第44話 ここに「JC出没注意」の看板を立てようー②

 コラボ企画のカフェは、その作品の限定グッズが飾られていて、内装も特別仕様。

 ところが、人気があって、順番待ちに。


 待機スペースで待っていたら、店員が呼びに来た。


「申し訳ありませんが、御一人様だけ、別のテーブルになってしまいます」


 あのさ……。


 そこで一斉に、俺を見ないでくれる?



「じゃあ、俺で……」


 無言の圧力には、かなわなかった。


 悲しい。

 俺は、とても悲しいよ。



 店員に案内されて、寺峰てらみね勝悟しょうごたちとは別のテーブルに、着く。


 あれ、こいつら……。


 見覚えのある容姿が、俺の視界に飛び込んできた。

 銀髪のショートヘアも。


 ……最寄駅のコンコースでたむろしていた少女たちか。


「あら、また会ったわね、重遠しげとおお兄さん」

「どうも…………」


 深堀ふかほりアイに話しかけられたので、とりあえず返事をする。

 このグループのリーダー格らしく、他の女子たちは黙ったまま。


 笑顔のアイが指示を出すと、俺の進路を作るために、女子たちがいったん席を立った。


 ……いや、ちょっと待て。


「ほら、早く座りなさい。店員も、待っているのだから!」


 やむなく、中央にいるアイの隣に座った。

 すると、立っていた女子たちも、俺の横に座っていく。


 栗色で長い髪をした、青い瞳の少女が、ずっと睨んでくるのだけど……。


 俺の隣に座っているから、いたたまれない。


「やめなさい、フェリシア」

「…………はい」


 アイがたしなめると、フェリシアはしぶしぶ矛を収めた。

 ぽっと出の俺が大切に扱われているから、嫉妬しているのか。


「それで、何にするのかしら? このカフェだと、ドリンクにコースターがついてくるし、ランチも凝っているわよ」


 メニューを広げたアイは、俺にぴったりとくっつく。


 説明してくれるのは嬉しいのだが、ぐいぐいと身体を押し付けられて、落ち着かない。

 耳元でささやくボイスみたいだ。


「えーと、俺はお腹が空いているから――」

「なら、いっぱい食べられるわね。ドリンク付きのガレットと、ホットドッグでどう? 美味しいわよ!」


 あのさ、人の注文を勝手に決めるのは――


「お金の心配? 私がおごってあげるわよ……。あなた達も、欲しいものを頼みなさい。今回の支払いは、私がするから」


「やったー!」

「さすが、アイちゃん!」

「じゃあ、これ頼もうっと」

「ありがとうございます、アイさん」


 他の女子たちが、一気に盛り上がった。


 だが、俺はNOと言える男だ。

 いかに、育ちが良さそうな少女たちに囲まれていようとも、自分の支払いは自分で……。


「あなたも、それで良いかしら?」

「そ、そうだな……」


 …………言えなかったよ。



 注文を済ませた後でいったん解放してもらい、トイレへ行く。

 途中で、俺を見捨てた連中がいるテーブルを通りかかった。


「お前ら、よくも裏切りやがったな?」


 俺が文句を言えば、どいつも目を逸らしやがった。


「いやー! これ以上は、待てなかったから」

「うん。1時間を越えていたし」

「あまり気にしたらダメだよ……。細かいと、女の子に嫌われるよ?」


 勝悟がとぼけたら、睦月むつき沙雪さゆきも追随した。


 俺は、いかに自分が大変なのかを伝える。


「こっちは銀髪の少女に絡まれて、大変なんだぞ? 隣にくっついたままで、このカフェのけっこう高いメニューを奢ってもらって。その銀髪の少女に入れ込んでいると思しき、別の美少女から睨まれるし……」


「は? お前、ついに美少女ゲームと現実の区別がつかなくなったのか?」

「重遠……。ごめん。僕、これから優しくするよ」

「あたしも反省する。とりあえず、元気を出して! 話ぐらいは聞いてあげるから」


 …………こいつら、一発ずつ殴っていいかな?



 俺がアイたちのテーブルに戻ると、すでにドリンク付きのガレットと、ホットドッグが届いていた。


 他の女の子たちは、分厚く丸い2枚重ねのホットケーキや濃厚なチーズに野菜とハムが挟まったチーズトースト、カスタードクリーム入りのフレンチトーストなどを食べている。


 新しい紅茶のティーセットや、コーヒーのカップも置かれていた。

 どうやら、奢りとあって、二回戦に入ったようだ。


 再び女子たちに立ってもらい、気まずい雰囲気のまま着席。


「えーと、深堀さん――」

「アイでいいわよ。あなたのほうが年上なのだし」


 仕草で促されたから、食事をしながら会話する。


 カリカリに焼かれた生地に包まれた卵とベーコン、チーズ、ほうれん草は、とても優しい味だ。


 25cmぐらいの大きなホットドッグは、その逆にチリ味でスパイシー。

 ドリンクはリンゴの炭酸飲料で、よく合っている。


「アイは学生……なのか?」

「ええ、そうよ! 全員、聖ドゥニーヌ女学院の中等部で、私のお友達」


 やはり、中学生か。

 小学生にしては大人びていて、高校生にしては幼い感じだものな。


 おっと、まずはお礼を言うべきか。

 これ、1,500円はするだろう。


「初対面なのに、こんな高いメニューを奢ってくれて、ありがとう。このままでは一方的だから、『何かお返しをできれば』と思うのだけど……」


 俺の発言を待っていたかのように、アイが目を細めた。

 そして、すぐに返事をする。


「それなら、私と連絡先を交換しましょう! 先ほどの紙、まだ持っているかしら?」


 あ、これ、やっちゃったか?

 この銀髪少女はまだ自称妹で、カレナに確認を取りたかったのだが……。


 奢ってもらった食事の途中で、周囲にいるのはアイの味方ばかり。


 離席したくても、両隣を固められている。

 正面は、もちろんテーブルだ。


 俺が逃げたがっている様子を察したのか、さっき睨んできた少女が覗き込んできた。

 わざわざ俺の片腕を押さえて、絶対に逃がさないとアピール。


「私は、椙森すぎもりデュ・フェリシアと申します。……アイさんが、ここまでおっしゃっているのです。まさか、嫌とは言いませんよね?」


 フェリシアが、その青い瞳で俺を見る。

 他の女の子たちも、俺を非難する目つきだ。


 外国人らしき彼女は、追撃をしてくる。


「失礼とは思いましたが、あなたの買った物が少し見えまして……。チアガールと学生服……。とても良いご趣味ですね? 何でしたら、今ここで騒いでも――」

「喜んで、アイと連絡先を交換するよ」


 スマホを取り出し、満面の笑みを浮かべたアイとSNSのグループを作る。

 架空の連絡先を避けるためか、テストメッセージを送受信して、電話番号やメールアドレスも押さえられた。


 隣のフェリシアともで、連絡先を交換。

 アイと直接やり取りをせず、まず自分に連絡を寄越せ。だとさ……。


 どうでもいいけど、これは任意ですから、で選択の余地があった試しはないよな?



 カフェから出てきた時には、もう疲れ切っていた。

 しかし、勝悟たちに連れられて、声優のミニライブや、その店舗の限定グッズの調達という後半戦が始まることに。



 ◇ ◇ ◇



 各イベントホールには目ぼしい出し物がなく、秋葉ならではの店へ移動した。


 秋葉にある、フィギュアの専門店。

 自社ビルなのか、5フロア以上が丸ごとフィギュアで占められている。

 トレーディング、中古の販売が行われている他、イベントフロアまで設けられていた。


 もう1つの専門店では、アニメやゲームのキャラクターが多い。

 やはり複数のフロアがあって、1階がキャラクターグッズ、2階が女性向け、3階が美少女フィギュア。

 つまり、上がっていくほどに、闇が深くなる寸法だ。


「で、重遠は、当然のように3階にいると……」

「まったく、度し難いね」


 睦月と沙雪は、ガラスケースの中に展示されている美少女フィギュアを見ながら、俺をけなしてきた。


「下からスカートの中を覗き込もうとしている、お前たちが言うな」


 俺が言い返すと、2人の少女は悪びれもせずに、また別のフィギュアを見に行く。



「僕、色々なショップに用があるんだ。勝悟、ちょっと別行動にしない?」

「そうだな……。1時間後、ここに集まろう。沙雪は、俺と行くか?」

「ん、いいよ」


 睦月の提案で、男女の2組に分かれる。


 俺が口を挟む間もなく、睦月との行動になった。

 完全に、ダブルデートの構図だ。

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