八章 大陸大結界

第一話 宣戦布告。

 

 その日。


 大陸の西に在る宗教国家【神皇国ドロメオ】が、隣国である【スミエニス公国】へと宣戦を布告した。


 彼の国の声明を一部抜粋する。


『邪神ユタの首は堕ちた――これは天啓である。唯一絶対神たるメイデナ神の加護の下、敬虔なる我等のともがらは聖句を述べ奉り、その身と心を偉大なる絶対神に捧げるだろう。


 これは聖戦也。我等の矛は邪教徒の魂を狩り浄め、メイデナ神へと捧げるもの也。

 之は神命也。我等の盾は邪神共からこの人の世を護り、邪神一切をこの世から駆逐するもの也。』




〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 六合邸 〜



 俺の前には、宙に浮かんだウィンドウが六つ。

 その中の人物の険しい顔を、映している。


「ドルチェ。どうして察知できなかったんだ? 調べは進めてたんだろ?」


 俺も正直イラついていた。

 だからだろう。報告を聞いても精力的に働いてくれていたと判るドルチェに、半ば八つ当たりのように訊ねてしまった。


『……面目次第もないわ。事の絡繰からくりはこうよ。あの国……いえ、あの教会ではユタ神の騒動が起こる前に、既に神託が降っていたらしいの。その神託を受けた法王は、即座に国内諸領への食料・武具の増産を指示したらしいわ。それも極秘裏に、政権が介入できない教会の権威を存分にふるってね。アナタの迷宮も使わせてもらって、ようやく手に入れた情報がコレよ。』


 彼女には、俺が支配したダンジョン【死王の墳墓】を利用して、ドロメオとの行き来をしてもらっていた。

 支配下のダンジョンマスター統括役のヴァンが、活用する案を助言してくれたのだ。


 それによってドルチェの拠点であるケイルーンの町と、ドロメオの国境線の距離は実質ほぼゼロになったのだ。

 それを最大限に活用してもらい、彼女には情報収集に当たってもらっていたんだ。


「……いや、悪い。どうもイライラしてたみたいだ。アンタが頑張ってくれていたのは分かってたのに。」


 カッコ悪いな、俺。

 警戒してたのに擦り抜けられたからって、ドルチェに当たるなんて。


『マナカ、それにドルチェ殿。反省は後にするが良い。それよりも事の対処が先である。』


 そんな俺達を叱咤するように、ウィンドウの一つ、ユーフェミア王国国王が言葉を発した。


『我が国の暗部によれば、ドロメオは既に兵站を北部に築いておる。公国からの支援要請もじきに届けられるであろう。マクレーンよ、説明を。』


 王様が聞きたくない事実を伝えてくる。

 そして王国一の猛将、【軍神】マクレーン辺境伯がその後を継いだ。


『はっ。報告によれば、ドロメオの対スミエニス戦線への軍の動員数は、凡そ15から20万。【聖堂騎士団】の出征も確認されておる。』


 宙に浮いたウィンドウから、どよめきが上がる。

 20万の大軍って……この世界の軍事情報にはそこまで明るくないけど、仮に俺の識るあやふやな知識から考えると、中国春秋時代の国家の存亡を掛けた一大決戦の時と同規模。


 一息にスミエニス公国を落とす気かよ。


「聖堂騎士団ってのは?」


 疑問に思ったので、不躾で悪いが口を挟ませてもらう。


『聖堂騎士団とは、ドロメオの国教【メイデナ教会】が抱える最大戦力じゃ。聖騎士と呼ばれる精鋭が、最高級の装備を揃えておる。規模は確か、2000から3000程じゃったか。それが1000騎、此度の戦に動員されるらしい。』


 王国でいう【魔導騎士団】みたいな、要は国軍の最精鋭ってことか。

 いよいよ本気度が窺えるな。


『補足だけど、今回の戦には迷宮産の武具も多数運用されるらしいわ。強権で掻き集めたそれらを、一気に放出する気みたいよ。』


 ドルチェが補足事項を伝える。


 迷宮産の武具……所謂いわゆる魔剣や聖剣、魔装の類か。

 ということは、兵力の実数よりもより強力な軍であると想定しないといけないな。


『し、失礼じゃがドルチェ殿。その情報は、どのように……?』


 ある意味では一番の当事者である、スミエニス公国に本部を置くユタ教会の司教、ギリアム老が訝しむ。

 それに対し、ドルチェは。


やっこさん達、やけに迷宮攻略に躍起になってたからね。迷宮に入った神官のパーティーを尾けて、ちょっとオハナシしただけよ。』


 おおぅ……! 流石情報戦のエキスパート。

 その手腕と容赦の無さを言葉から汲み取り、ギリアム老の顔が引き攣っている。


『ふむ。そうなると、数以上の大戦さとなるな。公国は元は我が国の所領。独立後も国交を保っている以上、我が国の参戦も避けられまいな。』


『公国がどれだけ兵を集められるかにも拠るが、各国への備えを残したとしても、ワシらも少なくとも数万は送らねばなるまい。』


 ドロメオの……いや、メイデナ教の狙いは明らかだ。

 声明文からも読み取れるように、彼等は他の宗教を、もっと言えば自らの教会の主神、メイデナ神以外の神を認めていない。


 だからそれなりの規模で大陸に分布する、多神教であるユタ教会が目障りなのだろう。

 そして、それを信仰する信者や国までも。


「明確に、防戦だよな? ユタ教会が亡くなられても困るし、俺も協力する。スミエニス国内……出来れば国境付近に手頃な迷宮は在るか?」


 他国の戦争である以上、俺が干渉するのは本来なら宜しくない。

 でも、俺にも事情が有るからね。ユタ教会を潰される訳にはいかないんだよ。


『マナカきゅん……でも良いのん? アナタが動いたら、今度はそれこそ迷宮まで神敵認定されかねないわよん?』


 黙って事の推移を見守っていたコリーちゃんが、心配そうに声を掛けてくる。


 大丈夫だよ。ちょっと考えがあるんだ。


「俺が直接武力介入するわけじゃないさ。公国・王国の連合軍のお仕事を、陰で支えるお手伝いってヤツだな。それでドルチェ、迷宮の心当たりは? 出来ればの方が有り難い。」


 神皇国ドロメオの宣戦布告については、危惧していた通りではある。

 しかし、当初の思惑とは多少ズレは生じたけど、狙い通りにドロメオの目はコチラに逸れた。


 つまり、これはチャンスでもあるのだ。

 ここで上手くドロメオの大軍を叩くことができれば、国としての動きを抑制できる。


 未だにエルフの国のダンジョン攻略に目処が立っていない以上、稼げる時間は多ければ多いほど良い。


『ちょっと待ってね。……在るわね。東西を分断する国境線の、ドロメオ側北部に一つ。それから国境から西、やや中央寄りだけど一つ。いずれも迷宮都市として栄えている街ね。』


 げ……! 野良迷宮じゃないのかよ。


 迷宮都市とは俺のダンジョン都市とは違い、迷宮の周囲に人々が集い、その恩恵に与り発展した都市である。

 迷宮を管理する貴族が治め、多くの冒険者や商人が出入りする、まあラノベとかでよく見る都市のことだ。


 うーん……でもまあ、命令を徹底すれば、なんとかなるかな?


「アネモネ。迷宮の魔物に命令を下す場合、細かい対象の識別は可能かな?」


 俺は確認のために、リビングに控えている家族の一人、アネモネに声を掛ける。


「肯定します。ダンジョンの魔物はマスターの命令には絶対服従です。と命令を与えれば、見向きもしません。」


 流石アネモネ先生。

 俺の企みを、既に見抜いているみたいだね。


『……マナカよ。お主、何をする気であるか?』


 若干だけど顔を引き攣らせながら、王様が俺に真意を訊いてくる。


 そんなビビらなくてもいいじゃないか。

 至極マトモな戦略を思い付いただけだよ。


「うん。その前に一つお願いがあるんだ。多分だけど、今回の戦はもう止められないと思う。だからこの機会に出来るだけドロメオの……メイデナ教会の力を削ぎ落としたい。そこで、思惑通りに進めるためには、前線にコチラの我を通すだけの力が要る。だから……マクレーンのおっさんに、前線に立ってもらいたい。頼めるかな?」


 相当無茶な注文なのは解っている。

 マクレーン辺境伯はあくまで辺境の、ブリンクス領の守護だ。


 惑わしの森以北の脅威が事実上既に無くなっているにしても、だからと言っても所領の変更には時間が掛かる。


 そして何よりその高い身分と、王国の武の象徴である【軍神】としての立場もある。おいそれと戦場に、それも他国の防衛戦の前線になど配置できるモンじゃない。


『ワシを前線に? それが可能かどうかは時間と交渉次第であろうが、その意図するところは何じゃ? マナカお主、いったい何を企んでおる?』


 企むだなんて人聞き悪いなぁ。


「真っ当な戦略だよ。あんたを前線に置きたいのは士気の向上と、相手の耳目を引き付け、引き摺り込むため。そしてダミーコアで円滑に情報のやり取りを行うためだ。【軍神】という特大の釣り針を見せびらかして、ドロメオ軍が容易には撤退出来ない位置へと誘導する。そして包み込み……一気に叩く。」


『お主……まさか、20万の大軍に対して包囲戦を仕掛ける気か!?』


 流石は王様。

 これまでの話の流れで、俺の意図するところを見抜いたね。


「そうだよ。両国軍は前線を維持してくれればいい。そこに集中出来ればたとえ相手が多かろうが、時間は稼げるだろ? 楔は、俺が打ち込む。」


『そこで、迷宮の出番ってワケねん……?』


 コリーちゃんを始めとし、他の面々も俺の作戦に気付いたようだね。


「その通り。俺はさっきドルチェが言ったふたつの迷宮を支配して、。そして、奴らを背後から食い破る。」


 静まり返るウィンドウ越しの面々。


 上手くすれば、防衛軍の損耗も最小限に抑えられるんじゃないかな。

 敵を頑張って攻めてるその背後から、いきなり魔物の大軍に襲われるんだもん。


 指揮系統の混乱や士気の低下、重大な打撃を受けることは必至だろう。

 俺だってビビるわそんなモン。


 俺の作戦が実現可能であると、解っている人たちだ。だからきっと、どうそれを現実のものにするかを考えているんだろう。


『ですがそれですと余計にドロメオの、メイデナ教会の敵愾心を煽ってしまうのではないですか?』


 一人だけ蚊帳の外のように話し合いを見守っていた魔族の王女、セリーヌが意見を発する。


 まあ彼女は、今回の戦さに関しては完全に部外者だからね。

 でも、まったくの無関係でもないから、この場に参加してもらっているんだ。


 何しろ彼女が国を失うことになった原因と推定される、【邪神】が絡んでいる可能性があるのだから。


「セリーヌの懸念は尤もだと思う。だから先手を打つんだ。ドルチェの報告にも有っただろ? 『神託は降っていた』って。それを逆手に取って、大陸各国にドロメオ軍の潰走後速やかに声明を出すんだ。。」


 途端に訝しげになるセリーヌ。

 話を向けられたギリアム司教も困惑顔だ。


「内容は、――豊穣神ユタこそが、世界の管理者にして主神である。それを邪神と貶め、敬虔な信者の集う教会を危機に至らしめたため神罰が下った。迷宮の氾濫によって襲われたのは、神の、世界の意志である――って感じかな。


 これで、あちらさんの声明の正当性も否定できるし……まあそんなモン端から無いんだけどできるし、ユタ神の死で同様した信者や民達にも安心と希望を与えられる。


 更にメイデナ教会内も動揺させ、迷いを与えられるし……どう? 割といけるんじゃないかな? 上手くすれば他国の賛同も得られて、味方も増やせられるんじゃない?」


 と、俺の狙いを説明した。


『つまり……メイデナ教会の権威の失墜とユタ教会の増力も、狙いの一つか。よくもまあ悪どいことを考えるものじゃな、マナカよ。』


 悪どいは余計だよ、マクレーンのおっさんめ。


「あとはついでに、【邪神】の力も削げないかなってね。」


 こればっかりは、的外れかもしれないけど。


『【邪神】の力を……? どういう事かしら?』


 ドルチェにツッコまれる。


「仮にの話で、しかも効果は無いかもしれないんだけどね。」


 そう前置きしてから、俺は前世で聞き齧ったり、読んだり、観たりした事を説明する。


「俺の前世の世界ではよく、神様ってのは信仰に支えられていると伝えられていたんだ。」


 神の力の源は信者ら人による信心や祈りであり、それに拠って存在や概念が確立していた、という話だ。

 俺の生きていた日本でも、思いを込めて大切に扱っていた道具が、【付喪神つくもがみ】という存在に変わると言い伝えられていた。


 まあ、邪な思いの込もった器物は、妖怪だとかの悪性のモノに変貌したりもしたんだけど。


 仮にメイデナ教の主神が俺やククル、ユタ神にとっての敵である【邪神】ならば、教会内や信者の心に迷いが生じれば、信仰や信心が揺らぐ筈。それが意味するのは、【邪神】の弱体化だろう。


 そして逆に、攻め込まれて防衛していた側の俺たちが、“世界の主神ユタ神の意志”によって奇跡が起き、敗走せしめたと世界に伝われば、ユタ神を崇める声が増え、もしかしたら復活の兆しも見えるかもしれない。


 信仰が揺らぎ信者が居なくなり、忘れ去られた神はその存在を、概念を失う。そんな事例というか伝説も、前世の地球には多く遺されていたんだよね。


『なんと……! 神々の死とは、なんとも恐ろしき、畏れ多き話じゃのう……』


 神職者であるギリアム司教が、複雑そうな顔で呟く。

 まあ、司教の立場からしたら、そうなるよね。


 でも、俺は決めたからね。

 取れる手段は全部取って、なんとかしてみせるって。


 罰当たりだの、畏れ多いだのと言われようが、やり通すだけだ。

 まあメイデナ教の主神が、人違いならぬ神違いだったらゴメンだけど。


 でも、人間以外が下等だなんて宣う教義は、俺にとってはどっちにしろ相容れない。

 しかも今回の戦争は、それを全面に押し出しての宣戦布告なのだ。

 容赦なんかしてらんないよ。


『ふむ。主旨は概ね理解した。現実的に考えても、マナカの策が最も損耗は少ないであろう。余らはマナカの戦略を骨子として、今少し煮詰めてみよう。マクレーンよ、軍部を集め仔細を詰めよ。余は宰相と共に公国への対応を考えよう。』


「あ、王様一つだけ。くれぐれも――――」


『解っておる。魔物の氾濫スタンピードのことは内密に、であろう? 安心せよ。それを敵にも味方にも悟らせないためにも、【軍神】を出すのだろう?』


 さっすが【名君】。

 釘を刺そうとした俺の心配は、余計なお世話だったみたいだね。


 マクレーンのおっさんを前線に出すのには、もうひとつ理由がある。

 それは、、総力戦だと思い込ませるためだ。


 後方襲撃が魔物である以上、その情報が漏れれば対処もされてしまうし、付け入る隙を与えてしまう。


 ドロメオとしても、『見ろ、やっぱりユタは邪神だ! 邪神だから魔物を操れるんだ!』みたいなことを、言われかねない。

 あくまで、スタンピードはユタ神のでなくてはならないのだ。


 そこを総大将の王様が理解してくれているなら、安心だし心強いね。


『では儂も大司教猊下や枢機卿猊下と、教会戦力の話し合いや声明の検討を始めますじゃ。国王陛下、それにマナカ殿やギルドの方々。ご助力に、深く感謝申し上げますじゃ。ユタ教会として全力を尽くすこと、必ずやお約束しますじゃ。』


 ギリアム司教が、その深い皺の刻まれた顔を、優しい笑みの形に変える。


『アタシもドルチェと協力して、更に情報を集めるわねん♪ なんだかドキドキしてきたわねん、ドルチェ♡』


『不謹慎だけど、そうね。現役で冒険者をしてた頃を思い出すわね。マナカ。無用の心配だろうけど、気を付けてちょうだいね。ドロメオの監視の目は厳しいわよ。』


 コリーちゃんとドルチェが、不敵な笑みを見せてくる。


『マナカさん。私も微力ではありますが、何か出来ることが有れば仰ってください。』


 戦とは実質無関係なセリーヌまでも、そんなことを言ってくれる。


 ああ。

 俺は本当に、良い人達に巡り会えたな。


 こんなにも頼もしい人達が居るんだ。

 絶対に、上手くやってみせるさ。


「みんな、ありがとう。それじゃあ各々、準備に取り掛かろう。」


 思い思いの返事を残して、宙に浮いたウィンドウが一つ、また一つと消えていった。



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