第十二話 タメになる! 化学のお勉強。


〜 ダンジョン都市【幸福の揺籃ウィール・クレイドル】 〜


《マナエ視点》



 今この街に……ううん、このダンジョンには、マスターであるお兄ちゃんが居ない。

 S級ダンジョンの攻略のために、ドラゴニス帝国って国にお出掛けしてる。


 一緒に行ってるのは、冒険者として登録したアザミお姉ちゃんと、シュラ。

 それと、あの性格の悪いダークエルフの女の人、ドルチェだけ。


 ほんっとに、お兄ちゃんってばお人好し過ぎるよ!

 普通は正体を勝手にバラされたら、もっと怒っていいと思うんだけどな!

 お兄ちゃんって、【個人情報保護法】が制定されている世界で暮らしてたんじゃなかったの!?


 あたし達はみんな、かなり怒ってたのに。

 イチなんて、『ケイルーンってのは、ヴァンのダンジョンから近いんでやしたねぇ? ちょっくら、出掛けてきやす』とか言ってホントにカチコミ掛けそうになって、止めるの大変だったんだから!


 みんなでお兄ちゃんを問い詰めたけど、帰って来たのはヘラっとした答えだけ。


『ドルチェはそこまで悪い奴じゃあないよ。アイツ、ああ見えて200歳を超えてるからさ、あそこまで思い切った行動を取るのにも、きっと何かワケがあると思うんだ。それも確認がてら、本部長とも話をしてみるさ。』


 ワケってなんなのよ。それって、ドルチェって女の勝手な事情でしょ!?

 なんでそんなモノのせいで、お兄ちゃんが振り回されなきゃいけないのよ!?


 あーっ!

 今思い出してもイライラするぅー!!


 あたしはお兄ちゃんが創り出した街並みを、聖堂の方に向かって歩き続ける。

 苛立ちのせいでいつもより脚が速くなってるし、すれ違う人達も驚いたような顔で見てくる。


 今日は、仲良くなった女の子達と遊ぶ約束をしてるの。

 集まるのは、孤児院のモーラとエリザ、コリーちゃんの娘のクロエ、それとルージュさんの義娘むすめのエヴァだ。


 孤児院の厨房で、みんなでお菓子作りをする予定なの。

 みんなもお兄ちゃんのことが大好きで、お出掛けしてることも知ってるから、帰って来て遊ぶ時にお菓子を作ってあげたいんだって。


 みんな、中々行動派だよね。

 モーラなんかお勉強もお手伝いもすっごく頑張ってて、お兄ちゃんのお嫁さんになる気満々なの。


 他の子達も控え目ではあるけど、みんなお兄ちゃんに憧れてるみたい。

 まったく、お兄ちゃんも罪な男だよねぇ。


 あたし? あたしは何が有ってもお兄ちゃんとは死ぬまで一緒だもん。

 だって、あたしはダンジョンコアの化身だから。お兄ちゃんの半身だもの。


 寿命だって、お兄ちゃんが生きている限りは無いようなもんだし、本体のダンジョンコアさえ無事なら実質は不死身だからね。

 寿命の在るみんなとは、そもそも立ち位置が違うっていうか……


「あ、マナエなの。こっちなの!」


 考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか孤児院に着いていた。

 モーラが門から手を振っている。


「モーラやっほー! みんなは?」


「みんなも、もう来てるの。さっそく、お菓子づくりかいしなの!」


「オッケー! 行こうっ!」


 みんな待ちきれないみたいだね。

 孤児院の玄関に集まって、あたし達を待っている。


 お兄ちゃん、フリオールお姉ちゃん達もそうだけど、この子達も悲しませたらダメだからね?

 みんなお兄ちゃんが大好きなんだから。


 もちろん、あたしも大好きだよ!だから怪我とかしないように、気を付けてね。

 それで、早く帰って来てね、お兄ちゃん!




 ◇




〜 ドラゴニス帝国 ダンジョン【終焉の逆塔リバースバベル】 〜



 さてさて、70階層まで来たぞ。

 魔物の強さは、惑わしの森の深部、やや手前くらいか。


 種類は50階層台とほぼ変わらないかな。

 ただ、一度に遭遇する数が増えた感じだ。


 ひとつ気になることと言えば……


「なんか深層に入ってから、魔族が多くないか?」


「そう言われてみれば……」


 そう。深層域に入ってからというもの、獣や蟲といった魔物が徐々に減り、俗に魔族と呼ばれる種類の魔物ばかりになっているのだ。


 それ自体はダンジョンの特色だと考えれば、特に不思議に思うこともないんだけど……


「60階層の、あの吸血鬼が気になるのかのう?」


 シュラにズバリ言い当てられる。

 あの口癖が喧しかった吸血鬼が残した、『尊き御方が204年振りに来た』『此処は最後の牙城』という言葉。


 それを聴いて俺が連想したのは、俺と同じことをしているダンマスが居るんじゃないか、ということ。


 俺と同じことっていうのは、他所のダンジョンを支配して、他と転移で行き来を可能にしているってことだ。


 そして、深部には魔族ばかり。

 ダンマスの近くに偏った種族が集まっているのは、ダンマスが敢えてそうしている可能性が高い。


 とかの理由で。


「魔族……ねぇ。この大陸に於ける魔族の立ち位置ってのは、人類の仇敵だったよな。大陸の北端、惑わしの森の途切れた土地【魔界】を支配していて、本拠地は北の、別の大陸だって。」


「そう聞いていますね。それがどうしたのですか?」


 アザミが不思議そうに訊ねてくる。


 でも俺だってまだ予想の範疇だし、根拠だってあのヴァンパイアロードの漏らした言葉のみだ。


「いや、まだハッキリしないし、考え過ぎかもしれない。それより、近いぞ。」


 話しながらも、俺の感知スキルは魔物の存在をキャッチしている。

 その存在までの間に、罠は無いな。


 階層主の間。

 そこに差し掛かり、毎度お馴染みの【鑑定】スキルで相手を探る。


 グレーターデーモンが2体と、デーモンが4体。


 また、魔族だ。

 どうにも嫌な予感がする。下手したら……


「2人とも、ここからはちょっと早足で行こう。グレーター2体は俺がやるから、残りを2体ずつ頼むよ。」


 探りは無しで行く。

 今までは各階層もしらみ潰しに魔物を殲滅してきたけど、ここからは最短で進もう。


「分かったのじゃ。何を心配しておるかは儂には分からぬが、主様に従うのじゃ。」


「仰せの通りに、マナカ様。」


 2人が同意してくれたのを確認して、階層主の間に踏み入る。


《侵入者が! 吸血鬼風情を倒したからといって、図に乗るなよ!?》


《偉大なる御方様には近付かせん! 嬲り殺してやるわっ!!》


 やっぱり、コイツらも喋るか。


 悪いが、問答の時間も惜しいんだ。

 押し通らせてもらう!


 結界を広範囲に展開。

 グレーターデーモンとデーモン達を分断するような壁をイメージし、簡単に飛び越えられないように高さも付ける。


 アザミとシュラが飛び出し、デーモンを2体ずつ相手取り始める。

 グレーターデーモン達はそこでようやく、魔力を練り始めた。


 うん、臨戦態勢に入るのが遅過ぎるよ。

 俺は前進しながらも結界を変質させ、グレーター達を逃がさないように、両横も、上も塞いで閉じ込める。


《斯様な結界など!!》


《ぶち壊してくれる!!》


 2体の魔法が、結界に炸裂する。

 爆炎で視界は阻まれるが、感知スキルには未だ結界内に囚われている2体の反応が在る。


「【硝子の豪雨グラスレイン】。」


 結界が砕ける。


 2体のグレーターデーモンは、自分達の魔法で砕けたと思ったのか、突っ立ったままだ。

 そこへ、鋭い結界片が前、両横、上より降り注ぐ。


《なっ!? ぐああああああッ!!??》


《ぎゃああああああッッ!!??》


 ごめんよ。

 どうしてもその御方様とやらに、会わなきゃいけないんだ。


 結界片でズタズタになり、膝を着く1体の間近に踏み込む。


《恨んでも良い。通らせてもらうよ。》


 魔力を纏った貫手ぬきてで、1体の水月――鳩尾みぞおちを貫く。

 そして振り向きざまにもう1体に、圧縮した火魔法をレーザーのように照射し、首を焼き切る。


《き……さま、同じデーモン……なの……に……》


 俺に急所を貫かれたグレーターデーモンが、そう言い残してもやに変わった。


「すまない。先に進むためなんだ。」


 石材の床に落ちた魔石を拾い上げ、後ろを振り向く。


 アザミとシュラは、それぞれ1体は倒したようだ。

 今は、もう1体ずつを相手にしている。


〘2人とも、援護するぞ。〙


 念話で一声掛けてから、動き回る2体のデーモンの足を結界で拘束する。

 突然足を固められたデーモン達はもんどり打って倒れ込み、仲間達にそれぞれトドメを刺された。


「進むぞ、2人とも。出来るだけ早く、ダンマスの所へ辿り着きたい。」


「はい!」


「うむ。」


 俺達は階段を足早に駆け下り、次のフロアへと進んだ。




 76階層。

 このフロアに降りて来てから、階層の様子がまた変わった。


 今までは遺跡のようなどこか寂れた雰囲気だったのだが、なんと言うか、生活感の感じられる、人の手の行き届いた雰囲気に変わったのだ。


 通路や部屋も様式を一変させており、何処かの城の中のような回廊や、調度品が並んでいる。


「俺のダンジョンの、玉座が在る階層に似てるな。ひょっとしたら、終わりが近いかもしれない。」


 この階層に入ってから、罠を見掛けなくなった。

 魔物も深層域の階層主クラスの奴らが徘徊していて、しかも軒並み武装していた。


「まるで、王の寝所を護る近衛のようですね。」


 1体のグレーターデーモンの首をねたアザミが、言葉を漏らす。


 確かに、整った装備や充実した戦力は王城を守護する近衛兵のような雰囲気だ。しかもコイツら、口々に《御方様の下へは行かせん!》って怒鳴ってくるから、余計に。


「つまり、こ奴らの王の居る場所まで、だいぶ近くに来たということじゃな。」


 紫色の肌をした魔人を叩き伏せたシュラも、同意見のようだ。


 回廊には分岐も無い。

 ただ奥へ奥へと突き進み、立ちはだかる魔物達を打ち倒し、押し通る。


「ん、扉だな。これで終点か、それともまだ続くのか……」


 2人と示し合わせ、警戒しながら扉を開く。


 そこは、広大な空間だった。

 天井は高く、飛翔するのに支障が無さそうなほど。

 四方も余裕を持って造られており、高校のグラウンドよりもうひと回りほど広い。


 そして、そんな広大な空間の中心付近に、2体……1人と1匹が待ち構えていた。


 即座に【鑑定】する。

 俺と同じアークデーモンと、使役されているのだろうか、寄り添うように寝そべる巨大な猫の魔物【エビルキャット】。


 猫か……可愛いな!

 猫とは言いつつ悪魔の仲間みたいだけども。

 いやでも、あの凛とした顔にクリクリっとした瞳がなんとも……


「あいたっ!?」


 俺が巨大猫の魅了に掛かっていると、二の腕をつねられた。

 振り返ると、抓った犯人からとても冷めた声が発せられる。


「マナカ様、アザミでは満足できませんか……?」


 そう言いながら光に包まれるアザミ。

 そして割と久し振りに、本来の九尾の狐の姿になる。


「い、いやいや! アザミの毛並みは最高だぞ!? 艶々で、でもモフモフで、一日中包まれて寝ていたいくらいだよっ!?」


 その冷ややかな瞳がとても怖かったので、慌てて弁解する。

 もちろん撫でるのも忘れない。


 うん、獣枠では配下を増やせなさそうだ。

 化け猫とか、アーサー王と戦った怪猫キャスパリーグとか、興味有ったんだけどなぁ……!


「くぅっ……! おのれ! たかが猫風情が、よくもマナカ様をたぶらかしてっ! マナカ様、あの猫はアザミにお任せ下さい!!」


「お、おう。一応シュラと一緒に、気を付けて戦ってね……?」


「うむ? 儂も猫かの? まあ、あちらのアークデーモンも主様に興味が有りそうじゃから、仕方無いかのう。」


 ありがとな、シュラ。


 普段冷静なアザミが、ちょっと引くぐらい怒っている。

 心配だからフォローしてやってくれ。


《……観た事の無い魔獣だ。お主の従魔か。》


 おっと。

 ずっと蚊帳の外に居たアークデーモンさんが、話し掛けてきた。

 アークデーモン同士と見て、言葉が通じると思ったのかな?


《ああ。従魔でもあるけど、大事な家族だ。そういうお前も、可愛い猫連れてんな?》


 仮称魔族語なら、猫を褒めてもバレるまい。

 返事をした俺に一瞬目を見開くも、すぐにその瞳を細めて、面白そうに笑みを浮かべる。


《ふん。この良さが解るとは、なかなかに目端の効く悪魔のようだな。褒美に、苦しませずに殺してやろう。》


 え、嫌ですけど。

 ケモノ愛を褒められるのは、悪くないけど。


《お褒めに預かり光栄だ。でも死ぬのは勘弁かな。俺はお前達の主の、御方様とやらに用が有るんでな。》


 肩を竦めながら、軽口で応える。

 アークデーモンは可笑しそうに肩を揺すると、浮かべていた笑みを獰猛な物に変える。


《お主、観たところ我と同じアークデーモンであろう? 大方偉大なる御方に取り入ろうという腹積もりであろうが、同族たる我がそれを、はいそうですかと受け入れるとでも?》


 アークデーモンの魔力が膨れ上がる。

 いやいや、別に取り入るつもりはこれっぽっちもないんだけど。


《我は、偉大なる御方に玉座の守護を任ぜられし者!! 不粋な侵入者には、たとえ同族といえども容赦はせぬ!》


 エビルキャットも毛を逆立て、尻尾をブワッと膨らめて威嚇の声を上げる。

 仕方ないか。


「アザミ、シュラ。猫は任せるぞ。魔法も使ってくるから、気を付けろよ。」


 アークデーモンは、『玉座の守護を任された』と言った。

 つまり、コイツらが最後の砦。倒した先が、御方と呼ばれるダンマスが居る玉座なんだろう。


《かかってくるがよい! 我が魔導の粋を、存分に堪能させてやろう!!》


 アークデーモンの宣言が合図となり、各々が動き出す。


 狐状態のアザミが9本の尾に様々な魔法を発動し、シュラが全身に魔力を纏う。

 猫はその瞳を爛々と輝かせて、巨大な魔法陣を描き出す。


 そして、アークデーモンも膨大な魔力を練り上げ、数えるのも馬鹿らしくなるようなほどの、無数の火球を宙に浮かべる。


 ははっ! ヤベェなこいつ!


 今まで戦ってきた相手の中でも、ダントツに魔法が上手い。魔力量も桁が違う。あの火球一発一発も、並の威力では無さそうだ。


 けど。


《なッ!!??》


 俺は足で床を強く踏み鳴らし、俺の周囲にも奴と同等の数の火球を浮かべる。


 驚くのはまだ早いぞ?

 同時に風魔法を発動し、無数の火球に酸素を供給し燃焼を更に激しくさせる。


《蒼い、火球だと……!? お主、それはいったい……!?》


 惚けてる暇あんのか?

 俺は指を鳴らして、無数の蒼い火球をアークデーモンに向かって射出する。

 向こうも慌てて、迎え撃つように火球を放ってくる。


 先触れのように、先頭を飛んでいた火球同士がぶつかり、爆発する。


 その炎の色は、蒼だ。俺の火球が爆発し、その威力で以て周囲の奴の火球を消し飛ばす。

 そしてその間隙を縫って、後に続く蒼い火球が、アークデーモンに殺到する。


《ぬ、ぬがあああっ!! 所詮は火であろう!? ならば、【水の障壁ウォーターウォール】!!》


 奴への進路を阻むように、膨大な量の水が生成される。

 ってちょっ!?バカヤロッッ!!?


〘2人とも、結界張るからじっとしてろ!! あと目を瞑って耳を塞いで口開けろッッ!!!〙


 念話で仲間たちに慌てて声を掛け、最速で魔力を練り上げる。


 シンプルに、ただ強く。

 動きを止めたアザミとシュラ、そして俺の3人を、今までで一番分厚い結界が、ボールのように包み込む。


《我が水の障壁、越えられるものなら越えて――――》


 瞬間、広間は光に埋め尽くされた。

 音なのかどうかもハッキリしない衝撃を受け、俺を包む結界のボールがあちらへこちらへ、飛んだり跳ねたり転がったり。


 俺はその中で揉みくちゃになりながらも、衝撃が去るまで耐え続ける。


 連続する衝撃に曝されながらも、耐えること十数秒。

 恐る恐る目を開けると、結界の周囲は見事なまでに焼き尽くされていた。


「熱っ!? 空気まで焼けてるのか? 熱持っちゃってるよ……!」


 自身の結界を解いたのも束の間、すぐにまた結界を張り直す。

 アザミとシュラの結界も同様に変質させ、身体に纏わり着く、動きを妨げない物に変える。


「2人とも、無事か!?」


 結界のボールから解き放たれた2人に駆け寄り、声を掛ける。


「は……い。いったい、何が……?」


「ぬおおお……っ! 掻き回されて気持ち悪いのじゃああ……」


 良かった。慌てて張った結界は、ちゃんと2人を守ってくれたようだ。


 《グ……ガカ……っ! ぎ、ぎざま……ナニをじだ……ッ!?》


 驚いたな。

 声の聴こえた方を振り向くと、床に転がった、身体のあちこちを燃やされ失ったアークデーモンが、未だ生きていた。

 うん、残念ながら猫は、燃え尽きたようだ。


 俺は動けない奴の近くまで行き、しゃがんで声を掛ける。


《水蒸気爆発って言ってな? 水が非常に温度の高い物質と接触することにより気化されて発生する、爆発現象のことだな。俺の超高熱の火球を水で防いだせいで、水が一気に気化してああなったんだよ。》


 ファンタジーな世界の奴らに化学の話をしても、どれだけ理解できるかは分からない。

 それでも、訳も分からずに死ぬよりは、だいぶマシだろう。曲がりなりにも俺の同族だし。


《お前はどうせ防ぐなら、土か結界を使うべきだったんだよ。》


 俺と同族の悪魔は、やはり同じようなHP回復スキルを持っているのだろう。


《そ……うか。我の、落ち度……か。知らぬ事とは言え……情けないものだな……》


 靄になりつつある身体の崩壊は止められていないが、声は幾分ハッキリしてきた。


 もう、コイツは戦えない。身体の全てが靄になるまで、そう時間も掛からないだろう。

 でも、俺は敢えて奴に訊ねた。


《トドメが欲しいか?》


 靄――魔素に還るということは、コイツは受肉もしていない、ダンジョン産の魔物なんだろう。

 だからといって、目の前で俺と同族の身体が徐々に崩れていく姿を観ているのは、偲びない。


 身体が崩れて魔素に還るってのはどんな感覚なのか、それも分からないから余計そうだ。


《情け深いものだな。同じ悪魔とは思えん。それに、その底知れぬ力……お主のような者が味方であったなら、偉大なる御方も……》


 穏やかな口調で語るアークデーモン。

 いや、ちょっと待て。その言い方だと……


《真実はこの先に在る。願わくばお主の情けに頼りたいところだが、生憎と我にも矜恃というモノが在るのでな。さらばだ、名も知らぬ同族の男よ。》


《おい、ちょっと待……ッ!》


 語るだけ語って、力を切って自分から魔素に還りやがった。

 後に遺ったのは、奴の大きな魔石と、1本の指輪。


「くそっ! 重要そうな事匂わして、勝手に死ぬんじゃねえよっ!」


 思わず毒づいて、魔石を手に取ろうとする。

 しかし、その時。


〘個体名:マナカ・リクゴウのリソースが一定量に達しました。存在の進化を開始します。〙


 頭に直接響く、聞いた事のない無機質な、男とも女とも判別し難い声。


「はっ? なにが――――」


「マナカ様!!??」


「主様!!??」


 俺の方に駆け寄ってくるアザミとシュラの姿がチラッと見えたが、それを最後に、俺の視界は暗転した――――



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