第十二話 これは俺の戦いだ。


〜 神皇国ドロメオ 神都サンタフォビエ 上空 〜



「……っとまあ、冗談は置いといてさぁ。いやホントに面白かったけどぉ。ところでキミぃ、ククルシュカーって言ったっけぇ? 気のせいかなぁ〜? さっき、たかが転生神ごときのキミの口からぁ、『ぼっちな邪神サマ(笑)』とか聴こえた気がしたんだけどぉ……? ていうか何で此処に居るのぉ? キミの神域は全部消滅させたはずなんだけどぉ? 権能も封じてたのにさぁ。何をやったのぉ?」


 カラカラと笑っていた邪神マグラが、急にテンションだだ下がりで冷たい声を発する。

 それと同時に襲い来る、これでもかと悪意を込めた神威プレッシャー

 木で出来た船体がギシギシと軋み悲鳴を上げる。


「なぁにー? 図星刺されて怒っちゃったー? 創造神様パパンに悪さして深淵に堕とされてー、永年閉じ込められててお友達も居ない可哀想なぼっち女神さんー?」


 おい、おいおい……!

 どういうつもりだよククル!? なにそんな煽りまくってんの!?

 邪神マグラさんってば、煽り耐性ゼロなのか肩を震わせて激オコに見えるんですけど!?


「ふ、ふふっ! ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……ッッ!!」


 こ、こここ怖ぁっ!?

 笑ってる、メッチャ笑ってるよぉ!!??

 ヤダもう見てよあの顔!? 綺麗に整った顔が笑顔が固まって引き攣って吊り上がった口の端がぁ……!?


 邪神マグラはその口を大きく歪めて、まるで三日月みたいな、亀裂のような笑みを浮かべて、嗤っていた。


「アハハハハハぁッ!! ずぅいぶんと強気じゃないかぁ!? 神域では何も出来ずにガタガタ震えて絶望していたクセにさああぁぁっ!? お友達ユタを塵にした時なんかみっともなく叫んじゃってたクセにぃ、たかが中級神が調子に乗ってるねぇぇええっ!?」


 憤怒、憤懣、嫌悪、嘲り、罵り、侮り、傲慢……

 ありとあらゆる悪感情をダダ漏れにして、邪神マグラが吼える。


 ……なるほどぉ?

 俺にも、ちょっとは邪神コイツのことが解ってきたかもしれない。


「おいおい、言い寄った傍から浮気は止せよ。俺の相手をしてくれるんじゃなかったのか?」


「アハハぁあああん……?」


 うひぃ!?

 その笑顔を固めたまんまで首だけ動かして振り向くの、やめてもらえませんかねぇ!? メッチャ不気味だから!?


「……なぁんだい? そぉんな、バケモノを見るような顔をしてさぁ〜? ボク、傷付いちゃうじゃないかぁあ……! そぉんな目でボクを見ないでよぉ……!」


 ……コイツは、子供だ。

 父親?創造神に何をしただとか、どうして深淵だかに、どれだけ閉じ込められていたかとか、そんな事は分からないけど……


 我慢が効かない、相手をしてもらえなくてダダを捏ねる、親しい仲間も友達も居ない、ただ感情の赴くままに振る舞う、否定をされるのが嫌でしょうがない、独りぼっちの子供みたいな奴……なのかな。


 俺はククルの顔を見る。

 ククルも自信ありげに不敵な、あのイタズラっぽい笑みを俺に返してくる。


「気に入らないなぁ。うん、気に入らないぃ。気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らなイ、気に入らなイ気に入らナイ気に入ラナイ気にイラナイ気ニイラナイキニイラナイキニイラナイキニイラナイイイイィィィィァァアアアッハッ……!!」


 まるで癇癪を起こした子供のように、髪の毛を振り乱し頭を掻き毟って。

 身体を震わせて首を振り、狂ったように呪いのように【悪意】を振り撒く邪神マグラ


 その身の内に魔力とは違う得体の知れない力が、嗤い声と共に膨れ上がっていくのを感知する。

 いや、これちょっとヤバくね……?


「いいのかなー、邪神……【堕とし子】マグラ・フォイゾさんー? こんな現実世界で、人の世で見境無く神力を行使しちゃうとー、すぐに創造神お父様に見付かって深淵に逆戻りだよー?」


 そのククルが発した言葉に、哄笑も、垂れ流していた呪詛も、膨れ上がり張り詰めていた神力とやらも。


 ピタリと止まり、萎んでいく……?


「ふ、ふふふふっ……! そういう……ことかぁ。転生神キミぃ、ボクをこの土俵に引き摺り込むために神の神体からだを棄てて、この世界に生命として現界――【天下り】したんだねぇ……?」


 なんだって?

 身体を、捨てた? あまくだり……?

 なんだか不穏な言葉がポンポン飛び出してきていませんこと?


「そういうことー。貴女は現実の、物質世界では神の権能の殆どを封じられ、行使できない。でも私はー、ユタの権能と一緒にこの世界の権限も移譲されてるからねー? いくら神格や権能に天と地ほども格差があってもー、この物質世界の中でならその限りではないのよー?」


 なるほど解らん。

 ククルと邪神マグラの神様トークについて行けません!


 無い胸をムンと張って、得意そうにドヤ顔を披露しているところ悪いんだけどさ、どゆこと?


「無い胸は余計だよー! 要はー、アイツは直接この世界に干渉しようとしても、その力が強大過ぎて親にバレちゃうってことなのよー。だからー、アイツが意地でもこの世界に干渉するならー、この世界に根差したモノ――人間等の生き物を操るしかないってことなのー。」


 ほぉん?

 と、いうことはだ。


「なるほど? つまりアイツが目的通りにこの世界で遊ぶためには、それこそ俺が言ったように、盤外で指し手の立ち位置に留まるしかないわけね。そうなのか邪神マグラさんよ?」


「だったらなんだって言うんだいぃ? 『俺には神様が着いてるんだから諦めろ』とでも言うつもりかいぃ?」


 その端正な顔を憎々しげに歪め、視線で殺そうかとでも言いそうなほど鋭い目付きで睨んでくる。


 正直おっかねぇな。

 でも、俺だってここで引くわけにはいかないんだよね!


「いいや? お前にはちゃんと遊んでもらうよ。! さっきも言ったろ? 浮気すんなってさ。」


「そうだろうさぁ。何しろそっちには神が着いたんだから…………はぁ?」


「「「「はっ??」」」」


 ……目が点になるって、こういう顔たちのことを言うのかな?

 うん。邪神マグラだけじゃなくて、ククルや家族たちまで目が点なんですよ。


 いや、家族たちはともかくとして、ククルと邪神マグラは心が読めるんだから、そんなに驚かなくてもいいんじゃないかな?


「いや、いやいやいやいやー!? 何言ってんの真日まなかさん!? 頭平気ー!? 中身正常なのー!?」


 おいコラ。

 いくらなんでもそりゃ言い過ぎじゃあないかね、ククルさん?


「いやいやいやいやぁ。ボクが言うことでもないけどぉ、転生神の言うことは尤もだと思うよぉ? 何自分から有利を捨ててるのさぁ?」


 邪神マグラまでそんなことを言い出しやがる。

 なんなのお前? そんなに負けたいの?


「そんなん決まってんだろ? 納得出来ないからだ。俺も、。」


「…………はぁ?」


 何言ってんだコイツって目で、俺を見てくる邪神マグラ

 まあ気持ちは解らんでもないけどね。


「お前は自身の力が使えない。俺は神様の力を借りてそんなお前を打ち倒す。誰が納得できるんだ? お前はそれで素直にゴメンなさいできんのか? ククルの力で勝って、俺は胸を張れるのか?」


 そうだろ、みんな?


 家族たちに顔を向けると、アネモネは困り顔で微笑み、アザミは目を輝かせ、シュラは口の端を吊り上げ、イチは刀の鍔を鳴らし、グラスはカラカラ笑っている。


 流石はみんな。

 俺の考えはお見通しだね。


「お前ら神々にとって、地上の命ひとつにどれだけの価値が有るのかは知らねえがな。少なくとも今回だけでも、そりゃあ多くの命が犠牲になったんだ。まあやったのはほとんど俺だけどさ。


 それだって家族や仲間に支えられて、ようやく覚悟を決めてやった事なんだ。そこまでやっといて決着は他人任せだと? ふざけんなっての。生きる世界の問題だろうが。俺に命を張らせろよ。俺に背負わせろよ。俺やこの世界の命に、胸を張らせろよ。


 いいかマグラ。大帝国でも勇者でも何でも使えばいい。跳ね除けてやる。そんでお前には、素直にこの世界を諦めてもらって、お父様とやらに謝らせるからな。」


 ビシリとマグラを指差し(良い子はマネすんなよ!)、宣言してやる。


 ククルの管理者の権限だかを使って勝ったところで、コイツは絶対に認めない。この癇癪持ちの子供みたいな女神は、絶対に諦めないだろう。


 だってそんなもん、子供の遊びに大人が横からしゃしゃり出るようなモンだろ? そんなんで子供が素直になるもんかよ。


 子供に必要なのは、目一杯楽しんで、疲れるまで遊び通して、満足することだろ。


 そしてその遊びは、既に始まってしまっているんだ。

 そこに大人が横槍なんて入れてみろ。

 自棄ヤケを起こして世界オモチャを壊しかねないだろうがよ。


「アハッ、アハハハハぁ! 呆れたよぉ。マナカくん、キミそれ、全部本心じゃないかぁ!?」


 おうよ。

 こんなこと冗談で言うもんか。


「ちょっ! 真日さん正気なのー!? どうせコイツは力を使えないんだよー!? なんで態々わざわざ不利な条件で戦おうとするのよー!?」


 そう、不利だよな。

 なんだよ。


「改めて俺は……マナカ・リクゴウは、世界の破滅を目論む邪神、マグラ・フォイゾに決戦を申し込む。お前が負けたら世界を諦めて創造神に謝る。俺が負けたら、それでも満足できなかったのなら、好きにすればいい。」


「言ったねぇ……? もう、取り消させないよぉ? 神の契約ってやつだよぉ。破れないからねぇ? しかし、そうだねぇ。ボクが勝ったら勿論、この世界はお終まいさぁ。ボクが何をしなくとも、自然と壊れるだろうさぁ。


 だからぁ、キミと、キミのお仲間達をもらおうかなぁ! それで次の世界オモチャでまた一緒に遊ぶんだよぉ。分かっただろうねぇ?」


 そういうのなんて言うか知ってるか?

 取らぬ狸の皮算用って言うんだぞ。


「上等だ。俺が負けたら抱き枕にでも何でもすればいい。だから、俺が勝ったら、絶対に約束守れよ?」


「いいともさぁ。これでも神様の端くれだからねぇ。約束は、契約は守るよぉ。この世界は諦めるしぃ、あの創造神ジジィにも頭を下げてやろうじゃないかぁ。キミが、勝ったらねぇ?」


 決まり、だな。

 マグラも満足そうに笑みを浮かべている。


「あ、お前と勝負するに当たってククルには色々と質問はするけど、それは見逃せよな? どうせ取るに足らない中級神と、一世界の定命の存在なんだろ?」


 このくらいは大目に見てくれよ?

 お前が言ったんだから。たかが、ってさ。


「……まあ、良いだろうさぁ。それじゃあボクは、北に帰ってゲームの支度をしようかなぁ。が玄関をぶち壊してくれちゃったからぁ、海を渡る準備をしないとねぇ?」


「そうか。精々頑張れよ。念の為もう一回言っとくぞ? お前の相手は俺だぞ? 絶対よ?」


 俺のその言葉に、心を読んだんだろう。

 呆れた顔をしたマグラは、ひとつ溜め息を吐いてから口を開いた。


「やるねぇ、キミぃ。単なる思い付きかいぃ? 上手いこと読心の隙を突いたねぇ。」


 神の読心術……術なのかは知らんが、それにはそうするって意志が必要だという推測は、どうやら当たっていたらしいな。

 いや。コイツらの場合は、聴こえてくるものをフィルターに掛けて、聴き分けているってところかな。


 なら、集中していない時に、極力思考を挟まずに言葉だけ発すればいい。


 たった一言。


 乱れた集中の中に投じられた一言で、マグラは


 つまり、手駒であろう北の大帝国の侵略戦争も、一時的にストップだ。

 思い付きで先走る性格が、初めて功を奏したな。


「良いだろうさぁ。キミも精々そうやってぇ、姑息に立ち回るといいよぉ。だよぉ。半年後にはぁ、キミの総てを真正面からブチ抜いてあげるよぉ。」


 半年後……ねぇ。


 上等だ。

 なら俺は何でもやって、何でも使って、お前のゲームの盤面をひっくり返してやるよ。


 そのまま、マグラは手をヒラヒラと振ってから、顕れた時と同じように空間を裂いて、亀裂の中に消えて行った。



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