第十一話 幼女、来たる!


〜 神皇国ドロメオ 神都サンタフォビエ 上空 〜



 まさか、ここでコイツが出てくるとは思っていなかった。

 ずっと盤外から、駒の指し手を気取って面白がっているだろうという俺の当ては、外れてしまった。


 自ら【邪神】とも、【メイデナ教の崇める神】とも名乗りを上げた黒い女――【マグラ・フォイゾ】という名前らしい――を見据え、思わず身構える。


 どうする?

 万が一遭遇した時のために一応戦う術は考えてはいたけど……果たして効果は有るのか……?


「そぉんな警戒しなくても、大丈夫だよぉ。ああ、あと君が今考えていた攻撃は、残念ながらボクには通用しないかなぁ。」


 ……そういえば、神って奴等は心が読めるんだったな。

 幼女神ククルに散々読まれた体験を忘れていた。


「そうかよ。それじゃあ質問だけど、どうして姿を顕したんだ? というか、神ってヤツはそんなに気軽に地上に来られるのか?」


 アイツククルといいコイツといい、そうポンポン地上に来られちゃあ、有難味ってモンが無いだろうが。


「んん〜? 普通は来られないよぉ? まあボクは、あのジジィのルールなんかには縛られていないからねぇ。行くも帰るも、自由自在さぁ。」


 ジジィ? 誰のことだ?


「ん〜? まあ、ボクの親……になるのかなぁ? 創造神っていうイケ好かないジジィだよぉ。」


「ナチュラルに他人ヒトの心読むの、止めてもらえませんかね。」


 なんかこのやり取り、ちょっと懐かしいな。


「アッハハハハぁ♪ キミって面白いねぇ。神様相手でもまったく変わらないんだぁ。他のコ達はこんななのにさぁ?」


 その言葉にハッとして、周囲を確認する。


「みんなっ!?」


 俺の周囲では、家族たちはみんな顔色を悪くして苦しそうにヤツを睨んでいて、メイドたちは膝を着き息も絶え絶え。

 メイデナ教の爺婆共に至っては、泡を拭いて失神――だよな? 死んでないよな?――している。


「お前……みんなに何した?」


 頭に血が昇るのを感じる。

 それと同時に魔力が膨れ上がり溢れ出し、木製の船体を軋ませる。


 船体が悲鳴を上げた。


「おお、怖い怖ぁい♪ なぁんにもしてないよぉ、酷いなぁ。そんなに怒らないでよぉ。ただボクの神威プレッシャーに気圧されてるだけだよぉ。」


 ホントかよ……?


「アネモネ、みんな。大丈夫なのか?」


 取り敢えず家族達に安否を問う。


「マスター、大丈夫です……!」


「くっ……! アザミは平気です!」


「なんのこれしき、じゃ!」


「ちぃっと、慣れてきやしたぜ……」


「これが、神威というものであるか。初めて味わったのである……!」


 俺の質問に対しアネモネを始めとして家族たちは、辛そうだがハッキリと答えを返してくれた。


「おおぉ〜! キミのお仲間も凄いねぇ! それに比べてボクの手駒達はぁ……なっさけないなぁ〜。ボクの信者を名乗るならさぁ、せめてお祈りくらい捧げてくれても良いのにねぇ?」


 そう溢しながら溜め息を吐くマグラ・フォイゾ。


 さっきからコイツ、何がしたいんだ……?

 悪意は感じる……というか悪意しか感じないんだけど、それでこうもノンビリ話をしてるってのも、変な感じだしな……


「そぉんな、警戒しなくても大丈夫だってばぁ。今日はぁ、とりあえず挨拶だけでもって思っただけだからさぁ。」


 挨拶ねぇ……?

 いやいや、信じられるかよ、そんなの。っていうか、心読むの止めろや!?


「アハハぁ♪ ごめんごめん〜。つい、ねぇ。ていうか、【マグラ】でいいよぉ? ボク、キミのこと気に入っちゃったからさぁ。」


 笑いながら、そんなことをのたまう邪神。

 気に入っただあ?


「そうかい。それでマグラ、本当の理由は? まさか、そんな話を本当に信じろとでも?」


 警戒は緩めない。

 たとえ気に入ったという言葉が本心だろうと、マグラコイツは自身を邪神であると認めたし、メイデナ教の爺婆共を自分の手駒だとハッキリと言った。

 そうである以上はメイデナ教の親玉だという事だし、俺の敵である事に変わりはないのだから。


「せっかちだなぁ。まあいいけどぉ。それじゃ本題ぃ! キミさぁ、ボクの手駒にならないぃ?」


「…………は?」


 何を言ってるんだ、コイツは……?

 俺が? コイツの? はぁ?


 頭が疑問符で満たされる。

 いやホント、何言ってんのコイツ?


「えぇ〜? そんなに難しいこと、言ったかなぁ? そんな変な顔してぇ、もしかしてキミぃ……おバカなヒトぉ?」


 あんだとコラ!?


「誰がお馬鹿だコラ!? 確かに自慢できるようなおツムじゃないが、言ってることくらい解るわ!!」


 なんだこの失礼な邪神は……!

 俺、プンプンである。


「やっぱりキミぃ……変わってるねぇ。ていうかぁ、そんなに怒るってことはぁ?」


「当然、お前の申し出はお断りってことだな。誰が好き好んで、異種族を排斥するような連中と同じ傘下に収まるかよ? 俺は魔族なんだぞ?」


 吐き捨てるように拒絶する。


 そうとも。誰が邪神お前なんかに降るかよ。

 お前がそんな連中を唆したせいで王国は混乱させられたし、フリオールは駆り出されたし、あの子は……セリーヌは親も国も、失ったんだぞ……!


「そっかそっかぁ。キミはユーフェミア王国の王家とは、お友達だったねぇ。それにセリーヌぅ……? あぁ〜! ボクが戯れに拾って転生させたぁ、【御堂なつめ】ちゃんかぁ〜!


 いやぁ大変だったねぇ、彼女ってばぁ。生まれてすぐに母親を亡くしてぇ、若干8歳で今度は父親どころか国まで亡くしちゃってぇ。どうだったぁ? 彼女ぉ、良い顔で絶望してたかなぁ?」


 瞬間、全身が粟立つ感覚に襲われる。

 感じたのは、先程までと比べ物にならないほどの、【悪意】だ。


 愉悦、喜悦、享楽、嘲笑、侮蔑……


 そんな数多ある悪意が、全身の隅から隅まで駆け巡り、不快感を込み上げさせてくる。


「テメェ……!」


 収まりかけていた魔力を、再び膨れ上がらせる。

 血が沸騰するような感覚を覚え、衝動のままに魔力を練り上げて、無数の火球を周囲に生み出し、浮かべる。


「おいおい穏やかじゃないなぁ。そんな物騒なモノはしまっておくれよぉ。」


 しかしそう言った邪神マグラが指を鳴らすと、周囲に浮かべた夥しい数の俺の火球は、全てが……消滅した!?


「なっ……!?」


 爆発させられたのでも、明後日の方向に飛んで行ったのでもない。

 消失――全て、消し去られたのだ。


 そこには、魔力の残滓すら感じられなかった。


 んだよそれ!? どうなってんだよ!?


「不思議かなぁ? まあ、こんなんでもボク、一応神様だからねぇ。でもぉ……あ〜あ、振られちゃったかぁ〜。」


 まったく残念そうな素振りも見せずに、白々しくそんなことを言いやがる。

 腕を組んで胸を持ち上げて、悩ましげなフリまで始めやがった。


 ……ゴクリ。


「おぉ? そっかぁ! オッパイこういうのが好きなのかキミはぁ! どお? 翻意してくれるなら、いぃ〜っぱい、可愛がってあげるよぉ?」


 その豊かな双丘をより強調させるように、組んだ腕で持ち上げて更に前屈みになって誘惑される。


「マスター?」


「マナカ様!?」


「こら主様!!」


「貴様殿!?」


 うおおっ!?

 あ、危ねぇ……!!

 危うく邪神マグラの【魅了】スキルに引っ掛かるところだったぜ!?


 俺は正気に戻った!

 だからあの、みんな、怖い顔で睨まないで? お願い?


 いやだってさ!

 あのプロポーションであのポーズは卑怯だろ!?

 うん、コイツなんだかんだ言っても女神なだけあって超美人だし、スタイル抜群なんだもんよ!?


 イチ、お前なら解ってくれるよな……!?


「そこであっしに振らねぇでくだせぇよ!?」


 俺の縋るような切ない眼差しは、全力で顔を背けたイチに拒絶された。

 味方が居ないよぉっ!?


「アッハハハハぁ♪♪ ホントキミって面白いねぇ! 味方に出来ないのが残念だよぉ。でもいいのぉ? ボクに敵対してぇ、勝てると思ってるのぉ?」


 うるせぇよ!? いったい誰のせいだと思ってんだコラ!!

 散々ヒトをおちょくりやがって、このヤロウ……!


「……勝つさ。さもなきゃこの世界がどうにかなっちまうだろうがよ。こちとらまだピチピチの1歳なんだ。何処ぞの邪神ごときに俺のせっかくの、文字通りのセカンドライフを邪魔されて堪るかってんだ。」


 誰に何と言われようと、何をされようと、俺の目指すモノは変わらねぇぞ?


 胸を張って生き抜いて、胸を張って死ぬ、その時まで。


 悪魔だろうが天使だろうが、神だろうが邪神だろうが旧支配者だろうが、誰にも絶対に邪魔はさせねぇ。


「アハ! アハハハハハハぁッ!! イイねぇ!! キミって最高だよぉ!! たかが一世界の定命の存在のクセに、ボクに面と向かって喧嘩売る気なんだぁ!? いいよいいよぉ!! 受けて立つともさぁ!! ここからはぁ、ボクとキミのぉ、楽しい楽しいゲームの時間だよぉ!!!」


 哄笑を上げ身悶えをする邪神マグラ

 俺は真っ直ぐにヤツを睨み付け、自然と上がった口の端を更に引き上げて、宣言してやる。


「おおよ。お前がいくら盤外から神様気取りでネチッこい手を打ってきても、全部跳ね除けてやんよ。俺と、俺の家族と、仲間たちでな!!」


〘それと、私もねー!〙


 ああ、そうだなククル!


 …………は!?

 突然聴こえた声に思わず返事を返し、驚愕する。


 今の声……幼女神ククルだよな!?


〘まったく真日まなかさんはー! いつもいつも幼女幼女と、うっさいのよー!〙


 再び聴こえた声に振り返ると、俺達が立っている後ろの空間に光が集まり、やがて収縮していき……幼女に成った。


「あー!? また幼女って思ったでしょー!? いい加減にしないと怒るよー真日さんっ!?」


 ソイツは、彼女は紛れもなく。


 しょうもない生き方をしていて、しょうもない理由で死んだ俺に。


 俺は尊いと、尊いことをしたんだと教えてくれて、認めてくれて。


 今度こそ胸を張って生きていけるようにと背中を押して、俺をこの世界に導いてくれた……


 転生を司る女神、ククルシュカーだった。


「ククルッッ!!!」


「わきゃあっ!!??」


 その顕れた姿を見た瞬間、俺は思わず駆け寄り、彼女を抱き締めていた。


「ま、まままま真日さんっ!!?? ち、ちょっ……今それどころじゃ――――!?」


「ククル、ククル!! ホントにお前なのか!? お前ふざけんなよ!? いっくら呼んでも起きやしないし、呼吸もしてないし、でも身体は温かいし! もうワケ分かんなくて、どうしたら良いかも分かんないし!! お前マジで心ぱっ……しんぱい、したんだから、なっ……!!」


 ダメだ……

 涙が止められない。

 言葉は嗚咽に引っ掛かって、上手く喋れない。


 震えも止まらない俺の背中に、そっと優しくククルの両手が回されて、ポンポンと叩いてくる。


「真日さん。心配掛けてごめんねー。この義体からだに神核が馴染むのに、時間が掛かっちゃったんだよー。」


 そう言って、そっと手を身体の間に差し込んで、俺の身体を押して。

 俺の胸の中で、あの時一緒にお酒を飲んでお喋りをした彼女が、ククルが、あの時と同じ笑顔を見せてくれた。


「ククル、本当に……本当に大丈夫なのか……!?」


 それでも心配が勝って、俺はしつこく訊いてしまう。

 ククルはそんな俺を嫌がるでもなく、ただ優しく微笑んで。


「もー。真日さんは本当に小心者だねー。もう大丈夫だよー。だからさー、そろそろ蚊帳の外のぼっちな邪神サマ(笑)のお相手、してあげようよー。っていうか……真日さん随分大胆になったよね……こんな……公衆の面前で……だ、抱き着いてくるなんて……」


 ん? 何故頬を紅く染める?

 公衆の……面前……?


 俺は、周囲を恐る恐る見回して……


「ほああああああッッ!!??」


 顔に一気に血が集まった……!!!

 そこには当然、俺の家族や仲間、そして邪神マグラが居るわけで……


「ねぇ……キミらのご主人様ってぇ、ああいうチンチクリンのが好みなワケぇ? ボク、ドン引きなんだけどぉ……」


「そんな……! マナカ様、違いますよね!?」


「儂らにいつまでも手を出さぬし、主様やはりお主ッ!?」


「き、貴様殿ぉっ!? そんな幼女はよすのである! ほら、ココにも慎ましい胸が有るのであるぞぉッ!?」


「マスター、申し訳ございません。流石に弁護の余地が……」


 いいいいやあああああああああああッッ!!??

 ち、ちがうの!! 違うのコレはあッ!!??


「ままま待って、待って落ち着いてっ!!?? 違うからね!? 君らが考えているコトは、全くもって全部が全部すべからく勘違いという名の誤解だからねええッ!!??」


「――――と、被告人は申しておりますがぁ、本当のところどうなんですかぁ? 被害者の幼女Aさん? ご安心くださいねぇ。未成年の方は実名は報道されませんからぁ。」


 て、テメェコラ邪神やめろよこのヤロウッ!!

 なんだその裁判で原告人に訊ねる検事みたいな演技は!?


「私……怖くてっ……! でも抵抗できなくて、無理矢理に……!!」


 おいこらククルお前もかああああッ!!??


 やめろよ!?

 俺の社会的生命値メーターがゼロ振り切ってマイナスになっちゃうじゃねえかよおおおおおッッ!!??


 ヨヨヨ……! じゃねえんだよ!?

 口で言ってんのバレバレだからなこんちくしょうコラ幼女ォ!!



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