第十三話 初めまして、悪魔です。
〜 惑わしの森 深部 〜
《イチ視点》
あっしの名はイチ。
頭の固有スキルで産み出された、【
なんでも頭の故郷、日本の神話の女神の子で、荒神や禍神を従えたという伝説を持つそうでやすが、まあ、そんなことはどうでもいい事ですわ。
重要なのは、頭が護りたいモノが在るということ、それに尽きやす。
そのために、あっしは産み出されたんでございやしょう?
応ともさ、ご期待に添えてご覧に入れやしょうとも。
そのための盾となる、鋼の肉体。
そのための矛となる、
更には、頭より頂戴した、数多の得物。
頭の前に立ち塞がるのなら、ただじゃあおかねぇ。
二ツや三ツにバラされても、文句は言わせやしねぇ。
だが……実際に頭が相手取っていたのは、そんな単純なモンじゃあなかった。
組織……いや国が、いやさ、ヒトの悪意が、頭の障害でありやした。
頭が王国と揉めた時の話は聴きやしたが、腸が煮えくり返るってのは、正にあの事でありやしょう。
あっしがその時に居ればと、何度唇を噛んだことか。
だが頭は。
そんな事態に陥っても、力を以て
武の力は、あくまで手段の一つとして。
極力血を流さず、救いを求める者には手を差し伸べて。
頭の力の本質は、攻ではなく、守でありやす。
守るため、護るための、力。
頭が結界魔法が得手である理由は、そんなところにあるんでしょうや。
そんな頭に産み出されたあっしには、正に守護の力と言うべき、数多の能力が宿っておりやした。
己が身を鋼よりも硬くするスキル。
徐々に使い
そして何より、敵を素早く無力化する、刀術や剣術。
攻め一辺倒なシュラの姉御とは、対極の力。
何かを、護るための力でやす。そう頭に望まれて、あっしは産まれたんでありやす。
だがよぅ。
「シィィッ!!」
抜刀からの一息での四連斬。
デケェ地を這う蜥蜴が、頭を上下左右に別れさせ、前脚も、両方胴と泣き別れをする。
刀身を
刃毀れも歪みも無ぇし、血脂の付着も無ぇ。
えれぇ
頭と以前手合わせをした時に、予備を用意すると言われ後日頂戴した、ひと振りの刀。
銘を、【
素材は
あっしの
そんな水月も、きっと護るための力として、あっしに託してくださったんでしょう。
だけどよぅ。
「頭は甘過ぎですぜ。ヒトの悪意は、底知れねぇ。あんな褐色姉ちゃんなんぞ比べ物にならない悪意が、ゴロゴロ転がってやがるんでさぁ。いつか、護りだけじゃなく、攻める決断が必要になりやすよ……」
前線……頭と共に戦っている姉御達が羨ましい。
だが姉御達も、何だかんだで頭には甘い。いつか、その隙を突かれるやもしれやせん。
今回の褐色姉ちゃんの持ってきた案件だってそうだ。頭のお人好しに付け込んだとしか思えねぇ。
正面から堂々と依頼してくりゃあいいものを、回りくどいことをしやがるから、余計に話が
頭、気付いていやすかい?
姐さんやお嬢、姉御達や、勿論あっしも。
頭が思うより、ずっと色々と考えているんですぜ?
頭が思うより、ずっとトサカにキてるんですぜ?
「頭が間違った時には、あっしはいつでもこの水月を頭に振るいやすぜ。それで頭を救えるんなら、護れるってんなら……仁義なんぞ、クソ喰らえだ。」
そのためには、力が要る。頭には、固有スキルを使っても歯が立たなかった。
頭を止めるには、もっと力が必要だ。
この水月も、中々のじゃじゃ馬っぷり。
あまりに斬れ過ぎるんでやす。
斬りたいモノのみ斬るのが、剣の極意。
だがこの水月は、的以外のなんもかんもをも、斬っちまう。
これじゃあ頭を、頭の大事なモンを護れやしねぇ。
だから、あっしは今日も、森を往くんでありやす。
頭の本当に大切なモノを、護るための力を培うために。
頭は……今はいいでしょうや。
お好きにおやりなせぇ。
あっしはいつか来るであろう、頭の心を折る事態を、それすらをも斬り伏せられるくらいに、力を付けてみせやす。
ですから、どうかご無事でお帰りなせぇ。
お嬢や姐さんも、口では言いやせんが、寂しがっておいでですぜ。
◇
〜 ドラゴニス帝国 ダンジョン【
意識だけが、ゆらゆらと漂う。
真っ暗な水底から光に溢れる水面に、浮かんでいくような、また逆に沈んでいくような、不思議な感覚。
水の中っていうのは俺のイメージなんだろうけど、俺の周りには、沢山の泡沫が、下から上へ、上から下へ、奥から手前へ……
寄っては離れ、離れては寄って。
いくつもの泡沫が、俺に何かを
それは人であり、獣であり、蟲であり、魚であり、草であり。
それは老人であり、赤子であり、魔性であり、神聖であり。
それは骸であり、胎児であり。
糸の付いた人形であり。
糸の切れた人形であり。
命だった。
『――――様! ――ナカ様!』
『――し様! 主様、目を開けるのじゃ!!』
聴こえる。俺を呼ぶ声。
聴こえてるよ、アザミ、シュラ。
今、そっちに戻るから。
唐突に理解したから。
泡沫が見せた、無数の夢。
命とは、何か。
いつかの
生命とは、世界とは可能性。
それは、この無数の泡沫が見せてくる、夢なのだと。
魂が輪廻する世界で、形を変え在り方を変えて、繰り返される、世界が観る夢。
俺が何か成功する夢も在れば、失敗する夢も在る。
ならば、何にでも成れるのだろう。
地に足を着けて、前を向いて歩けば。
時に引き返しても、立ち止まっても、最後まで足を止めずに進んでいれば。
命とは、繰り返される可能性なのだと。
【今の俺】の後ろには、【前の俺】が歩いて来た道が、繋がっているんだと。
ならば、何にでも成ってやろう。
俺の望みを、ひたすらに追い求めよう。
道は、前にも後ろにも、果てしなく続いている。
俺という命を、全うしよう。
この道が、可能性が、途絶えないように――――
やっと身体の感覚が戻ってきた。
瞼を持ち上げて、目を開く。
「マナカ様っ!」
「起きたか、主様よ!」
うん、おはよう二人とも。
「心配掛けたね。どれくらい寝てたかな?」
身体を起こしながら、異常が無いか確認する。
うん、
「なあに、ほんの四半刻程じゃ。小休止には、丁度良かったのじゃ。」
「良く言いますね。マナカ様が意識を失われて、慌てふためいていたでしょう。」
「ぬぐっ!? そ、それはお主とて一緒であろう!?」
アザミとシュラがイチャイチャしている。
そうか。長い時間倒れてたと思っていたけど、30分くらいか。
良かったわ。一応ここ他人のダンジョンの中だしね。
「ところで、頬っぺが痛いんだけど、なんでか知らないかな?」
まあ、実の所は原因も知ってるんだけどね。
意識が飛んでた時に、二人の声もバッチリ聴こえてたから。
「「彼女(こ奴)が……!」」
はいダウトー。
「二人ともが、だろ? まあ心配掛けたんだし、たとえ何十発もビンタを喰らわされてもしょうがない。俺は気にしないよ。」
そう。この二人、俺が急に倒れて慌てたのか、かわりばんこでビンタしてたのだ。
夢を観てる時に聴こえたからね。
「「ごめんなさい(なのじゃ)。」」
「うん。」
俺は苦笑しながら、2人の下げた頭をポンと叩く。
「それで、結局何があったのですか? まさか、あのアークデーモンが何か呪いでも……!?」
アザミが勘違いを加速させているのを、止める。
俺は自分の手を見詰めながら。
「なんか、進化したみたい。種族が【アークデーモンロード】ってのになってて、新たに階級みたいな称号が生えてるな。」
うん、こんな感じ。
名前:マナカ・リクゴウ
種族:アークデーモンロード
年齢:0歳 性別:男
Lv:79 性向:36
HP:3621/3621 MP:2569/7214
STR:3522 VIT:3419
AGI:4021 DEX:3569
INT:7718 MND:7216
LUK:51
称号:【転生者】【迷宮管理人】【
【拳鬼】【妖怪の主】【
【交渉人】【詐欺師】【扇動家】【工作員】
【結界鬼】【保育士】【
【超越者】【公爵級悪魔】
固有スキル:【全言語翻訳】【
【魔法創造】Lv9【魔物創造】Lv9【百鬼夜行】Lv9
【空間掌握】Lv1【
スキル:【神眼】Lv1【空間感知】Lv9
【危機感知】Lv9【感情感知】Lv9【魔力感知】MAX
【魔力制御】MAX【魔力吸収】MAX【拳の理】Lv6
【再生】Lv3【高速演算】Lv4【魔力纏い】MAX
【闘気】Lv4【騎乗】Lv8【罠術】Lv9【話術】Lv8
【建築】Lv8【身体操作】Lv9【扇動】Lv5【工作】Lv7
【威圧】Lv3
魔法:【身体強化】Lv9【念話】Lv8【飛行】Lv9
【固有属性魔法】Lv8【結界術】Lv9
【固有造形魔法】Lv9【固有干渉魔法】Lv6
加護:【転生神の加護】【管理神の祝福】
【異界の管理神の祝福】
うーむ。まさかの固有スキル増加とか。ただ、今は検証している暇は無いんだけどね。
あ! 【鑑定】が上位化して【神眼】になっとる!?
それからあとは、ステータスが軒並み底上げされているな。
……いや、やばくねーかこの上がり方は? 今まで必死に培ってきた戦闘感覚が、パァじゃねーか。
これからボス戦が控えてるってのに……
「進化のう……主様からの圧力が増えたように感じたのは、そのせいか。」
「素晴らしいです! 流石マナカ様です!!」
うん、ありがとね。
まあ、今は喜んでおこう。
二人にも心配掛けたことだしね。
「さて、落ち着いたところで先を急ごうか。モタモタしてると、階層主が
まあ弱体化はするだろうけど。
さっきのアークデーモンは長い年月を生き続けたおかげで、あそこまでの強さになった筈だからな。
「呑気に昼寝しとった者が、よく言うわ。じゃが、異論は無いのじゃ。」
「参りましょう、マナカ様!」
良かった。進化しても、二人は俺に対する態度を変えないでいてくれる。
そんな事に感動を覚えながら、俺は広間の奥の扉を開く。
そこには、更に下へと続く階段が延びていた。
そして、77階層。
うん、予想通り玉座の間だね。
奥に壁を背にした豪奢な玉座が設置され、段を下って幅の広いレッドカーペットが、俺の足下まで敷かれている。
そして玉座に一体、段に左右に分かれて二体ずつ、俺達を見据えて佇んでいる。
《止まれ! 此処まで至るとは只者ではあるまい! 何者か!?》
玉座に向けて歩き出した俺達を、制止する声が広間に響く。
俺は一先ず足を止め、視線をソイツらに合わせる。
上位化した【神眼】で、鑑定する。
アークデーモンが二体と、トゥルーヴァンパイア――真祖ってヤツか――が一体、イフリートという魔人が一体。
そして玉座には、【ハイデビル】という種族の、一人の少女。
ん……? この少女、もしかして……
《不躾な! 貴様、我らを解析しおったな!?》
おっと。どうやらトゥルーヴァンパイアさんに、【神眼】スキルを使用して鑑定したことがバレたらしい。
あまり怒らせても仕方がないか。
《無作法は詫びよう。でも、下手したら戦いになるんだから、情報収集は当然だろう?》
彼らの言葉で、話し掛ける。
彼らは、皆一様に、俺が会話をしたことに目を見開いている。
俺は続ける。
《この迷宮が氾濫する恐れが有ると聞いて、事態の収拾に来たんだ。君らがその原因と見て、間違いないかな?》
俺の予想が正しければ、彼らはダンジョンに詳しくはない筈だ。
出来たとしても、簡単な命令を下すことくらいだろう。
例えば、『
《我等は何もしていない!! 何なのだこれは!? 折角
《落ち着け、部外者の前だぞ!?
おいおいおい。
俺らの前で話していい事じゃねえだろ。
だが、おかげで確信を得た。
《北大陸の魔族達か。ようこそ、南のドラゴニス大陸へ。やっぱり、このダンジョンと繋がっていたんだな。》
階層主の吸血鬼が漏らした言葉を思い返す。
【御方様】とは、このダンジョンを支配するダンジョンマスターのことだろう。
久し振りに来たというのも、普段は別のダンジョンを拠点としていて、何らかの事態が起きてパスを繋いだ此処へやって来たということ。
そして奴が言った『最後の牙城』という言葉と、アークデーモン二体が話していた『落ち延びた』『姫様をお護りする』という言葉から、答えを導き出す。
《お前達の真の主である【魔王】の命令で、別大陸に在るこのダンジョンへと転移して逃げて来た。魔王の娘である【姫様】を護りながら。合っているか?》
俺の発した言葉に、一斉に敵意が突き刺さってくる。
しかし俺は敢えてそれらを無視し、玉座に震えながら座っている少女を観る。
《なあ、お姫様。北で何が有ったんだ? 魔王は……父親は誰かに討たれたのか?》
《貴様、無礼にも程があるぞっ!!!》
魔人イフリートが突進して来る。
その名の通りに炎を身に纏って、凄まじい速度で俺を狙って腕を振り上げている。
「させぬわっ!」
間に割り込んだのは、シュラだった。
魔力を脚に纏わせ、薙ぎ払うような回し蹴りで、イフリートを真横から蹴り飛ばす。
イフリートは広間の壁に衝突し、巻き上がった瓦礫と砂埃で見えなくなる。
《き、貴様らっ……!!》
「動かないで下さい。」
玉座の目の前に、幾筋もの稲妻が
アザミが放った、雷魔法での牽制だ。魔族達は、たたらを踏んで足を止める。
《落ち着いてくれ。別に、無理に君らをどうこうするつもりは無い。ここまで降って来たのだって、原因を突き止めるのは勿論だけど、このダンジョンの主かそれに連なる君らと話をしたかったからだ。》
鑑定してみて判ったことだが、コイツらは全員、先程戦ったアークデーモンよりも弱い。
というか、若い。
みんな魔族だから長命なんだろうけど、それでも全員ウン十代。
コイツら、魔族の中ではまだまだ子供なんじゃねえの?
《何らかの危機が魔王に迫り、それを察した魔王が、配下の中でも若手の君らに娘を託した。魔王の指示通りに転移して来たが、見ず知らずのダンジョンの最奥で困惑していた……と。こんなところか?》
拾った情報からの推察を、語って聴かせる。
魔族達は図星を突かれたような、苦々しい表情を見せる。
《…………その通りです。》
《姫様!?》
突然、今まで一言も話さなかった玉座の少女が、口を開いた。
配下の三人が、驚いて振り返る。
その少女は足の着かない玉座から飛び降りると、真っ直ぐに立って俺を見詰める。
《姫様、このような、何処の馬の骨とも知れぬ野良魔族になど――――》
《黙りなさい。あのお方のお力の強さが、お前達には判らないのですか? 父上で恐らく互角、四天王の皆さんではとても敵わないほどのお力を秘めています。》
ふうん? 随分冷静なんだね、お姫様。
《馬鹿な!? 魔王様と互角などと!?》
《姫様! たとえ姫様であろうと、そのお言葉は聞き捨てなりませんぞ!?》
口々に抗議の声を上げる配下を無視して、姫様が段を降りて来る。
《姫様!? 危険です!!》
《どうか我らの側に……!!》
突然、配下の言葉を遮って、姫様の魔力が急速に溢れ出してくる。
おいおい!
《私はハイデビルロード【魔王クシュリナス】の娘、ハイデビルの【セリーヌ】。伯爵級よ。貴方様のお名前は?》
威圧を込めた魔力が、俺達に……いや、玉座の間全体に拡がっていく。
ふむ。
これが魔族の挨拶ってんなら、受けて立とうか。
俺はアザミとシュラを後ろに下がらせて、魔力を解放する。
進化したことで魔力もとんでもなく増えているからね。
俺が吐き出した魔力の渦は、あっという間にセリーヌの魔力を飲み込み、塗り替える。
《初めまして。ダンジョンマスターをやっている、アークデーモンロードのマナカ・リクゴウだ。どうやら公爵級悪魔らしい。よろしく、【転生者】のセリーヌ?》
うん。さっき鑑定した時に、セリーヌの称号に見付けちゃったんだよね、【転生者】って。
何処からってのは気になるけど、わざとらしく口に出して言及すれば、俺の意図も通じるかな?
案の定、セリーヌは目を見開いて固まっている。
《ついでにこうも言っておこう。俺には君達に危害を加えるつもりは無い。けど、北大陸との行き来が可能なこのダンジョンは危険過ぎるから、俺が管理したいと思っている。君らに手を貸すから、どうかこのダンジョンを明け渡してほしい。》
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