第76話 俺が知らない所でも色々な物事が進んでいる

まいお姉ちゃん!」


 金髪の幼女は、その拘束を解かれた。


 魔法を封じる腕輪などは残し、実弾を装填した銃を持つ兵士が付き添うものの、基地の一部であれば、自由に行動できるようになったのだ。


「はいはい。どうしたの、マルグリットちゃん?」


 応対する女兵士は、日本語で応じる。


 小竹森こたけもりまい

 階級は、一等兵。


 砂漠迷彩の戦闘服に銃のホルスターをつけているものの、その表情は柔らかい。


 ただでさえ緊張しやすい軍の基地だけに、あえて同じ女を監視役にしたのだろう。

 悪く言えば、金髪の幼女が暴走したら、最初に犠牲となる


 2人はかしましく話しているものの、それをとがめる上官はいない。

 なぜなら、咲良さくらマルグリットの相手が小竹森一等兵の任務で、代わりに自分が犠牲になるのは論外だから。


 カナリアがさえずっている間は、安全といえる。


 重量物や火薬を扱い、車両も行き交う基地内では、ガイドが必須。

 上層部の思惑がどうであっても、彼女たちは仲の良い姉妹のように、いつも一緒だった。



 “日本 陸上防衛軍 フィーラーズ活動拠点”


 日本語でも書かれた基地名が大きなプレートで掲げられた場所は、昼に70度を超える地域もある、砂漠に隣接するエリア。

 その一方で、日が暮れると今度は零度れいどを下回るという、実に極端な温度差だ。

 湿度が低いから、昼間でも日陰にいれば涼しく感じるのが、せめてもの救い。


 現地の治安維持として派遣された部隊で、各車両、戦闘ヘリまで備えた、機械化部隊としての歩兵中隊。

 たとえば、8輪のコンバットタイヤがある装甲兵員輸送車は小銃の弾ぐらいを平気で弾き、上部に自動てき弾銃または重機関銃を備えている。


 多国籍軍の一部隊のため、原則的に攻撃された場合だけ、反撃する。

 物資を一度に運べる大型輸送機の離着陸には、広い滑走路と専門のスタッフが必要なため、共同の空港を利用している状態。




 ある日、幼いマルグリットは、舞の姿がないことに気づく。


 別の兵士が、彼女についた。

 基地の内部は、いつもより騒がしい。



「構え―! てー!」


 タァ―ン


 正装をした儀礼的な兵士が並び、空中に向けられた小銃から空砲が撃たれた。

 同じ動作をさらに2回繰り返す。


 弔銃ちょうじゅうだ。


 小竹森一等兵を含むパトロール部隊が、現地の反政府勢力から襲撃を受けた。

 単独で動く車列は、定期的に回ることから狙われやすい。

 さらに、待ち伏せの敵兵士は、ロケットランチャーを持っていた。


 ロケット弾が直撃した車両に乗っていた小竹森一等兵は、識別すら難しくなったIDタグと、ほぼ炭化した遺体しか残らなかったのだ。


 慣例にのっとった、陸上防衛軍の葬送式。

 それに立ち会ったマルグリットは、自分の腕輪を触った。




「咲良くん……。君は、小竹森くんのかたきちたくはないかね?」


 マルグリットの目の前に、いかにも偉そうな男が数人いた。

 自分では足がつかない椅子に座らされ、まるで対等な相手のように話しかけられたことで戸惑う。


「はっきり言おう! 君の立場は、非常に不安定だ。父親が日本人とはいえ、ここは中東の一国で、まだ日本人とは言いづらい。それに……」


 彼らは日本から強行軍でやってきた、防衛省の背広組だ。

 まだ幼い咲良マルグリットの有用性を見極め、受け入れるか排除するかを最終決定するために。


「我が国は、手放しで君を受け入れることはできない。……そうだね。もっと分かりやすく言おうか? このままでは、君はこの基地から追い出され、自分でどうにか生きていくしかないんだよ」


「わたちは、なにもわからない……」


 緊張しているマルグリットは、自分が生活できなくなる、とだけ理解した。


 彼女が自分の両親を殺した事件がなければ、現地にいる日本国民の保護で通った。

 しかし、魔法師マギクスの常識をくつがえす結果を出した以上、そうもいかない。


「うん。それは分かるよ? だから、私たちは、君に1つの選択肢を与えよう! それを守ってくれれば、君のご飯や寝る場所は心配しなくていい……。お父さんの母国である日本にも、すぐ行けるから」


 背広組が優しく説明する裏で、マルグリットの後ろに立つ兵士は、自分の指を腰のホルスターに添えたまま。


 もし彼女に拒まれたら、その場で射殺する手筈てはずだった。

 前科があるため、マルグリットに殺されかけたという説明で、片付く。



 そんな事情があるとは知らないマルグリットは、目の前に置かれた書類をにらむ。


 契約書だが、やっぱり難しくて、何も分からない。

 だんだんとお腹が空いてきた彼女は、あまり深く考えずにサインする。


 その書類のタイトルには、こう書かれていた。


 “プロジェクトZE-7010”


 これは非マギクスのためのプロジェクトで、マルグリットはそれにしたのだ。

 兵士が魔法を使うためのノウハウの確立や、対マギクス用の兵器開発の実験台。

 あるいは、彼女自身が有効な兵器だ。


 この時点でマルグリットの人権はなくなり、装甲車やアサルトライフルと同じ列に並ぶ、軍事兵器の1つに。




 その数日後には、事態を把握したの制服組も訪れた。

 しかし、すでに咲良マルグリットの姿は消えており、その行方をすぐに掴むことができないまま、時間が過ぎていく。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・


 夜中にうなされているマルグリットを見て、ほっぺたを引っ張った。


 ペシッと手を払われたものの、まだ寝ているようだ。



 ――― 【4日目 朝】 ゲストハウス ラウンジ


 どうしても欲しいドリンクがあったので、やむなくラウンジの自販機へ。

 このタイミングで、2年の先輩に出会いたくはないのだが……。


「おはよう、室矢むろやくん」


 後ろからの声に驚くも、2年の先輩とは違った。


 振り向きながら、挨拶を返す。


「おはようございます、国光くにみつ先輩」


 ブランド物のメガネをかけた国光晴輝はるきが、彼にしては珍しく、あまり覇気のない様子で立っていた。


 いつ2年の先輩が出てくるか、と冷や冷やしていたら、晴輝が苦笑する。


「心配いらないよ、室矢くん! 2年の下司しもつかさくんなら、朝早くに帰ったようだから……」


「え? 何かあったんですか?」


 下を向いた晴輝は、再び俺のほうを見た。


「僕も、詳しくは知らないが……。僕のお世話係である日葵ひまりが言うには、どうやら下司くんが誰かと夜を過ごしたらしい。ただ、それで水掛け論になって揉めたから、一足先に向こうへ帰っての話し合いになった」


 3年のお世話係は、清水しみず日葵ひまり

 この呼び方から察するに、かなり親しい関係のようだ。


 指でメガネの位置を直した晴輝は、話を変える。


「ところで、日葵から聞いたのだが……。君は今日、結婚式の予行演習だね? 僕たちも、そろそろと考えているから。できれば、見学させてもらいたいのだが?」


 聞けば、お世話係の間で話はついているらしく、あとは俺が同意するかどうかの段階。


 式の間は2年のお世話係だった羽切はぎりあかりが警護につき、その代わりにマルグリットは非武装で、ウエディングドレスを着る。


 灯は、迷惑をかけた分を返しておきたい、という話だ。



 3年の先輩だけなら、いいか!


 そう考えた俺は、晴輝を見た。


「別に、構いませんよ? もう準備をしないといけないので」


「ありがとう! 忙しい時に引き留めてしまい、すまなかった」


 自分の個室に戻った俺は、念のため、マルグリットにメッセージを送った。


 彼女は準備に時間がかかるので、もう式場の横にある控室だ。



 ガチャッ


 来客の姿を確認した俺は、外に面した個室のドアを開けた。


「おはよう、室矢くん。今日の午前中は、私が警護を務めます。短い間だけど、よろしくね!」


 短めの黒髪で、随分と幼く見える容姿。


 彼女は、2年のお世話係だった羽切灯だ。

 フリーになったので、こうやってボランティアで、俺の警護をしてくれることに。


「おはようございます、羽切先輩! 本日は、よろしくお願いいたします」



 ――― 【4日目 朝】 ゲストハウス 周辺部


 2人で並び、商業エリアの教会へと向かう。


「羽切先輩は、大変でしたね……」


 んー? という顔になった羽切灯は、俺の台詞に反応する。


「そういう言い方は、生意気だぞ? だいたい、君は咲良さんと結婚するのだから、もう自分たちのことだけ考えなさい!」


 ぷんすか、と怒った顔になった灯だが、あまり迫力がない。


 息をいた灯は、残念そうな顔に変わった。


「せっかくお世話係に選ばれたのに、相手とミスマッチだったのは残念よ……。私のほうは、とにかく疲れたわ! 周囲に人がいない時は、ずっと胸を揉まれていたし。このハンドガンだって、俺に撃たせろ! と五月蠅くて」


 俺のほうは、どうして胸を揉まないの? と、咲良マルグリットに真顔で聞かれたなあ……。


 灯は、俺の表情を見てから、話を続ける。


「おかげで、私はずっとピリピリしていたわ……。毎回、だいたい1つの学年のお世話係は、ハズレを引かされるけど。今回は、私の番だったわけ!」


 気になった俺は、灯に聞いてみる。


「下司先輩は、誰を選んだので?」


「知らないし、興味もないわ! うちの主席に聞いても、たぶん名前を知らないと思う」


 この思わせぶりな返事から、察するに。

 明らかな問題を起こした男子用に、あてがう女を用意しているってところだな?


 それがプロか、訳ありのどちらにせよ、俺がそれを知る必要はない。



「その……。俺の希望条件、やっぱり知っています?」


 尋ねると、灯は当たり前のように答える。


「もちろん、知っているわよ? だって、学年主席とお世話係の全員で、徹底的にミーティングをやるもの! 過去の事例も踏まえて、『この男子の性癖は~』とか、けっこうエグいことまで話し合うのよ? ま、女所帯だから、多少はね?」


 返事に困っている俺を見て、灯はにっこりと微笑んだ。


「咲良さんが保証して、こういう話でなかったら、私は君に近づかなかったと思う! 近くにいるだけで、お腹が大きくなっちゃいそうだし」


 残当ざんとうすぎて、何も言えない。


 ん? そういえば……。


「あの、羽切先輩?」


「なに?」


 俺は、気になったことを質問してみる。


「各学年の主席たちは、そのミーティングでいつもと違う様子でしたか?」


 んんー? と悩ましげな顔になった灯は、それでも返事をする。


「いつも通りだったと思うわよ? 時翼ときつばささんはバンバン机を叩いていて、うちの主席のタマちゃんは進行役の苦労人で、脇宮わきみや先輩はボーッとしていたわ! ただ、脇宮先輩はいつもより口数が多くて、積極的だったかも……」


 ……たまきだから、タマちゃんなのか。


 1クラス15人は、だいたい歩兵1個分隊の人数。

 それが3つ集まった1学年は、そのまま歩兵1個小隊。

 つまり、各学年の主席は、階級でいえば “中尉” ぐらいなのに……。


 この学校、本当に大丈夫だろうか?

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