真紅 パーティの後
パーティが解散になって、私は1人帰路についていた。
これから、先程の婚約破棄の顛末を両親に説明しなければならないと考えると、憂鬱な気持ちになる。
確かに王子がとんでもなく馬鹿だったことは否めないが、それならそれできちんと手綱を握っておくべきであった。
私に求められていたことは、幸せな家庭を築く事ではなく、両家の良好な関係を民に向かってアピールすることだった。そういう意味では私は役目を全う出来ていななかったと言える。
これは私のミスだ。
ガタガタという馬車のリズムのせいで、落ち着こうにも落ち着けない。これからの両家の関係を思うと居た堪れない気持ちになる。
王家は私に責任を求めてくるのだろうか。フレイム王子は婚約破棄の責任は私にあると主張するだろう。
その言葉を国王陛下がどう受け取るか、そして我がヴィエント家がどう返すのか、結果によっては国が2つに割れるかもしれない。
勇者とは、神から力を授かり魔族を退治した英雄だ。神の使者とも言われている。凶暴な魔物から国民を守っており、故に国民からの人気は高い。
一方で王家は長年国の政治を担ってきた。街道の整備や税金の分配、治安維持から他国との外交など、その功績は無視できるものではない。
功績も人気も拮抗した2大勢力。それが王家と勇者なのである。
なんとかして早期決着をせねばならない。だが、私はすでに失敗してしまっていて…。
そんなことを考えているうちに屋敷へと着いてしまった。
魔物は通常、瘴気の濃い地域ほど強くなる。つまり勇者の家は、暗黒地帯に近い大陸中央寄りにある。そして王都は暗黒地帯から離れた海に近いところに作られる。
普段、お父さまは勇者の家にいるのだが、今は王家との関係改善のために王都にある邸宅に常駐している。
その分、魔物への対処は2人いるお兄様が奮闘してくれているのだ。お兄様たちは今も民の為に命を賭けて魔物と戦っておられるというのに、私は……。
駄目だ。悪いことばかり考えてしまう。
まずは一刻も早くお父様に報告をし、先のことを相談せねばならない。
屋敷の2階にお父様の執務室がある。
柔らかい絨毯に丈夫な造りの机が置いてあるところは貴族の部屋のようだが、壁には剣や槍が掛けられていて、こちらは勇者の家を思わせる。
私が先程の婚約破棄の報告をしている間、お父様は表情一つ変えずに耳を傾けていた。
「以上が事の顛末でございます。全ては私の不徳の致すところ。大変申し訳ございません」
お父様は腕を組んで考え込んでしまった。今までの努力を台無しにした私に失望しているだろう。途中から目を瞑り、眉には深い皺が出来ていた。
長い沈黙が続く。甘い葉巻の香りがする。お父さまが好きな銘柄だ。さっきまで燻らせていたのだろう。
「分かった。今日はもう休みなさい」
ようやく目を開いたお父様は、そう一言だけ漏らした。
だがこのまま下がるわけにはいかない。この件についての責任を全うせねばならない。
「どうした?まだ何かあるのか?」
部屋から出て行こうとしない私にお父様が訪ねる。
「今後の事は、どうなるのでしょうか?」
「お前が気にすることではない。後の事は我々の仕事だ」
「しかし、私の婚約の件でもあります」
お父様は少しため息をつく。
「まずは王家やその場にいた貴族から事情を聞く必要がある。もしお前の報告の通りだとするなら、王家にはそれ相応の対応を求めることになる」
「それでは、両家の和解が遠のくことになりませんか?」
「仕方がなかろう。顔に泥を塗られて、黙って引き下がるわけにもいくまい」
「それはそうですが……」
「何か不服か?」
厳しい目が私を見ている。
お父様は王家に対して怒っている。かなり怒っている。考えるまでもなく当然のことだが、でもそれではいけないのだ。
今、この国は魔物の被害が拡大して苦しんでいる。いくら強力とはいえ、勇者の力を継承しているのは数人しかいない。となると、王家の協力なしに迅速な活動は行えない。
情報の共有、移動経路の確保、食事宿泊の提供、雑魚魔物の掃討、大型魔物の誘導など、連携出来ることは数多くある。
だが今は両者の間に溝が出来てしまっているせいで連携が滞っている状況だ。
「両家が揉めて苦しむのは民です。私は、自分の婚約が原因で民が苦しむ姿は見たくはないのです」
対処が遅れて被害を受けるのは民衆である。
「エンティーナ。お前はもう少し怒ってもいいのだぞ?」
「ですが私は勇者です。あくまで守護者でありたいと思っています」
「……」
お父様は目を瞑って考え始める。厳しい対応を考えているところに当人から待ったがかかれば、迷いも出るというところだ。
「分かった。なるべく穏当にことを運ぶようにしよう」
「ありがとうございます」
◇◆◇◆◇
後日、王家と勇者の間で話し合いが持たれた。フレイム王子とサマンサの決意は固く、誰の意見にも耳を貸さない構えであった。
会議の中で、サマンサの父親であるドーリエ伯爵に話を聞くべきだと意見が出た。父親から命じてサマンサに身を引かせるなり、伯爵を脅して無理矢理諦めさせるなり、やりようはあるということだ。
ただ、ドーリエ伯爵は病弱で、王都までの旅路に耐えられない。そこで王都から使者を出すことにした。
話を聞いたエンティーナは、その使者団に同行することにした。
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