第十五話 光の滝の、傍らで。


〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 〜



 えーと、各地のダンジョン支配に、王様への頼み事に、俺のダンジョンの再調整に、各種アイテムの創造に、戦力の拡充や情報収集に……


 うん、やること多いな!?


「アネモネ、目標のダンジョンの残りはあといくつ?」


「既に終了しています、マスター。エルフ達が護っている【神霊樹の祠】を除けば、目標は達成です。龍脈上の重要な龍穴は全て抑えました。」


 よし。

 本当は【神霊樹の祠】も支配できればより完璧だったんだけど。

 まあともかくとして、これで計画を実行できそうだな。


「エルフの国……ノクトフェルム連邦への取っ掛かりはできたけど、まだ手続きに時間掛かるのかな……?」


「エルフ奴隷の扱いは国際問題なのですから、仕方ありませんよ。それでも続々と保護してくださっているではないですか。」


 先の戦争で事実上解体となる【神皇国ドロメオ】なのだが、現在は各国との協議に未だ決着が着いていないため、あまり進展は無い。


 そんな中で、俺は王様にあるお願い事をしていた。

 それは、ドロメオ国内に居るエルフの奴隷全てを保護し、集めてほしいというものだ。


 先延ばしになっていた、ダンジョン【神霊樹の祠】に避難した魔族達の保護。


 排他的過ぎるエルフ達のしきたりを聞いた俺は、他のダンジョンの方を優先させた。そしていよいよだとなった時に、先のユタ神の死による騒動に始まり、ドロメオが起こした戦争である。


 ダンジョンに避難した魔族たちは、無事に過ごせているのだろうか?

 まあ結果的には人間至上主義であるドロメオの矛先が逸れたのだから、そしてそれを無力化できたのだから、良しとするしかないのだけど。


 そしてもうひとつの収穫が、ドロメオが国内に有していた多くの亜人奴隷達である。

 エルフを始め、獣人やドワーフなど、人間族以外の種族の者達は、皆奴隷として酷使されていたのだ。


 それら虐げられていた人達を、王国と公国で保護している。

 そして犯罪歴や性向値を調べ(虚偽を見抜く術具も在るらしい)、問題ないとされた人は順次奴隷から解放されているのだ。

 そしてその解放されたエルフ達を、ノクトフェルム連邦に連れて行ってあげようと思い付いたのだ。


 これはあくまで王国から俺への協力要請という形で行われる。

 うん、俺の戦争への関与を徹底的に隠すつもりだよね。

 政治ってめんどくさいなぁ。


 まあおかげで合法的に、しかも国の後ろ盾を受けてノクトフェルム連邦へと向かえるんだし、それは些細な事かな。

 で、無事に送り届けた見返りに、事情を話して魔族の保護をさせてもらおうと思ってるわけ。


 上手くいくかなぁ。いくと良いなぁ……


「それじゃ一旦作業はキリにして、休憩しよっか。そしたら各地のダンジョンに行ってマスター登録を上書きして、テストは今夜だな。フリオールやレティシアは間に合いそうかな?」


「はい、マスター。殿下達は既に昨日ブリンクスの街を発たれています。夕食の時間には間に合うでしょう。」


 なら良かった。お披露目会は内々でするつもりだからな。

 間に合わなくてヘソを曲げられても困るし。

 そして何より、伝えたいことがあるんだから。




〜 ユーフェミア王国 北の辺境 〜


《フリオール第1王女視点》



とは、何を披露するつもりなんでしょうね、殿下?」


「さてな、マナカのことだ。またとんでもなく突拍子もない事を仕出かしそうではあるがな。」


 馬車に揺られながら、我はそうレティシアに返す。


 マークおじ様……マクレーン辺境伯に借り受けた部隊を帰還させ、我が街への帰路に着いたのは昨日のこと。

 その旨を迷宮の同居人達に伝えた際に、マナカが何かをするのだと聞かされた。


 最早すっかり我の帰る処となっている通称【リクゴウ家】の面々は、どこか楽しげで、期待感を滲ませた態度であった。

 余程楽しみなモノがお披露目されるようだ。


 そしてその当事者たるマナカはどうやら、またも難題を背負って帰ったらしい。


 邪神との決戦だと?

 巫山戯るなと言いたい。


 何故あ奴ばかりが背負わねばならない?

 どうしてあ奴ばかりに運命は牙を剥く?


 その戦さは、海を隔てた大陸の覇者である【アーセレムス大帝国】が相手であるとのこと。規格外の戦力を誇る、【勇者】なる者を擁しているらしい。


 それを聞いた父上……我がユーフェミア王国の国王、フューレンス・ラインハルト・ユーフェミアは、今回の戦争の声明発表と同時に大陸各国に連合を持ち掛けた。

 各国一丸となって、この大陸の、世界の危機に挑もうと言うのだ。


 我には、父上のお気持ちは痛いほどよく解った。


 マナカによって我が国が受けた恩は計り知れず、事ある毎に手を差し伸べてもらっていたのだ。

 そして今度は、国どころか世界をも護ろうと、救おうとしていると言うではないか。


 ならば、せめて共にと。


 マナカが胸を張って生きていきたいと願うこの地を、この世界を共に護りたい。その一助となりたい。

 そう願っての事であろう。


 無論我とて同じ気持ちだ。


 此度の戦さでは国内の平定のために同道出来なかったが、今度こそは。

 今度の大戦さこそは共に征き、マナカと共に戦うのだ。


 そのために。

 マナカと共に歩むために、政務の傍ら鍛錬に励み腕を磨いたのだから。


 マナカと我はパ、パートナーなのだからなっ……!


「気になりますねよね。シュバルツさんは、何だと思いますか?」


「はて、私には何とも想像が付きませぬなぁ。いずれ来たる戦さに関わる何物か……ではないでしょうかな?」


「おお! そうだとすると、新たな配下の魔物とかでしょうか!? 楽しみですね! しかしグラス殿の本来の姿を拝見したからには、並大抵のモノでは驚きませんよ!」


 レティシアは披露されるという物に興味が尽きないようで、執事のシュバルツにまで意見を訊ねている。


 確かにグラスの正体を明かされた時には、度肝を抜かれたな。

 この大陸の古の伝説に在る【竜王】が、まさかあ奴のことだったとはな。

 王都の巨大さにも迫る程の巨躯を見せられた時には、恐れに身体が震えたものだ。


 家ではマナエのお菓子に夢中だというのにな。

 まあ、流石はマナエ。我が妹である。


「そう急かなくとも、夕刻には到着するのであろう? 楽しみにしておけば良いではないか。」


「そうは言いましても、殿下。気になるじゃないですか!」


 まあ気にならないと言えば嘘になるが……どの道我らにも披露してくれるのだ。焦らず帰れば良いだろう。


「それにしても、此度の遠征は大変であったな……」


 国内各地で巻き起こされた、メイデナ教徒による暴動。

 各所の領主達も皆奮闘し、暴徒を捕らえ鎮圧はしていたが、その爪痕は決して浅いものではなかった。


 煽動した教会関係者は中央の沙汰を待っている一方で、暴動に参加し衛兵や領兵と衝突した民達の中には、少なからず死者も出ていた。


 普段は賑わっていたであろう都市や街の通りには、陰鬱な表情で壊れた物の撤去や修復をしている者が大勢居た。


「しかし、流石は【姫将軍】の威光でしたね。殿下に声を掛けられて、皆涙を流して喜んでいましたよ。」


 まあ、平定任務と言えば聞こえは良いが、実際のところは慰問の意味合いの方が強かったからな。

 各地の消沈した民に活力を与えるために、(自分で言うのも何だが)見目の良い、王族の姫が声を掛けて回るのは効果的だ。


 そういった意味では、我は適任であったのだろう。

 それなりに名を知られていたのだし、勿論そのことについては異論は無い。

 民を護り導くのは、王家の責務であるからな。


「少しでも民が前を向けるのなら、このような顔などいくらでも売ろう。その程度の事しか、我には出来ぬのだからな。」


 我には、まつりごとによって民を導く力は無い。

 それよりも剣を選び、知識を得ようとしてこなかったからだ。


 今でこそマナカの創った都市の代官として治めてはいるが、足りぬ事だらけだ。

 マナカに頼り過ぎだという自覚も有るし、実務では補佐官のメイソンに手取り足取りな状態で。寧ろもうメイソンが治めた方が良いと、そこまで思った事もある。


 それでも足掻き机に齧り付いてきたのは、偏にマナカと共に居たかったからだ。


 悪戯好きで笑顔を絶やさぬ、優しいあの男の傍に居たかったからだ。

 笑顔が溢れるあの場所が、何よりも心地良かったからだ。


 マナカへの想いをハッキリと自覚したのは、果たして何時のことだったか……


 マナカの誕生日を祝った時?

 街でゴミ拾い大会をした時?

 手合わせで成長を認められ、褒められた時?

 冒険者となり、多くの民や子供を救ってきた時?


 愚兄の被害者である多くの女性の話を聴き、心を癒した時?

 愚兄に辱められた、そのボロボロの姿を目にした時?

 それとも捕まった際に浮かべた、あの悲しそうな笑顔を見た時か?


 夜空を初めて飛んだ時……これは忘れよう。

 大声で叫んでしまい、本当に恥ずかしかったな、アレは。


 迷宮で捕まり、初めての対面で泣かされ……これも忘れよう。


 マナカと共に居て、思えば多くの出来事があったな。

 そのどれもが、まるで昨日の事のように思い出せる。


 或いは、思い出となった出来事が起こる度に段々と、マナカへの想いも大きくなっていたのかもしれない。


 共に居たい。

 共に歩み、共に笑い、共に泣き、共に進みたい。

 そして、共に戦いたい。


 邪神や、大帝国や勇者などという得体の知れぬ者等を相手取る、未曾有の大戦さ。

 世界という途方も無いモノを背負い起つ、あの男の隣りで、我も戦いたい。


 父上やマークおじ様、シュバルツやメイソンなどは止めるであろうな。

 マナカにも止められるかもしれん。


 だとしても、我は共に戦うからな。


 街はメイソンと警備隊に任せておけば問題ない。

 今度こそマナカと共に戦場へ赴き、磨き上げた剣の腕をふるい、今度は我が、マナカを助けるのだ。


「殿下。あと二刻ほどで砦に着くそうです。」


 帰ったら、夕食の後にでも話をしよう。

 なんとか我の気持ちを解ってもらって、共に戦えるように。




〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 〜



「よしみんな。ご飯も終わったし、ちょっとついて来てくれ。」


 フリオールも遠征から無事に帰還し、久し振りに我が家の面々勢揃いでの夕食だった。


 俺は日々コツコツと重ねた努力の結晶を披露するため、みんなを連れて一つつの転移装置に向かう。

 まあアネモネとマナエは、俺が何をしていたか知ってるんだけどね。


 フリオールが何か言いたそうにしていたけど、後でちゃんと聞くからな。

 今後の事もあるし、今はついて来てくれよ。


 転移した先は、ダンジョンの階層とは独立して、森の地下に創った空間だ。

 照明を落とした真っ暗な空間に到着した家族たちは、ちょっと不安そうだ。


 れ、レティシアさん!?

 そんな怖がらなくても、ここにはテケテケも口裂け女も出ないから大丈夫だよ!?


「さてと。それじゃあみんな! とくとご覧あれ! ってな。」


 そう言いつつダンジョンメニューを操作して、声が反響する空間の照明を点ける。


「「「「なっ……!?」」」」


 ふははははっ!!

 みんな良い顔で驚いてくれて嬉しいぜ!


 その空間は、巨大な格納庫だ。

 その中には、大小様々なと、翼を持った無数のゴーレム達が並んでいる。


 うん。魔導戦艦、創っちゃいました♪

 それもいっぱい♪


 いやね?

 今回俺が戦場にしようとしてる場所って、海なのよね。


 だって、大陸ひとつをマルっと支配しちゃった国が相手なのよ?

 膨大な数の兵士が居るはずなんだよね。


 いくら雑魚兵が物の数でないと言っても、四方を囲まれて圧殺されるとか超めんどいじゃん?


 ダンジョン転移で兵を送り込めない以上、侵攻手段は船しかない訳で、船なら沈めちゃえば終わりじゃん? どんな大きさの船を持ってるかは知らんけど、まとまって百人とか二百人とかが乗ってるのよ? 断然そこを狙うよね?


 それに王様のおかげで各国も連合に乗り気らしいし。

 兵員や物資の輸送のためにも、船は必要だったのよね。


 うんそう。コレ、もちろん空飛んじゃいます!

 海空両用の機動戦艦たちなのだよ!


 太陽光発電と魔石を動力として動き、乗員の魔力で撃つ魔導機関銃や、大きめの魔石に属性付与し放つ魔導大砲、周囲の魔素を吸収・変換してブチ込む荷電粒子砲など、男の子の夢と浪漫に満ち溢れた空飛ぶ戦艦【黙示録アポカリプスシリーズ】だ!!


 そして有翼のゴーレム達。


 配下のダンジョンマスターのルプラスにプレゼントした物と同型の、【戦乙女ワルキューレ】タイプに翼を付けたゴーレムを千と五十五体。

 連携をスムーズに取るために指揮官仕様を五体と、隊長仕様を五十体配備している。


 量産型千体はコストと個性を犠牲にした、無地の魔鋼――魔力を多量に含んだ鋼で、強度は普通の鉄の二十倍ほどだ――を素材にしたゴーレムを、造形魔法で形作ったシンプルなものだ。


 まあ例えるなら、【サモトラケのニケ】の欠損を直して、それがそのまま動くと思えばいい。

 うん、【量産型ニケ】と名付けよう。で、コイツらには魔銀ミスリルの長剣を一様に装備させた。


 そして隊長仕様は、ミスリル製のナイスバディを魔鋼製の甲冑で包んだもの。武器は鈍器にもなるオリハルコン製の錫杖で、魔法攻撃を可能にした。

 これらの五十体も仕様は全て同一。


 よし、コイツらはローマの聖女の名前にあやかって【アグニヤ】と名付けようか。うろ覚えだが、確か婚約したカップルや夫婦を守護する聖女だったはずだ。

 深い意味は……有るかも?


 そして指揮官仕様。

 コイツらは全て、ルプラスにあげたオリハルコンゴーレムの【ベリオロッサ】と同仕様だ。


 ボディは魔白金オリハルコン製で、ピッタリフィットする甲冑等の防具は魔黒金アダマンタイト製。

 個性を出すために髪型や顔の造形、さらに体型まで、五体全てに拘り抜いた逸品たちだ。


 武器はそれぞれ斧槍ハルバート、双剣、大剣、ランス、星球武器モーニングスターで、もちろん全て最高級品だ。

 モーニングスターは別に鎖鉄球じゃないからな? そこは重要だぞ?


 指揮官級はそうだな……【ヴァルキリーシリーズ】にしよう。

 識別名は考えるから待っててね?


「これは……まさかとは思うが、飛ぶのか……?」


 巨大戦艦群を見たフリオールが、愕然とした顔で訊ねてくる。


「当然。海上での戦闘を予定しているからね。海でも空でも、両方で運用出来るように創ってあるよ。」


 魔導戦艦の数は、五十一隻。


 各国の将軍クラスが乗り込むコマンダー艦十隻と、一般兵やそれを纏める指揮官級が乗るアタック艦を四十隻。

 そして最も巨大で重要な、各国首脳級が乗る旗艦にして、アポカリプスシリーズの中枢を担う超巨大戦艦【ムサシ】。


 由来は彼の有名な、日本最強の不沈艦【武蔵】である。

 結局沈んだだとか、縁起悪いだとかはまったく関係ねえ! 浪漫だよ、浪漫!


 現実の戦艦と違って、動力源などは魔導機構を元にシンプルに造ってあるため内部もゴテゴテしてないし、快適な造りになっております。


 そして浪漫溢れる実弾兵器、四十六センチ砲も標準装備だよ!

 あとは最終兵器として、重力波に指向性を持たせて照射する重力波砲グラヴィティレーザーも搭載している。


 うん。【魔法創造】スキルで魔法を創って、それを撃ち出す大型術具を創造して載せたの。まあ燃費超悪くて、使っちゃうと飛べなくなっちゃうんだけどね。


「これは……なんともはや。ルプラスのチビッ子のゴーレムより強そうではないかの? あ奴に知れたら喧しくなりそうじゃな。」


 シュラはゴーレム達に興味津々みたいだな。

 まあ、飛べるってだけでもそりゃ強いわな。


 そしてうん、言わないでよ?

 言ったら絶対ややこしい事になるから。お前漏らしたら一週間酒抜きだからな?


「と、まあ。こんな感じで、この船達に乗り込んで迎え撃とうってわけだよ。さあ、折角のお披露目だ。【ムサシ】で試験飛行と洒落こもうぜ!」


 唖然とする家族たちを引き連れて、旗艦【ムサシ】の内部へと入って行く。

 居住区画や各種制御室などを軽く案内し、艦橋へと辿り着く。


 動力源の魔石には、日中にタップリと魔力を充填しておいたよ。


「さあ、星空鑑賞会の始まりだ。」


 制御盤コンソールはとてもシンプルに造ってあるから、この世界の人でも練習すれば操作に心配は要らない。


 俺は操縦席に座って、先ずはダンジョンメニューで格納庫の天井を開く。

 夜空がポッカリと顔を出したら、動力の魔力を解放し船体に浮力を与える。

 自動で真っ直ぐ浮かび上がるだけだから、操舵輪ハンドルもペダルも触らないよ。


 フワリと。

 エレベーターが昇り降りする時のような浮遊感を身体に感じる。


 メーターを観ると、高度――ややこしいからメートル法での表記だけど――が徐々に上がっているのが分かる。


「おおーっ!! 真日さんコレ凄いよー! ホントに浮かんでるよー!」


「流石はマナカ様ですっ!!」


「あわわわわっ!? ほ、ホントにこんな巨大なモノが浮かんでます……!?」


「ほっほぉー! 貴様殿、コレは凄いのである!!」


 三者三様の褒め言葉が、なんとも耳に心地良いぜ……!


 浮上は成功。

 次は飛行試験だな。


 高度300メートル付近で上昇を一旦止め、アクセルペダルと共にハンドルを操作し、旋回軌道で森の上空を遊覧飛行する。


「落っこちないように気を付けるなら、甲板に出ても良いからなー。」


 操艦しながら声を掛けると、アネモネを残してマナエの案内でみんな艦橋から出て行った。

 艦橋から見下ろせば、甲板ではしゃぐ家族たちの姿が目に入る。




「さて、こんなもんか。アネモネ、高度を限界まで上げて滞空しといてくれ。その後は自動に切り替えて待機だ。」


「承知致しました、マスター。」


 一頻り遊覧飛行を楽しんでから、俺はアネモネに操艦を委ねる。

 そして甲板へと出て、家族たちを眺めながらフリオールに近付いて行く。


「楽しんでるか?」


 そう声を掛けると、フリオールは穏やかな笑顔で振り向いて口を開く。


「うむ、これは良いな。思えば空を飛ぶ時は、風景など楽しむ余裕が無いことばかりであったからな。」


 ははっ! 確かにそうだね。


 一回目は初飛行でキャーキャー言ってしがみついてたし、二回目の時はワイバーン達と全力追い駆けっこしてたよな。

 そんな、懐かしくも慌ただしかった記憶を掘り起こし、自然と二人して笑い声を上げていた。


 船体は結界で覆われているためそよ風程度しか風は通さないようになっているから、普通に立てるし会話も出来る。

 俺は徐々に高度が上がり、遠くなっていく地上を眺めながら、フリオールに話し掛ける。


「俺さ、お前に言いたいことが有るんだ。」


 ヤバい、緊張する。

 フリオールは訝しげな顔で、首を傾げて見返してくる。


 ちょうどその時、艦の上昇が止まった。


 地上の格納庫の明かりは、豆粒くらいにしか見えない高さだ。

 明るければ、大陸の端の方まで見渡せるくらいの、高高度で。


「ちょっとその前に……」


 そう断りを入れてから、ダミーコアを取り出して通信を各所に繋ぎ。


「始めてくれ。」


 そう、短く指示を出す。

 そうしてから、周りを観るようにフリオールに声を掛けた。


 その時。

 艦から見渡す周りの各所から、そらに向かって一本、また一本と、光の柱が起ち始めた。


「これは……っ!?」


 フリオールだけでなくマナエを除く家族たちも、ついでに幼女神ククルも驚愕の声を上げている。

 光の柱は数をどんどん増やし、そしてある高さで湾曲すると、その柱の、光の先端が一斉に俺たちの方へと向かって来る。


「ま、マナカ!? 大丈夫なのかこれは!!??」


「慌てんな。大丈夫だから、観てな。」


 向こうで慌てている連中はマナエが説明して落ち着かせたみたいだな。

 助かるよ、ありがとな。


 そして集まって来た光は、俺たちの更に上空でぶつかり交わって、ちょうど俺のダンジョンの在る場所へと、光の滝となって降り注いだ。


「きれい……!」


 ポツリと、フリオールが呟いたのが聴こえた。

 降り注ぐ光に照らされたその顔は、そっちが光ってるんじゃないかと思うくらいに純粋で、キラキラ輝いて、美しく見えた。


「大陸大結界、完成だな。」


 俺のその言葉に、フリオールが疑問符を浮かべてこちらを見返してくる。


 大陸大結界――それは、このドラゴニス大陸を覆う、超巨大な結界だ。

 効果は、“悪意強き存在の立ち入りを阻む”こと。


 邪神マグラ・フォイゾに大陸内で暴れたり暗躍されないようにと考案し、多数のダンジョンと俺のダンジョンとの魔力パスを使って構築した、超大規模結界魔法である。


 必要な魔力は大陸に流れる【龍脈】――レイラインや霊脈とも呼ばれる――の交わる特異点、【龍穴】から無尽蔵に噴き出す魔素を変換し、繋いだパスを循環させて賄っている。


 このために、家族たちに大陸中を飛び回ってもらって、大小関わりなく、特に龍穴付近のダンジョンを支配下に置いてもらったんだ。

 そして全てのダンジョンをパスで繋ぎ、魔力の循環回路を形成して、俺が【魔法創造】スキルで創った結界魔法を起動させたというわけだ。


 そんなことをフリオールに説明して、言葉を続ける。


「これで邪神はこの大陸に足を踏み入れられない。あとは海上で大帝国の軍勢を打倒すれば、俺たちの勝ちだ。そうすれば邪神は、この世界を去るはずだ。」


 そうすれば、平和が戻る。

 慌ただしくも楽しく騒がしい、あの日常に戻ることができる。


 家族たちが、仲間たちが、街の人たちが、王国の、大陸中の人達が。

 笑って騒いで、一日を精一杯胸を張って生き抜いていく日常が、戻ってくる。


「フリオール。俺はみんなを、お前を守ってみせる。不器用でも、不格好でも、民のために一生懸命にただ前を向いて歩き続けるお前を、お前の笑顔を、必ず護ってみせる。」


 照れ臭さを押し込めて、緊張を飲み込んで、真っ直ぐにフリオールの瞳を見詰めて、言葉を紡ぐ。


「だから……俺と結婚してくれないか?」


 差し出す手の上には、ケースに納められた指輪。


 白金プラチナのリングに嵌め込まれた丸い宝石は、俺が好きなアレキサンドライト。しかも希少なキャッツアイだ。

 前世の地球では非常に希少な宝石で、ロシア帝国の皇帝に献上された逸話を持ち、『宝石の王様』とも呼ばれていた。

 まあ前世の俺如きじゃあ、とても手の届かなかった宝石だ。


 ちなみに、これは婚約指輪だ。定番の金剛石ダイヤモンドは、結婚指輪にする予定だよ。



 と、そんな一人蘊蓄うんちく披露会を脳内で展開して照れを誤魔化していたのだが……


「ちょっ!? お、おい! フリオール?!」


 彼女が、泣き出してしまった。

 大粒の涙をポロポロと溢れさせながら、呆然とした顔で俺を見ている。


 彼女の気持ちには気付いていた。

 だけど、俺はなんやかやと理由を付けて、見ない振りをして誤魔化してきた。他の女性たちにも、同様に。


 だけどさ。

 そんなのは全部、ただの言い訳だったんだ。


 まだ弱いだの、都市の発展だのと尤もらしい言葉を吐いて、女性ヒトを幸せにする責任から逃げていただけだったんだ。


 上を望めばキリが無いんだよ。

 人の欲には限りが無いし、いつだって、今よりもっとって思ってるんだ。


 言い訳はやめる。


 世界の危機に直面して、王様に背中を押されて、沢山の素敵な女性ヒトたちに囲まれていて。

 勝ち残ろうと、生き残ろうと覚悟を決めた俺が抱いたのは、その責任だ。


 みんな、幸せにする。

 俺を慕ってくれる彼女たちを、彼女を、フリオールを幸せにする。


 そう思えたんだ。


「ど、どうなの……かな……? フリオール……?」


 だから怖い。

 本当は俺の勘違いだったかもって。思い込みだったかもってさ。

 泣かせてしまった罪悪感と、返事を待つ緊張と困惑が相俟って、無様にワタワタと訊ねてしまう。


「………………もの……」


「え……?」


 微かに震える声がその口から聴こえ、聴き取れなかった俺はまたも無様に、聞き返す。


「するに決まっておるだろう、バカもの……! 散々待たせおって、ヤキモキさせおってからに……! この、大バカものめっ!」


 今度はちゃんと聴き取れた、その言葉。

 ジワジワと、身体の……心の底から、温かいモノが溢れてくるのを感じた。


 そんな言葉を涙を流しながら語った彼女は、彼女の顔は。


 光の滝に照らされて、涙が光を反射し煌めいて。本当に。


 本当に、美しかったんだ。



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