第75話 重要な情報を得るための鉄則は自分の足を使うこと

 ――― 【3日目 夜】 図書館


 今日の夜は、これまでと趣向を変えた。

 ベルス女学校の図書館に足を運び、資料の調査とそこにいる教職員や生徒の様子を探る。


 本棚やテーブル・椅子のブラウンと建材のホワイトによる、重厚なカラーリング。

 アンティーク風の机や椅子が置かれていて、ファンタジーRPGや、中世の貴族の屋敷のようだ。

 学習机は、複数人が囲める長テーブルと、自習に向いている1人用。

 


 “会話は談話室のみ”


 どうやら私語厳禁のようで、制服の女子たちが参考書やノートを広げて、黙々とペンを動かす。

 その風景を見ていたら、育ちが良いお嬢さまっぽい雰囲気を強く感じた。



 俺と咲良さくらマルグリットは、【本の貸出・返却】を行っているカウンターへ近づき、担当の女子に聞いてみる。


「すみません……」


 カウンターの奥で椅子に座っている女子は、手元で広げていた帳簿を見るのを止めて、顔を上げた。


「何でしょうか?」


「オカルトの書架について、知りたいのですが……」


 女子は、E-1にあります、と簡潔に答えた。

 お礼を述べたら、彼女はまた自分の仕事に戻る。



 コツコツコツ


 静かなため、革靴と床がこすれる音すら、周囲に響く。


 オカルトの棚をざっと確認したものの、女子が好きそうな占いがせいぜい。

 “黒魔術” とあっても、テレビで放映されたドラマの魔法陣のような、ミーハーな物ばかり。


 真牙しんが流はリアリストだから、この手の知識はあまり重視しないか。



『この図書館で、一般の書籍を調べる意味はないな……。閉架書庫に、禁書があるかもしれない。念のため、確認しておけ』


 俺のセコンドについている室矢むろやカレナが、脳内通信で指示を出してきた。



 再びカウンターに近づいた俺は、同じ女子に話しかける。


度々たびたび、すいません。この学校には閉架書庫があるのでしょうか?」


 女子は困った顔になり、少々お待ちくださいと言って、奥に引っ込む。

 数分後、いかにも厳格そうな女性がやってきた。


 高齢の女性が、じろりと俺たちを睥睨へいげいする。


「当校では、部外者に閉架書庫を解放しておりません。よろしければ、その理由をお伺いしたいのですが?」


 応対している女性に話を聞く姿勢はあるが、この手はムダ話を嫌う。

 ストレートに聞くか!


「俺たちは、校内の落書きを調べていまして……。何かヒントがあれば、と思った次第です」


 表情を変えた女性は、俺たちを奥に招いた。



 おもてなしができず、失礼。と述べた女教師、渡里わたり輝美てるみは、俺とマルグリットに椅子を勧めた。


 椅子に座り、情報収集を始める。


「校内の落書きは、誰かが示唆しさしている可能性があります。交流会の間にその人物を見つけて注意できれば、と考えている状況です」


 膝の上で手を揃えていた女教師は、少し思案してから、自分の意見を言う。


「校長先生から、あなた達が調査することは聞いています。教師である私の口から『誰が怪しい』とは、言えません。そちらで、具体的な名前を出してください」


 なるほど。

 教師が、こいつは怪しい! と決めつけた時点で、その生徒を信用していない話になるからか……。


 もう夜も遅いし、この女教師は時計の針を気にしている。

 閉館時間が迫っているようだ。


 彼女に聞けるのは、恐らく1人だけ。

 なら、3人いる主席の中で尋ねるべきは……。


「今日の午後に、3年の主席と会ったのですが――」

脇宮わきみやさんに!? ……正直、信じられませんね。でも、あなたが私に嘘をつく意味はないでしょう。彼女に何か、心境の変化があったのでしょうか?」


 俺は女教師に、なぜ驚いたのか? と質問する。


「脇宮先輩は、男子とあまり話さないのですか?」


「ええ……。これまでの交流会で、脇宮さんは必要な項目を除き、滅多に喋っていません。彼女が、男子と直接話すなんて……」


 女教師の心底驚いている顔から、嘘ではない。


 この女も、どこまで信用できるか不明だ。

 別の話題にして、情報を引き出さないと……。



 俺は、周囲を観察した。

 壁に貼られた紙に、“朗読会の開催”、“今月のお勧め”という文字が躍っている。


「話は変わりますが、生徒に本を紹介しているのですか?」


 俺の質問に、女教師は笑顔で答えた。


「はい。本は、知識の宝庫ですから……。あなたも、何かお読みになるので?」


 ここは、探りを入れておくべきか。

 重要な単語を並べて、相手の反応を見よう。


「俺は、魔術系の書籍に凝っています! 撮影された落書きも、そういった関係に思えますよ? そちらの分野でも、何かお勧めの本が? たとえば、召喚の手順が書かれた魔術書とか?」


 渋い顔になった女教師は、首を横に振った。


「当館は、オカルトの書籍をあまり仕入れていません。理由は、魔法師マギクス相応ふさわしくないからです。たとえば、おまじないは今回の落書きのように、多大な迷惑をかける可能性があります……。それ以前に、室矢むろやくんが言う魔術書は、欧州のユニオンやREUアールイーユー、あるいは北米のUSFAユーエスエフエーの専門家が厳重に秘匿しているレベルです。当館にはないと、断言します」


 この女は、とりあえずシロか……。



 俺が帰ろうとしたら、女教師に話しかけられた。


「私は、あなたを招くことに反対でした。……理由はもちろん、お分かりですね?」


「俺の希望書があの条件だったから、でしょうか?」


 はい、と答えた女教師は、自分の考えを言う。


「この学校は、窮屈な場所です。魔法の秘密やマギクス見習いの安全という意味もありますが、多感な少女には厳しい環境と言わざるを得ません」


「だから、交流会を定期的に行っていると?」


 女教師はうなずいて、寂しそうにつぶやく。


「私も当校のOGですから、その気持ちはよく分かります。ですが、『それによる問題を無視するべきではない』とも、考えているのです。だから、私は交流会に反対する立場で、色々と発言をしています」


 黙った女教師に対し、俺は気になることを質問する。


「脇宮先輩はあなたと同じく、交流会の反対派でしょうか?」


 天井を見上げた女教師は、やがて視線を戻した。


「彼女が反対派とは、思えませんね? あまり喋らないことで、誤解されやすいタイプではありますが……」


 俺に対しては、異常にグイグイと迫ってきたけどな。

 でも、あの3年主席も容疑者である以上、避けて通るわけにはいかない。



 ――― 【3日目 深夜】 ゲストハウス 個室


 安全な自分の部屋に戻ってきた俺たちは、ドリンクを入れたグラスを持ちながら、お互いに熟考した。


 1年主席の時翼ときつばさ月乃つきのは、マルグリットに勝つための手段をこっそりと進めているらしい。


 2年主席の神子戸みことたまきは人当たりがいいものの、それだけノーマークになりやすい。

 彼女に誘導されたら、

 潜んでいる犯人を当てていくゲームなら、最後の最後に本性を見せるキャラだ。


 3年主席の脇宮わきみや杏奈あんなは、むしろ怪しすぎて、怪しくない。

 バグっているのか、天然なのか、さっぱり分からないのがなあ……。



 もう折り返し地点だ。

 そろそろ、腹をくくらないといけない。


 モブの女子と教職員は、まとめて無視だ。

 手が回らないから。



「メグ……」


 いきなり声をかけたことで、咲良マルグリットの肩がピクンと小さく跳ね上がった。


「な、何?」


 真剣な顔で、今後の方針を説明する。


「気楽に話せて協力しやすいのは、やっぱり1年主席の月乃だ! 2年、3年の主席も社交辞令で言ってくれたが、そのまま鵜呑うのみにはできない! うっかりすれば、下級生が自分たちのトップに馴れ馴れしくしていることで、余計な不興を買ってしまう」


 頷いたマルグリットは、自分の考えを打ち明ける。


「そうね……。これは、犯人当てゲームと同じだわ! 時翼さんをシロとして、その仮定で動いていき、2年主席、3年主席の矛盾むじゅんを探るのが効果的……。そこまで観察する対象を絞れば、私たち2人でも何とかなりそう! 共犯者については、ひとまず考えないほうがいいわ。複数の犯行でも、主導している人間を見つけることが重要。でも……」


 マルグリットは話すのを止めて、俺を見た。


「その鍛治川かじかわ航基こうきという男子は、時翼さんに紹介して良かったの? 本人に了解をもらってからのほうが……」


「ああ、へーきへーき。どうせ、あいつ彼女いないから! むしろ喜ぶ。単に紹介するだけの話で、ちょっと大袈裟おおげさだぞ?」


 マルグリットは頷き、その話題を打ち切った。



 俺のおかげで、航基は原作のヒロインとお近づきになれるんだ。

 感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはない!


 フフフ。

 原作知識があると、こういった鮮やかなムーブもできるのだよ?

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