第86話 よく見たら深海生物はどれも宇宙生物みたいなものだ

 ――― 【5日目 午前中】 1年エリア 閉鎖区域 旧校舎3F 北棟


「ちょっと、重遠しげとお! 炸裂弾さくれつだんを使っているの?」


 驚いた咲良さくらマルグリットが、俺に話しかけてきた。


「違う! 対魔術用の特殊な弾頭だ。詳しくは、企業秘密」


 室矢むろやカレナが敵地へ出向く俺のために用意してくれた、術式が込められたたま

 これが最大限の威力を発揮したってことは、眷属けんぞくの一部だな。


 炸裂弾は、当たった瞬間に炸裂することで内部から破壊する。

 世間のイメージとは違い、小銃弾の大きさでは、逆に威力が落ちてしまう。

 現在は、大口径のキャノンや機関砲で、よく使われている。



 ザッ

『まさか、人間に化けるとはね……。吸った血で、本体をコピーしたのか』


 無線に出ている時翼ときつばさ月乃つきのは、ショックを受けている様子。

 あいにく、こちらはだ。


 前の洋館にいたドッペルゲンガーに近いが、こちらは泥のような液体が床で動き続けている。

 再び女体の形になっていき、今度は裸のまま、その顔を俺のほうへ向けた。


「アー、ソッカー! 巨乳ジャナイト、ダメカー」


 ズレたことを言いながら、さっきと同じ女子でオッパイだけ倍以上の大きさに盛り上がっていく。

 美少女フィギュアの造型師なら、仕事に困らない腕前だ。


 今度は、その女子の後ろに、敵性のマークが出た。


 パアンッ


 何もない場所にもう一発を撃ち込んだら、女になりかけていた泥がバシャッと床にぶちまけられ、今度こそ沈黙した。

 その後ろ、俺が射撃したポイントの床で、びくびくと痙攣けいれんしている醜い魚が1匹。


 牙が並んだ大きな口にフグのような、ずんぐりむっくりした丸い形状。

 短いエラが、左右と後ろの上下に一組ずつ。

 2つの眼があって、正面から見たら、人の顔にも思える。

 黒褐色で、その表面には突起型のイボが並ぶ。


 大型犬ぐらいのサイズで、噛みつかれたら痛そうだ。

 これは、ひょっとして……。


「自分の光で獲物を呼び寄せて食べる、提灯ちょうちんアンコウか? 提灯の代わりに、血を吸った女子を擬餌ぎじにしていたと」


 思わずつぶやくと、マルグリットが呆然自失の声で、そうね……と同意した。

 昨夜に警備班のマギクスがやられたのは、コレのせいかな?



 【ENEMY(敵)】の赤字マークが、どんどん増えてきた。


 バカでかい発砲音が続いたことで、敵に察知されたようだ。

 残念ながら、発砲音を小さくするサイレンサーは調達できなかったんだよなあ……。


 サイレンサー装備で校内をうろつけば、あらぬ誤解を招く恐れも。

 こいつは、誰かを暗殺する気では? と。



 後ろにいるマルグリットの肩を掴み、揺さぶったら、彼女は正気に返った。

 PDWピーディーダブリュー(パーソナル・ディフェンス・ウェポン)のセレクターを【フルオート】に切り替えながら、叫ぶ。


「このまま俺が突っ込むから、メグは後ろをカバー!」


 もう敵に気づかれたので、大声で指示を出す。


「分かった! 重遠は後ろを気にせず、突っ走って!!」


 返事を聞きながら、俺はPDWの銃口を正面に向けたまま、全力で走る。

 途中で左側の部屋の扉が次々に開いたが、全て無視。


 ドドドドド


 前方の上に【ENEMY(敵)】の表示が出たので、走りながら斉射。


 空中を泳いでいた、側扁そくへんという左右を押し潰したような全長5mで背びれが紅色、全身が銀白色のやつが、穴だらけで落下した。

 こいつ、何とかのツカイか?


 その他にも、青白く発光するイカ、赤くて触手が5本以上あるクラゲなどが光学迷彩を失い、次々にドサッと廊下に落ちた。

 大漁旗を掲げよう!


「床の空薬莢からやっきょうに、気をつけろ!」


 マルグリットはいったん前を向き、床を見ながら、慎重に走る。

 このPDWは空薬莢を下にばら撒くから、うっかり踏んで、足を滑らせかねない。


 元々が同じ場所にいる兵士や職員の個人防衛火器だから、戦闘をしながら走ることは想定していないのだろう。

 実際に使ってみると、けっこう癖のある銃だな、これは?

 動き回るのなら、空薬莢を横に飛ばすサブマシンガンのほうがいいかも。


 ドタンッ


 あ!

 後ろで女子の擬態が、次々に転んでいる。



 セレクターを【セミオート】に変更。


 突き当たりの物理実験室の手前で後ろを向き、だいたい80°開いて床に右膝みぎひざをつく。

 ももとふくらはぎをくっつけて台座にした左足の上に左腕のひじを載せて、PDWを固定した。

 いわゆる、膝撃ちだ。


 後ろから迫ってきた擬態の女子と、提灯アンコウの群れを狙い撃ち。

 カレナ印の弾丸は一発で倒せるから、ブレずに射撃できれば、そこまでの脅威ではない。



 全長6mで灰色、特徴的な尾鰭おびれとノコギリ歯のサメがいる。

 前に尖ったブレード状の尖った部分を持ち、その下に牙が並んでいるあごが飛び出しているサメも。


 ああ、サメはどこにでもいるよな?

 宇宙や空を飛んでいるのをよく見たよ!

 そのせいか、校舎の中を泳いでいても、ぜんぜん違和感がない。

 海に住んでいる生き物であることを忘れそうになるけど!



 空中を泳ぐダンゴムシみたいな奴も、どんどん増えてきた。

 細長い足が8本ぐらいあるウミグモみたいな生物も、俺たちに殺到してくる。


 パアンッ パアンッ パアンッ


 しばらくPDWの発砲音が鳴り響き、やがて敵のマークが完全に消えた。

 どんな敵でも一発で沈黙させるとは、さすがカレナ印の弾!


 積み上がった死骸が盾になるところだが、どうやら沈黙した物体には反応せず、そのまま貫通するようだ。


 俺が敵を狙撃している間、マルグリットは後ろの物理実験室や、左右の廊下、階段をカバー。



「ふー」


 息を吐いた俺は、銃口の先から硝煙が立ち上るPDWの上部を見た。

 半透明のプラスチック製のマガジンには、料理の計量カップのようにメモリがついている。

 ライフル弾をそのまま小型化した弾丸の列を見たら、残弾は約20発。


「意外に、弾が残っているな?」


 グローブ越しにPDWのフレームを触ってみたが、銃身や薬室チャンバー内の加熱は、まだ大丈夫そう。

 この戦闘でマガジン2つを撃ち尽したら、いったん冷やさないとマズいか?


 マガジン交換はともかく、銃身が焼きついたら、ここではどうにもならん。

 実銃は、扱いが面倒すぎる。



 PDWに【セイフティ】をかけ、片膝の姿勢を崩しながら、ゆっくりと立ち上がる。

 肩から斜めにスリングをかけているので、PDWは床に落ちることなく、俺の身体の前にぶら下がった。


 タクティカルベストからブリーチ用のプラスチック爆薬を取り出し、信管をくっつけてから、後ろの物理実験室を向く。

 その扉の中央に取り付け、受信機をONにする。


 ピッピッピッ


「ブリーチング、チャージ!」


 俺が叫び、マルグリットと一緒に、すぐ傍の角に隠れる。

 爆発に対して背中を向け、身体を低くして、口を半開きにしながらも、両目を閉じた。


 ヘッドセットがあるから、手で耳を塞ぐ必要はない。

 壁によって爆風や衝撃波はやり過ごせるはずだが、用心に越したことはないだろう。


 これは、爆風によって鼓膜が破れ、目が飛び出ないようにする備えだ。

 

 

 準備が完了した俺は、起爆のスイッチを押した。


 ボオンッ


「さっきの部屋に、手榴弾を使う!」


「オッケー!」


 ドンドンと、後ろや横から迫りくる見えない敵や、数パターンの女子を撃ち続けるマルグリットが快諾。

 彼女は探知魔法を使いつつ、捕捉した敵を片っ端から倒しているようだ。


「投げ込むぞー!」


 タクティカルベストのシングルポーチから破片手榴弾を取り出し、安全レバーをきつく握りしめたまま安全ピンを抜き、角から物理実験室に投げ込む。

 空中で外れる安全レバーを見ることなく、すぐにマルグリットを引っ張って、物理実験室の出入口の延長線上から退避する。


 同じように、口を開け、両目を閉じた。


 ドオオオオン


 再びPDWを両手で持ち、セレクターを【フルオート】に変えてから、後方を警戒するマルグリットの肩を叩く。

 彼女がこちらを向き、うなずいた。



 物理実験室へエントリーして、すぐに銃口を左側へ向ける。

 ポイントマンの俺が左へ移動したことで、2人目のマルグリットが右側から中央をクリアリングした。


 天井にも、銃口を向ける。

 いきなり上から降ってきて、潰されたり、溶かされたりしたら、洒落にならない。


「クリア!」

「クリア!」


 マルグリットが出入口で廊下を警戒する中、手早く物理実験室を調べる。


 比較的大きな部屋で、校舎らしく窓が多い。

 中庭の方向と、その反対側に窓が並んでいる。


 かつては衝突、高温超電導、表面張力、磁気ヒステリシス、剛性率、電気抵抗の温度変化などを確認できる部屋だったが、今では広い床が残るのみ。

 その中央には、最近になって設置したと思われる魔法陣の一部などがあった。

 というのも、今の手榴弾の爆発でズタズタになったからだ。


 床から天井に至るまで小さな破片が突き刺さって、傷だらけ、穴だらけ。

 窓もあらかた、外側に割れている。


 ここは、カニの群生地だったらしい。

 大型のタカアシ、テナガなどの種々雑多なラインナップだ。


 俺は深海魚に詳しくないから、具体的な種類はさっぱり。

 どいつも扉のブリーチと手榴弾でやられていて、甲羅や手足がちぎれ飛んでいる。


 俺をゲーム脳にしているカレナのIFFアイエフエフ(アイデンティフィケーション・フレンド・オア・フォウ)でも、敵のマークは出ていない。



 これまでの様子を見るに、連中はどうやら、場所による住み分け。

 3階の北棟で走り抜けたエリアには、女子の擬餌を吊り下げた提灯アンコウ。

 この大きな部屋は、カニの寝床。

 サメやクラゲは、元の生態から考えるに、つながっている廊下を回遊でもしていたのか?


 とにかく、旧校舎をうろついていた化け物たちは、これでもう増えないはず。



重遠しげとお……。残念だが、こちらはダミーじゃ! 敵の出現を抑えられたものの、旧校舎の中で泳いでいる眷属けんぞくたちはまだ消えておらん』


 嘘だと言ってよ、カレナ……。


『これが現実じゃ! 次は、体育館に行け』


 容赦ないカレナの指示で、あの敵がウジャウジャいる体育館の制圧へ。

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