第77話 ついに結婚式の予行演習だが余韻に浸る暇もない

 ――― 【4日目 午前中】 商業エリア 教会


 元2年のお世話係である羽切はぎりあかりに護衛されてきた俺は、大急ぎで正装の準備を進めた。


 美容師に髪型を整えてもらい、次にタキシードを着る。


 コンコンコン


 俺が返事をすると、控室のドアが開き、白い詰襟のシャツとスーツを着て、さらに上からそでが広めで黒のサープラスを羽織っている男が入ってきた。

 サープラスとは、頭からすっぽりと被る貫頭衣かんとういで、アウターの一種だ。


「失礼します! 私は本日のために呼ばれた、名嘉なか牧師です。本来はこのような立ち入りをしないものの、何分なにぶん、急な話ですから……」


 あれ? 

 教会の式場は借りたけれど、さすがに牧師は呼んでいなかったような……。


 名嘉牧師は俺の表情を見て、すぐに説明を始める。


「混乱させてしまい、申し訳ございません。私はベルス女学校の校長先生から連絡を受けたことで、最寄りの教会から急行したのです。ああ、今回の寄付については、校長先生から既にいただいておりますので、どうかご心配なく……」


 状況を確認したくて、名嘉牧師に話しかける。


「ご足労いただき、誠にありがとうございます! ひとまず教会のスペースを借りていて、すぐに一通りの予行演習をする予定ですが……。名嘉牧師は、どのようにお考えでしょうか?」


 少し悩んだ名嘉牧師は、再び俺の顔を見ながら、言う。


「私が取り仕切れば、全て正式な結婚式となりますし、事前に礼拝や講習会に参加していただくのが本来の形ではあります……。しかし、ご結婚される夫婦の意向を尊重して、あくまで予行演習というていでも構いません。お知り合いに牧師の代役をしてもらうよりも、スムーズに進められるかと存じます」


 ……カレナ、結論だけ言え。


『信用していい。お主の好きにしろ』


 遠くでサポートをしている室矢むろやカレナから、お墨付きが出た。


「分かりました。では、よろしくお願いいたします」


 俺の返事を聞いた名嘉牧師は、控室を出て行く。


 護衛の灯は油断なく目を配り、すぐにハンドガンを抜けるポジションと体勢を維持し続けていた。



 小規模とはいえ、教会は教会だ。

 大きなステンドグラスが壁にめ込まれていて、外の光によって輝いている。


 左右に規則正しく設置された長椅子と、その間にある中央の通路。

 いわゆる、バージンロードだ。

 その終点の一段高い位置に、祭壇。


 正式には、左右で新郎側と新婦側に分かれて、さらに前から座る順番もある。


 今回は予行演習ということで、俺のほうは3年の国光くにみつ先輩だけ。

 咲良さくらマルグリットも、りょう有亜ありあを呼んだぐらいか。


 席順を気にする必要は、全くない。


 今は、名嘉牧師による開始の宣言を受けて、祭壇の前まで歩いてきたところ。


 護衛の灯は目立たないように礼拝堂のすみを伝い、祭壇から離れた壁際で警戒を続けている。


 長椅子ではゲストである国光先輩と、見慣れぬ女子1人が立ち上がっていた。

 国光先輩のお世話係か。



 次に、新婦の入場。


 有亜。

 お前は、そこにいるのか……。


 マルグリットの父親の代わりで、有亜が一緒に、白のバージンロードを歩いてきた。


 有亜の青と黄色のオッドアイは、いつもより優しげだ。

 長い銀髪も輝いているが、今日の主役であるマルグリットのほうが目立っている。


 これ、姉妹が散歩をしているようにしか、見えないのだけど?


 俺の考えを読み取ったらしく、少し目が怖い有亜から、花嫁衣裳はなよめいしょうのマルグリットを受け取る。


 自分の役目を果たした有亜は、最前列の長椅子に座った。



 全員で賛美歌を歌い、名嘉牧師が聖書の中から結婚に見合った教えを朗読。

 その後、神に祈りを捧げる。


「あなたは病める時も健やかなる時も、愛をもってお互いに支え合うことを誓いますか?」


「誓います」


 俺の誓いの言葉が終わって、マルグリットも誓う。



「では、新郎から新婦へ」


「新婦から新郎へ」


 いよいよ、お互いに指輪交換が行われた。

 かなり緊張したが、左手の薬指ってどこだっけ? とならなくて、本当に良かった。



 ベールアップでは、俺がマルグリットに一歩近づき、肩幅ぐらいに広げた両手でそれぞれベールの内側に親指を入れて、軽く摘まむ。

 そのまま大きな動作で上まであげ、ゆっくりと彼女の後ろ側へと。


 マルグリットも片足を少し引いて膝を曲げ、上体を前屈みにならない程度に下げてくれた。

 完全にベールを下ろす際には手の平を上にして、ベールの端をなるべく揃えておく。


 上体をそのままにして待つマルグリットの両腕に手を添えて、そっと立たせる。

 ここで、ベールのすそが折れていないかを気にしておく。

 彼女からは見えないうえに、他にチェックと手直しをできる人間はいない。


 ベールが彼女の肩より前にかかっていないことを確認しつつ、誓いのキスへ。

 両肩の少し下に手を添えて、軽いキスで済ませる。



 名嘉牧師が、2人が夫婦になったことを高らかに宣言した。


 締めくくりとして、新郎と新婦の結婚証明書へのサインを行い……え?

 予行演習と知っているはずなのに、名嘉牧師もサインをした?


 マルグリットが軽く頭を下げたので、俺も慌ててならう。


 司式者である名嘉牧師が、最後の宣言を行う運びに。


「では、これをもって、室矢むろや重遠しげとおさんと咲良マルグリットさんの結婚成立です! 御二方おふたかたの退場となりますので、皆様には賛美歌の斉唱をお願いします!」


 閉会の辞によって、腕を組みながらバージンロードを歩いて出ていく俺たち。

 マルグリットは、終始この上ないほど笑顔だった。



 ――― 【4日目 昼食】 ゲストハウス 個室


 ランチは1年2組の予定だったが、咲良マルグリットの連絡でパスした。

 さっきの今では、休憩しないとやっていられない。


「重遠! 結婚証明書は、私が預かってもいいかしら?」


 左手の結婚指輪を眺めながら、マルグリットが尋ねてきた。

 特に反対する理由がないことから、それを認める。


 マルグリットは宝物をもらったかのように喜びながら、両手で掲げた。



 本日の昼食は、冷蔵庫に入っていた軽食と大陸料理の残り。

 そろそろ、日持ちしないものは処分するべきだろう。


 結婚式の予行演習に備えて、朝食を抜いていたから、2人ともガツガツと食べる。

 こういうドカ食いは、身体に良くないのだが……。


「メグ! 月乃つきのに聞いてくれるか? どこかのタイミングで、2年と3年の主席のことが分かる機会を設けたい。できるだけ、早急に」


 俺のお願いに、渋い顔をするマルグリット。

 温め直したピザと青椒肉絲チンジャオロース―を交互に食べながら、嫌がる。


「重遠から言ったほうが、素直に動くと思うけど……」


「新婚の夫に、さっそく浮気をさせたいのか?」


 ピョンと跳ね上がったマルグリットは、すぐに連絡してみると返してきた。



 しばらくして、マルグリットが話しかけてきた。


「……今日の夕方に、学年主席も集まる合同訓練があるって!」


「俺も、見学や参加できるのか?」


 首を横に振るマルグリット。


 話を聞くと、部外者は立入禁止のエリアで行われるらしい。

 魔法師マギクス真牙しんが流の秘伝も含まれているだろうし、それ以前に襲撃されたら一大事だものな。


「諦める?」


「そこへ行って、ごねてみよう! 各学年の主席に会ってみて、彼女たちがどれだけ忙しく、たまたま会っただけではろくに話もできないのか、よく理解できた。だから、このチャンスを逃したくない」


 決意を込めた表情で、マルグリットがうなずいた。


 それまでの時間を有効に使うべく、マルグリットに時翼ときつばさ月乃つきのへの質問をさせた。

 通信ではまずい、と言われたので、1年の主席ルームで人払いをさせた後に話し合い。


 月乃には、交流会の残りの期間で、目いっぱいに協力してもらう。


 さっき学年主席は忙しいと言ったばかりだが、ここで遠慮して手が足りなくなったら、本末転倒だ。

 それに、1年主席の月乃がシロであった場合、彼女は頼もしい戦力になる。



 ――― 【4日目 午後】 演習エリア ゲート前


「お引き取りください! 交流会の参加者であっても、部外者の立ち入りは認められません」


 警備のマギクスは杖術じょうじゅつに使うような細長い武装を持ちながら、拒否してきた。


 予想通りだな。


「3年の脇宮わきみや先輩に呼ばれたのですが? ぜひ私の勇姿を見て欲しい、と」


 その瞬間、警備をしていた女子2人がギクリとした。


「仕方ないですね……。脇宮先輩には、後で言っておき――」

「ま、待ってください! 今、確認を取ります」


 俺が咲良マルグリットと待っていたら、パニックに陥っている女子2人の会話が聞こえてきた。


「3年主席に確認する? でも、嘘だったら……」

「脇宮先輩。さっきの室矢くんに、物凄いアピールをしているんだよ! 3年だけじゃなく、学校中でうわさになっているし!!」


 1人の女子が端末を弄るも、その顔色は悪いまま。


「あ、連絡つかない! ど、どうしよう?」

「室矢くんに見てもらいたい話が、本当だったら……。わ、私たち、脇宮先輩に殺される」


 ガクガクと震え始めた女子2人だが、やっぱり通す気はないようだ。


 これは、どうしたものか……。



 バシュッ


「あんた達、何をゴチャゴチャとやっているのよ? そこは、カフェじゃないんだけど……」


「「天城あまぎ教官!」」


 中から出てきた女に、警備の女子2人が泣きついた。


 あれこれと話していたが、俺たちのところにやってくる。


「えーと、室矢くんで良かったかしら? 私は、天城あまぎ美昊みそら。ここで教官をしていて、今日の合同訓練を監督している1人でもあるの……。私が、あなたの見学を許可しましょう! ただし、自分の意思で危険なエリアに立ち入るから、そこで発生する怪我などの一切の損害は自己責任とします。この発言は記録されているから、後からとぼけることはできないわよ?」


「了解しました」


 天城教官に返事をしたら、彼女は、ついてきなさい、とだけ言って、中へと戻っていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る