第43話 ここに「JC出没注意」の看板を立てようー①

 南乃みなみの詩央里しおりの怒りに触れたことで失われた、“巨乳” のオカズたち。


 俺はこの機会にオタク向けのグッズを買い揃えようと、そういった物販が多い街、秋葉あきばに来ていた。


 名前からして、完全に前世の電気街だな……。


 俺が通っている紫苑しおん学園は、日本の中心地。

 前世でいう東京都なのだが、“東京” と表記されている。

 要するに、政治、経済、外交の重要人物の集まっている土地で、石を投げれば有名人に当たるエリア。


 お嬢さま学校の女子生徒は、政財界のVIPの娘とかな。

 そういった有名私立だと、歴史の教科書に載っている大名の末裔まつえいもザラにいるのだ。

 値段をつけられない歴史的な品物を蔵に保管していて、家系図も……。


 たとえ大企業の重役の子供であっても、庶民であれば『普通』のカテゴリに括られる。


 貧富の差をくつがえすのは、並大抵ではない。

 だから、上流社会にいる面々はそうそう変わらずに、ただ世代を重ねていく。



『次は、アキーバー。アキーバー』


 プシューッ


 ドカドカと、車内にいる乗客がホームに降り立つ。

 東京の主要駅では複数の路線が乗り入れているため、老若男女がいる。


 休日のオタク街の最寄り駅は、活気のある雰囲気だ。

 前世と同じく定期的に大規模な再開発が行われていて、5年もてば、店舗がかなり変わる。


 周囲の乗客に交じって改札を通り、いったん壁際に退避した。


 ピンポーン ピンポーン


 ガヤガヤとした音に囲まれながら、自分のスマホの画面に目を落とす。



「アイちゃん。どこへ行く?」

「私、初めて秋葉に来たよ」

「こんな場所に来たなんて知られたら、お父様に怒られますわ……」


 わざわざオタク街に来ておいて、文句を言うなよ。

 俺がパパの代わりに、お仕置きしてやるぞ?


 社会見学にやって来ました、と言わんばかりの会話を聞いて、俺はいきどおった。


 顔を上げると、女子中学生らしき集団が目に入る。


 高価なブランド物と思しき、生地から段違いの私服ばかり。

 どこかの富裕層が通う、私立の学生か?


 女子校っぽい感じだな……。


 その中心にいる銀髪の少女と、目が合った。


 ショートヘアでいかにも幼い容姿だが、なぜか気が弱いとは思えない。

 紫の瞳をしており、興味深そうに俺を見つめている。


 ジッと見られて、目を逸らした。


 さて、待ち合わせをしている寺峰てらみね勝悟しょうごは、いつやって来るのか……。



「あなたが、室矢むろや重遠しげとおさん……かしら?」


 いきなり近くで声がしたことに、驚く。

 スマホから目を離すと、触れられる距離に銀髪の少女がいた。


 子供から女になっていく途中の体のラインが、いきなり視界に入ってくる。

 春先の花のような、良い香り。


 いつの間に…………。



 俺が黙っていると、少女が口を開く。


「ああ、ごめんなさい! 私は、深堀ふかほりアイよ。そうね……。カレナお姉さまと言えば、分かるかしら?」


「カレナの妹? そんな話は聞いていないぞ」


 アイは、肩をすくめた。


「そう……。さっきの言葉は忘れてちょうだい。それより、今日はお時間があるかしら?」


「悪いが、友人と待ち合わせでな」


 義妹のカレナで慣れているから良いものの、そうでなかったら思わず言いなり、という色香だな。

 彼女の妹であれば、やはり怪異の一種か?


 俺が考えていると、いつの間にか、白くて小さい手の平でさすさすとでられていた。

 アイの滑らかな感触に驚き、思わず、触れている左腕を動かそうとする。


 その時、アイが火傷をしたかのように、いきなり手を離した。


「っ!! やっぱり対策がしてあった……。そんなに私は、信用がないのかしら? 効くのかどうかは、怪しいところだったけど」


 ぶつぶつと何事かを言いながら、自分の手を撫でるアイ。


「大丈夫か?」


「ええ、大丈夫よ。少し驚いただけ……。私は、もう行くわ。また会いましょう」


 にっこりと微笑んだアイは、少し離れて待っていた友人たちに合流した後、どこかへ去っていく。


「あの人、誰?」「ああいうのが、好みなんだー」という益体やくたいもない会話が、だんだんと小さくなっていった。



 俺がスマホの画面を見ようとしたら、アイの連絡先が書かれた紙を持っていることに気づく。

 あまりに怪しすぎるので、後でカレナに確認しておこう。



「よーっす! 待たせたか、重遠!」

「おせーよ、勝悟」


 ようやく、親友の勝悟がやってきた。


「久しぶりー、重遠」

「いや、なんでお前がいるの?」


 思わぬ人物の登場に、びっくり。

 こいつは千陣せんじん夕花梨ゆかりの式神の1人である、睦月むつきだ。


 茶色のショートヘアで、夕花梨と同じ琥珀こはく色の目をしている少女。

 所々で撥ねている髪が、チャームポイント。


 子供っぽい顔つきが、庇護欲をそそる。


 背丈は、女子中学生ぐらい。

 今日はカジュアル着物ではなく、緑と白のセーラー服を着ている。


「それが途中で会って、お前に用があるっていうから……。男2人というのは、味気ないだろ?」

「勝悟。お前は一体、何を考えているんだよ……」


 俺は、思わず突っ込みを入れた。


 陰キャなのに、見知らぬ女の子と一緒に来るなって。

 しかも、まだ1人いるじゃねえか……。


「あたしは、沙雪さゆきだよ! 1人で回るとつまらないから、無理やり合流した」

「いや、おかしいだろ? 色々と……」


 同じく、俺が突っ込みを入れる。


 青みがかった白髪のロングで、灰色のような暗めの瞳。

 ラフなTシャツにミリタリージャケットを羽織っていて、同じミリタリー系のキャップ。

 オーバーサイズを選ぶことで、ガーリーさを演出している。


 下はホットパンツで、太ももが眩しい。

 くるぶしまで覆う、ハイカットスニーカー。

 赤と黒、それに白のカラーリングとあって、かなり派手だ。


 これは、ストリートファッションかな?


 全体的にメンズのコーデだが、顔立ちと丸みから、たぶん女の子。

 だが、待て……。


 ここは、実際に触って確かめ……。


「言っておくけど、あたしは女だからね? 気安く触ったら、殴るよ?」


 貴様、俺の心を読んだな?



「じゃ、全員揃ったし、とっとと店に行くか」

「おー!」

「行こう行こう」


 勝悟が提案すると、睦月と沙雪は同意した。


 このメンバーでうろついたら、絶対に陰キャの集団とは思われないだろ?

 オタクとは一体、うごごご……。



 ◇ ◇ ◇



 秋葉の街は、連なっている商業ビルの壁の大きな垂れ幕や宣伝用のパネルが、来客を出迎えている。

 でかでかと掲げられている美少女キャラやアニメキャラは、人気シリーズの最新作の告知などを担当。


 初めて訪れると、この洗礼に驚く。

 外国人観光客も多く、日本の中で有数の国際的なエリアの1つ。


 大企業のビルが増えてきたものの、基本的に雑居ビルで、いくつもの店舗がひしめき合っている。

 本来、こういう場所はアングラなのだが……。



「催眠で言いなり……。なるほど、そういうのもあるんだ……」

「睦月、こちらの触手のほうが……」


「とりあえず、お前ら、そのコーナーから出ろ! 話は、それからだ」


 睦月と沙雪が、エロゲのコーナーに陣取って、批評を始めた。


 俺が慌てて、2人を追い出したものの、手に持っているエロゲ―を渡していった。

 頼むから、自分で元の位置に戻してくれ。


 つーか、沙雪の触手ものは、エロい怪異と戦って墜ちていく巫女さんの話じゃないか!

 何が悲しくて、プライベートでお役目と同じゲームを遊ばなきゃならんのよ……。


 気を取り直して、本来の目的である “巨乳” のエロゲ―を調達する。

 ここは素材の味をそのまま活かしているチアガールと定番の学生服で、決まりだ!


 どうでもいい話だが、ぴったりと沿っている乳袋じゃないと、巨乳は太って見えるんだよな。

 張り出した部分から、布がそのまま下りるので……。


 制服だと腰のあたりで縛らないデザインが多いから、余計にそうなってしまう。

 ちなみに、巨乳専門のアパレルブランドでは、立体裁断で乳袋がある衣服を販売しているとか。


 ただ、一般的に “乳袋” という表現があまり好まれておらず、つぶやくと、すごい勢いで噛みつかれたりする。



「こんな可愛い女の子たちと来て、エロゲ―を物色かあ……。すごいね!」

「感心するよ。もちろん、別の意味で」


 黙れ、小娘ども!

 ぺったんな貴様らに、この俺が救えるか?


「女子中学生を引き連れて、エロゲのコーナーに入るなよ、重遠」

「そもそも、お前が連れて来たんだろうが……」


 睦月と沙雪がくっついてきたせいで、周囲からの視線が物凄かったんだぞ。


 勝悟。

 お前が責任を持って、しっかり面倒を見ろよ?


「仕方がないだろ! お前のほうに集まっているのだから……。モテて、いいな」

「遊ばれているの、間違いだ。せめて沙雪は引き取れ、勝悟」


 妹の夕花梨から仰せつかっている睦月は、どうせ俺から離れない。

 ならば、少しでも負担を減らすべきだ。


「勝悟。ついでに、期間限定のキャラをお迎えするガチャ代もちょうだい」

「誰がやるか!」


 沙雪と勝悟は、妙に息が合っているな。

 本当に、初対面なのだろうか?



「そろそろ、休もうぜ? 精神的にも疲れた……」


 俺の愚痴を聞いて、勝悟が自分のスマホを見る。


「今だと、コラボ企画のカフェがある。せっかくだし、そこに行ってみよう」


「わあ、面白そう!」

「うん。いいね……」


 勝悟の提案に、睦月と沙雪が食いついた。

 あー、これで休憩できる。


 でも、勝悟は、完全に陽キャだろ。

 今の俺が言うのも、何だけどさあ……。

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