第41話 男女の気持ちの調整は難しい【アイside】

深堀ふかほりさん! 俺、君のことが好きなんだ。つ、付き合ってくれ!」


「ごめんなさい。私は、あなたと付き合う気はないの……」


 国際的な感覚を養えると評判の私立、聖ドゥニーヌ女学院。

 清楚でありながらも、新しいデザインの制服を着た1人の女子が、告白されていた。


 街が夕暮れに染まっていく中、彼女はお断りの返事をする。


 いかにも女子に人気が出そうな男子は、学ラン。

 くだんの女の子とは、通っている学校が違う。


 彼は異性にモテる自信があるようで、果敢に食い下がる。


「ほ、他に、好きな男子がいるのか?」


「いえ。崎島さきしまくんをぬか喜びさせたくないから……」


 崎島と呼ばれた男子は、まだ本命がいないのかと、勢いづく。


「そ、それなら、俺の試合を見に来ないか? フォワードで、次の日曜の練習試合のスタメンになったんだ……。俺、深堀さんが応援してくれたら、もっと頑張れると思う。君のために、ゴールを決める。それと、俺はもう、ユースへの昇格がほぼ確実だ! 絶対、プロになってやるさ!!」


 プロリーグの下部組織である、中学生のジュニアユース。

 そこに入れるだけでも、選ばれたサッカー選手だ。

 高校生の年代のクラブチームである『ユース』に上がれば、後は活躍することでプロ契約に。


 この崎島さきしま達馬たつまの主張は、かなり現実的な話。

 

 しかし、その実績に裏打ちされたカリスマがある男子でも、全ての女子に通じるとは限らない。


 深堀という女子は、アピール中の男子にあまり興味を示さず、一言だけ呟いた。


「…………考えておくわ」


 典型的なお断りの台詞だが、その男子は喜んで去っていく。


 セーラー服を着たショートヘアで銀髪の少女は、はあっと息を吐いた。


「人気が出るというのも、大変ね……」



 深堀アイが裏道から大通りに出てくると、すぐに彼女のグループが出迎える。


「アイさん。どうでした?」

「崎島くん。けっこう人気があるんだよ? 羨ましい……」

「これだけ美少女だと、もう嫉妬する気にもならない」


 友人がわいわいと騒ぐ中、アイが宣言した。


「私は崎島くんと付き合う気はないから、お断りしてきたわ。サッカーの練習試合の応援に誘われたけど、面倒だから行かない」


 ええー! もったいない! と無責任にはやし立てる友人たち。

 「私だったら、断らない」「あんな脳筋は、嫌だ」と、侃侃諤諤かんかんがくがくの話し合いに。



 アイは、1人だけ顔を伏せている能澤のざわれいに気づく。


「玲? どこか、調子でも悪いのかしら?」

 

「あ、あのさ、アイちゃん! 崎島くんと付き合ってくれないかな? 他に好きな男子がいるのなら、仕方ないけど……。そうでなかったら、次が見つかるまでは、ダメかな?」


 周囲にいる女子たちが玲の発言を聞いて、一斉に黙る。

 アイのご機嫌を損ねないかと、彼女の様子を窺う。


 だが、アイは困った顔をしたものの、別に怒ってはいない。


「それはできないわ。いくら、あなたの頼みでも……」


「どうして? アイちゃんが選ばれたのに……。私じゃ、相手にされないんだもん!」


 玲は、自分が大声で叫んでしまったことに驚く。

 それでも、口に出してしまったのなら、と続ける。


「お願いだから、せめて次の練習試合は応援に行ってあげてよ! 崎島くん。喜ぶと思うから!!」


 黙ったままのアイを見て、玲は思わず叫ぶ。


「アイちゃんなんて、だいっきらい!!」


「待って、玲……」


 アイの制止を振り切って、玲は走り去った。



 しょげたアイを見た友人たちは、やがて玲に対する怒りを覚える。


「玲さんの気持ちは分かりますが。あの態度は、ちょっと……」

「うん……」

「アイちゃんは、きちんと返事をしたわけだし……」

「ちょっと身勝手すぎない? 私、前から気になっていたんだ」


 話し合いは、だんだんと玲を吊るし上げる方向へ進んでいく。



「やめて! 玲は、私の大切な友人よ!!」



 真顔になったアイの一喝で、危ない議論はピタリと止まった。


 神妙な顔になった友人たちを見て、アイは表情を和らげる。

 彼女たちを怯えさせたことに、心を痛めた。


「怒鳴ってしまって、ごめんなさいね? あなた達も、大切な友人よ。ただ、玲のことを悪く言って欲しくないの……。私が話をしてくるわ。フェリシア、後はお願いできるかしら?」


「はい。お任せください、アイさん」


 グループのまとめ役である椙森すぎもりデュ・フェリシアに頼んだ後、アイは1人だけ歩き始めた。



 ◇ ◇ ◇



「どうしよう。アイちゃんに、大嫌いって言っちゃった……」


 公園に立ち寄った能澤玲は、冷静になったことで、ようやく自分が置かれている立場に気づいた。


 女子の付き合いでは、相手を否定するのはNG。

 それなのに私、よりにもよって、自分のグループのリーダーに……。


 玲は1人でベンチに座ったまま、ガタガタと震える。

 明日、学校へ行った時、みんな話してくれるだろうか?


「は、早く、アイちゃんに謝らないと……」


 焦る気持ちとは裏腹に、スマホに表示したSNSをタップする指は動かない。



 その時、ポンッ! と着信音が鳴った。


“フェリシアです。アイさんは、自宅にいますよ”


 玲は、フェリシアに返信をする。


“アイちゃん、怒っていた?”

“いえ、別に……。アイさんは悲しんでいましたよ? 玲さんが話せるようなら、今日行ったほうが良いかと”


 玲はフェリシアからのメッセージを読んで、しばし考え込む。

 元々、自分が悪かったのだから、こんな気持ちを引きずったまま家に帰りたくない。


“今から、アイちゃんの家に行ってみる”

“はい。何かありましたら、私に相談してください”



 ◇ ◇ ◇



 いつ来ても、圧倒されるなあ。

 警備員や使用人が多くいて、どこかの貴族の屋敷みたい……。


 通用口から入れてもらった能澤玲は、深堀アイの自宅の豪華さに身を縮めた。

 すぐに、アイが待っている応接室へ案内される。


 見るからに高そうなソファに座ると、メイドが高級チョコと紅茶を置いた。


「来てくれて、嬉しいわ。ゆっくりしていきなさい、玲」


「う、うん……。あの、さっきはごめんね、アイちゃん」


 笑顔のアイに対して、玲は謝罪する。


 アイは片手を軽く振って、了承した。



「ところで、玲は崎島くんのことが好きなの?」


「うん。その……。サッカーで活躍しているのが、格好いいなって」


 紅茶を飲んだアイは、静かにうなずいた。


「そうね……。でも、彼と付き合う気はないわ」


「分かったよ。アイちゃんが決めたことなら……」


 膝に置いた手をギュッと握りしめながら、玲は返事をする。


 アイは彼女を励ますために、妥協した。


「玲がそこまで言うのだから、次の練習試合は応援に行くわ……。他にも都合が良い人がいたら、誘いましょう」


「アイちゃん、本当!?」


 パッと顔を輝かせて、玲が喜びの声を上げた。



 ◇ ◇ ◇



 椙森・D・フェリシアは、深堀アイのグループを引き連れて、ティーサロンにいた。


 昼には、富裕層のマダムがよく茶話会を開いている。

 1階はテイクアウト用のケーキ販売で、2階にはカフェ。

 デザイナーが設計した、開放的な間取りは、圧迫感を与えない。


 大きな窓から差し込む光は、そろそろ帰る時間だと伝えてきた。

 安さが売りのファーストフード店とは全く違うので、ナンパしてくる男は皆無。



「玲さんは、無事にアイさんと仲直りできました」


 スマホを見たフェリシアがそう言うと、他の少女たちが肩の力を抜いた。


 それぞれの席のお皿には、季節のイチゴ、葡萄ぶどうによるいろどりと、上質のアイスが、綺麗に盛り付けられている。



 少女たちは一息ついて、再びスイーツを楽しむ。


「でも、あれだけ言われて、アイちゃんもよく許せるよね」

「だよね。普通なら、どれだけ謝ってもグループから追放される」

「アイちゃん、あまり怒らないし。同じ中学生とは思えない……」


 女子生徒たちが、口々にアイの懐の深さについて述べる。


 挨拶の順番を間違えただけで激怒する人もいるのに、面と向かって自分を貶した相手を守るとは……。


「そういえばさあ……。アイちゃんって、男の子に興味あるのかな?」

「実は、女の子が好きってオチ? 女子校だと、たまにいるけど」

「…………私、アイさんなら一向に構いませんわ」


 初対面の誰もが、妖精? と思ったほど、アイの姿は現実離れをしていた。

 海外からの帰国子女や留学生、日本に帰化した外国人、ハーフがいる私立ですら、銀髪に紫の瞳はかなり珍しい。


 その容姿から、自ずと似たようなタイプが集まって、グループを形成することに。


 公立と比べて安定している私立でも、内部の人間関係は色々ある。

 入学試験で親のグレードを含めて審査しているが、それでも個性や立場の違いが出るからだ。


 アイの派閥には、元気いっぱいの女子生徒も交じっている。

 決して走らず、「ごきげんよう」と挨拶する校風では、かなり目立つ存在。


 自分の意見をはっきりと言うタイプでも、彼女は笑顔で応対することから、主な受入先になっている。



「次の日曜……。アイさんは、例の崎島さんのサッカーの練習試合で、応援に行かれるそうですよ。それで、都合が良かったら、みなさんもどうかと」


 フェリシアが告げると、他の派閥メンバーが顔を見合わせる。


「あー、玲に気を遣ったのかな……」

「たぶん……」

「私はパス! もう予定があるし」


 アイにこれ以上の負担をかけないために、フェリシアは全員の予定を聞いて、取りまとめた。

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