第七話 覚悟。


〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 〜



 いやぁ〜、凄かったな。

 まさに【軍神】の面目躍如ってとこか。


 ダンジョンコア通信で観た戦闘の様子を思い出しながら、俺は作業を進める。


 昨日のスミエニス公国国境砦での戦いは、目論見通りにユーフェミア王国・スミエニス公国の連合軍がドロメオ軍を押し返すことに成功した時点で、一時お開きとなった。


 というか、マクレーンのおっさん。

 マジで騎兵三百騎のみで前線を押し上げて、場を拮抗させやがったよ。


 ドロメオ軍の兵士達は、戦場をひと塊になって縦横無尽に駆け巡る【軍神】の部隊を捉えられず、陣形の乱れた場所を目敏く突かれ、散々に蹴散らされて後退した。


 そして【軍神】が前線を掻き乱している間に、残るユーフェミア王国からの援軍が砦前に展開。

 工兵部隊が即座に野戦陣地を構築し整え、塹壕や馬防柵を張り巡らせて、砦前はさながら、平地の要塞へと化した。


 あれは突破するには時間が掛かるね。特に、航空兵器の無いこの世界では。


 工兵部隊の活躍は素晴らしかったな。

 土魔法で塹壕用の穴をズンズン掘って、風魔法で土を運んで積み上げて矢玉や魔法を防ぐ防壁にしたり、高低差を付けて味方の遠距離攻撃を使い易く効率的にすることに成功。


 ユーフェミア王国に過去に現れた転生者って、最初政治家かと思ったけど……軍人か自衛官だったのかもね。

 確か宰相さんの一族の祖先だったっけ? 今度時間がある時に、ゆっくりとお話を聞きたいものだな。


 その出城とでも言うべき陣地が構築された後、マクレーンのおっさんは自らが壊滅させた前線から、悠々と退却してのけた。

 上空からの映像では詳しくは判らないけど、パッと見た感じ部隊の損耗は極軽微だったな。


 いやこれ、とんでもないぞ?


 地形の制約でドロメオ軍が数の力をふるえないにしても、的確に相手の弱点を突き、効率的に数を減らし、自分達は囲まれないように常に動き続ける……


 この戦術眼と指揮力、そして機動力が有ってこその【軍神】なんだろうな。

 いやぁ〜、マジで凄いモン観させてもらいましたわ。


 さて。

 それじゃあ俺も負けないように、頑張りますかね。


 ダンジョンコアに魔力を通し、通信を繋ぐ。


「もしもーし。そっちはどんな感じ?」


此方こちらは大丈夫よ。噂の拡散にも成功したし、ギルドからの報告も国に届いている筈よ。』


『確認しました、マナカ様。敵上層部はスタンピードの兆候に特に対応を進めるつもりは無いようです。情報の捏造を察知された様子もありません。』


 ドロメオの辺境からはドルチェが、中央からは【揺籃の姉妹達クレイドル・スール】の一員であるタバサから、情報工作の成果が報告される。


 よしよし。

 それじゃあ、本格的に兆候を出し始めるとしますかね。


「ありがとう。かなり混乱するだろうから、くれぐれも気を付けていてくれよ? また何かあればすぐに連絡してくれ。」


 報告をくれた二人に礼を言って通信を終える。

 マクレーンのおっさんからも特に連絡も無いし、今のところ順調だね。


 マクレーンのおっさんが公国の砦に援軍に入ってから一晩。

 夜明けに再び砦への侵攻が再開され既に昼も近付いてきているが、【軍神】様からは特に危急の報せは届いていない。


 監視兼護衛として、俺の配下の魔物を砦上空に待機させてダミーコアで中継してもらっているが、映像で見た限りではまったく危なげがなかったね。


 昨日工兵隊が築いた出城が十全に機能してドロメオ軍は砦に全然近付けていないし、忘れた頃に砦から突撃する騎兵達によって、どんどんその数を減らされていた。


 王国軍だけでなく、公国軍の騎兵達も頑張ってるみたいだった。

 まあここで王国軍に頼り切りになっちゃったら、面子が立たないしね。必死になって、【軍神】について行ってたよ。


 おっと。

 あんまり他所のことばかり気に掛けても居られないな。


 俺は俺で、この戦争を終わらせる一手を準備しなければ。

 具体的に何をするかというと、まあ当初の計画通り魔物の氾濫スタンピードを起こさせるんだけども……


 うん、数を増やしました。


 具体的には、新たに四箇所のダンジョンを支配して、そこからもスタンピードを発生させる。

 いずれも神皇国ドロメオの国の端……所謂いわゆる辺境に位置する場所のダンジョンを支配したのだ。


 これで計六箇所。

 更にドロメオの隣国【ツヴェイト共和国】との国境付近、緩衝地帯に在る【死王の墳墓】を加えて七箇所。


 それらのダンジョンから一斉に魔物が溢れかえって、一気に内地へと向かうのだ。


 ぐるりと国の中央を囲むダンジョンからの、同時多発スタンピードだよ。

 防げるモンなら防いでみなっての。


 魔物達には、武器を持つ者だけ攻撃するよう命令する。

 これは、恐らくは彼等もメイデナ教徒だろうけど、兵でもない一般人の被害をなるべく少なくするためだな。


 冒険者達は犠牲になるかもしれないけど、そのためにドルチェやメイド達に情報操作を頼んで、ギルドや市井に噂を流してもらっている。


『同時に複数箇所の迷宮に、スタンピードの兆候あり。』


 ただでさえ戦争が始まってるんだ。

 そんな物騒な国に居て巻き込まれたくない、と思う冒険者も多かった筈。命を惜しむ奴らなら、さっさとドロメオを出るだろう。


 そこにきて更にスタンピードの情報が入れば、尚更にね。


 まあ中には中堅以上の奴らも居て、そいつらには緊急の強制依頼が出されるかもしれないけど、そこについても潜入工作員もといサクラに、それとなく手を貸すように手筈は整えてある。


 まあ、単純に『武器を捨てれば襲ってこないぞ!』って教えてやるだけだけどね。


 それ以上は、ゴメンだけど面倒見きれない。

 大人しくサクラに唆されてほしい。


 綺麗事は無しだ。全部を救おうなんて無理に決まっているし、思ってもいけない。

 戦争を仕掛けた国も、仕掛けられた国も救おうだなんて、傲慢が過ぎる。


 そもそも、異種族や異教徒を弾圧する国なんて、正直言えば救いたくもない。一般人を見逃すだけでも、充分だと思ってもらいたい。


 そしてメイデナ教会、オメーらはダメだ。


 やはりと言うべきか。

 メイド達の頑張りにより、メイデナ教会によって支配されたダンジョンが在るという事実が判明した。


 ダンジョンの名前は【悠久の方舟】。

 神皇国ドロメオの首都、神都サンタフォビエのほど近く。

 馬車で半日ほどの距離に在るA級ダンジョンが、その支配下に置かれている。


 まあ俺みたいな使い方をしてDPダンジョンポイントを荒稼ぎしたり、都市を創ったりはしてないみたいだけど、それなりに活用はしているみたいだった。


 例えば、奴らの最高戦力となる【聖堂騎士団】の装備なんかだな。


 アネモネの【叡智】スキルによれば、聖堂騎士団の総数は三千名。

 全員が魔銀ミスリル製の剣と槍、甲冑を装備しているそうで、騎士団長なんかは魔白金オリハルコン製の物だそうだ。


 ミスリル製の武具を三千領も揃えるなんてそれだけで国庫が傾く筈だけど、ダンジョンの権能を使えばどうってことない。


 そんな聖堂騎士団はあくまでも所属はメイデナ教会で、国軍からは独立した命令系統で動いているんだとか。

 言ってみれば、教会の私兵だね。


 そいつらのレベル上げにも活用しているみたいだし、産出品を売り捌いて、ぼろ儲けもしている。


 そして極め付けの情報がもたらされた。


 メイデナ教会の枢機卿に当たる人物らの尾行に成功し、会食の場で決定的な言葉を聴き取ったのだ。


。』


 やはり、北の大陸との繋がりが在ったのだ。

 メイド達に持たせた秘密の七つ道具の一つ、盗聴の術具が大活躍だったよ。


 まあちょうどスタンピードの後始末にも悩んでいたことだし、よしこのダンジョンにみんな向かわせて潰そう、と考えたワケ。

 それで念を入れて、当初の二つの他にもダンジョンを支配したのよ。


 あとは、後のユタ教会からの発表に信憑性を持たせる狙いもある。


 俺はスタンピードを【神罰】として演出しようとしたが、ギリアム司教始めユタ教会の重鎮達からは、【奇跡が失われた】という見解を示された。


『ユタ神は、迷宮の暴走から大地に生きる全ての民を護っていた。しかしこの度のメイデナ教会とドロメオの愚行により、その地からはユタ神の奇跡が失われ、暴走が起きた。』


 というシナリオだそうな。

 なるほどなぁ! と、痛く感心したよ。


 ユタ神の【神罰】だとどうしても被害者達の悪感情が向けられてしまうけど、この言い分なら『悪いのはメイデナ教会とドロメオです。ユタ神はアンタ達も護ってたのに。』と、逆に批難できるのだ。


 ちなみにこれ、言い出しっぺはギリアム老だとのこと。

 爺さん、良い性格してるよね。


 そういうことなら、と。

 俺はより信憑性を持たせるために、ドロメオ国内の全土に亘って、複数のダンジョンを使うことにしたのだ。


 二つじゃ違和感が感じ取られるかもしれないからね。

 同時に七つものダンジョンがスタンピードを起こせば、上層部はともかくとして、国の下っ端や国民達はユタ教会の言い分に説得力を感じるだろうし、他国も疑念を持ち難くなるだろう。


 上手くすれば、ドロメオ並びにメイデナ教会への抗議に賛同してくれるだろうしね。


 と、いうワケでだ。


 そろそろ、お時間となりました。

 こっちは準備万端です。




 ドロメオの皆さん、メイデナ教会の皆さん、ご機嫌は如何でしょうか?


 先日は俺の友達に、素敵な贈り物をありがとうございます。


 俺の友達は嬉しさのあまり、若返ってしまいましたよ。


 ええ。髪の毛もフッサフサです。


 そんな友達は御礼にと、【軍神】をお送りしたそうですね?

 如何でしたでしょうか?


 そして俺からも贈り物があります。


 いえいえ、御遠慮などなさらずに。


 俺の友達の国は、お祭り騒ぎでしたからね。


 是非俺からも御礼をさせてくださいな。


 受け取って下さいますか?


 嬉しいです。


 では、ちゃんと受け取って下さいね?


 七つのダンジョンからの、魔物の詰め合わせフルコースでございます。


 あ、二箇所は寄り道してくるみたいですね。


 まあ、最寄りの場所から味見をなさってくださいな。


 おたくのダンジョンはきっと食べ盛りでしょう?


 どうぞ、お腹いっぱい召し上がってくださいね?


 さあ……


 スタンピード・パーティーの、始まりだ。




「マクレーンのおっさん、始めるよ。多分半日も掛からずに到達するから、一応気を付けてね。」


 これから人を大勢殺すというのに、俺は不思議なほど、何も感じていなかった。


 やっぱり、種族が違うからなのかな。

 それとも、王様やマクレーンのおっさんの覚悟に触発されたか。

 はたまた、俺にもキチンとその覚悟が、出来ていたのか。


 そんなことを思いながら、俺はマクレーンのおっさんに作戦の開始を報せる。


『うむ、承知した。……マナカよ、やるならやり通せ。躊躇うでない。最早お主は走り出したのじゃ。足を、心を止めるは、これまで死した者やこれから死せる者への侮辱と心得よ。』


 思いがけずマクレーンのおっさんから、厳しくも、温かく心強いお言葉を頂戴してしまった。


 流石は【軍神】様だ。

 俺みたいなペーペーの考えることなんか、お見通しってワケね。


「ああ、分かってるよ。ありがとな。」


 礼を言って通信を切る。

 そして新たに七箇所に、通信を繋ぐ。


 情けない。また揺らいでいた。

 あんなことを考える時点で、迷っているいい証拠だ。


 俺が決めたことだろう。

 なのに、俺が躊躇ってどうするんだ。


 マクレーンのおっさんの檄で、今度こそ覚悟が決まった。


 俺はこれから。


『『『『マスターマナカ、御命令を。』』』』


 宙に浮かんだ七つのウィンドウから、機械じみた平坦な声が聴こえる。

 皆、俺が支配したダンジョンのコア達だ。


 そう。

 俺は、これから。


 大勢の人を、殺す。



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