第十三話 未来を見据えて。
〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 六合邸 〜
「さあ、どういうつもりか納得のいく説明をしてもらうよー!」
我が家のリビングのソファにふんぞり返り、幼女は短い手脚を組んでそう切り出す。
鼻息荒く目付きは険しく、そのあどけない顔の頬はぷくーっと膨れていた。
うん、オコである。
その対面に正座させられている俺は、苦笑しながらも話し始める。
「説明も何も、言った通りなんだけどな? 俺が納得いかない。
俺たちの前に姿を顕した
俺を助けるために目を覚ました、この世界にどうやってか顕れた
まあ目の前の
「だからさー! 戦うなら戦うで、どうして私の
「
申し訳ないが、主張を遮らせてもらう。
俺の心を読んだのか、ククルはハッとしたような顔をした。
「力が使えない。それはどうしてだ? 過去に怒らせた
「うぅっ……!」
俺の言葉にバツの悪そうな顔になるククル。
偉そうに組んでいた腕や脚を解き、心做しか肩を落として、言葉に詰まってしまった。
心が読めるククルはさて置き、
俺はそんな家族たちにも説明するために、既にククルは気付いたであろう事を、敢えて口にする。
「使えないんじゃない。
アイツはククルの神域を消滅させた、と言っていた。
神域ってのはアレだろ? 俺が転生する前にククルに招かれた、その神様固有の領域とか、そんな感じの空間なんだろ?
それを、他の神の領域を事も無げに
間違いなくこの世界なんて、簡単に終わるだろう。
そして邪神マグラ・フォイゾだ。
彼女の情緒は、非常に不安定に観えた。
邂逅した時も思ったが、まるで癇癪持ちの子供みたいなヤツだった。そんなの、いつ爆発するか判らない爆弾みたいなモンだ。
そんな歩く爆弾が遊びを所望しているところに、最初から俺達に有利な状況を当て嵌めるのはあまりにもリスクが大き過ぎる。
いつヤケを起こして、ちゃぶ台をひっくり返すか分かんないだろ?
だから、これでいいんだよ。
幸いなことに特に考え無しに放った言葉で、奴の目を俺に向けさせることが出来た。そして俺の行動のおかげ(?)で、奴から
もちろん向こうもその時間は準備に充てるだろうけど、条件は五分に近いだろう。
あの場での唯一の誤算と言えば、奴の
まあ、それも俺の取り越し苦労だったけどね。
今回の事の経緯を王様やマクレーンのおっさん、ギリアム司教に報告したところ、一様に返ってきた言葉は『必要ない』だったのだ。
曰く、それよりも俺の関与を漏らされるリスクの方が深刻だという。
なるほどな、と。
今回の戦争の顛末は、“世界の主神たる豊穣神ユタの加護を失った、ドロメオとメイデナ教会の自滅”という形だ。
そういった形を取る以上、“加護を失ったせいで起きた
俺たちの関与が疑われては、今回の戦争の大前提が崩れるという話だった。
まあ、納得するしかないよな。
いくら邪神の企みを防ぐためとはいえ、そんな事は実際に戦っていた両軍には関係のない事だ。
餅は餅屋。
そんな彼等が、死んでいた方が、消息不明な方がやり易いと言うのなら、門外漢である俺はそれ以上口を挟むことはない。
まあ、今後どう戦後処理を進めていくか等は、逐一教えてもらうように頼んではあるけどね。
「でも……だったら
ククルの言葉に回想が打ち切られる。
彼女は、本気で俺のことを心配してくれている。
それが解るから、俺も真剣に向き合わやきゃいけない。
「俺以外に、誰が居るんだ? この世界で
問題は大帝国と勇者だ。
北の大陸がどの程度の大きさかは知らないけど、【アーセレムス大帝国】はその全土を支配間近だという。そんな大戦力を前に対抗するのは、とても一国や二国では用を成さないだろう。
それこそ、このドラゴニス大陸の全ての国で連合でも組まない限り。
そして勇者。
実際に攻められた魔族の王女セリーヌによれば、一個大隊にも及ぶ軍勢を強化できる能力を持っている可能性が高い。そして個人としても規格外の強さを誇っていたという。
そんなの、誰が相手できるんだよ。
アークデーモンロードに進化したてだったあの時点での俺が、彼女の父親である【魔王】と互角くらいだと言っていた。
その【魔王】が、ダンジョンマスターであるにも関わらず滅ぼされたんだ。
あの時に比べれば俺はもっと強くなってはいるが、果たして。
そして、俺がこの大陸で出会った強者で最も強いと感じたのは、元Sランク冒険者の【破壊神】……コリーちゃんだ。しかし彼とて進化前の俺と互角くらいだった。
まだ見ぬ強者も大勢居るだろうけど、あのコリーちゃんでも歯が立たない可能性が高い以上、やはりここは俺が出るしかないだろうよ。
そんなことを、ククルを始めみんなに説明していく。
そんな思い詰めた顔を見るしないでくれよ。それでも一応は、考えている策があるんだからさ。
「だからね、有利な戦場を選ぶことにしたんだよ。」
俺だって負けるのは、死ぬのは御免だからな。
半年でアイツの思惑を超えられるかどうか。
勝負の半年間が、始まったんだ。
〜 ユーフェミア王国 王都ユーフェミア ブレスガイア城 〜
《フューレンス王視点》
執務室にて宰相の報告に耳を傾けていた余は、頭では別のことを考えていた。
此の度ユーフェミア王国と、隣国であるスミエニス公国を襲った騒動に於いて、影に徹し手を貸してくれた、友となった男のことを。
余の友――マナカは、魔族の男である。
王国にとっての鬼門であった【惑わしの森】に発生した迷宮の主にして、自身が生き残るためとはいえ、乱れて衰退するばかりであった王国の危機を救ってくれた男だ。
その際に一度裏切られたにも関わらず、怒りに身を焦がしたにも関わらず、友好を示してくれた優しい男だ。
そんなマナカが、懸念していた通りに【邪神】に遭遇したと聞かされた。
邪神には悪意しかなく、メイデナ教会も、遥か北の海の彼方に在るとされる大陸を支配する大帝国すらも、手駒に過ぎないのだと言っていた。
そしてその本質は享楽的で、同じ神すら簡単に消し去る強大な力を、その情緒を、ピンと張り詰めたか細い糸で保っているのだとも。
そんな邪神の指す手を、彼が全てその一身に引き受けたと聞かされた。
王国を救い、友好国である隣国をも救い、今度はこの大陸も、この世界すらをも救おうとしている、と。
その手で弄んでいた
若かりし頃の自分が……皺も無くなり、失った髪も戻った精悍な顔がそこには映っていた。
彼には、与えられてばかりだと。
そう、余は改めて思い知らされた。
国を救われ、民を救われ、今度は兵達をも救われ、自身もかつての若さを、力を取り戻した。
それどころか、新たな権力闘争を危惧して、妻である
誕生の祝いだと
望外の喜びを感じた。
若返ったことでより過酷になるであろう政道を、更に延びた己の王としての道程を、最愛の妻と再び共に歩むことができる。
共に若返り、延びた寿命の尽きるまで、支え合って生きることができる。
そして国内に残る火種を消して回っていた、自身の娘のことを考える。
我が親友マクレーンに憧れ師事し、社交の華となるを嫌い、軍の門戸を叩いた長女、フリオール。
自身で見出した者を登用し、軍から独立した隊として国内各地を渡り歩き、その身の及ぶにしろ及ばないにしろ、愚直に民を思い、救わんと走り続けていた。
マナカの迷宮に捕らえられ、しかし彼の心根に触れて、王国との橋渡しを買って出た。
しかし信じていた部下の裏切りと、愚かな余が教育に失敗した愚かな兄の謀略により、余と共に囚われの身となってしまった。
その時の娘の言葉と顔は、ハッキリと憶えていた。
『陛下、いいえ父上。我は、フリィは。彼を救け、彼の迷宮を守りたいです。』
信頼を裏切ってしまったと嘆き、それでも手段を講じてマナカを救けようと、真っ直ぐな瞳で見詰められた。
そこに秘められた娘の想いに、気付かされてしまった。
それからは怒涛のようで、あっという間にマナカは民の受け皿たる新都市を創り、不信を買わないため、また娘の想いのためにフリオールを代官に据え、移民を率い彼の元へと移り住ませた。
まさか同居までするとは思わなかったが。
今までは執事のシュバルツに任せていた慣れぬ政務に携わり、規模は違えど余と同じように民を治め、悩みも抱いたことであろう。
それすらも、マナカに力を借りて無様ながらになんとか務めていた。
マナカが誕生日を迎えると話を聞き、彼と娘の都市に視察兼療養に訪れていた時には、共に祝いもした。
娘は彼と共に歩みたいと、そう願っていた。
彼の偉業の数々を魅せられ、彼と共に成し遂げる事に喜びを感じ、これからも尚見続けていたいと、そう語っていた。
そこに来て今回のこの一連の事変だ。
豊穣神ユタの死。
邪神の暗躍。
メイデナ教会と神皇国ドロメオの宣戦布告。
メイデナ教徒の暴動。
そしてここまで来ても尚、バラバラな我が国。
思いと誇り、そして怒りが、余を衝き動かした。
一度は国宝と定めた
友の……マナカの足枷となるまいと、民を見放すまいと。
マナカと共に征きたかったであろうフリオールにも、国内の平定を命じた。
娘は、何も言わず。
王族の責務として、任を拝した。
そこまでしてマナカの障害を取り除いたにも関わらず、マナカは……あの男は更に大きなモノを背負って帰って来よった。
世界の命運など、一個人が背負うモノではないというのに。
あの男は、どこまでも愚直で。
どこまでも真剣に、真摯に、己の生き様を全うしようとしている。
戦いを忌避していながら己の手を染め。
奪った命に押し潰されそうになりながら、それでも足を踏みしめ。
……何が【名君】か。
『どちらが王かわからぬな。』
いつかマクレーンに言われた言葉が今更ながらに深く、胸に突き刺さる。
だがあ奴は、マナカは決して王には成らぬ。否、成れぬ。
優し過ぎるのだ、彼は。
彼の真っ直ぐな心根では耐えられないほど、
そんな道を、彼に歩ませてはならない。
そして可愛さも相俟って純粋に過ぎて育ってしまった娘――フリオールにも、彼と共に歩みたいと願う彼女にも、その道は苦難に満ちたモノとなろう。
ならば。
かつての
彼の望みの一助となり、彼を慕う娘の願いを叶える。
最早彼には枷など要らぬ。
彼の道を阻む者在らば大恩を受けし余が、余の国が、其れを打ち払おう。
人知れず世界を救わんとする彼のため、それを支えんと努める娘のため、余が泥を被ろう。
「――――以上が、此度の戦争及び暴動に関する報告です。」
「うむ。」
宰相が長々とした報告を締め括る。
特に目新しい情報は、聞かれなかった。
「それと陛下。公国並びにユタ教会より、此度の戦争に於ける声明を連合を代表して発して欲しいと要請が。それに合わせ見解の擦り合わせを行いたいと、使者を送って来られたそうです。」
……確かに、世界に向けた声明となる以上、当事国では我が国の方が発言力は有る。
仕方あるまいな。
「相分かった。して宰相よ。」
「は。如何なさいましたか、陛下?」
またぞろ貴族達が騒ぎ出すやもしれぬが、そのくらいはどうとでも治めよう。
更に大きな運命に挑む彼に、娘に、後悔をさせぬためにも。
余がいつでも力になってやれるように。
「マナカとフリオールの、婚約の手続きを進めよ。あ奴には是が非でも、我が娘を受け取ってもらう。それがこの世に対する未練となるように、そのために無事、事を為せるようにな。」
マナカよ。お主も娘のことは、憎からず想っては居よう?
シュバルツに縋り、止めようと画策したこともあったが、今こそ……今ならばこそ、余は心からお主に娘を託したいと思う。
だからマナカよ。
幸せにせねば、承知せんからな。
独りで戦い消えることなど、許さぬからな。
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