第十四話 蠢く闇、大帝国の魔の手。


 その日、再び大陸が揺れた。


 事の切っ掛けは、神皇国ドロメオとスミエニス公国・ユーフェミア王国の戦争後の、各国に向けて発信された声明であった。



『この度の戦は、メイデナ教会が神を詐称する存在を奉じ、世界の守護神たる豊穣神ユタへの信仰が汚されたことが発端であった。


 かくして神皇国ドロメオはユタ神の加護を失なったにも関わらず、更にはユタ神を崇める教会へと、奉ずる国へと攻撃を行った。


 加護を失い、あまつさえ世界の神であるユタ神を汚したドロメオとメイデナ教会は、ユタ神の寵愛から、自ら外れたのである。


 故にユタ神の加護を失った迷宮が尽く氾濫を起こし、神皇国ドロメオはその機能と信用を失い、メイデナ教会は滅びた。


 この度の戦さは、世界に反乱を起こしたドロメオ、メイデナ教会の自滅を以て終結した。


 世に残るメイデナ教徒よ、悔い改め、世界を尊ぶが良い。

 今後メイデナ教会は、王国と公国双方の監視の下、新たな道を歩むもの也。


 神皇国ドロメオは解体する。

 王族には戦争責任を問い、捕らえ、世界の国々によって裁かれるであろう。

 その国土も、各国との折衝にて分割することを望むもの也。


 そして――――』



 大陸各国によってドロメオを解体すると宣言した、ユーフェミア王国国王、【名君】フューレンス・ラインハルト・ユーフェミアは、信じられない言葉を、世界に向けて発信した。



『世界の終わりがやって来る。海を隔てた北方の大陸より、その大陸を手中に治めた【アーセレムス大帝国】が、半年の後にこの大陸に攻め入って来る。

 我がユーフェミア王国は、我が盟友である迷宮の主、マナカ・リクゴウと共に起ち、これに抗戦するもの也。


 これは大陸総ての国の危機である。

 余は、余の国ユーフェミア王国は、大陸を……世界を救わんとするマナカ・リクゴウと共に在る。


 信念ある国は戦さを止め、備えよ。そして集うのだ。

 我こそはと思う冒険者よ、奮い起て。王国に集え。


 余の名に於いて、これは誓って真実である。

 世界の神たる、豊穣神ユタに誓うもの也。


 各国の王よ、皇帝よ。今は矛を収め、余と共に起ち上がってほしい。未曾有の大戦に向けて、手を取り合い協力してほしい。

 たった独り戦いに赴くマナカの、それに続く我等ユーフェミア王国と並び立ち、世界を救ってほしい。』



 その言葉に。


 世に名を馳せた【名君】の呼び掛けに、ドラゴニス大陸の各国の指導者達は、ユーフェミア王国へと遣いを出したのであった。




〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 六合邸 〜



「いや、王様何やってんのよ!? 世界中を巻き込むとか、何考えてんの!?」


『うむ。お主独りに背負わせるのは、どうしても余の誇りが許さなかったのでな。どうせならと、何も知らぬ各国にも声を掛けてみたのだ。意外と集まるものだな。』


 いやいやいや、『どうせなら』じゃないよ!?

 ってか、集まっちゃってるの!?


 いやホント、何してるのよ……!?


『まあ、聞けマナカよ。此度の大戦さは、それこそ世界の存亡を懸けたものであろう? ならば我等が起たずして、どうするというのだ。


 たった独りの男に世界を託して、我等は明日より、一体何を誇りにすればよいのだ? 何を以て王を名乗ればよいのだ?


 お主独りに戦わせなどせぬ。足を引っ張りもせぬ。お主は真っ直ぐ敵の首魁を……勇者とやらと、皇帝を討て。雑魚は我等で引き受ける。そのお主の強大な力を存分にふるうことができるよう、我等を使うがよい。


 どの国にも文句など言わせぬ。集わぬ国が何か仕出かさば、集った国々と共に押し留める。


 ……なあ、マナカよ。

 余も、共に戦わせてほしいのだ。お主に甘えるのではなく、お主と共に同じ眺めを観て、お主と共に同じ敵と戦い、勝利したいのだ。

 お主と共に、運命に抗いたいのだ。』


 ……ズリィよ、王様。

 そんなこと言われたら、もう何にも言えなくなっちまうじゃねぇかよ。


 くっそ……!

 巻き込みたくなかったのにさ!


 ホントだぞ?

 俺は、アンタや王国を巻き込みたくはなかったんだ。


 だってのに、どうしてだよ。


 口の端が、上がっちまう。

 笑いが、込み上げてきちまう。


 嬉しいと、そう思っちまう。


「分かったよ……! 精々頼りにさせてもらうぞ? 今度ばかりは本気で暴れるからな。他所の国に間違って俺が狙われないように、ちゃんと背中を護ってくれよな!」


 ああ! 嬉しいよこんちくしょう!!


 こんなにも心強い味方が居るもんかよ!

 こんなにも心強い言葉が在るもんかよ!!


 そうと決まれば、策の練り直しだ。

 大筋は決まり、あとは戦力をどう運用するか。

 そして極めつけの策は、既にもう動いている。


『ああ、それとなマナカ。』


 あん?

 まだ何かあるの?


 王様は。

 若返り活力に溢れた王様は、映像の中で、まるで悪戯小僧のような笑みを浮かべた。


『お主、フリオールとすぐに婚約せよ。なに、既に手続きは進めておる。嫌とは言わさぬぞ? フリィの気持ちにはお主も気付いておろう? お主もフリィのことは憎からず想っては居よう? 余はお主にフリィを託す故必ず。必ず勝ち、生き延びて、フリィを幸せにしてやってくれ。これは王としてだけでなく、一人の父親としての願いだ。』


 …………は……? 俺が? フリオールと?


 開いた口が塞がらないとはこのことだよ。

 暫し放心してしまった。


「……冗談では、なさそうだな。」


『冗談でこのような事を口走るわけなかろう? 余からお主への、最後で最大の願いだ。お主に対する、最後の甘えだ。どうか、娘をもらってやってほしい。そして娘と共に、生きてほしい。』


 ここまで言うんだ。

 本気も本気だろうし、恐らく王国中の貴族達への根回しも済んでいるんだろう。


 そもそも、俺に嫁がせるとか政略云々を完全に抜きにしていやしないか?

 いや、完全に抜きってわけではないだろうけどさ。俺、ダンジョンマスターだし。


 それでも本音七割、打算三割ってところだろう。


 一人の父親が、愛する娘を嫁にやる……

 いったいどれほど寂しくて、どれほど不安なんだろうな。


 そしてそれを訊くのは、野暮が過ぎる。


「……一つ、条件が有る。聞いてくれるか?」


 だから。

 その父親の決意と覚悟には応えたい。


『なんだ? 言ってみるがよい。』


 けどな。俺にもプライドってモンがある。

 男の矜恃ってモンが、意地ってモンがあるんだよ。


「俺からプロポーズ……求婚させろ。アンタに言われたからじゃない。俺から求めさせてくれ。そしてフリオールに決めさせてくれ。俺だって、彼女の想いには気が付いていたさ。それを嬉しく思ってるし、彼女のことはとても真っ直ぐで魅力的だと思ってる。


 だからこそ、俺達に始めさせてくれ。周りに言われてじゃなく、俺達の意思で婚約させてくれ。そして彼女が受けてくれたら、改めて二人で、アンタに頼みに行く。その時に、この世界で俺が初めて得る本当の父親に、家族になってほしい。」


 我ながらキザが過ぎるし、クサ過ぎるよな。

 だけど、これは譲れないよ。


 王様たちに比べれば、ほんのちっぽけな安いプライドだけどさ。

 俺だって、男の子なんだよね!


『ク、クククッ……! ああ、よかろう。だが長くは待たぬぞ? 遅くとも一月までだ。それ以上は、お主も余らも身動きが取れなくなりそうであるからな。良き報告を、期待しているぞ。』


「ああ。そんなに長くは待たせないよ。フリオールが帰って来たら、落ち着き次第ムード満点なプロポーズをして、ビックリさせてやるさ。」


 最後にお互いに頷き合って、笑い合って、そしてダンジョンコア通信を終えた。


 まったく、可笑しな話だ。


 こんなに切羽詰まった状況だというのに。

 なのにこんなに俺は、幸せだ。

 前世の俺では考えられないほどに、本当に幸せだよ。


 さて、それじゃあ。

 フリオールが帰って来るまでに、急いでやることやっとかないとな。


 戦いの前のプロポーズは死亡フラグだって?

 そんなの、知ったことかよ!

 古来よりフラグは折るモノだって、ラノベで習ったもん!!




〜 北の大陸 アーセレムス大帝国 ダンジョン【天剣城ユーナザレア】 〜



「神命が下った。」


 ポツリと、玉座の間に声が落とされる。

 その声は静かに響き、広間に集った面々へと波及していく。


「父上様……いえ、大帝陛下。我等が守護神マグラ・フォイゾ様は、いったい何と……?」


 玉座の傍らに立つ歳若い女性が、そこに座する男――アーセレムス大帝国の皇帝【クワトロ・ヴォンド・アーセレムス大帝】へと、その託宣の内容を問うた。


 その版図はこの大陸――ホロウナム大陸の実に九割を占め、今尚抗戦を続けている獣人の国とドワーフの国を除けば、その全てがこの大帝国の領土である。


 その超巨大国家を一手に掌握するクワトロ大帝は、問うてきた傍らの女性……自身の唯一人の娘と、視線を投げる。


 そしておもむろに口を開いた。


「現在侵攻中の軍を直ちに引き上げ、真なる敵に備えよ、と。」


 玉座の間にどよめきが走る。


「陛下……! 真なる敵とは!?」


「下賎なる獣人や亜人を放置してまで討つべき敵が、居るのですか!?」


 大帝に謁見することが可能な、膨大な数の家臣の内ほんのひと握り――とは言っても、その人数は百人は下らないのだが――の重鎮達からも、事の詳細を訊ねる声が上がる。


「静まりなさい! 今はわたくしが陛下にお訊ねしているのです!!」


 そのどよめきを一喝して制したのは、先程大帝に質問した彼の娘――【ナザレア・ヴォンド・アーセレムス】である。


 ナザレアは居住まいを正し、改めて大帝に向き直る。

 そして膝を着き、頭を垂れて、臣下の礼を取った。


「クワトロ・ヴォンド・アーセレムス大帝陛下。どうかお導き下さい。我等が討つべき真なる敵とは、一体何処の国なのでしょうか?」


 跪き恭しく訊ねてくるナザレアを玉座から見下ろしながら、その父であるクワトロ大帝は自身が得た神託を頭の中で反芻しながら、重々しく口を開いた。


「……国ではない。一人の、魔族の男だ。名はマナカ・リクゴウ。このホロウナム大陸より海を隔てて南の大陸――ドラゴニス大陸に在る迷宮の主だ。その男は、つい先日に我が末端なる迷宮を落とした者だ。不敬にもその繋がりを介して朕を探ってきおった者だ。守護神マグラは、彼の者こそ我等が討つべき真なる敵であると、そうお告げになった。」


「なっ……!? た、唯一人の男を敵と定め、軍を起こせと……!?」


 ナザレアは驚愕に目を見開き、思わず頭を上げる。

 臣下達も再びどよめき立ち、馬鹿なと、信じられないと口々にざわめく。


「へ、陛下! それでは、編成する軍の規模は、如何程になさるおつもりでしょうか!?」


 ナザレア自身も、家臣達と同じく信じられないといった心持ちであった。

 現在侵攻中の二ヶ国を差し置き、たった一人の男を相手に軍を以て相対するというのだから、当然である。


「全軍である。」


「なぁっ……!!??」


 今度こそ、玉座の間は溢れんばかりの驚愕の声に沸き立った。

 膝を着いていたナザレアもこれには立ち上がり、静かな瞳で広間を見下ろす大帝へと詰め寄った。


「陛下、何を馬鹿なっ!? たとえ迷宮の主といえど、たった一人を相手に我等が全軍を……百五十万の軍勢を動かすと言うのですか!? あまりに馬鹿げております!! どうかお考え直しを!!」


 百五十万人対一人。

 その非現実的な数字も然る事乍ら、いくら何でも全軍を動員するなど、国の財政が傾くどころの話ではない。


 ナザレアは必死に、自らの父に翻意を促す。


「〘静まれ〙。」


 しかし、その必死の訴えは。

 家臣達の悲鳴のような困惑と動揺は、大帝が静かに発したたった一言によって抑えられ、言葉のみならずその身体ごと地に屈せられることになった。


 大帝が持つ固有スキル、【王命オーダー】の力だ。


「うっ……ぐぅ……!? へ、へいか……っ!?」


 強制的に跪かされ、呻き声を漏らすナザレア。


 スキル【王命オーダー】は、威圧を含んだ言霊により対象を縛り、従える力が有る。

 その対象とは自身より魔力の弱い、知恵と意思とを有するモノ全て。

 正に王者が持つべき、強力無比な固有スキルである。


 そのスキルを以て広間の全ての家臣達に、大帝の命が、大帝が受けし守護神マグラ・フォイゾの命が、下される。


「〘アーセレムス大帝国は、全軍を以て南のドラゴニス大陸へと侵攻し、その全力を以て迷宮の主、マナカ・リクゴウに絶望をもたらす。総大将として、朕自らが赴くものである。


 コレは決戦也。前線より【勇者】が戻り次第、海を渡り進軍を開始するもの也。


 今こそ艦隊を整えよ。飛空艇を整えよ。機動兵器を整えよ。各種兵装を一から整備し、総ての魔導兵器群を起動せよ。

 兵を招集せよ。魔導士を、騎士を、戦士を招集せよ。全軍疾く戦陣に結集し、我が覇道を守護神マグラ・フォイゾに捧げるのだ〙。」


 大帝の命が、意思が家臣達に伝播し、並列して起動していた【扇動】スキルの効果も相俟って、熱気と共に否応なしに士気が上がる。


 唯一人、その熱気から除外されていた大帝の娘、ナザレア――彼女は家臣達と共に鎮められた後は、スキルの対象から外されていたのだ――は、父の真意を、守護神マグラ・フォイゾの神意を、測りかねていた。


 父である大帝は知っていた。いや、っているのだ。

 彼の娘は、ナザレアは父である自分の意思には逆らえない事を。


 彼女のドレスの開けた胸元に刻まれた紋様――【隷属紋】によって、意見をすることは出来ても、決して自らに叛意を抱くことは出来ないのだと。


 それは、大帝の血に施された呪いである。




 アーセレムス大帝国の大帝、クワトロ・ヴォンド・アーセレムスは、猜疑心の酷く強い、それでいて巨大な野心を持った男だった。

 親や兄弟、姉妹を信用せず、尽く謀殺せしめ、大陸一の版図を持つ帝国の皇帝に昇り詰めた。


 皇帝になってからは更に上を望んだ。

 更に強い権威を、更に強大な国を。


 そんな彼の無謀とも言える野心に惹かれたのか、ある日夢に、神が降りて来た。

 神は自らを、彼の守護神だと名乗った。そして、力を分け与えた。


 更に異界への門を開き、この世界とは異なる知識を持った知恵者を導き、彼に宛てがった。


 彼は、神から授かった力で知恵者を縛り、酷使し、数々の兵器と、守護神以外の神の目を欺く術と、異界から強き魂を持つ者を呼び寄せる術を編み出した。


 そうして更に帝国は強さを増し、版図を拡げ、大帝国と成った。


 皇帝から大帝へと自らを改めた彼は、自らの血を残そうと考えた。

 しかし猜疑心の塊のような人間であった彼は、自らの血を引く血縁者であろうとも、信用することが出来ず、恐れ、殺した。


 そこで彼は自らを永らえようと考え、迷宮を支配した。

 迷宮の権能を行使し、自らの権威の象徴たる城を創り、定期的に霊薬を産み出しては服用し、自らの時を永らえた。


 ある時戯れに、知恵者に隷属の術を創らせた。

 知恵者は長年の大帝による酷使に耐え切れずに果てたが、大帝自身の血を受けた者への、隷属の呪いを完成させた。


 彼は国中の美女を掻き集め、快楽に耽り、多くの子を成した。

 美女達は競って己を磨き、大帝に尽くし、そして美しい子を成しては、干渉を嫌い猜疑心を膨らませた大帝によって殺められた。


 そして自らの血と呪いを身に宿した、美しい娘のみを愛した。


 それ以外の容姿に優れぬ者や、男児達は尽く殺められた。


 そうして己に従順な、己の分身たる、美しい娘達を愛し続けた。


 その過ぎる愛によって年嵩の娘から一人、また一人と、大帝の歪んだ愛にその身が耐え切れなかった娘から、死んでいった。




 最後の一人である。


 ナザレア・ヴォンド・アーセレムスは、そうして創られた。


 まやかしの人間であり、大帝を慰めるためだけの存在であり、彼の最高傑作の人形である……最後の娘であった。


 己を縛る血の呪いによってナザレアは内心とは裏腹に、熱狂する玉座の間で、無言で大帝へと跪くのであった。



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