第42話 俺の義妹はよくベッドに潜り込んでくる

 人々が、自然に恐れを抱いていた時代。

 そんな中、超常的な力を振るい、あまりに美しく、慈愛に満ちた存在がいれば、それは神代かみよと呼ぶべきだろう。



「あなたの守護者ガーディアンへの就任、嬉しく思いますよ、テオフィル」


「有難き幸せです、―――様」


 白の大理石などによって造られた、荘厳な神殿。

 その謁見の間に招かれた俺は、祭壇のような椅子に座った―――様の前にひざまずいた。

 右拳を床につけ、左手は左膝に添える。


 下から見上げると、その美しいラインをたっぷりと見られる。


 長い黒髪、青い瞳で、身長は160cmぐらい。

 大人びた風貌で、滅多に笑わない。


 しげしげと眺めていた俺は、周囲に控えている他の守護者ガーディアンから厳しい視線を送られていることに気づき、慌てて下を向く。



守護者ガーディアンには、私が作り上げたギアを与えます。このギアに選ばれたら、それをもって正式に認めましょう……」


 ―――様の宣言と共に、近くにあった布が外される。

 そこには、1つの物体があった。


 四角のキューブのようだ。


 側仕えの巫女にうながされて、その前に立った。

 目に見えない何者かの意思と、こちらを見定めている感覚に耐える。


 やがて、そのキューブが溶けるように消え、次に両手、両足、腰、胸、頭部と、何かに包まれていることに気づく。


 騎士の鎧のようだが、それよりもずっと軽く、動きを妨げない。

 身体が剥き出しになっている部分は少ないのに、生身よりも動きやすい感じだ。


 カラーリングは艶消しの白銀がベースで、所々に金色のラインが走っている。

 そのギアは、“シュヴァルツ” という名前だと、俺の意識に働きかけてきた。



 側仕えの巫女が、儀式にのっとった台詞を言う。


「祝え! たった今、ここに新たな守護者ガーディアンが誕生した!!」


「「「オオオオオ―――!!!」」」


 左右に列を作っていた守護者ガーディアンたちが、一斉に雄叫おたけびを上げた。




「テオフィル。お前もようやく、俺たちと同じになったのだな!」

「分からないことがあったら、俺に聞くといい」

「まあ、せいぜい足を引っ張らないようにな……」


 次々にやってくる守護者ガーディアンは、今回の主役である俺に挨拶をしていく。


 守護者ガーディアンの就任を祝うパーティは、それぞれのギアを身に着けたまま行うのが、慣例。


 このギアは適合することで、非常に軽くなる。

 各パーツは動きを妨げず、装着した者の力を引き出すという神器だ。


 頭は視界を確保するためにヘッドギアで、拳は動かしやすいようにナックルガード。

 蹴りの威力を増すために、爪先にまで装甲がある。


 ガシャガシャとうるさいが、そういうものだから仕方ない。



 俺が酒の入ったさかずきを口に運んでいると、さっきの儀式にいた巫女が話しかけてきた。


「やったね、テオフィル! これで私たち、対等になれたんだ!」


 巫女のアリスは、いつまでも見ていたくなる笑顔だ。


 俺は、感慨深くなった。


「ああ……。ずいぶんと待たせてしまったな、アリス」


 尊敬する―――様にお仕えして、愛するアリスとも会える。

 俺は今、とても幸せだ。




「テオフィル! どうして、お前だけが、―――様に呼ばれるんだ!! アリスの気持ちに応えない貴様が!!」


 俺は同じ守護者ガーディアンであるボドワンから、詰められていた。


 何も言い返せずに、黙り込む。

 それを見て、ボドワンは、さらに怒りを募らせた。


「よせ、ボドワン! 全ては、―――様がお決めになることだ!!」


 もう1人の守護者ガーディアンであるフレデリックが、止めてくれた。

 口をつぐんだボドワンは足音を立てて、その場から離れる。


「すまない、フレデリック……」


 俺がお礼を言うも、フレデリックは険しい顔だ。


「テオフィル。奴にも一理あるのだぞ? アリスの気持ちを考えてやれ……」


 フレデリックにたしなめられた俺は、思い切って打ち明ける。


「分かっている。次に呼ばれたら……、アリスと結婚することを話すつもりだ」


「……貴公がそう決断をしたのであれば、私から言うことはない」


 納得した顔のフレデリックもきびすを返し、その場を立ち去った。



「……テオフィル」


 気がついたら、アリスが近くにいた。


「聞いていたのか?」


「ええ……。―――様からの言葉をお伝えします。『本日、私の部屋に来るように』、以上です」




「それで、今日はこんな面白いことがあったのですよ!」


 ―――様の私室は、神殿の奥にある。


 守護者ガーディアンですら立ち入ることを許されない、神聖な空間。

 夜には、わずかな巫女だけが給仕として残るのだ。


 だが今は、―――様の楽しそうな声が響いている。



 カーペットの上に跪いたままの俺は、空気を読まずに口を挟む。


「―――様。恐れながら、申し上げます」


 黙った―――様が、俺に続きを促す。


「俺は近く、アリスと結婚をします。不敬だとは存じますが……」

「もう、ここには呼ぶな。ということですね」


 お叱りを覚悟しながらアリスとの結婚を告げると、意外にも―――様は冷静に返した。

 そして、彼女は、これまで不可侵であった距離を自ら詰める。


「―――様、いったい何を……」


 跪いている俺に近づいた―――様は、俺の耳元でささやいた。


「あなたのことは、諦めましょう。ですが、その前に……。せめて……。せめて今宵こよい、私の相手をしていただけませんか?」


 唖然とした俺は、思わず―――様を見る。

 そこには、紅潮した女の顔があった。


「大丈夫です。今晩のお付きは、決して秘密を洩らしません」


 しかし、俺は抱き着いてきた―――様をそっと離した。

 いくら敬愛する御方とはいえ……。アリスを裏切るわけにはいかない。


 唇を噛みしめた―――様は、元の椅子に座り直した。

 そして、絞り出すように言う。


「分かり……ました。これまで私のわがままに付き合っていただき、感謝します。…………下がりなさい」


 最後の―――様の台詞は、もはやかすれていた。

 俺は黙ってこうべを垂れ、返事を待たずに私室を出る。


 ―――様の私室を出て、ふと横を見たら……アリスがいた。


 そうか。

 絶対に秘密を守る近侍きんじとは……。


 そういう意味だったのか。


 アリスは俺が出てきたことでの嬉しさと、あるじへの申し訳なさが入り交じった、複雑な顔だ。

 どうしていいのか分からない、という雰囲気で、たたずんでいる。



 俺は部屋の中から聞こえてくる嗚咽おえつを振り払うように、神殿を出る方向へ歩き出す。


 おそらく……。


 ―――様とアリスの間で、話がついていたのだろう。


 一晩の相手をさせる代わりに、俺のことを諦めると。

 どちらも、今日の夜の出来事を他人に話すことは、あり得ない。


 だが、俺には…………。


 ・・・・・

 ・・・

 ・・

 ・


 目が覚めた。

 なぜか、義妹の室矢むろやカレナに抱き着かれている。


 お前のせいで、変な夢を見たじゃないか……。



 カレナの両手、両足を外して、自分のベッドから出る。

 上掛けをめくると、一晩で濃縮された甘酸っぱい香りが広がった。

 

 とある製薬会社の研究によれば、この思春期の女の子の甘い香りは、食品香料のピーチフレーバーにも使われている成分だそうで。

 本人はあまり自覚しないため、男女でこの香りに対する見解が異なる。



 こいつ、たまに潜り込んでくるのだよなあ。

 鍵をかけても、結界を張っても、どこからともなく這い寄ってきやがる。


 まあ、夢は記憶を整理するための行為で、そこに深い意味はない。

 脳がストレスを処理している……のだっけ?

 むしろ、考えすぎると悪影響があるとか、ないとか。


 俺のよく知っている顔ぶれで、アリスが南乃みなみの詩央里しおり、ボドワンが鍛治川かじかわ航基こうき……。


 そこまで考えた俺は、にへらーという顔の義妹を眺めた。


 で、―――様がカレナ、というわけだ。


 早く着替えたい俺は、カレナの両脇に手を突っ込むとベッドから持ち上げ、部屋の外に放り出した。


 ドアを閉める。


 むぎゅっ、という声が聞こえてきたが、構わずにクローゼットを開けて、本日の服を出す。




「カレナ、いいか? 俺たちは、義理とはいえ兄妹だ」


「うむ、そうだな!」


 喜色満面で、元気よく返事をするカレナ。

 しかし、俺は厳しい言葉を突きつける。


「以後、俺のベッドに潜り込まないように! 寝ぼけて襲いかからないとも、言いきれないからな」


「…………重遠しげとおは、我慢できずに、私を襲うのか?」


 俺は、説明を続ける。


「その可能性がある、というだけだ! 分かったな?」


 呆然ぼうぜんとしたカレナの両目から、すーっと涙が流れた。

 無言のまま、何度も頷く。


 ちゃんと分かってくれたようで、何よりだ。

 これで俺も、自分の就寝時間をしっかりと守れる。




 その後、カレナが俺のベッドに潜り込んでくる回数は、当社比で2倍になった。

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