第15話 遊戯室に潜んでいた意外な情報提供者

 ――― 本館1F 遊戯室


 右にある大扉を開くと、そこは遊戯室だった。


 ダンスができそうな広い空間と、奥には楽団用なのか、グランドピアノが置いてある一段高い場所も。


 ところどころに意匠を兼ねた柱が並んでいて、視界が悪い。


 片隅には本格的なビリヤード台が、いくつか設置されている。



 俺たちは特殊部隊のエントリーのように左右、前方と、それぞれの担当エリアを同時にしっかり確認する。


 窓から星の光が差し込むものの、やはり暗いな。


 ライトの丸い光を走らせたが、ひとまず誰もいない、何もいない、としか分からない状況だ。


「カレナ、前に出ろ!」


 俺が端的に言うと、式神の室矢むろやカレナが歩きやすい革靴で先行する。

 セーラー服の大きな特徴である背中の青い襟が、目につく。


 その時、遠くでガコンと音が響き、同時にパパパッと天井の照明が点いた。


 いきなり明るくなったので、俺は思わず手で目を覆う。


 相方の南乃みなみの詩央里しおりも不意を突かれて、両目を閉じている。

 式神のカレナだけ、変わらずに周囲を警戒中。




 ――数分後


 ようやく、視界が戻った。


 目をしばたたかせながら、呟く。


「まだ、電気が通っているのか」


 詩央里も精神的にショックを受けた様子で、同意する。


「そうですね……。おそらく、どこかに自家発電の施設があるのでしょう! いきなり動いたということは、この館に誰かがいる可能性が高いです」



 ペタペタペタ


 裸足で歩き回る音が、俺たちの耳に届いた。


 当たり前だが、俺たちは廃墟探索に適したブーツや革靴。

 明らかに、第三者がいる。



 俺は、その人物がどこにいるのかを探した。


 遊戯室は、先程とは全く違う雰囲気。


 アンティークと言うのも憚られる、厚いほこりや天井からの破片が降り積もった床や遊具の数々が、お芝居の舞台裏のように出てきた。

 近代化の改修はされているようで、電球による光がぼんやりと遊戯室を照らしている。


 柱の陰に、誰かのシルエットが見えた。


 肩にかかるぐらいのボブの黒髪と、優しい線によって構成される身体。

 その身に纏うのは両肩と背中が見えている、生地を段になるように重ねたティアードワンピース。


 女はこちらに背中を向けていて、その表情を隠している。


 詩央里が近づき、安心させるために話しかけた。


「生存者の方ですか? 私たちは、救助のために来ました。そちらの事情を教えて――」

「下がれ、詩央里! そやつは人ではない!!」


 カレナが叫ぶのと同時に、その女はゆっくりと、こちらへ振り向く。

 左目は人ならざる証拠として赤い玉のようになっていて、右目は角度的によく見えない。


 口裂け女のように切れ込みが入っている口は、大きな半月を描いている。

 顔の端が白骨化していて、生者との違いをはっきりと示す。



 詩央里はそいつが手を伸ばせる距離にいることから、回避より攻撃を選ぶ。

 両手に巻き付けた手甲の術式を輝かせる。


氷神絶界ひょうじんぜっかい!」


 とたんに、その女の足元から凍りつき、動けなくなった。


 自分がどうなったのかを全く気にせず、両手を伸ばしながら、必死に歩こうとする女。

 詩央里は追撃せず、相手を見ながら、摺り足で下がった。



 人の形を残した化け物は、かつての優しさを感じさせない、しゃがれた声でしゃべる。


『やだ、ヤダ! タスケテ、カイト……。なんで、わタしが、わた゛じの身体……』


 話している内容とは裏腹に、その女の怪異は俺たちを1人でも多く道連れにしようと粘る。


 カレナは滑るように女との距離を詰め、その腹に掌底を叩き込む。

 踏み出した足から腰、肩、手首へと順番に力が伝えられて、最終的に女の身体へ浸透していく。


 内部を壊す力が駆け回ったことで、女はぐったりと動かなくなる。



「詩央里、大丈夫か?」


 俺が声をかけると、詩央里は片手を上げて、頷いた。

 連続した心理的なストレスのせいか、いつもの精彩がない。


 いっぽう、カレナはだんだんと興が乗ってきたのか、シュシュッと左右の拳を繰り出している。

 シャドーボクシングのつもりかな?


 空中に拳や蹴りを突き出すことに飽きたカレナは、次に遊戯室を見て回った。

 そして、あろうことか、どう見てもこいつ危険だろ? と言いたくなる人形を掴んでくる。


 おい、待て!

 そいつ、ジタバタと動いているじゃねえか……。


 にこにこ顔のカレナが、ほら見て! という雰囲気で、その人形を突き出してきた。


 ドラマの子役ですら滅多にいない、幼さを残しながらも美しい容姿のカレナ。

 長い黒髪の艶を引き立たせる青い瞳が、まっすぐに俺を見る。

 ついでに、カレナに両脇を抱えられている、洋風のドレスを着た小さな人形も俺を見た。


 金持ちの家庭にありそうな女の子の人形は、いくら飼い主に抗議しても聞いてもらえない猫か姉の横暴に耐える妹や弟みたいに、もう諦めた様子だ。

 カレナもお人形だから、ある意味、親子みたいなものか?


 俺は場をつなげるために、動く人形に聞いてみた。


「お前、ずっとここにいるのか?」


 こくっと、首が縦に振られた。

 意思疎通ができるのなら、この館について、色々と聞いてみるか。



 YES・NOの要領で質問をしてみたら、ある程度の事実が分かった。


 この屋嘉冶やかじ邸は、最初は普通の館だった。

 館にはオーナーである家族と住み込みの召使い、さらに招かれたゲストで賑わう日々。


 だが、ある時を境にいきなり自分の意思で動けるようになって、同時に様々な化け物が闊歩かっぽする空間に変わった。

 その後には、ぽつぽつと来訪者が来ては、そこで倒れている女のように、どんどん犠牲になったのだ。


 人形が身振り手振りで言うには、そこの女は1人の男と逃げ込んできたが、すでに自暴自棄の男に組み伏せられた。

 ただし、蹂躙されている最中に女が繰り返し呼んでいた男の名前と、その当事者の男の名前は、だそうで……。


 この洋館は、一番近い市街地から車で半日はかかる距離だ。

 となれば、知らずに迷い込む可能性は低い。


 男女のグループで肝試しに来て、仲違い。

 あるいは、別のグループと遭遇して、襲われた?


 傍にいる詩央里は、同じ女として見るに堪えない惨状を思い浮かべたのか、青い顔だ。



 俺は、人形に訊ねてみた。


「なあ、そこの女はいつ頃に、ここへ来た?」


 カレナに持ち上げられている人形は返事をしかねて、困った様子になる。


 詩央里が気を利かせて、床に落ちている新聞を持ってくると、日付の部分を指差す。

 人形は思い出したらしく、その女が持ち込んでいたとジェスチャー。


 5年は経っているから、さっきの女が生者ではないことが確定した。


 カレナは、人形に向かって話しかける。


「うむ。もう行っていいぞ……。これ、怯えるな! 別に、用が済んだから滅するとは言わんのじゃ」


 床に下ろしてもらった人形は、その小さな足を回転させて、全速力で遊戯室の隅へ逃げていき、ガタガタと震える。



 しばらく考え込んでいたカレナは、俺に向かって話す。


「入った時から違和感があったのだが、この館には時間を停滞させる魔術……というより、結界が張られているようじゃ」


 俺は言っている意味を理解できずに、首を捻る。


 詩央里も顔に? と書いてあるので、カレナが再び解説を始めた。


「この洋館……、たぶん敷地ごとだろうが、大掛かりな儀式による結界で囲まれている。おまけに、一度入ったら、もう出られん。それで、中にいる者は逃げ出せず、死んでも死ねずに、さっきの女のように彷徨っているのじゃ! 要するに、一種の蠱毒こどくだ」


 蠱毒とは、昔の日本で行われていた呪術だ。

 1つの壺に毒虫などを大量に入れておくと、最後に生き延びた1匹が強大な力を持つので、それによって対象を呪う。


 貴族同士の権力争いでは、蠱毒の壺をわざと玄関先に埋めておき、それで言いがかりをつけた事例もあるとか。



 カレナの話を聞いた俺は、疑問を口にした。


「いったん死ぬところまでは、時間が進むのか?」


 カレナは、あっさりと肯定した。


「おそらく、侵入者に対して魔術を発動させるトリガーが、それなのじゃ! 精神は回復せんから、結果的に正気を失った化け物の吹き溜まりになった。まあ、自分の身体が腐肉の塊になっても普通というのは、別の意味で怖いが……。かなりの魔力を感じられるので、他の動物の異形化、あるいは無機物が動くのも、無理はないの」


 これは想像していたよりも、厄介なキリングフィールドだな。


 いや。

 死ねないのだから、煉獄れんごくと表現するほうが正しいか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る