第72話 2人の結婚式と選んだ指輪に込められたメグの想い

 ――― 【3日目 午前中】 商業エリア ブライダルセンター


 急に出向いたにもかかわらず、ブライダルセンターでは、すぐに受付。


 考えてみれば、他に対象者がいないか。

 2年の先輩はアレで、3年の先輩も、時間いっぱいを使って決めそうだし……。



「ね、重遠しげとおはどれがいいと思う?」


 咲良さくらマルグリットに話しかけられて、カタログに目を通す。


 うーん。

 ウエディングドレスの違いと、言われてもなあ?



「ところで、式の予行演習はできるのですか?」


 俺の質問に、ボックス席で向かいに座っている女性スタッフが微笑んだ。


「はい! 任意のパートだけ行うことも可能ですし、御二人おふたりが正装のまま通すことも可能です。必要な衣服、アクセサリー類は全て貸し出しますので、ご安心ください! ただ、正式なご予約がない場合は、別途レンタル料をいただく場合もございますので……」


 色々と用意をさせられて、じゃあ外の式場にするよ、では大損になるから、当然の対応だ。

 しかし、教会、神社、神殿、ゲストハウス、レストランか。


 ここはシンプルに、お金を払い、教会の式場を借りよう!


 容疑者が見つかったら、長期の張り込みや戦闘になる。

 急がないと……。



 いったん考える時間をもらい、マルグリットと相談した。


「すまないが、ここで誓約、指輪の交換、ベールアップからのウエディングキス、結婚成立の宣言、結婚証明書への署名だけに留めたい。レンタル料として、俺が――」

「夫婦なのだから、この式場を借りる費用は折半にしましょう?」


 マルグリットに言い返されて、俺はうなずいた。


 式場の諸々と新婦のウエディングドレス、新郎のタキシードの選択は、マルグリットに任せた。

 その間に、俺だけで結婚指輪を選ぶことに。


 ちょうどいいサイズがあるのか、彼女が気に入るのか、という不安はあるものの、いくら何でも指輪までレンタルでは、台無しだ。



 ――― 【3日目 午前中】 商業エリア 宝石店


「いらっしゃいませー」


 隣接している宝石店に入った俺は、声をかけてきた店員に相談する。


「実はこの度、結婚が決まりました」

「それは、おめでとうございます! では、結婚指輪のお求めでいらっしゃいますか?」


 ハイテンションになった店員から、結婚指輪について色々と提案される。

 あれ? 意外と安い?


「その、けっこう買いやすい値段なのですね?」


 俺が思わず聞くと、店員は手慣れた感じで答える。


「ええ! 学生同士のご結婚になるから、ご自分の買える範囲で探す方が多くて……。ハイグレードの結婚指輪も、ご用意できますよ?」


 さすがに、50万円、100万円を出したくはない。


「……あの、失礼ですが、室矢むろや様でいらっしゃいますか?」

「そうですが?」


 急に質問をしてきた店員に驚いていると、どうやら校長が費用を負担してくれるらしい。


 …………


「いかがなさいますか? 私共わたくしどもとしては、高いものを買っていただけるほうが嬉しいですけど……」


 難しい顔になった俺を見て、店員が気を遣ってきた。

 こういうビジネスだと、いったん客の機嫌を損ねたが最後、そのまま逃げられるからな。


「俺の財布から、出します。あの校長先生に借りを作ると、後が怖いので……。数万円の価格帯で、お願いします」


「承知いたしました」



 店員に相談しながら、いくつか候補を選んだ。

 それ以上は咲良マルグリットの確認が必要なので、再びブライダルセンターに戻る。

 とんぼ返りで、また宝石店に。


 一通りを見たマルグリットは、先に自分の指に合うリングサイズがあるのかをゲージで確認した後、さらに絞り込んだ。


 マルグリットが俺を見ながら、何気なく言う。


「ここからは、あなたが選んでちょうだい」


 俺は、ブルーサファイアを指差した。


「これがいいんじゃないか? メグの目の色と同じで……」

「そうね……。じゃ、これでお願い! 急いで欲しいけど、完成はいつかしら?」


 店員は予定を確認しながら、恐る恐る訊ねてくる。


「最短は明日の午前中ですが、特急料金で割高になりますよ? 通常でしたら、数日いただければ、対応可能です」


 マルグリットは迷わずに、きっぱりと宣言する。


「構いません。最短で、お願いします。明日の午前中の何時か、後で教えてください! 特急料金の支払いだけ、私に回してもらうことは?」


 店員は、なぜと聞き返さずに、うけたまわる。


「はい、かしこまりました。それでは、明日の何時にお渡しできるのか、今日の夜7時ぐらいにメールでご連絡いたします。お支払いは、指輪の代金が室矢さま、特急料金が咲良様でよろしかったでしょうか? ……お買い上げ、誠にありがとうございました」



 ウエディングドレスは、オフホワイトにしたそうだ。

 2色のソフトチュールを順番に切り替え、フレアーによるフワフワ感があるデザイン。


 全体的には、適度に贅沢ぜいたくな感じがあるプリンセスラインだ。

 ふんわりと膨らんだスカート部分が、上品なボリュームを見せている。


 結婚指輪の完成に合わせるから、明日の午前中に、誓約と指輪の交換か……。



 ――― 【3日目 正午前】 商業エリア 1年エリアへの道


 ブライダルセンターで小規模の教会とレンタル一式を予約した俺たちは、ランチのために1年エリアへ向かう。


「サファイアは……」


 咲良マルグリットの発言で、横にいる彼女を見た。


「サファイアは、良い宝石よ……。私が気に入った理由、分かる?」


 俺は、マルグリットからの挑戦に考え込んだ。

 とりあえず、自分の知識を言ってみる。


「サファイアには、『誠実』『一途な想いを貫く』という意味があったよな? それから、花嫁の純潔の白に相性が良いとか?」


 クスクスと笑ったマルグリットは、どれも外れ、と返した。

 そして、自分の考えを解説する。


「私があなたに、それらを期待すると思う? フフ、違うわよ……。正解はね……。サファイアが大地のシンボルだから! かつて、『空の青はサファイアの大地を映している』と考えられていたの。地面が全てサファイアという仮定だけど、夢があるとは思わない?」


 俺が、そうだな、と返したら、マルグリットは笑った。


「ずいぶんと、スケールが大きな話を持ち出すのだな? そのサファイアの上にいる俺は、どこへ行ってもメグに見張られるわけだ」


 マルグリットは俺の言葉を聞いて、組んでいる腕に強くしがみついた。


 俺が驚いてマルグリットを見たら、彼女のブルーサファイアよりも輝く瞳に見つめ返された。


「そう! この大地はどこまでも続いているし、空は青い……。私から逃れられると思ったら、大間違いよ♪」



 ふと思いついた俺は、マルグリットに聞いてみた。


「そういえば、ウエディングドレスに不満はないのか?」


 マルグリットは、すぐに用意してもらえて、サイズも合っているのは限られていたと返事。


「大勢に見られる結婚式なら、考えたけど。2人だけか、せいぜい数人の列席なら、あまり気にしなくていいかなと思ったの……。重遠は、嫌いだった?」


 不安そうな顔のマルグリットを見て、俺は慌てて付け加える。


「最高だと思うよ。俺から見ても、メグに似合っている。それで、列席者はどうするつもりだ? 俺のほうは……。あー、どうするかなあ。2年と3年の先輩がいたっけ……」


 すっかり忘れていたが、あのマルグリットに固執している2年の先輩がいたな。

 あいつは、絶対に呼びたくない。


 悩んでいる俺に対して、マルグリットは落ち着いた口調で説明する。


「私は、親友のりょう有亜ありあを呼ぶわ! 重遠のほうは、その先輩をどうしても呼びたいの?」


「いや。2年の先輩には、言いたくないんだ。メグを狙っているらしくて、難癖をつけてきそうだから……」


 マルグリットが、予行演習だから無理に列席してもらわなくてもいいでしょ、と結論を出した。


 3年の先輩についても、別にお世話になったわけじゃない。

 あの2人を呼ぶのは、止めておくか……。



 プルルル ピッ


『私が出席することに、文句があるかしらぁ?』


「明日の御列席をお待ち申し上げております」


『良い返事ねぇ……。では、明日』


 ピッ



 有亜から電話がかかってくるだろうなあ、と分かってしまう自分が嫌だ。

 こいつは、どこかの都市伝説かよ?

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