第73話 上級生の2年エリアでついに容疑者の1人と対面
――― 【3日目 昼食】 1年エリアの食堂 パーティールーム
今回のランチは、1年1組の番だ。
「ご婚約、おめでとー」
ハーフツインテールの黒髪も心なしか、いつもよりダランとしている。
「ありがとう、時翼さん」
ニコニコしている
晴れて夫婦になったから、彼女もこの食事会に参加している。
他の生徒はやっぱり別で固まっていて、今は俺と彼女たちによる、3人の席。
今後の捜査に協力してもらえるように、頼んでみた。
「校内の落書きをした、犯人探し? 知らないよぉー! 君たちで、勝手に調べればいいだろぉ……。ボクは1年の主席だから、忙しいんだよ」
まあ、当然の反応だな。
本日のメニューは、手打ちそばのザルと、天ぷらの盛り合わせ。
俺のお盆にだけ、ミニ親子丼が追加されている。
一計を案じた俺は、エビ天を
「月乃。実は……。お前にぴったりの男を紹介できそうだ」
ピクッ
「そいつは俺のクラスメイトで、たぶんお前と気が合う! でも、忙しいんじゃ仕方ない。この話は――」
「待ってくれ、
ここには、私物のスマホを持ち込めない。
貸りているスマホを取り出し、モンタージュ機能で容姿を伝えた。
奴が退魔師という、同業者であることも。
「ふんふん……。悪くないね! 格闘家なら、ボクと似た考えだろうし……。まるで、ボクのために
そりゃそうだ。
ヒロインのお前は、原作の【
「分かったよ! 君たちに協力しよう!! ……ん、まだ要求があるのかい?」
俺の何か言いたげな視線に、上機嫌の月乃が
「いや。お前のクラスに誰がいるのか、気になってさ? せっかく一緒に食事をしているのに、名前も知らないのはどうかと思う」
その台詞に、月乃は、ああ、そうだったね……。と、バツが悪そうな顔をした。
ジェスチャーで俺たちを抑えて、自分は席を立つ。
「えーと、みんな! 今更になってしまったけど、重遠と話したい人は話してもいいよ!! 知っていると思うけど、彼は咲良と婚約済みだ。そこだけ、注意してくれ! ……今回はボクが大人気なかったから、後でちゃんと埋め合わせをするよ。以上」
それを皮切りに、ワッと盛り上がるパーティールーム。
月乃は気を遣って、少し離れた席に移った。
すると、来るわ来るわ……。
1年1組の14人ぐらいが行列になって、順番に自己紹介とお祝いを述べていった。
やっぱり男子が珍しいようで、どうか握手だけでもお願いしますと、せがんでくる女子も。
食事会は前回とは打って変わって、陽気な雰囲気で過ぎていく。
――― 【3日目 午後】 2年エリアの校舎 主席ルーム
「ご婚約、おめでとう! 咲良さんと……
2年エリアに出向いた俺たちは、時翼月乃の紹介で、2年の主席である
いきなり上級生の縄張りに行っても、たぶん会ってくれないか、時間を割いてくれなかっただろうな……。
ベルス女学校では、各学年の主席に専用の執務室を与えている。
高校の生徒会室のようなもので、必要な事務仕事や応対を行う。
さっき月乃が言っていたことは、全くの嘘というわけではなく、実際に忙しいそうだ。
主席が任意の生徒を役員に指名することで、まさに生徒会のような形態。
こうやって環と話している間も、女子たちが会社の事務員のように作業を続けている。
手伝った生徒については、主席から内容に応じた報酬が出る。
内部での不正や癒着を防ぐために、その流れには必ず、風紀委員や教職員の監査が入る仕組みだ。
つまり、各学年の主席ルームは、小隊の本部に限りなく近い。
環は、黒髪・黒目。
レイヤーを入れた自然なショートヘアで長めのバングを斜めに流し、サイドは耳に掛けている。
男子のような雰囲気のため、話しやすい。
女子校に1人はいる、男装の麗人みたいなポジションだ。
昨日の夜に相談室で入手したカルテによれば、魔力やテクニックよりも人望で『主席』の座についている。
むろん、弱いわけではないのだが……。
「同じ主席でも月乃とはだいぶ違っていて、驚きました。ああ、もちろん、良い意味ですけど」
俺が話を振ると、環は微笑んだ。
「月乃は、けっこう無理をしているからなあ……。魔法や格闘戦の腕だけでいえば、たぶん僕より強いと思うけどね? 優秀な妹を持つと、苦労するよ」
不思議に思った俺の表情を見たせいか、環がすぐに付け足す。
「本当の妹じゃなく、S……。もとい、この学校の
すでに顔見知りだったが、杏香から自己紹介をされたので、改めてやり取り。
どうやら、杏香は勉強を兼ねて、2年主席の実務を手伝っているらしい。
月乃が負けん気の強い性格のため、彼女とはあまり話さないそうだ。
生徒が同じ生徒を指導するのは、卒業後に上官として振る舞えるように、という意味もあるらしい。
いずれにせよ、違う年代との接点は必要だ。
落書きをした犯人の情報は得られなかったが、2年主席と面識を持てた。
何か気づいたら連絡するよ、とも言ってくれたし、上々の成果。
――― 【3日目 午後】 2年エリアの校舎 廊下
「うおっ!? マルグリットちゃん。俺を探していたの?」
いきなり男の声が響いたと思ったら、ズカズカと大股で歩いてくる姿が。
2年の先輩である、
その斜め後ろには、彼のお世話係であろう、ショートボブで黒髪の女子生徒もいる。
彼女は咲良マルグリットのようにクリーム色を思わせるアイボリーのテーラードジャケットを着ていて、脇が膨らんでいた。
「いえ。他に用事があっただけです。では、失礼します」
「ちょっ! ちょっと待てよ!? せっかく会えたのだから、もう少しいいだろ?」
マルグリットが事務的な口調で告げると、秀馬は食い下がった。
思わず俺がその間に入ろうとした時、2年主席の神子戸環が口をはさむ。
「下司くん……。咲良さんはもう婚約したのだから、その辺にしておきなよ? ほら、あっちのほうにも、君を待っている女子がいるのだし……。それで、今日の予定なんだけど――」
絶妙なタイミングで割り込まれて、秀馬が気勢を
人望のある2年主席だけに、環が喋れば、周囲の女子も動く。
この状況で、お前は黙っていろよ! とは、流石に言えないか。
ん?
下司先輩がすごい迫力で、俺を
結局、逆恨みされたか……。
マルグリットがさり気なく、その視線上に入ったことで、秀馬は無言で去っていく。
「いや、すまなかったね! 彼は初日からずっと、あの調子で……。どうやら金髪碧眼に好みが変わったらしく、そちらを追いかけていてさ」
困り顔の環が戻ってきて、俺に謝った。
俺には、同じ学校の先輩であることから、どう言えばいいかな? と手探りしている感じだ。
「気にしないでください! 別に親しいわけでも、部活の先輩というわけでもありません」
俺の返事で、環はようやく、普段通りの様子に戻った。
せっかくだからと、あの先輩の素行を尋ねてみる。
「あの先輩は、婚約できそうですか?」
「下司くんは、乗り気のようだが……。彼のお目当ての金髪碧眼は、2年にあまりいなくてね? しかも、全員がお断りという有様で……。まあ、オラオラ系が好きな女子も、いるにはいるのだけど」
オラつくのは、キャラとして難易度が高い。
あれは乙女ゲーだから許されている部分が大きく、現実でやったら、ただのDVになりかねない。
相手が喜ぶように、演技として振る舞う必要があるのだ。
そのさじ加減は、自分に酔っているだけでは、決してできない。
疲れた様子の環は、今日までの話だから……。と
――― 【3日目 午後】 2年エリア 3年エリアへの道
咲良マルグリットが、ぽつりと呟く。
「重遠は、あの下司という先輩がいなくなったら、悲しい?」
「ん? いや、全然……。それが、どうかしたか?」
俺は、即答した。
むしろ、ありがたい。
あの様子だと、紫苑学園に帰っても、粘着しそうだし。
いっそ、別の高校に転校してくれれば、面倒がなくていい。
俺のお付きである
「それにしても、2年の主席は、ずいぶんと気さくだったな」
「ええ……。私も直接話したのは初めてだけど、頼り甲斐のある人だと思ったわ!」
俺はマルグリットの返事に、疑問を感じた。
「学年主席は、月乃みたいなタイプが多いのか?」
「時翼さんは、まだ話が通じるほう……。これから会う予定の3年主席には、用心したほうがいいわ! 何しろ、彼女は交流会の反対派として、生徒側の筆頭を務めているのだから……」
緊張した面持ちのマルグリットは、3年主席について、一言だけ付け加えた。
別名、笑わない女か……。
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