第45話 ここに「JC出没注意」の看板を立てようー③

 上機嫌の睦月むつきは、俺にあめをくれた。

 それを舐めながら、彼女のお目当てのショップを回る。

 彼女も、自分の口に飴を放り込んだ。


 表通りから離れ、ぎゅうぎゅう詰めにされた店の並びに差し掛かる。

 1人がかろうじて通れる暗い入口から入って、そのまま2階にあるフィギュア店へ。


 その店は、何をやっているのか不明の、住居兼用と思しき物件がのきを連ねている界隈にあった。

 壁には、空調の室外機がいくつも吊られている。


 1階にある、外から中が見えるタイプの店舗にも……。

 


 どれも、ライトな観光客が行かない場所だ。

 看板と案内は出ているものの、初見で入りたいとは思えない。


 案内が全くない、ビル名のみ輝いている雑居ビル1階の店舗にも立ち寄った。

 こんなところ、客が来るのだろうか?



 2人で横に並び、歩いていく。


重遠しげとおは、最近どうかな? 何か困ったことは?」

「いや、大丈夫だ! 詩央里しおりは、よくやってくれているよ」


 睦月は、その琥珀こはく色の瞳を輝かせて、言う。


「ついに、重遠も自分の式神を持ったんだよね?」

「ああ……。カレナという、ビスクドールの化生けしょうだ」


 俺は、睦月に腕を組まれながら、返事をした。


 驚くべきことに、意外と大きい。

 はたから見れば……兄妹はこんな真似をしないよなあ。


「そっかあ。へー。西洋人形の……」


 睦月の声が、若干低くなった。

 組んでいる腕に、力が込められている。

 日本人形のあやかしだから、対抗意識があるのか?


 しかし、睦月は普段通りの声に戻して、俺を壁際に引っ張った。

 他の通行人を避ける形になり、壁に張り付く形に。


 睦月が、正面から抱き着いてきた。

 俺の背中に、両腕を回される。


 睦月は俺と向かい合ったまま、耳元に口を寄せる。


「睦月?」

「そのままで聞いて、重遠……。夕花梨ゆかりさまからの伝言を伝えるよ。『どうしようもなくなったら、私が保護します』だって! ここに僕たちを数人は滞在させるから、いつでも連絡してね? できれば、僕がいる間に会ってくれると、嬉しいんだけど」


 俺も小声になって、答える。


「本拠地から、わざわざ数人も割くのか? 俺のために?」

千陣せんじん家にいた時も似たようなシフトだったし、問題はないよ! 夕花梨ゆかりさまの直属だから、うちの派閥の連中には『監視している』と言うだけ。それとも、重遠は僕たちを信用できない? ……悲しいなあ」


 俺は、慌てて返事をする。


「信用はしているさ……。必要があったら、連絡するよ」

「うん。あ、それとね!」


 離れようとした時に、睦月から言われたので、止まる。


 次の瞬間、睦月の舌が入り込んでいた。

 しばらく絡み合った後に、ようやく睦月が離れる。

 唾液が糸を引く。


「飴を渡しておいて、やっぱり正解だったよ。甘い……」


 チロチロと舌を見せながら、上気した睦月が呟いた。

 そして、ねっとりと続ける。


「僕は、君のために来たんだよ? 千陣家にいた時も、ずっと守ってきたのに……。ご褒美ぐらい、あってもいいんじゃないかな?」


 周囲をよく見ると、“レスト” “ステイ” の文字が……。


「ここ、和モダンで雰囲気がいいんだって……。シャンプー類から基礎化粧品まで揃っているうえに、コンビニBOXも完備! ポケットコイルのマットレスで、どんなに動いても身体をよく支えてくれるんだよ」


 睦月の誘いに、俺は慌てて指摘する。


「1時間後には、あいつらと合流するんだろ?」

「んー、そんなの建前だよ! どーせ、あっちはあっちで、同じように仲良くしているって……。お金は、僕が持っているから」


 そのタイミングで、付近の地面が2回、小さく破裂した。

 威嚇のようだ。


 それを見た俺が構えようとしたものの、睦月が手で制した。


如月きさらぎ弥生やよいか……。チッ! もう少し遅れてくれれば、良かったのに」


 俺が角度的に撃ってきたと思われる方向を見上げたら、少女らしきシルエットが近くのビルの屋上に2つ見えた。


 あいつらも、来ていたのか……。


「残念だけど、ここまでだね! 戻ろうか、重遠」

「あ、ああ……」


 こういう時、どういう返事をしたらいいのやら……。



 睦月はすぐに頭を切り替えたようで、お目当ての物品をどんどん買い漁っていく。

 俺は荷物を持ちながら、付き添う。


 時間通りに集合場所へ行くと、普通に寺峰てらみね勝悟しょうご沙雪さゆきがいた。

 別れ際に、SNSのグループを新しく作って、連絡を取り合うことに。



 ◇ ◇ ◇



「お主は、女を寄せ付けるフェロモンでも出しているのか?」

「たくさんの女の子にかしずかれて、良かったですね。若さま……」


 室矢むろやカレナと南乃みなみの詩央里しおりは、どちらも冷たい反応だ。


 睦月は千陣家の派閥争いの関係で俺の自宅に来られないため、そのまま別れた。

 千陣夕花梨へのお土産なのか、美少女フィギュアや限定グッズを山ほど抱えたままで……。



 アイと聞いて、カレナは見ただけで分かるほどに驚いた。

 今後のためにと、説明を始める。


深堀ふかほりアイは、私の妹じゃ」

「カレナに、妹がいたのですか?」


 いつもなら人の話を最後まで聞く詩央里が、カレナの話の腰を折る。

 ハッと気づき、すぐに口をつぐむ。


「そうじゃ……。不肖ふしょうの妹でな? 昔から、自分の気分で動いている。友人に対してはかなり手厚く、礼儀正しい。だが、それ以外にはけっこう無頓着で、玩具おもちゃにしたり、犠牲にしたりもするのじゃ。今回、重遠がアイに気に入られたのは、ある意味では助かった」


 カレナが深刻そうな顔で、締めくくった。


 詩央里が、カレナに質問をする。


「味方と考えて、良いのですか?」


「とりあえずは……。ただし、私たちが望む形で協力してくれるとは限らん。下手につついたら、何を始めるやら……。私が頃合いを見て、アイと話そう! その後、交渉のテーブルに着かせるのじゃ」


「しばらくは、千陣流にも伏せておきます」


 詩央里が呟くと、カレナが頷いた。


「あのー、俺はどうすれば? さっきからSNSにメッセージがどんどん溜まっているのだが……」


「重遠は、適当に返事をしておけ! 直接会いたいと言われたら、私に相談しろ。それ以外なら、相手に合わせていれば良いのじゃ! アイは気に入ったら、そう簡単には見放さん」


 カレナに尋ねたら、物凄く投げやりに返された。



 自室に戻って、パソコンで “聖ドゥニーヌ女学院” を検索する。


 ふむふむ。


 お嬢さまってジャンルだと、紫苑しおん学園よりもレア度は高いわけか。

 あいつら、私服でも雰囲気が違っていたからな。


 国際的で、外国人や帰国子女の受入を積極的に行っている?

 アイは、カレナと同じビスクドールの怪異として……。


 椙森すぎもりデュ・フェリシアは完全にハーフか外国人だったし、他のメンバーもそんな感じだったな。

 duデュ……。de luの短縮形がついているってことは、フランス系か?

 由緒正しい貴族に多いようだが、今だと、格好いいから、でつけている人もいて、はっきりした区別はないはずだ。


 彼女たちは、お嬢さまにしては気が強いというか、押しが強いって印象だ。

 ……ま、俺がここで女子校の内部事情を考えても、しょうがないか。


 へー。

 制服はマニアの間で、高値がついていると。


 歴史が長い有名女子校だと、一式で100万円から。

 寿司のネタみたいに、“時価” で売買されているようだ。


 有名校では、入学の時点から制服の数を管理して、基本的に追加購入は不可。

 晴れて卒業すれば、学校による回収。


 ……世の中には、そういう世界もあるのだな。


 公式ホームページには……行事予定や教育理念ぐらい。


 女子校だから、文化祭などのイベントでも制限がありそう。

 生徒がチケットを親族に渡して、それを確認できた人のみ入場ってところか?


 後夜祭は……非公開。

 ま、後夜祭に来る男は、ほぼ100%ナンパだろう!


 わざわざ、女の子が3人以上いるフィールドに行くとは……。


 俺は、絶対に行きたくない。

 今日だけでも、かなり閉口したのに。


 うーん。

 これといった情報は、得られなかったな……。



 ポンッ


“アイさんに認められたからって、いい気にならないでください。必要なことは、私が全てチェックします!”


 これは……フェリシアか。


“あなたなんて、私がChu!( ˘ ³˘)❤”


 は?


“間違えましたわ! 予測変換で! 予測変換で!”

“分かったから、少し落ち着け”


 プルルルルル ピッ


「なぜ、ビデオ通話のアプリでかけてきたんだ?」

『私が誤解されたままでは、我慢なりません! ちゃんと私の目を見て、お話くださいませ!』


 俺がビデオ通話のアプリで受けると、そこにはヒツジ柄のパジャマを着たフェリシアがいた。

 自分の部屋にいるようで、ベッドらしき部分に腰かけている。


「あのさ、別に画像はなくても……」

『お互いに目を見て話すことは、私がお父様から教えられたことです! ごまかさずに、私の話を聞いてください!!』


 フェリシアのお父様がこのことを知ったら、泣いて後悔するだろう。



 興奮したフェリシアをなだめるのに、1時間ぐらいかかった。

 こちらの様子を見られていたので、別作業を行えず、聞き役に徹することに……。


 まるで、詩央里がもう1人増えたような感じだ。

 けれども、フェリシアは、詩央里とは決定的に違う。

 昼間のカフェの食事会と今のビデオ通話で、よく分かったよ。


 かつて、とある偉人が言いました。

 どうして山に登るのか? それは、そこに山があるからだ、と……。

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