第四話 六合家四天王、出撃。


〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 六合邸 〜



「は、はははっ!」


 遂に、【名君】が立ち上がった。

 俺がこの世界に来て、確かに隣接もしていたけれど、真っ先に恐怖を覚えた国が、その指導者が牙を剥き出しにした。


 こえぇーっ!!


 映像は無く声だけの通信だったけど、その声だけでも、滲み出る気迫と決意が感じ取れた。


 これが、王だ。


 ずっと武器庫に仕舞われていた剣が、満を持して日の下にその剣身を晒したような。

 燻っていた火種が、新鮮な空気を取り込み新たな薪をくべられて、その焔を天に燃え上がらせるような。


 畏怖と敬意。

 最早ステータス上では相手にならなくとも、その両方を抱かせるに充分なほどの威厳を、感じ取ることができた。


 ドロメオの皆さん、ご愁傷さま。

 君ら、眠る虎の尾を踏んじゃったよ?


「さあ。となれば、王国はもう大丈夫だろうな。」


 俺は俺の成すべき事を。


 盟友が本気を出してくれたんだ。

 俺も全力を尽くさなきゃ、失礼ってもんだよな。


〘アザミ、シュラ、イチ、グラス!〙


 念話で家族たちに呼び掛ける。


 予定変更だ。

 相手にダンジョンの権能ちからが在ると確信を抱いた以上、時間を与えれば与えただけ、こちらが不利になる。


 まずは最速で、目標としていたダンジョンを獲る。

 それが済んだらドルチェやメイドたちと合流して、メイデナ教会を丸裸にしてやる。


 さあ。

 ここからが、本当の戦争たたかいだ。


 王様のおかげで、俺も覚悟が決まった。


 俺のの国にまで手を出したんだ。

 タダで済むと、思ってんなよ……?




〜 ダンジョン【魔獣の顎】 〜



「カカカッ! 愉快、愉快!! のうアザミよ! 主様が遂に本気になりおったぞ!?」


「ええ! お覚悟を決められたあの瞳……素敵過ぎてアザミは思わず濡れてしまいましたよ!!」


 血風を撒き散らし紫電を迸らせながら、二体の影が疾走する。


 燃え盛る炎のような赤い髪が。

 全てを包み込み凍てつかせるような白銀の髪が。


 魔獣の跋扈するダンジョンの広間で、踊り、狂う。


「ぬんっ!」


 突進する自身の数倍はあろう巨大な雄牛を、正面から殴り伏せ。


「【雷轟】!」


 巧妙に距離を取り連携して踊り掛かる大猿達を、雷で灼き払い。


 自らの主の心に付き従い、彼女達は猛り、吼え、駆け抜けて征く。


退きなさい!!」


 まるで競うように、立ちはだかる魔獣達を鉄扇で斬り伏せ、魔法で焼き、飛ばし、穿ち。


「邪魔じゃ!!」


 まるで遊ぶように、喰らい付く魔獣達を殴り飛ばし、蹴り飛ばし、投げ飛ばす。


 白銀の体毛と九本の尾を持つ大妖怪【九尾の狐】を模して産み出された、アザミ。

 怪力無双にして万夫不当の鬼の大将【酒呑童子】を模して産み出された、シュラ。


 二人の美女が、寄せる波の如く湧き続ける魔獣達を。


 片や魔法を用いながら舞踊すおどるように去なし、斬り裂き、撃ち払いながら。

 片やその剛腕や豪脚を以て、全てを一撃の下に砕き、吹き飛ばし、地に叩き伏せながら。

 ダンジョンの最奥を目指し、怒涛の勢いで侵攻していた。


 多種多様な魔獣の犇めくダンジョン【魔獣の顎】は、最も長く共に戦ってきた二人によって、瞬く間に蹂躙されていく。


「温いのう! 主様のダンジョンを見習うが良いのじゃ!」


「ただの獣風情が、闇雲に掛かって止められると思わないことですね!」


 30階層を越え、40階層を過ぎても二人の勢いは止まらない。


 ギルドで手に入れたダンジョンの地図を頼りに、最短距離で踏破済みの最後の領域まで到達した。


 ここに来て魔獣達の毛色が変わってきたことに、アザミが気付く。


 二人が現在居るのは、46階層。

 現状敵対している国である神皇国ドロメオ内部のダンジョンだけに、ギルドによってもたらされた情報が全て正確な物かは、実際に足を踏み入れなければ判らない。


 仮に彼女らの主マナカが危惧した通りに、ドロメオに……いやメイデナ教会によってダンジョンが支配されているならば。その手が国内全てのダンジョンに及んでいるのならば。

 このダンジョン攻略という行為は、自ら虎口に飛び込む行為に他ならない。


 しかし、マナカを始め彼の仲間や協力者達は、その可能性は薄いと判断した。


 その根拠は、ダンジョンの所在地にあった。


 二人が侵攻中のダンジョンは、【迷宮都市カレーリナ】と呼ばれるドロメオ国内でも辺境に位置する都市に在る。


 そこはドロメオによって併呑された、元は交易に支えられていた弱小国家であり、他国の交易の要衝ではあったがドロメオにとってはさして旨味もなく、国が攻め滅ぼされてからも暫くは放置されていた。


 そこにこのダンジョンを中心とした都市が冒険者や商人達によって形作られ、迷宮都市の様相を呈してきた時には、既に貴族や教会の権限の通し難い、中立都市のようになってしまっていたのだ。


 国土を主張するドロメオによって、一応は領主もメイデナ教会の支部も設けられたが、中央に従順でない姿勢を疎まれており、ならばと中央から弾かれた者の左遷先として扱われるようになったのだ。


 言ってみれば、ドロメオやメイデナ教会の掃き溜めである。

 中央からそのように扱われている以上、たとえダンジョンが在ったとしても、差程重要視はされていないだろうというのが、マナカ達の総意であった。


 故に、マナカは遠慮なく攻略に乗り出したのである。


「シュラ、一応注意を。あの魔物の雰囲気、今までの魔獣達とは段違いです。」


「ほう。いよいよ終わりが見えてきたようじゃのう。」


 そう話す二人と対峙したのは、頭が雄牛であり身体が人で、両手にそれぞれ戦斧バトルアックスを携えた、人獣型の魔物。

 

 ミノタウロスであった。

 しかし、一般的なミノタウロスと違う点がいくつか観てとれた。

 通常のミノタウロスの体毛は赤茶色であるのに対し、この個体の体毛は、漆黒。角は片方が折れており、顔を観ると隻眼であった。


 そしてその体躯は通常の1.5倍は大きく、胸甲と腰鎧を纏って身体の中心を護り、手甲と脛当てまで装備している。

 装具の間に覗く身体にはびっしりと傷が刻まれ、ひと目で歴戦を潜り抜けてきた猛者であると感じさせた。


「これは……特殊進化ユニーク個体でしょうか?」


「さてのう? 力も知能もそれなりにありそうじゃのう。主様が好きそうな魔物じゃな。持ち帰ろうかのう?」


 威圧感を放つミノタウロスを前にしても、二人は平静であった。

 どころか、主の好みがどうやらと話し合いを始める始末。


 対峙するミノタウロスは、完全に蚊帳の外であった。


〘うぬら……ヒトではないナ?〙


「あら。」


「ほう……!」


 二人の頭の中に、直接声が響き渡った。

 ミノタウロスが念話を使ったのだ。


 それを受けたアザミとシュラは、益々興味深そうにミノタウロスを観察する。


「貴方、見たところ随分と修羅場を潜っていますね? 受肉もしている様子。どうですか? 我らの主の下に、降る気はないですか?」


「主様の所は良いぞ? 周りは強者だらけじゃし、切磋琢磨する“らいばる”には事欠かん。お主も共に来ぬか?」


 挙句の果てには他所のダンジョンの魔物であるというのに、なんと勧誘までしだした。

 やりたい放題とはこのことである。


 そしてそんな勧誘を受けた、ミノタウロスはというと。


『ぐふっ! ふ、ふはははっ! それは良いナ!! 正直ココに居るのにも飽きてきたところダ……! うぬらがオレに勝てれバ、ついて行っても良いゾ!!』


 なんと笑い出し、自身を賭けて勝負を挑んできたではないか。


 二本の戦斧を回転させ、右腕は上段に、左腕は下段に構えると、ピタリと静止し隙のない洗練された構えを魅せる。


 アザミとシュラは顔を見合わせ、笑みを浮かべ合うと。


「その気概、益々気に入りましたよ。」


「良き戦士じゃな! 主様も喜ぶじゃろうて!」


 片や魔黒金アダマンタイト製の扇を広げ、片や両手両足に可愛らしい肉球の付いた毛並みの良い猫の手足を装備し、臨戦態勢を取った。


「シュラ……すっかり猫パンチグローブと猫キックブーツに慣れましたね?」


「喧しいわ! 主様が意地悪して、見た目を変えてくれぬのじゃっ!!」


 薄暗い階層の広間に、プニッ♪ という音が、響き渡った。




〜 ダンジョン【蠱毒の深壺みつぼ】 〜



「なーんで、吾はこの間から蟲ばっかり相手せにゃならんのであるかああああああッ!!??」


「おっと。グラスのお嬢、危ないですぜ。」


 10メートルはあろうかというほどの巨大な百足が、抜き放った太刀の一閃で左右対称に綺麗に斬り分けられる。


 それを差し置いてもこの二人の前後左右からは、人間ほどの大きさの巨大ダンゴムシが身を丸め、弾丸のような勢いで転がって来ていた。


「黒くて硬くてデカいのは、主殿のダンジョンだけでお腹いっぱいなのであるーッ!!」


 大声で文句を喚き散らしながら両腕を部分的に変化させ、龍の鱗と鋭い爪を顕にした美女が、転がり寄って来る端から引き裂き、叩き潰し、殴り飛ばす。


「もしかしたら頭、此処のマスターとは仲良くなれるかもしれやせんね!」


 一見して堅気ではないと、十人中十人が答えるようないかめしい風貌の男は、その見た目からは想像もつかないような繊細な太刀筋で、鋼鉄のように硬く更に回転までしているダンゴムシ達を斬り捨てていく。


「あわよくば此処のマスターと頭を、引き会わすことができりゃあ良いんですがね。」


「おっそろしいことを言うでないのである、イチ!? ただでさえ性根の曲がり腐った主殿のダンジョンが、今よりもっと凶悪になったらどうするのであるか!?」


 日本神話に語られる女神の子【天魔雄あまのさく】としてマナカに産み出された、イチ。

 マナカに恭順した、正体はドラゴニス大陸に古より伝説に謳われる【竜王】である、グラス。


 まるで美女と野獣……いや、極道の令嬢と若頭といった様相の二人は、主であるマナカの命によって神皇国ドロメオの北側の迷宮都市に潜入し、ダンジョン攻略を進めていた。


 主であるマナカの狙いは、神皇国ドロメオ対スミエニス公国の戦線付近のダンジョンを支配し、ドロメオ軍に盛大な横槍をぶちかますこと。

 その条件に合致した二つのダンジョンに、アザミ・シュラの組と、イチ・グラスの組をそれぞれ潜入させ、攻略させているのだ。


 勿論敵国内のダンジョンであるからして、正規の手続きを踏んで潜っている訳ではない。

 マナカがダンジョンの権能で創り出した姿消しの術具と気配隠蔽の術具を使用して、しかも都市の上空からコッソリと潜入したのである。


 そのためそれぞれの組には、アザミとグラス、空を飛ぶことのできる者が振り分けられているのだ。


「そうは言いやすがねぇ、グラスのお嬢。相手は頭と同じくダンジョンを支配した、しかも大国ですぜ? さらに後詰めで北の大陸の覇者が居る可能性が高いんでやす。戦力は多いに越したことは、ないでやしょう?」


 片手間に大蟷螂の鎌と切り結び、即座に太刀筋を把握しその鎌ごと斬り倒すイチが窘める。


「うぐっ……そう正論で苛めるでないのである。吾とてその程度は解っているのである。でもそれはそれ、これはこれである! 兎に角蟲はダメである、蟲はっ!!」


 人が二十人は乗れそうなほど背中が広い巨大クワガタムシの頭部に、鱗と鉤爪で強化された踵落としを決め靄に変えたグラスが、苦笑を漏らすイチに噛み付く。


 この龍王とも覇龍とも呼ばれる齢ウン千年の女性は、あまりにも永い時を孤独に過ごしてきたため、どこか純粋で子供のようであった。


 実際主であるマナカには日々揶揄からかわれているし、他の女性達も、どこか妹のように接している。

 イチもグラスに対しては、先輩というよりは歳の離れた従兄弟の兄のように、物腰柔らかく対応している。


 それが余計に極道のお嬢様と護衛の若頭のように見えてしまうので、非常に始末が悪かった。


 先程からの戦い方も、グラスが豪快に好きに戦い、イチが細かい部分をフォローするといった形に落ち着いており、奔放なお嬢様について行く舎弟といった構図が実にしっくり来る。


 此処のダンジョンマスターの趣味なのか、あらゆる種類の蟲型の魔物が蔓延る階層を突き進むことしばし。

 二人は、37階層に到達していた。


「元ダンジョンマスターの勘が告げているのである。終わりは近いのである!」


「へえ。と言ってもこれみよがしにこんなどデケェ扉を構えてちゃあねぇ。誰でもそう思うんじゃないですかい?」


 イチの言う通りであった。

 二人の眼前には明らかに人用ではない巨大な、まるで巨人用とでも言わんばかりの重厚な扉が、立ち塞がっていた。


「シラケることを言うでないのである! 冒険とは、ワクワクが大事なのであるぞ!」


「そいつぁすいやせんね、グラスのお嬢。おっと。どうやら歓迎してくれるみたいですぜ?」


 またも言い合い――ほぼ一方的にグラスが喚いているだけだが――を始めた二人であったが、目の前の巨大な扉が鈍い音を立てながらひとりでに開き始めたのを見て、臨戦態勢を取る。


 グラスは両腕を龍化させ、イチは半身になり居合抜きの構えで正面を見据える。


 扉の隙間は徐々に広くなっていき、やがて完全に開き切り、静寂を齎した。


「なかなか凝った演出であるな。入って来い……とでも言うのであるかな?」


「でしょうねぇ。油断せず参りやしょう。」


 扉を潜り抜けた二人の前に広がるのは、柱も遮蔽物も無い広大で平らな空間であった。

 その中央と思しき地点には、巨大な影が三つ、鎮座していた。


「何処までも、蟲、蟲、蟲であるなぁ……!」


 グラスがゲンナリとした声と、溜め息を漏らす。

 しかしウンザリしながらも油断なく、【鑑定】スキルを用いて相手の詳細を把握する。


「アークヴェノムスパイダー、グレーターセンチピード、ジャイアントニードルスコーピオンであるな。どれも毒持ちである。」


「おっかねぇですねぇ。精々喰らわんように、気を付けやしょう。」


 イチとグラスが、三体の巨大な蟲型魔物に向かって歩を進める。

 二人の接近を感知したか、今までの蟲より尚巨大な蜘蛛、百足、蠍が、威嚇の声を上げて身構えた。


「これで恐らくカンバンでしょうや。気ぃ張って行きやしょうぜ、グラスのお嬢!」


「分かっているのである! これを終えたら、もうしばらくは蟲は見たくないのである! イチからも主殿に言ってほしいのであるッ!!」


「それは……善処しやしょう……」


 グラスは知らない。

 彼女の主となったマナカのダンジョンでは、先日彼女が踏破した階層以降にも、まだまだ蟲型魔物が大量に出現することを。


 具体的には蝗の群れや、ゴキブリの群れなどが。


 流石の肝の据わったイチであっても、その真実を告げることに躊躇いを覚えるくらいは頻繁に出て来る。


 やる気を漲らせるグラスと、複雑な心境となってしまったイチ。

 二人はこのダンジョン攻略の最終局面へと、足を踏み入れたのだった。



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