第16話 食堂の生存者はまさにワールドカップだった

 室矢むろやカレナは何かを思いついたらしく、遊戯室の隅にいる呪い人形に話しかけていた。


 彼女の用事が済んだ後、部屋を出る。




 ――― 本館1F ロビー


 本館のロビーには全身の皮膚が凸凹になった元人間がいて、奇声を上げながら、かまを振り回してきた。

 俺が霊力を込めた苦無くないを投げつけると、奴の身体に深く刺さって、怯んだ。


 南乃みなみの詩央里しおりは、<風神斬刃ふうじんざんは>の巫術で奴の手を切り裂き、武器を落とさせる。


 その間に近づいた室矢カレナが、奴の頭をサッカーボールして終了。


 これで、先制点を獲得できた。

 連携プレーによる鮮やかな攻撃で、実況も思わずニッコリ!




 ――― 本館1F 食堂


 遊戯室の反対側の大扉を開けると、食堂だった。

 見るからに高級品と分かる継ぎ目のない長テーブルに、同じく高品質の椅子が並ぶ。


 年月が経った今でも、掃除をするだけで使えそうに感じる。

 デザインを兼ねた窓は、なぜか損傷が少なく、まるで主がいない間の別荘のようだ。


 強力な式神である室矢カレナが正面に飛び込み、俺は右側、南乃詩央里は左側をカバー。


 床に落ちている破片を踏むたびに、ジャリジャリと音を立てる。

 天井とテーブルの下も確認しながら、慎重に3人で進む。


 その時、食堂の奥でうずくまっていた物体が、ゆらりと立ち上がった。


 先頭のカレナは、特殊部隊が採用しているグローブに包まれた両手を握りしめて、軽くステップを踏む。

 しかし、今度は化け物ではなく、亜麻色の髪をセミロングにしている女だった。


 意思のある目が、こちらを見ている。

 ゆるふわ系の可愛い女の子で、肌の色に異常はなく、ボロボロの服でもない。


 詩央里はカレナが攻撃する前に、急いで話しかける。


「私たちは、生存者の救助のために来た者です! あなたの名前を教えてください」


 久々に人の声を聞いたことから、その20歳前後であろう女は安堵した。


「よ、良かった……。私は下舘しもだて久未くみです。ほ、他の人たちは、どこにいますか? 友人と肝試しにやってきたんだけど、逃げるうちにはぐれてしまって……」


 話を聞くと、久未は同じ大学に通っている5人の友人と一緒に来て、館に入った瞬間に退路を断たれた。

 化け物に襲われたことで誰もが正気を失っていき、1人、また1人と、どんどん別行動に。


 ニュースで報道されていた、行方不明になった大学生6人のグループだな。



 俺は、久未に質問をした。


「逸れる前には、ご友人はまだ無事だったのですか?」


「はい。でも、すぐに走り去った人もいて、よく分かりません。私、怖くて……、怖くて!」


 震える声で返事をした久未は、いきなり俺に抱き着いてきた。

 戦闘服とタクティカルベストを通してもはっきりと分かるほどの、柔らかい膨らみが押しつけられる。

 わざとではないだろうが、そのまま擦りつけるように動かれた。


 詩央里はその行動に驚くも、久未が恐怖によって一時的に混乱していることを考えたら、どうにも動けない。

 俺も、精神的なショックを与えるのでは、と考えてしまい、しばらく彼女の好きにさせてしまう。


 意外にも、カレナが動いた。

 久未の肩に手をかけ、ぐいっと引き離す。


「久未。それぐらいにしておくのじゃ! まだ危険な洋館の中にいる以上、気をやっている暇はないぞ?」


 久未は、せいぜい女子中学生にしか見えないカレナに、生意気な口を利かれた。

 それに怒ることなく、普通に応じる。


「う、うん。ごめんね……。あ、そうだ! できれば、あなた達の名前を教えて欲しいのだけど」


 俺たち3人は、手短に自己紹介をした。


 その他に、特に見つからなかったので、食堂を出る。

 食事の雰囲気を重視してか、キッチンに通じる扉はなく、召使いがワゴンなどで大扉から出し入れをしていたようだ。




 ――― 本館1F ロビー


 本館のエントランス、最初の空間へ戻った俺たちは、次にどこを探索するべきかで迷う。

 1階を全て調べておこうと、足を踏み出した瞬間。


 ゴゴゴゴゴゴゴ


 急に地響きが発生して、同時にバキバキバキと床に大きな口が開いた。


 完全な不意打ちで、見るからに運動が苦手そうな下舘久未が足場を失くし、真っ逆さまに落ちていく。


「きゃああああああああ!」


 考える時間もなく、とっさに加速しながら穴に飛び込み、先に落下している久未の身体を掴む。


 南乃詩央里が、その様子を見て、悲鳴のような声を上げる。


「若さま!!」


 だが、今にも穴に落ちようとした詩央里は、横にいる室矢カレナに止められた。


「後で合流すれば良い!! ここで全員が落ちても、かえって危険になるだけじゃ!」


 1階にいる2人の会話を聞けたのは、そこまで。

 あとは、空中で抱き寄せた久未の身体を守りながら、迫ってくる地下の床への衝突に備える。



 久未を庇うようにポジションを変え、衝突するであろう部位に霊力を込めた。


 ドゴオオォッ


 凄まじい衝突音と共に、俺たちは第二の地面に叩きつけられる。




 ――― 本館 地下


 パラパラパラ ガンガン ガン


 1階から大小の破片が振ってくる中、俺は上にのしかかっている下舘久未の肩を揺さぶった。


 彼女は、ううん……と呟きながら、ぱっちりと目を開ける。


「わ、私たち、どうなったの?」


「たぶん、地下です。この館の規模を考えたら、作っていてもおかしくないでしょう」


 俺が天井だった部分を指差しながら、本館1Fのエントランスまで続いている穴を示した。


 このままでは、落下してきた破片にぶつかって大怪我をする恐れがあるため、ひとまず近くの通路へ避難することに。

 相手は年上だが、敬語はいらない、と言われたので、それに応じる。


 ふと床を見ると、石畳が完全に砕けて、俺の形に深くめり込んでいた。

 もしも久未が先に落ちていたら、確実に死んでいただろう。



 コンクリートで固められている地下はひんやりと冷たく、地上よりもホラー要素が強い。

 道中にある物置と思しき小部屋を探索しながら、地上へと通じる階段を探す俺たち。

 灯りに困らないのが、せめてもの救いだ。


「さっきは私を庇ってくれて、ありがとう……。か、身体は大丈夫?」


 久未が、お礼を言ってきた。


 確かに普通の人間なら、良くて複雑骨折で行動不能、悪ければ内臓破裂ですぐに死亡だ。


 けれども、こちらは霊力によって自由に身体強化ができる退魔師。

 この程度は、滑り台から降りたぐらいの衝撃でしかない。


 一般人に退魔師であることを伝えられないので、適当に誤魔化す。


「大丈夫だって! 俺は身体の鍛え方が違うから!」


 久未を安心させるために、彼女のほうを振り返って、わざと軽い調子で話す。

 彼女はその気遣いを感じ取ったのか、フフフと笑いながら、返事をしてくる。


重遠しげとおくんは、すごいね! でも、命を助けてもらったのだから、私にできることなら何でもするよ? そう、何でも……」


 意味ありげな微笑みと共に、改めてお礼を言う久未。

 ただでさえ暗い洋館で、しかも地下にいるため、その顔はよく見えない。



 地下を彷徨っていると、広い空間に出た。

 中央に魔法陣が描かれていて、よくある図形の端にはそれぞれ蝋燭ろうそくが立っている。


 壁に沿って、シンクと水道、作業場のようなスペース。

 ぎっしりと書籍が詰まっている本棚。

 とても寝られる状態ではないが、部屋の隅にベッドまである。


 だが、そのどれもが血塗られていて、まるで屠殺場のようだ。


 理解したくもない肉の塊が、悪趣味なインテリアのように転がっている。

 壁や床にぶちまけられた血の痕跡は、塗りかけたペンキか、前衛芸術の一種。

 すでに臭いに慣れたのだが、それでも血の鉄臭さを感じた。


 新しい人間の頭蓋骨、腕や足の骨も、いくつか転がっている。

 経過はどうであれ、ここで数人が息絶えたのは間違いない。



 魔法陣の近くに、現代の文明の利器であるデジタルビデオカメラ。

 今では型落ちだが、折り畳み式の小型モニターがついていて、撮影しながら確認もできるタイプだ。


 久未が拾ってきて、一緒に見てみましょう、と誘ってきた。


 カチッ ヴーン


『ね? いいでしょ? ユキじゃ、こんなこと、してくれない、よねっ? 私なら、毎日だって』


 そこには、誰かの上に跨る女の子の姿があった。

 撮影しないでよっ! と言いながら、手で自分の顔を隠していたものの、直にそのことも忘れて悦ぶ。

 どうやら、彼女がいる男の子に横恋慕をしていたようで、一生懸命に尽くしている。


 小型モニターの日付は、数年前の夏ぐらいか。

 映されている顔に、新聞やテレビによる見覚えはない。

 せめて、正確なフルネームが分かれば……。


 俺は久未の気分を害すると思い、すぐに停止のボタンを押そうとしたが、その当人に止められた。


 何を考えているのか? と疑問を感じて、彼女の顔をそっと覗き見る。

 久未は、何かに憑りつかれたように、じっと小型のモニターを凝視していた。


 デジタルビデオカメラの表示で15分が過ぎたぐらいに、ひとまず休憩に入ったようで、いきなり途切れる。


 静寂が戻ってきて、かなり気まずくなった。



 1時間にも思える、長い数分間が過ぎた頃、ようやく久未が口を開いた。


「あ、あのさ……。もし、良かったらなんだけど。私たちも……。そ、その、どうかな?」

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