入寮

 クロウアリス高等学院は全寮制である。校舎から通りを挟んだ向かい側に4つの建物がある。1学年にひとつ、貴族の大邸宅のような寮は、100人の生徒が住む部屋と、食堂やラウンジ、自習室などの設備を備えている。

 寮は2人でひとつの相部屋となっていて、極力違う国出身の人間が組み合うように選ばれる。他国の貴族や王族がここで関係を築き、それがそのまま将来の外交関係に繋がるのである。つまり、完全なランダムではなく、様々な事情を鑑みて政治的に決められることがある。

 とはいえ、貴族や大商人と違って、王族レベルとなると王位継承の争いが寮にまで及ぶことが有る。実際に、国から派遣された暗殺者が寮に侵入し、偶然に合わせた当時の勇者に討伐されたことがあった。

 なので、勇者の子供がいるのであれば、護衛として王族と同じ部屋になることが多い。


 つまり、漆黒の勇者アシュリーは、大陸南西部にある「ドンファ」の王子と相部屋になり、真紅の勇者エンティーナは大陸南東部の「レクシメイド」の王女と相部屋になったのでる。

 黄金の勇者レブライトは皇帝の子供でもあるので、帝国騎士の息子であるギル・アイザックという男と同室になっている。

 となると、紺青の勇者ファナンはどうなのかというと……。


 ファナンは、寮の入り口に掲示された部屋の振り分け表の前で困惑した表情をしている。


201

ファナン・アル・ユークレイド

トレイシル・アンダード


 何度確認してもそう書かれている。

 周囲では部屋を確認した生徒たちがバラバラと散らばっていくが、ファナンはそのまま立ち尽くしていた。

 帝都までふたりの馬車の旅は苦痛の連続だった。トレイシルはかなりのお喋り好きで、旅の最中延々と話しかけてきた。ファナンは禄に友人もいなかった人間なので、どう返答して良いかわからずにひたすら適当な相槌を打つだけだった。

 質問されても答えが浮かばず困っていると、「じゃあ質問を変えよう」と違うことを聞かれるが、それでも答えられずにいると、話を変えられてトレイシルが自分の話をし始める。

 そんなことの繰り返しで、はっきり言って気まずかった。そんなファナンと居ても、トレイシルは常にニコニコしていた。

 気を使われているのは明白で、そんな『気を使われている』状態がファナンにとっては重圧を感じるのだ。それならお互い気を使わずに黙っていたほうが良い。


 ちなみに、ファナンの部屋決めは学校側からの配慮の結果だった。ファナンがヨールヨール王国の学校で浮いていたことはクロウアリス側も承知のことで、人付き合いが苦手ならと、既に知り合いであった同国出身のトレイシルと同じ部屋にしてあげたのだ。


 寮の部屋は問題が生じない限り4年間同じだ。重い足取りで決められた部屋に向かうと、扉が空いたままになっていた。中を見るとトレイシルが机に向かって手紙を書いていた。

 黙って部屋に入り、扉を閉める。

 部屋はベッドと机、棚が2セット置かれていた。既にトレイシルが片方の机を使っていたので、ファナンは空いている机に荷物を置く。


「何かと縁があるね。よろしく」


 手を止めたトレイシルが言う。ファナンは頷くだけで返答として荷物を広げる。


「時間ができれば手紙の一枚でも書くと良いよ。じゃないと、次に帰郷したときに怒られるかもしれないからね」


 確かにその通りである。義母はそういうところに厳しい人だ。


「私は通っていた学校の校長に書いているところなんだ。レターセットは持ってる?」

「ない」

「じゃあ休みの日にでも買いに行こう」


 うまいこと約束を取り付けられた。人付き合いのスキルでも持っているのか?

 チラリと手紙が視界に入る。


「字、綺麗だな」


 サラサラと素早く書いていっているのに、一流の画家が描いたレストランの看板のように、綺麗なバランスの文字だった。


「まぁね。そういうスキルだから」

「……は?」

「【精緻筆記】って言って、綺麗な字が書けるんだよ。外交書簡を書いてる人とかが持ってるスキルなんだ」


 トレイシルのスキルを聞いたことがなかったが、てっきり戦闘系のスキルを持っているのかと思っていた。槍の使い手で、剣術大会3位の実績。ファナンが出場していなければ優勝もありえたのだ。


「本当に?」

「そんな嘘は付かないよ。じゃあエンティーナ様に視てもらおうよ。レターセットが余っていたら貰えるかもしれないし」


 そう言ってトレイシルは立ち上がる。廊下に出ると、部屋を覚えているのか迷うことなく307号室へ歩いていく。

 コンコンと2回ノックをすると「どうぞ」と綺麗な声が返ってくる。中に入るとエンティーナひとりだった。荷物もまだ一人分しかなく、同室の人はまだ寮に来ていないらしい。


「どうしたの?ふたり揃って」

「いやぁファナンがレターセットを持ってないっていうからさ。余ってないかなって」

「あぁ。あるわよ」


 そう言って机から便箋と封筒を取り出す。白い無地のシンプルな物だ。


「ありがとう助かったよ」


 そう言ってファナンの代わりに受け取る。ふたりは初対面のはずなのに、ファナンよりも仲良く見える。


「それとさ、私のスキルを視てほしいんだ。言ってもファナンが信じてくれなくって」

「お安い御用よ。学校の仲間だからね、特別に無料で良いわよ」


 生まれてすぐ、1回目のスキル鑑定だけは国から補助が出るが、2回目以降は有料である。【鑑定】は稀有なスキルなので、スキルを持った人は鑑定士として生業にしているとこが多い。仕事として生計を立てているのだから、当然無料とはいかない。

 エンティーナはトレイシルと向かい合う。【鑑定】の発動はかなり地味だ。魔法のように光が輝いて──ということは無い。ただ視て終わり。


「【精緻筆記】ね。書記官かデザイナーの人が持っているものだけど……」


 エンティーナも少し驚いた表情を見せる。この世界はスキルが生き方を左右させる。個人能力が高くても、スキルが悪ければあまり出世はできない。

 【精緻筆記】はどちらかというとだ。勉強や戦闘に役立つものではない。

 しかしトレイシルは入試を首席で突破している。【暗記】や【高速思考】を持っていない人間が試験で1番を取ったということは、それだけ基礎能力が高いことを意味している。

 実際、トレイシルの能力は年齢に比べてかなりの高水準だ。

 記憶力、思考力、筋力、敏捷、精神安定、積極性、話術、魔力、など【総鑑定】で確認できる能力は多岐にわたるが、どれもずば抜けた能力を示している。

 だからこそ、ここに当たりスキルが組み合わされば……と思う。


「ほらね。本当だったでしょ?」

「別に疑ってない」

「いや半分は疑ってたでしょ。戦闘系スキルだと思ってたくせに」

「……」


 当のトレイシルは、自分のスキルのことなど意に介さないような顔だ。

 この能力の高さは、彼女の今までの努力の跡でもある。普通、スキルに恵まれなかった人間は、将来良い職に就けないからと努力を諦めてしまうことが多い。

 しかし、トレイシル・アンダードという人物は自らのスキルと関係なく研鑽を積み、世界で1番の難関学校、クロウアリスをトップで合格している。

 平民という生まれにも、恵まれなかったスキルにも諦めず、不利な運命に抗い自らの道を切り開いていく。素晴らしい人物だ。

 こういう人間を”傑物”と呼ぶのだろう。


 エンティーナは椅子から立ち上がると、トレイシルに手を差し出す。


「そういえば。ちゃんと自己紹介してなかったわね。エンティーナ・アル・ヴィエントよ。よろしくね」

「あぁ。トレイシル・アンダード。よろしく」


 握手した手はマメで硬く、力強さを感じた。

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