第74話 この天然キャラの3年主席はあちらのお客様からです

 ――― 【3日目 午後】 3年エリア 主席ルーム


「わざわざ、お時間を割いていただき、ありがとうございます」


 ソファに座った俺が口火を切ると、向かいで上品に座っている女子が応じる。


「別に、いいわ。私も、あなたに会ってみたかったから……」


 3年主席である脇宮わきみや杏奈あんなは、指で長い茶髪の毛先を弄りながら、俺を見た。

 青い瞳に攻撃的な色は見えず、むしろ興味深げな様子だ。


 大人びた美人系で、大学生どころか、新社会人と言われても信じられる。

 近寄りがたい雰囲気のため、共学に通っても、周囲が遠巻きに見守りそう。


 杏奈と握手をした時に、さわさわと指でなぞってきた。


 手を洗うように全体でこすってきたうえに、指の1本ずつを自分のてのひらで包み、愛おしそうに優しくさする。


 あまりに長く触り続けていたので、見かねた咲良さくらマルグリットが声をかけたら、そうね……とだけ答えて、ようやく俺の手を離した。


 どちらかといえば無表情だが、その瞳は何かを訴えかけている。

 目力めぢからがすごく、にらまれていると勘違いする人も多いだろう。


 カウンセリングを記録したカルテには、男嫌いでは? という所見だったが……。


 いったい、どういう心境の変化だ?



 ふと周囲を眺めたら、周囲にいる女子たちの驚愕の顔が、目に入ってくる。


 信じられない、と言わんばかりの雰囲気で、1人の女子は食べようとしたクッキーを床に落としていた。


 もう1人は、冒涜的ぼうとくてきな神話生物を見たような表情だ。


 ボトルから水出しの麦茶をコップに移そうとしていた途中で、派手にぶちまけた女子も。



 3年主席の杏奈は、男に見せたら100人中110人ぐらいが惚れそうな笑顔のまま座っている。

 10人増えているのは、外野で見ていた無関係な男たちだ。


 杏奈は、俺とマルグリットが主席ルームに入ってから、ずっと好意的な反応。



 周囲の反応を一切気にせず、杏奈は本題に入る。


「要件は、2年主席のたまきさんから聞いたわ! 私に、心当たりはないわね。もし分かったら、その時に教える」


 落書きの件について、新しい情報はなしか。

 しかし、独特のペースで、どうにも話しづらい相手だ。


 そう思っていたら、杏奈がとがめるような口調に変わった。


「それよりも……。あなたのお世話係の希望条件なのだけど、正気とは思えないわ。女をヤリ捨てにしたい、だなんて……」


 杏奈の責めるような口調に、俺は急いで答える。


「最初はそうでしたが、メグと接しているうちに、心境の変化が――」

「それで、獣みたいにズッポズッポとハメて中ですっきりした後に、その責任を取ったのね?」


 ブホッ


 とても杏奈が言うような台詞ではないことから、1人の女子が飲もうとしていたジュースを噴き出した。


 他の女子も、目を丸くしている。



 杏奈は、静かに問いかける。


「……どうしてかしら?」

「はい?」


 その質問を理解できず、聞き返した。


 杏奈は真剣な眼差しで、俺を見る。


「私は、『どうして、その女と婚約したのか?』と聞いているの! 私という者がありながら……。オッパイがそんなに大事かしら? それは、女性に対する偏見だわ……。私だって、ちゃんとバストアップ体操や食事にも気をつけて。それでも、これが限界なのよ? 挟めなくても、他の部分で頑張る――」


「あ、杏奈お姉さま!! そ、そろそろ、次の予定がありますので!!」


 1人の女子が、割り込んできた。

 どうやら、杏奈の妹らしい。


 自分の妹の顔を見た杏奈は、そうね……とつぶやいた。


 ちなみに、ここまで彼女の声や表情はあまり変わっておらず、淡々と話している。



「3年エリアは、自由に調べて構わない。……また、話をできるかしら?」


 再び俺をじっと見る作業に入った杏奈は、もう会談は終わりだ、と告げてきた。


 この女への態度に困ったが、とりあえず返事をする。


「ええ、喜んで」


 こくりとうなずいた杏奈は立ち上がり、また片手を差し出してきた。


 俺もソファから立って、応じる。


 ところが、彼女は握っている俺の手をそのまま、自分の胸に押し当てた。



「……どうかしら?」


 いや、どうと言われても……。


 急いで離そうとしたが、杏奈は上から手を重ねたまま。


「脇宮先輩! いい加減にしてもらえませんか? たとえ冗談でも、さすがに度が過ぎますよ!?」


 それまで黙っていたマルグリットが、激怒した様子で、俺の手を解放してくれた。


 杏奈は、マイペースに反論する。


「……途中からかすめ取ったくせに、大きな顔をしないで」


おっしゃっている意味が、全く分かりません。私は、重遠しげとおの婚約者です! これ以上、ふざけるのならば、正式に抗議します!!」


 今にもショルダーホルスターからハンドガン型のバレを抜きそうなマルグリットに対して、杏奈はあまり興味がない様子。


 彼女もハンドガンを携行しているが、身構えずに向き合っている。



 ――― 【3日目 夕食】 1年エリアの食堂 パーティールーム


「ふーん。それは大変だったねー!」

「あの先輩は、よく分からない人だから……。あまり気にしないほうがいいよ?」

「あ゛あ゛……。このシシトウ、すごく辛い」


 今日のディナーは、1年3組と一緒だ。

 例のごとく、マルグリットも同席。


 芋の煮物などの家庭料理が、並んでいる。


 これ、私が作ったんだー! という紹介を交えつつも、まるで我が家のように、ゆったりと時間が流れていく。


 このクラスは癒し系だから、気楽に話せる。



 彼女たちが言うには、3年主席の脇宮杏奈はいつも無表情で、口数も少ない。

 何を考えているのか不明で、その美貌も相まって、孤高の人。


 2年主席とは真逆になっていて、その卓越した魔力とテクニックだけで上り詰めた。


 俺から言わせれば、ぼーっとした、ナマケモノっぽい印象だったが……。



「その点、2年主席の神子戸みこと先輩はいいよね! 誰に対しても優しいし、怒ったところを見たことがない」


「でもさあ……。本当に怒らない人間はいないよね? 実際のところ、あの先輩の本音って、どうなんだろ……」


「どの年度の学年主席も例外なく個性的と言うけど、3年主席は『歴代最強』というだけで、特別すぎるよ!」


 歴代最強、か……。


 そのフレーズが気になり、尋ねてみる。


「脇宮先輩は、どれぐらい強いんだ?」


 顔を見合わせた女子は、口を揃えて言う。


「模擬戦なら、現役の上位とも互角の勝負になるよ!」

「殺し合いでは、下手すれば、誰も勝てない」

「あの炎で焼かれることだけは、マジで勘弁して……」


 最後の台詞が気になった俺は、さらに聞いてみる。


「炎?」


「うん。脇宮先輩の二つ名は、『レッド・カーペット(赤の絨毯じゅうたん)』だから……。炎系の魔法に限定すれば、確実にマギクスの上位3人に入るよ!」


「そろそろ、『アイシクル・エッジ(氷柱つららやいば)』の本領を発揮したら? メグなら、あの炎に対抗できるだろうし……」


 騒ぐ女子の1人に指名されたマルグリットは、静かに言う。


「昔の話よ! 昔の二つ名を言われても……」


 マルグリットに話を聞いたら、かつては学年主席の候補者として、最終選考に残っていたそうで。


 その時に氷結系の魔法が得意だったことで、『アイシクル・エッジ(氷柱つららやいば)』と呼ばれていたのだ。


 炎 vs 氷。

 もし激突したら、周囲は大惨事だろうな……。



 1年主席の時翼ときつばさ月乃つきのは、身体強化による打撃が得意で『ワンブロー・アデプト(一撃の達人)』。


 2年主席の神子戸みことたまきについては、どの分野も卒なくこなす様から『オール・ラウンダー(全てに通じる者)』。


 一見すると、環だけ弱そうに思えるが、相手の弱みを突いた戦い方をするらしい。

 とにかく基本に忠実であることが、彼女の特徴。


 自分が勝てるタイミングで、その環境を整えてから戦うまで含めれば、総合的に学年トップだ。

 地味な戦い方に徹して、気づいたら相手のほうが負けているパターン。


 昼の話し合いでは、僕はあまり長く第一線を張れるタイプじゃないよ、と卑下していたものの、しぶとく生き残りそう。



 分かってはいたが、どの学年主席も一筋縄じゃいかない相手だ。

 彼女たちが形振なりふり構わずに魔法を発動したら、それだけで校舎が吹き飛ぶに違いない。


「なあ、メグ……」


 俺の問いかけに、マルグリットがこちらを向いた。


「お前、学年主席を目指す気はあったのか?」


「うーん。当時は若く、まだ野望に満ちていたからなあ……。今は枯れちゃって、落第スレスレが精一杯!」


 マルグリットの返事に、俺は呆れた。

 今のお前は何歳だ? と突っ込みたい気持ちを抑えて、会話を続ける。


「ところで、あなた?」


 この言い方は、凄く嫌な予感がする。


「3年主席の脇宮先輩と、前にお付き合いしていたの? 妻として、あなたの交友関係を知っておきたいわ」


 笑顔だけど、目が笑っていないマルグリット。


「いや、初対面だぞ? 俺はビックリするばかりで……」



 俺たちの痴話喧嘩に、周囲のギャラリーも参加。


 無責任にワーワー言っては、勝手に盛り上がっていた。



 しかし、3年主席の杏奈が、交流会の反対派……。


 俺に対してだけ、ああいう態度を取ったのか? だったら、なぜ?



 その疑問に答える者はおらず、俺はマルグリットとじゃれ合いつつも、次の行動をどうするべきか? を考えていた。

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