真紅 そもそもの話
話はエンティーナの曾祖父の時代まで遡る。
当時ビーツアンナ王国に、ドラッシェベアという大型の魔物が出現した。
見た目は熊に近いがかなり巨大で、2本の足で立ち上がると20m近くになる。性格は凶暴で、腹の具合に関係なく動く物は手当たり次第に襲いかかる。
このドラッシェベアに幾つもの村が襲われ、100人以上の犠牲者が出た。
ランクは10。勇者でなければ戦うこともできず、更に一流の戦士たちによるサポートも必要な相手だ。
国王と勇者は急いで討伐に乗り出した。1000人の兵士がドラッシェベアを一週間に渡って追いかけ回し、200人近くの戦死者を出しながらもなんとか討伐に成功した。
ドラッシュベアは凶暴な上に賢かった。立場が不利になると逃げ出し、気配を消して傷を癒し、場所を移動して再び暴れ回った。
兵士たちは捜索範囲を広げ、痕跡をくまなく探した。連絡を密に取り合い、ドラッシュベアが逃げ出す前に勇者を素早く戦場へ送り届ける必要があった。
兵士と勇者は上手く連携を取り合い、最後はエンティーナの曾祖父が倒した。
戦いの後、城へと戻った曾祖父は国王と固い握手を交わし、魔物の脅威が何度襲い掛かろう共に戦うことを誓い合った。
話がこじれ始めたのはこの後だ。
ランク10の魔物は、10年に一度現れるかどうかという相手なので、その討伐に対し皇帝より勲章が贈られた。曾祖父にだけ。
勲章を届けに来た使者も勇者の勇敢さのみを称え、死んでいった兵士には一言の労いもなかった。
国王は腑に落ちない感情を抱きつつも、表向きは皇帝に感謝の言葉を述べ、政治的に正しい対応をした。
実際にドラッシュベアを倒したのは勇者であるし、兵士たちにはビーツアンナ王国から慰労金と勲章を送っている。何も問題はない。
皇帝の使者が帰っていった日の夜、国王は家族にだけ不満を漏らした。我が国の兵士たちも勇敢に戦い、多くが命を落とした。だが使者殿は兵士たちには何も言葉を贈らなかった。戦ったのは勇者だけではないのだ。
ただの愚痴であった。実際に皇帝から勲章を送ってほしいとか、兵士たちを勇者と同じように敬ってほしいとか、そういう話ではなかった。
だが、愚痴を聞いていた王子と王女は違った。皇帝の対応にビーツアンナ王国が侮辱されたように感じていた。その不満を身近な貴族たちに話していくにつれ、勇者への感情が怒りへと変わっていった。
そんな時に最初の事件は起こる。
とある舞踏会で、王女と曾祖父の娘が口論となり、王女が平手で叩いてしまったのだ。
国王は手を出してしまったことに対して謝罪をするよう王女に求めたが、王女がこれを拒否。その場で王女は勇者への不満を述べ、国王の権威をもっと高めるよう求めた。王家こそが国を守っているのだと。
結局話し合いは平行線のまま終わり、事件は有耶無耶になってしまった。
そこから似たような諍いが頻発し、やがて両家の交流は少なくなっていった。貴族も王家派と勇者派に別れるようになり、国は完全に二分されることになる。
特に軍の重鎮たちは、自分達も国を守っているという自負がある。その為か軍の中枢に近い人物ほど王家派へと流れていった。そうなるとドラッシェベアと戦った時のような連携はできなくなる。
一度亀裂が入ると壊れるのは早かった。『ドマ茶事件』、『クミネ公爵婚約破棄事件』、『ダレンバウム誘拐冤罪事件』など、事件が起こる度に修復は不可能へと近づいていった。
そして現在。国王と勇者であるエンティーナの父は関係修復へと乗り出す。
だが話は複雑で、最初の平手打ち事件から80年近く経過しているせいで、両陣営は互いにかなりやり合っている。
公衆の面前での侮辱や要職からの追放、商いの妨害や領民への暴力など、誰しもが過去に許し難いものを抱えている。中には命に関わるような事件もあった。いきなり仲良くと言われて全てを水に流すことはできない。
ひとつずつ精算をしていかなければ、昔のように戻れないのだ。
そんな時に出てきた案が、エンティーナとフレイム王子の婚約だ。これが関係修復の重要な一手となるはずだった。
ところが…である。
特に2人の間に割って入ったサマンサは、王家派のドーリエ伯爵の娘である。勇者派からすれば妨害工作としか思えない事件だ。
まるで、王家と勇者には仲違いをしていて欲しい人物でもいるかのようである。
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