第46話 メインヒロイン南乃詩央里のネタバレ(前編)

『た、助けて! シオリン、助けて!!』

『う、嘘だよね? 私のこと、ずっと嫌いだったなんて、嘘だよね!?』

『ねえ、嘘だと言ってよォ!!』


『本当に愚かですね、若さま……。私が、あの時に、何も思わなかったとでも? 死にたかった……。でも、それはできなかった……。衿香えりかをグチャグチャにしたお前を! この手で、地獄に落とすまでは!!』


『全部、演技だったのですよ? 今となっては、お前の味方は1人もいません。だって、私がそうしたから……。そのまま、誰にも気づかれず、死んでください。お前には、それがお似合いです』


『終わりましたよ、衿香。でも、あなたは帰ってきません。……ええ、分かっています。私も同罪ですよね。……もう少しだけ、待ってくれないでしょうか? そんな資格はないと分かっています。でも、私には航基こうきさんという、愛する人がいるのです。いずれ、償いはしますから……』


 ・・・・・

 ・・・

 ・・

 ・


重遠しげとおくん? そんなところで寝ていると、風邪を引くよ?」


 俺がうつ伏せのまま、声がしたほうに顔を向けると、1人の女子が……。


「…………っ!!」


 ガタタタタ ガシャン


 思わず椅子から落ちた俺は、したたかに体をぶつけた。

 いきなりの痛みに、顔をしかめる。


「ご、ごめんなさい……。そこまで驚くとは思わなくて……」


 その女子は申し訳なさそうに、手を差し伸べてきた。


 俺は丁重に断りながら、立ち上がる。


「いや。起こしてくれて、助かったよ……。心配をかけて悪かったな、衿香」


 俺は、クラスメイトの小森田こもりだ衿香に声をかけられて、目覚めた。


 周囲を見渡すと、教室には誰もいない。

 時刻は、午後5時。


 いつの間にか、自分の席で眠ってしまったようだ。


「それにしても、さっきは凄い顔だった! ホラー映画で、を見たシーンを思い出したよ……。重遠くん、悪い夢でも見ていたの?」


「なんでもない……。大丈夫だ」


 衿香に聞かれたものの、その内容を話すわけにはいかない。


 無理に笑顔を作り、適当に誤魔化したことで、彼女は怪訝けげんそうな顔に。


「私に話せないことなら、シオリンに相談するといいよ! じゃ、また明日」


「ああ、またな」


 衿香はあまり追求せず、教室から出て行った。

 どうやら、忘れ物を取りに来ただけのようだ。


 衿香は、南乃みなみの詩央里しおりの親友だ。

 その関係で、他のクラスメイトとは違い、俺と詩央里が深い仲であることも承知している。



「おい、本当に大丈夫か?」


 衿香と入れ違いで入ってきた寺峰てらみね勝悟しょうごに、心配された。


「問題ない……。心配してくれて、ありがとう。少し休んだら、家に帰るさ。……すまない。1人にしてくれないか?」


「そうか……。じゃ、また」


 俺が返事をしたら、勝悟は片手を上げて、教室から廊下へ。



 す―――、は―――、す―――、は―――



「ふーっ」


 逢魔が時になった教室で深く息を吐いた俺は、さっきの悪夢の内容を思い返していた。


 本来、小森田衿香という女子は、この紫苑しおん学園にいない。

 なぜなら、千陣せんじん重遠しげとおのせいで、【花月怪奇譚かげつかいきたん】の冒頭にはもう死んでいたキャラだから……。


 原作の千陣重遠は、何かにつけて口煩くちうるさい詩央里を鬱陶うっとうしく思っていた。

 であるにもかかわらず、紫苑学園の高等部へ進学する直前に、彼女は長々と説教をしたのだ。

 その逆恨みによって、たまたま詩央里の家に遊びに来ていた衿香が、犠牲に……。


 奴は詩央里に、私はあなたのことが昔から嫌いだった、と言わせたうえで、一部始終を見させた。


 親友に裏切られて、身体もボロボロにされた衿香は家から出なくなり、やがて自ら命を絶ったのだ。


 これが明らかになるのは、ゲームの終盤で、詩央里が親友の仇に復讐する場面。

 私は、衿香と一緒の制服を着たかった。高校生活を送りたかった、と。



「今となっては、関係ない話……。とは分かっているのだけどな」


 人は、何にでも慣れる生き物だ。

 原作で大きな役割を果たしていたレギュラーキャラはともかく、衿香のようなサブキャラについては、もう普通に接している。


 さっきみたいに、完全に油断しているところで不意打ちをされると、まだ固まってしまうが……。


 ………………


 落ち着け。

 大丈夫……。


 俺は、大丈夫だ……。


 小さい頃に前世を思い出して、しばらくフラッシュバックに悩まされ、よく寝込んでいた時期に比べれば……。


 あの頃は、本当に酷かった。


 幼馴染にして、親同士が決めた婚約者である詩央里の顔を見る度に、恐怖。

 おまけに、自分が復讐されると怯えて、よく寝込んでいたら、いつの間にか妹の千陣せんじん夕花梨ゆかりが枕元に……。


 その顔のどアップに、また正気度が下がる始末だった。

 二段オチは、本当にやめてくれ。


 睦月むつきたちも控えていたから、薄暗い部屋に輝く光がいくつも……。



 前世のゲーム【花月怪奇譚】が理由だとは言えず、黙って彼女たちを避けるしかなかった。


 逃げ場がなく、ほとんど避けられなかったけどな。

 俺が叫ぶと、すぐに睦月たちが近寄り、囲んでいたっけ……。


 今考えてみれば、千陣家を追い出された決め手は、その寝込みだったのかも?


 常に見張られる状態が続いていたら、俺は完全に発狂していただろうし、助かったとも言えるが。


 原作と同じ紫苑学園に入れられた理由は、たぶん、その時点の俺も後継者の候補に残っていたから。

 野に放って、どこの馬の骨とも分からない女が子供を連れてきたら困る。というわけだ。


 詩央里が俺に、身も心も捧げていた場合でも……。


 他に監視役がいることは、間違いない。

 ゲームの中での千陣家の描写を考えたら、それぐらいはする。

 一般生徒の振りをしたスリーパーが誰なのかは、現状では全く不明だ。



 深呼吸を繰り返すことで、ようやく落ち着いてきた。

 時計を隠して、時間を数える。


 10秒のカウントが、ほぼ合っていることを確認。


 パニックになると、まず時間の感覚が狂う。


 まだ千陣家にいた時の、師匠からの教えだ。


 今となっては破門された身だが、色々と思い出す。

 鍛治川かじかわ航基こうきと一緒に鍛えてもらっている、体術の師範は、あくまで場所貸しだからなあ……。


 さて、このまま教室に泊まるわけにはいかない!


 自分の席から立ち上がった。



 ◇ ◇ ◇



 帰宅する前に、普段通りにしないと……。


 俺は精神を落ち着けるため、人がいない屋上で、両足を肩幅に広げた。

 かかとを上げて、両手を上げ、拳は軽く握る。


 トントントン


 軽く跳ねながら、両肩の力を抜く。

 次に、その動きに合わせて、左ジャブを繰り出す。

 サイドステップで、イメージしている相手に対して左回りをしながら。


 こちらの手数を増やしつつ、相手にとって攻撃しにくい位置取りだ。

 ただし、自分と相手の利き手により、回る方向が変わる。


 相手がこちらに足を差し込みながら、貫手ぬきて

 頭を傾けて避けつつ、その戻り際で俺の奥襟おくえりを掴まれる前に、踵で相手の足の甲を踏み砕く。

 後ろに退かれる。


 相手が退くのと同時に、こちらが左足で踏み込み、右拳を最短距離で伸ばす。

 躱された。


 右ストレートが伸びきったところで、その手首に相手の手刀が振り下ろされる。

 体勢を崩しつつ、急いで右手を引く。


 足を払われて、倒れた。

 その勢いで転がりながら、距離を取る。


 動きを止めずに立ち上がったところで、俺の水月に相手の拳がめり込む。

 この時点で、激痛によって呼吸と動きが止まり、後は連撃をもらうだけ。



「やっぱり、勝てるイメージにならないな……」


 千陣家の師匠は、俺を可愛がってくれた。


 かなりの強さを誇っていて、シャドーですら圧倒的だ。

 これでも、本来の実力を発揮せず片手間というのだから、感服するのみ。


 本来の貫手は、そのままでは使えない技だ。

 指はとても繊細なため、4~5本の指を真っ直ぐ揃えても、あっさりと折れる。

 それはもう、ポキポキと……。


 古流の空手によっては鍛えた指による貫手を得意としているのだけど、大半は指先を密着させる平拳ひらけん、もしくは握り込んだ縦拳たてけん、人差し指の関節を前に出しながら握り込む鶏口拳けいこうけんで当てる。


 たとえば、身体の中心部への貫手とした場合、ヒットした時にまず平拳を押し込んで相手のアバラ骨を開きながら、間髪入れずに縦拳への変化でダイレクトに内臓へ打撃を通すとか。


 かなりエグいが、古流は基本的にそういう技。


 貫手で伝えている理由は、秘伝だから。

 敵に知られたら盗まれるか、対策されるので、普段は指を揃えて稽古するわけだ。

 ここらへんは失われた部分が多く、諸説ある。



 師匠……。


 俺は、あなたに…………。



 二度と会いたくないです。


 お願いですから、俺の家にも来ないでください。

 笑顔で俺をいたぶるのは、止めてください。

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