紺青 剣術大会6
【瞬天】を細かく発動しながら通路を走る。行き先を見失った観客があちこちを彷徨っている。
思ったより時間がかかってしまったが、なんとか控室までたどり着く。
ドアが開いていたのでそのまま入ろうとすると、私の剣を持って部屋から出ようとする義母と鉢合わせになった。
「あなた……。魔物はどうしたの?」
「トレイシルが援軍に来てくれて、時間を稼いでくれています」
義母は、私の言葉にホッとした表情を見せる。観客を見捨ててこなかった事を安心しているのだろう。
「なら、早くこれを持って戻りなさい」
そう言って剣を渡してくる。
これを持ってリングまで走ってくるつもりだったのだろうか。戦う力は無いくせに、無茶なことをする。
「はい。すぐに」
「役目を果たしなさい。あなたにしか出来ないことです」
「はい」
剣を受け取る。
義母の眼はまだ何か言いたそうにも見えたが、今は時間がない。
「では。行って参ります」
一礼をして踵を返す。剣を確かめる。確かに使い慣れた私の剣だ。
これで勝てる。
◆◇◆◇
闘技場ではトレイシルが時間を稼いでいる。
どれくらい戦っているだろうか?いや、戦っているではない。逃げているだけだ。
何度か槍で攻撃を試みたが、浅い傷ができるだけでダメージが入ってる様子はない。奴からすると、子猫に引っかかれた程度なんだろう。ファナンが木剣で叩いた時のほうが痛そうだった。
これが勇者と一般人の差なのか?いや、言い訳は無用だ。冷静に出来ることだけを考えろ。
今のところ私を標的と定めているようだが、いつまでも逃げてばかりだと、他に攻撃がいくかもしれない。ドラゴイーターの注意を私に引きつけておくのなら、私を敵として認めさせなければならない。
うまくカウンターをあわせたいが、攻撃が変則的なので見切れない。一度でもモロに喰らうとそれで終わりだ。
ドラゴイーターが飛びかかってくる。サイドステップで避けて、右前足を薙ぎ払うように斬りつける。
今までとは違う確かな手応えがあった。が、それがいけなかった。
ドラゴイーターは予想外の痛みが走り、反射的に右前足を払いのけた。その足が私に直撃、大きく後ろへ飛ばされた。
一瞬意識が飛びそうになる。払った手が当たっただけなので致命傷とまではいかなかったが、それでも視界がぼやけて定まらない。
意地でも離さなかった槍を杖にしてなんとか立ち上がる。
ドラゴイーターは右前足がどのくらい動かせるのか、確かめるように少し歩いている。問題が無いようで、再び私を視界に捉えると、間を置かずに飛びかかってくる。終わらせる気だ。
衝撃の余韻が尾を引きずり、足が思うように動かせない。最後の力を振り絞って左へ飛び、ぎりぎりで避ける。
ただ、これが限界かもしれない。次の一撃は避けられない。
ドラゴイーターは間髪入れず、私を抑え込もうと前足を伸ばし…爪が私に突き刺さる直前ピタッと止まった。
周りを警戒し始め、後ろへサッと飛び退くと、闘技者用の通用口へ視線を向ける。
ファナンがいた。
軽い曲線を描いた美しい剣を持っている。
資料で見たことがある。確か、東の海を越えた大陸で使われている剣だ。
ドラゴイーターは警戒するように姿勢を低く構える。
ファナンは刀身を鞘に納めたまま、腰を下げて構える。
気付けば観客たちは立ち去っていった後であり、闘技場内は静寂に包まれている。
互いが間を図り合い、一枚の絵のように動かない。周囲を舞う砂埃だけが時間の経過を認識させる。
ファナンが剣を抜く動きを見せた瞬間、その姿が消えた。
【瞬天】を使ったのだと気付いてドラゴイーターの方へ目を向けると、ファナンはドラゴイーターの遥か後方まで移動していた。
一瞬の間があり、ドラゴイーターの胴体が真っ二つに切り裂かれ、地面へ倒れ込んだ。
剣を抜く仕草さえ認識させない不可視の一撃。
圧倒的な速度と斬撃に特化した東方の剣、そこに【瘴気特攻】のスキルが加算され、ドラゴイーターの身体は紙のようにあっさりと切り裂かれた。
これが紺青の勇者。神に与えられたら力…。
その後、ドラゴイーターの肉体は崩れ落ち、大きな魔石とサーモスの遺体が残った。それらは援軍に来た兵士たちが回収していった。
運ばれていくサーモスの腕に、サソリの刺青が見えた…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます