入学の日

 クロウアリス高等学院。

 高等学院として世界トップベルの教育水準を誇り、多くの王族、貴族や大商人、歴史に名を残す勇者を排出してきた。

 帝都レオンハルトの獅子宮殿近くにそびえ立つ校舎は、ドマネク大聖堂や帝国中央図書館にも比類する大型建築である。建物の中央にはアル・トープグラムが寄贈したという銀の鐘が設置されている。街に響き渡る美しい鐘の音は、帝都民の生活の一部となっている。


 そんな本校者の隣、管弦楽のコンサートも開催できる大型のホールにて、入学式が開かれている。

 入学者100名。1クラス20名の全5クラス。生徒の緊張した表情からは、期待と不安が入り混じる心境が伺える。

 学院長、教育文化大臣、生徒自治会長などの挨拶を経て、入試でトップ合格を果たした首席によるスピーチが待っている。

 エリート教育を受けた王族や貴族が務めているこのスピーチを、今年は誰が務めるのか、大陸中の新聞に名前が乗るだけあって全ての人間が注目している。

 司会を務めている、軍人のような体格の教師がよく通る低い声で名前を呼び上げる。


「新入生代表挨拶。トレイシル・アンダード」


 客席からざわめきが起こる。奨学金を手にした平民がトップで合格するなんて前代未聞だ。


「今年は前代未聞が多いですな」


 学院長が隣の教頭に小声でつぶやく。


「ええ。こういう年は大変ですが、それが楽しみです」


 壇上では、灰色の髪を後ろで束ねた首席がスピーチを開始していた。


◇◆◇◆◇


 1学年は全5クラスである。2組から5組まではバランスを考えて振り分けられているが、1組は成績上位20名だけが集められている。一旦他のクラスに入ってしまっても、成績次第では入れ替えもありえる。みな1組を目指して学業に取り組むのである。

 そんな1組には、4人の勇者が顔を揃えていた。


 漆黒のアシュリーは日本で大学を卒業し、公務員試験をクリアした人間である。

 黄金のレブライトは日本の高校へ通っていた上に、初代皇帝として60年間生きた前世を持つ。

 紺青のファナンは義母のスパルタ教育を乗り越え、真紅のエンティーナは単純に真面目で頭が良かった。

 4人共この世界では十分に成績上位に入る資質を持っていた。

 アシュリーの幼馴染であるクレイアも、アシュリーへの対抗心から努力を積み重ね、トレイシルは首席である。

 つまり、全員1組に集まったのである。


 クラス全員が揃って教室で座って、担任の先生が来るのを待っていた。

 ひとりに与えられた机は、日本の学校に比べて大きかった。学習机の大きさに似ている。素材は、チョコレートのような美しいブラウンの高級木材を使用している。職人によってしっかりと磨き上げられた表面は、歪みなく完璧な水平を生み出している。

 平民には一生かかっても手が出ないような高級家具だ。このレベルの机は初めて見るのか、トレイシルがベタベタと触って、隣のファナンから白い目で見られている。


 音もなくゆっくりと扉が開かれ、ひとりの教師が入ってくる。時間をかけて教卓まで歩き、生徒をじっくりと見渡す。

 年は40、濃い茶色の短い髪、背は低く、神経質そうな男性だ。丸いメガネをかけて、短い髭を綺麗に揃えている。


「リクソール・ファンダム。今年の担任です」


 注目度の高い今年の1組を担当するのだ。実績と信頼のある教師でないといけない。

 ファンダム家は、帝国の公爵家として大きな領地を預かっている名家だ。そのうえ現皇帝ロイランス・アル・トープグラムと、ここクロウアリスで同級生だったという過去も持っている。

 もちろん教師としての実績は十分だが、生徒の親に余計な口を出させないために、リクソール・ファンダムの名前には補って余りある威力がある。


「この学校で学ぶ以上、みなさんの家柄や血統には何の価値もありません。実力こそが求められます。今年の首席が誰か、まだ覚えていますね?」


 みなの視線がトレイシル・アンダードに向けられる。たとえ平民の子どもであっても、結果が一番であれば首席として選ばれる。皇帝の子供であるレブライトを差し置いてだ。ここはそういう場所である。

 この方針は、初代皇帝アル・トープグラムが決めたことだ。異論をはさむ余地はない。


「肩書に囚われず、切磋琢磨してください。それはこの学校にいる間しかできなことです。私も、実技の授業でロイランスを蹴り飛ばしたことがありますが、未だに罪には問われていません」


 数名から笑いが起こるが、ほとんどの生徒は目の前の教師が皇帝を「ロイランス」と呼び捨てにしたことに戸惑いを隠せない。そしてようやく理解する。この人を前に、どのような家柄も肩書も通用しないと。全員等しく”生徒”でしかない。


「ちなみに、その後でボコボコにされました。みなさん、勇者が強いというのは本当です」


 次は大きな笑いが起きて、綺麗にオチが付いた。実はこの話、ファンダム先生1番の持ちネタである。

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