、後ろへ引く。

 手を離してスライドを戻し、相手に向かって構え、トリガーに添えた指に力を入れる。


 相手のほうが先に撃ってくるのは、当然の結果。


 何のために、複数のセイフティがあると思っている?

 正しく扱えば、装填時にうっかり落としても、高い確率で弾は発射されない。

 それも信用できないなら、最初から銃を持つな!


 薬室チャンバーに装填していたら何かの拍子に暴発するだろ? という考えも根強い。

 安全装置は絶対的なものではなく、たとえば銃を振り回しての格闘戦になった場合、その衝撃で発射されることもある。


 軍はこちらの考えで動いており、上官の指示なく薬室に初弾を装填した場合には、その場で射殺されようが文句は言えない。

 ちなみに、警官がハンドガンを腰のホルスターへ戻す際に誤ってトリガーを引いてしまい自分の足をぶち抜く事故は、意外に多いのだ。



 俺は素人だから、アンロードで運用する。

 これから突入する段階になって、ようやくの準備。


 右腰のホルスターからセミオートマチックの拳銃を抜き、スライドを後ろへ引く。

 そこで指を離すと、精密に作られたパーツならではの甲高い金属音が、小さく響いた。


 シャッキン


 今度は、玩具おもちゃじゃない。

 上のスライドにあるエキストラクターという爪が少しだけ外側に出っ張って、薬室に装填済みだと教えてくれる。


 ゆっくりと半分だけスライドを引き、実弾があることを目視確認。

 手を離せば、すぐに閉じた。


 この拳銃はトリガーセイフティ内蔵のため、そのまま右腰のホルスターに戻す。

 CQCシーキューシー(クロース・クォーターズ・コンバット)用のホルスターだから、ハンドガンを奥まで差し込むと自動的にロックがかかる。


 これは敵と揉み合った際に、自分の銃を奪われないための安全装置だ。

 親指で所定のレバーを押しながら、ハンドガンを抜く。


 右腕でPDWのグリップを握り、指でセレクターを【セイフティ】から【セミオート】に変えた。

 素人の俺がいきなり【フルオート】にしたら、トリガーを引きすぎてムダ撃ちするだけ。


 このPDWはトリガーの真下に回転ダイヤル式のセレクターがあって、構えたままですぐに切り替えられる。

 左手でチャージングハンドルを後ろに引くと、ジャキッという音と共に初弾が装填された。


 このPDWは小型で、フォアエンドという部分がない。

 代わりにトリガーガードが太くなっていて、そこを握り込んで、両手持ちにする。


 俺が選んだPDWは8の数字を横にしたようなグリップで、ストックと一体型になっている独特の形状だ。

 人間工学に基づいたデザイン。


 まな板を立てた感じで、必要な機能をコンパクトにまとめているのが特徴。

 両手で持つと右手と左手がくっついて、かなり窮屈な印象を受ける。


 大きなトリガーは、グローブをつけた指でも触りやすい。

 マガジンも細長い箱で、銃の上に差し込むことで設置。


 ブルパップ構造のため、グリップよりも後ろに機関部。

 照準は、覗いた時に見える光をターゲットに合わせるだけのドットサイトだ。


 2点式のスリングを首にかけたまま、右肩に床尾板しょうびはん――銃の後ろ――を押し当てる。


 これをしないと、発砲時のリコイルで肩の骨を折る場合もあるからだ。


 床尾板を右肩に当てたまま、PDWの銃口だけ下げた。

 トリガーから指を離して、側面のフレームにつけておく。


 長時間の銃の扱いを前提とした特殊部隊のグローブを身に着けているから、汗で滑ることはなく、それでいてトリガーを引きやすい。



 ヘッドセットのマイクに、話しかける。


 ザッ

「月乃、これから突入する」


 ザッ

『了解。気をつけて』



『これより、風紀委員2名による偵察部隊が突入する! 総員、銃口に注意せよ!!』


 スピーカーから大音量で、時翼ときつばさ月乃つきのの声。

 この建物の中に犯人がいたら丸聞こえだが、それよりも味方からの誤射が怖い。


 俺は心臓の鼓動が高鳴るのを感じながら、旧校舎の出入口から目を離さず、後ろのマルグリットに話しかける。


「行くぞ、メグ!」


「了解」


 マルグリットの返事と共に、後ろから肩をポンと叩かれた。

 彼女も、俺と同じ戦闘服であるものの、武装はハンドガン型のバレが2丁のみ。



 ザッザッザッ


 俺とマルグリットの半長靴による地面を削る音が、妙に響く。

 敵はステルスのため、銃口は敵を捉えてから上げたほうがいい。


 横目で見たら、マルグリットもハンドガン型のバレを両手で持ち、下ろした腕を伸ばす感じで銃口を下に向けている。



 玄関ホールは広めで、両開きのガラス扉は粉々になっている。

 パリッ、ザリザリとうるさいガラス片を踏みながら、出入口の手前でいったん足を止める。


 PDWの銃口を前に向け、周囲の音や、視界の歪みをチェック。


 敵地での行動は、移動、停止、確認のループだ。

 こちらが止まって、すぐに攻撃できる体勢でエンカウントするのが理想的。



 玄関ホールの左側には、事務室とつながっている受付用の窓がある。

 訪れた学生や教職員が手早く、書類の提出といった用事を済ませるための配慮だ。


 正面の奥には窓があって、中庭の様子が少し見えた。


 月乃に見せてもらった平面図によれば、中庭を囲むよう『口』の字になっていて、その周りに各教室が連なっているはずだ。


 この玄関ホールからは中庭に面した廊下までしか見えず、その左右は完全な死角。


 体育館と3階の奥が怪しいとは、月乃の意見でしかない。

 いきなり窓を蹴破ってエントリーするのは、むやみに目立つだけ。


 まだ昼間、しかも窓が多い学び舎で、助かった。

 その代わりに、廊下で遭遇したら逃げ場がなく、前後で挟まれる危険はあるが……。



 カレナ。

 必要なタイミングで、指示を出せ!


『1階の右奥の体育館か、3階の一番奥の物理実験室のどちらかだ。前者はさっきのエイやイカが大量にいるで、後者は敵が少ない』


 脳内通信による室矢むろやカレナの声が、頭に響く。


 ひとまず、3階の物理実験室を目指すことに決めた。


 全ての指を揃えた左手で、進行方向を指し示す。

 ハンドサインの『前進』を示したら、後ろから肩を叩かれた。


 玄関ホールの左側にある事務室の窓に注意しつつも、即座に左側の通路のほうへ銃口を向ける。


 ザッ

『突入した。以後、無線封鎖』


 月乃の声で、短く指示が出された。

 それっきり、無線はうんともすんとも言わなくなる。



 ――― 【5日目 午前中】 旧校舎1F 南棟


 ドカドカ


 さすがに、半長靴で無音の摺り足というわけにはいかない。


 左コーナーに銃口を向けながら横へ移動することで、ゆっくりと見える角度を増やしていく。


 カッティングパイという、身体を傾けつつも大回りすることで、少しずつ自分の身体を晒していく行動。

 全く見ていないが、右側は咲良マルグリットが対応しているはず。



 白の内壁に、床はブラウン系で汚れや傷が目立たないタイル。

 ワックスが剥げているせいか、外の地面とほぼ同じ感触だ。


 取り壊し寸前の旧校舎だけにほこりっぽく、中廊下には壁に生徒用のロッカーの棚や仮置きしている椅子などが、無造作に置かれている。


 几帳面なベルス女学校らしくない様子だが、たぶん閉鎖することで、丸ごと倉庫代わりにしたのか……。


 戦闘を想定した空間ではないため、左側の廊下の一番奥まで視界をさえぎるものはない。

 構えているPDWのサイト越しに見ているため、床がけっこう死角だ。



 脳内通信で、義妹にして式神の室矢カレナに話しかけた。


 カレナ。

 敵が来たら、頼むぞ?


『声で指示を出していては、間に合わん。お主の視界に、次に進むべき場所へのマーカーと敵の識別をつけておくのじゃ! 脳への負担が大きいから、ここの召喚儀式の刻印を消すまでだ』


 これが本当の、ゲーム脳だな……。


 俺の視界に、赤い線のようなものが増えた。


 あいつ、最近FPSエフピーエス(ファースト・パーソン・シューティングゲーム)のゲームに凝っていたから、それを真似したのだな。



 カレナの誘導は、最短距離の右回りではなく、左からぐるりと歩いて階段へ辿り着くルート。


 1階の右側で大きな面積を占めている体育館が生けならば、確かに、そのほうが安全だ。

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