第二話 スパイ大作戦!〜スカイ・ミッション〜


〜 ダンジョン【死王の墳墓】 〜



 いやぁ……! 壮観ですなぁ。

 集まった面々を見回すのだが、正直冷や汗が出るのを止められないよ。

 すっごい緊張感なのよね。


 俺に仕えてくれている、戦闘メイド隊【揺籃の姉妹達クレイドル・スール】。

 総勢二十名が、アネモネに訓示を与えられている。


「よろしいですか? 今回の任務ミッションは非常に重要です。各班定時連絡を絶やさず、確実な情報を集めてください。資金の使い道は各々に任せます。それから、ドルチェ様の配下の方々とも密に連携を取るように。双方の情報を共有し、穴の無いよう注意して取り組んでください。」


 いよいよの本格的な活動を目前に、彼女達の表情が引き締まっていく。

 彼女達の働き如何によって、今後の動向が大きく左右されるのだ。


 外での初仕事だというのに、いきなりこんな重大な部分を任せてしまって、申し訳ない気持ちになっちゃうよ。


「マスターからも、彼女達にお声を掛けてあげてください。」


 そうアネモネに促され、俺は、辛い目に遭いながらも俺のためにと厳しい訓練を乗り越え、一人前となって仕えてくれているメイドたちの前へと、歩み出る。


「みんな、力を貸してくれてありがとう。この任務は危険が伴う可能性が高いけど、お互いに注意し合って、どうか無事に帰還してほしい。


 でもアネモネが一人前と認めたみんなのことを、俺は信じてるよ。だからみんなも自分を、仲間を、アネモネの指導を信じて、精一杯頑張ってきてほしい。


 無茶はするなよ? 何よりも、自分達の安全を優先すること。俺に仕えてくれるのなら、みんなも俺の身内なんだ。身内が無茶をしてもしもの事があったら悲しいし、辛いし、許せない。


 だから、もしもの時は絶対に逃げること。失敗したって構わない。絶対条件は、全員が無事に我が家に帰る事だ。分かったか?」


「「「「はいっ!!」」」」


 やる気に満ちた返事を返して、目立たない平服に身を包んだ二十名の女性たとが、いつか彼女たちを救い出した時と同じ木製の船に乗り込む。


 これから彼女たちを、神皇国ドロメオの内部に送り込む。

 目的は、情報収集の確度と速度を上げ、そして範囲を広めるため。そしてできれば情報操作と、事が起こった時の撹乱や扇動。


 町娘や冒険者や旅芸人など様々な職種に成りすまし潜り込み、内部からドロメオの核心を探る一手だ。


 諜報活動は既にドルチェを筆頭に行っているが、此方の予想以上にドロメオの……メイデナ教会の動きが早かった事とその規模の大きさから、アネモネの推挙により【揺籃の姉妹達クレイドル・スール】の出動が決定したのだ。


 王様やギリアム老には、それぞれの分野で、俺の伝えた作戦をより良く効果的に練り上げてもらっている。


 所詮は一般人の浅知恵だからね。

 餅は餅屋。政治は政治家に、神様のことは宗教家に任せた方が、みんなが納得できるだろう。


 あくまで俺は、俺の力は鬼札ジョーカーという立ち位置が好ましい。


 俺が暴れて万事解決といけば良いけど、そう世の中甘くはないだろ?

 俺には戦時どころか平時のまつりごとすら無理だからね。


「マスター。全員の乗り込み、並びに装備・物資の確認終了しました。いつでも出発できます。」


「了解。それじゃ、浮遊船、出撃! ってな。」


 船の全体を結界で包み込み、念動を掛け浮遊させる。

 光学迷彩的な結界を張り巡らせた船は、地上から見ても空に溶け込んでいるため観測は不可能だ。


 更に言えば動力は俺の魔力のみだから、音もしないしね。

 これで上空を移動し、主要な都市で彼女らメイド隊を順次投下していくのだ。


 今はドロメオの国内は戦時下にある。

 国境や各関所や都市の入口では厳しい検問が敷かれている筈なので、空から直接街に乗り込もうという作戦だ。


 ユーフェミア王国の王城みたいに感知結界が張られている可能性も考慮して、魔力隠蔽の術具と、一時的に浮力を得られる浮遊の術具を、それぞれに支給してある。

 ダンジョンのクラフト機能って、マジ便利よね。


 近距離は先に支給した部隊の印でもあるイヤーカフで、遠距離はダミーコア通信で連絡を取り合う計画でいる。

 ドロメオ国内の要衝となる都市をピックアップし、クレイドル・スールがパーティー毎に現地に潜入して、事に当たるのだ。


 いざ。

 ノーロープ・ノーパラシュートバンジー(高高度から)でのダイレクトエントリー作戦、スタートだ。




 船は大空を音も無く突き進み、目的地上空で停止しては、女性たちが飛び降りていった。


 ……アネモネさん、降下訓練なんていつしてたんだろう……?


 俺達は順調に三つの都市に仲間を潜入させ、そして四箇所目、大本命となる神皇国ドロメオの首都、【神都サンタフォビエ】へと辿り着いた。


「うん、やっぱり結界が在るな。」


 船の甲板から遥か地上の都市を眺め、観察する。


「タイプは……対魔法結界ですね。あれならば問題無いでしょう。」


 隣で同じく結界を観察していたアネモネが、そう分析する。

 うん、俺も同意見だな。


「さて。彼女たちにはある意味、一番危険な役割を頼む事になっちゃったけど……大丈夫かな?」


 サンタフォビエに潜入するチームは、クレイドル・スールの中でも最精鋭。

 アネモネが審査し、総勢二十名を五つにグループ分けしたんだけど、その各グループのリーダーで構成されたパーティーだ。


 つまり、各分野のトップ集団な訳だけど……本当に大丈夫かな?

 いくら最優秀の人材だとしても、初任務には変わりないのだし。


「マスター。私の教育指導が、信用できませんか?」


 いえ、決してそのようなことは……!


 リーダー達のパーティーには、他パーティーと同じ任務の他に、もう一つやってもらいたいコトがあるのだ。


 それは、メイデナ教会と北の大陸との間に、何らかの繋がりが無いかの調査だ。

 メイデナ教会が崇めている神が、北の大陸で争乱を巻き起こした陰で暗躍していた、していると推測される【邪神】と同一であると仮定した場合。


 北の大陸の戦争と、今回のドロメオの宣戦布告は、偶然であるなどと楽観視できるモノではなくなってしまう。


 寧ろ最悪を想定すべき事態で、その最悪とは。


 この大陸に避難して来た魔族達の王がそうしていたように、北の大帝国とドロメオが、という可能性だ。


 惑わしの森を抜けた北、現在は魔族の国を創っているその端の海岸線は、既に北大陸に対する防衛拠点として要塞化してある。

 転移装置も配置済みなので、いつでも俺のダンジョンから戦力を送り込めるようになっている。


 けど、この最悪の可能性が当たっていた場合は。

 そんなものは、全て無意味になる。


 そしてダンジョンを思う様使い倒している俺が居るのだ。

 他に同じことをしている奴が居ないなんて、そんな楽観的な考えはとても持てない。そしてあのイメージで視た【邪神】なら、そんなコトをしでかしても、まったくおかしくない。


 だからこそ、この今や敵国となったドロメオの中枢への調査を行い、北との繋がりの有無と、有るのならその手段を確かめねばならないのだ。

 いつでも大陸の内部に侵入できて、周りに戦争吹っ掛けることができるとか、物騒過ぎるもんよ。


 やだなぁ〜。

 こんな想定、外れててほしいな〜。


「大丈夫です、マスター。彼女達は優秀です。どうか、信じてあげてください。」


 アネモネが微笑みと共に、そう力強く宣言する。

 相棒にここまで言われたら、もう信じるしかないじゃんね。


「ああ分かった、信じるよ。みんな無事に仕事をやり遂げて、元気に帰って来てくれるよな。」


 そうアネモネに頷きを返して俺は。


「「「「行って参ります。」」」」


 そうお淑やかに一礼してから空に身を投げ出すメイドたちを、その姿が地上の景色に溶け込んで見えなくなるまで、ずっと見送っていた。




〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 六合邸 〜



 さて、次の目標は。


 戦闘メイド隊【揺籃の姉妹達クレイドル・スール】を送り出した俺は、アネモネと共に一時帰宅していた。


 今回の戦争に於いて、俺がこなさなければいけない事柄は、主には一つだけだ。


 それは、ドロメオ軍の後背を突く魔物の軍勢を用意すること。

 そのためには、ドルチェに示されたふたつのダンジョンを俺の支配下に置かなければならない。


 ぶっちゃけダンジョンの権能を使って人間に攻撃を仕掛ける事に、思うところが無いと言えば……有るわな。


 今は魔族で、しかも進化までしちゃってるけど、元は人間な訳だし。

 今までも人は極力殺さないように、ずっと気を付けてきていたんだけどさ。


 でも、戦争となれば話は別だ。


 敵にも味方にも大勢の死者が、間違いなく出る。

 更には、巻き込まれる無辜の民も出るだろう。


 既に事態が動いてしまっている以上、最早戦争は避けられない。


 で、あるならば。

 圧倒的な戦力を以て短期に決着を着けるしか、双方の犠牲を少なくする方法は、無いんじゃないかな。


 更には確証は無いんだけど、この戦争は世界の命運を握っている可能性まである。


 ただ戦争を止めるだけなら、ドロメオの中枢をメイデナ教会の本部共々打ち倒してしまえば良いだろうけど、そんな事が可能なのは、現時点では俺と、俺の家族たちしか居ない。


 でもさっきも認識し直したけど、俺っていう存在は、諸刃の剣なんだよね。


 力をふるって人を救けることは出来るだろう。

 だけど人を救けるって事は、その人の運命を変えるということで。それにはもちろん、責任が伴うワケで。


 俺が力を揮って人が幸せになった裏には、たとえそれが悪党だとしても、不幸になる人も必ず居る。

 ましてや今回は、国と国の争いだ。

 今までの俺が首を突っ込んできた事案とは、規模が段違い過ぎる。


 卑怯かもしれないけど。

 気概が無いと指を指されるかもしれないけど。


 俺には国を背負うことなんて、出来やしない。


 俺はあくまでも個人で、俺が俺のために成すべきことをする以外は国や組織に任せないと、いずれ全てを俺が背負うことになっちまう。


 俺の力には、代替が効かないのだ。

 だからこそ、言ってみれば規格外の俺の力で万事を解決しては……しようとしてはいけない。


 これは、今回アネモネや家族たちに厳しく言われた事だ。

 あくまで俺の力は、俺の利益のために振るわれるべきだと。


 他人ひと同士の問題は他人ひとが、国同士の問題は国が解決すべきで、俺はその結果が自身に好ましくない、なりそうにない場合のみ介入をすべきだと、心配そうな顔で言われてしまった。


 そうしなければ、俺の力に依存をさせてしまう、と。

 無用の責任を負うことになる、と。


 そう話す家族たちの言葉を押し退けることは、俺には出来なかったよ。


 今までも、俺は散々我儘を通してきた。

 その度に、俺は散々家族たちを振り回してきた。


 この世界を巻き込む一大事で、そんな俺の我儘のために大切な仲間が、家族が危険に晒される……

 そんなのはごめんだった。


 メイドたちを送り出しといて何を今更と言われるかもしれないけど、それは俺たちにとっても必要なことだから。


 けど、それ以外の場面では。

 俺は、俺たち家族のことを第一に考えなくてはならないと、気付かされたんだ。


 もちろん既に抱え込んじゃった人たちへの責任については、全力で果たすし、護るつもりでいる。

 あれもこれもなんて都合の良い願望なんて言っている場合じゃないのも、理解している。


 だからこそ、俺は俺の中で、優先度を間違えないように行動する必要があるのだ。


「お兄ちゃーん、通信が着てるよ〜! 相手は……ゲッ!?」


 ダイニングテーブルでティーカップを手に思考に没頭していた俺に、マナエが声を掛けてくる。


 はいはい〜っと。

 って、ゲッ! ってなんなのよ我が妹よ。


 そう思いながらダンジョンコアに触れ相手を探ると……なるほど?

 通信の相手は、かつて俺の個人情報を意図的に漏らし、信頼を一度裏切った人物――ダークエルフのギルド支部長、ドルチェだった。



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