第十一話 こいつ、喋るぞ!?


〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 六合邸 〜


《アネモネ視点》



 マスターがS級ダンジョンの攻略に出発してから、3日が経ちました。


 ダンジョンコア通信で、ご無事は確認しています。

 昨日は、シュラが少々危なかったそうですが。


 攻略に乗り出したのは昨日からで、僅か1日の間に、50階層を踏破したとのことです。


 マスターは、転生した当初より遥かに強くなりました。

 当初私が訓練のお相手を務めていたのが、まるで夢ではないかと思うほどに。


 マスターのスキルで産み出された配下も、皆実力を上げています。


 アザミ……マスターの前世で、伝説に謳われたという物の怪、九尾の狐。

 シュラ……同じく伝説に名を連ねる、鬼を束ねし者、酒呑童子。

 イチ……マスターの故郷、日本に伝わる女神【天逆毎あまのざこ】の子、荒神を従える者、天魔雄あまのさく


 他にも、ヴァンや鬼達、覚達……

 マスターの固有スキル【魔物創造】では、本来ならあれほど個性に溢れ、能力に秀でた配下は産み出せないはずでしたが……


 密かに私の固有スキル【叡智】を用いて調べたところ、権限が無く、閲覧できませんでした。

 この事から分かるのは、何らかの超常的な、言わば神々か、もしくはそれに匹敵するようなの干渉が在る、ということ。


 マスターをこの世界に導いたククルシュカー様は、この事を把握しておいでなのでしょうか……?


 マスターの此度の生は、概ね順調かとは思います。

 しかし、その裏で何かが起きているような、そんな予感が、してならないのです。


 私の杞憂であれば、それで良いのです。

 願わくば、マスターが今後も、穏やかに過ごすことが叶いますように。

 午後の余暇時間にでも、聖堂でククルシュカー様にお祈りしておきましょうか。


「アネモネ様、迎賓館の客室の清掃が終わりました。確認をお願いします。」


 思索に耽っていた私に、女性が声を掛けてきます。


 彼女は、以前マスターが盗賊から救出、保護した女性です。

 彼女の他にも20名、盗賊の仕打ちによって、心を病んでしまった女性達が居ます。


 彼女達の心を癒し、恐れを無くし、社会に復帰できるよう、育成指導を行っているのです。


 先に社会復帰を果たした女性は6名。

 20名というのは、それらを除いた人数ですね。


「分かりました。では3階の貴賓室から確認しますね。」


 緊張した様子で私を先導する彼女。


 どうも私は、彼女達に恐れられているようです。

 感情を表に出すのが苦手なせいでしょうか……?


「私が、恐ろしいですか?」


 思わず口を衝いて、疑問を発しました。

 私の言葉に、彼女は狼狽して、慌てて居住まいを正します。


「い、いいえ! 決してそのようなことは……! 私は、アネモネ様に憧れを抱いております。貴女様のように、どんなお仕事も完璧に出来るようになりたいのです!」


 これは……予想外な答えが返ってきましたね。

 私に憧れ……ですか。


「私のような者に憧れるとは、変わっていますね。」


 私がご用を遂行できるのは、そう創られたからです。

 マスターを多方面で補佐できるよう、ククルシュカー様がそうお創りになったからなのですが。


「私だけではありません。今残っている者達も、皆同様です。いつか、アネモネ様のようにマナカ様をお支えしたく思い、日々精進しています。」


 それで、既に対人能力も復調しているにもかかわらず、残留を希望したのですか。

 マスターの人望には、毎度の事ながら驚かされますね。


「そうでしたか。では、できるだけ貴女達の希望に添えられるよう、マスターに打診しておきますね。」


「あ、ありがとうございます! 皆にも伝えます!」


 転生当初では想像もつかないほどに、マスターの周囲には人が集まっています。その全ての人が、マスターのお人柄と働きによって、心からお慕いしているのです。


 マスター。

 既に貴方様は、多くの人にとって、掛け替えの無い存在になっています。


 どうかご無理をなさらないで、無事にお帰りください。マナエも、王女殿下も、とても寂しそうにしていますよ。

 勿論、私もです。


 帰られましたら、マスターの好物をお作りしますね。

 彼女達に手伝ってもらうのも、良いかもしれません。


 そして、マスターのご活躍をお聞かせくださいませ。


「それではアネモネ様。確認をお願いします。」


 貴賓室に到着しました。

 それではマスターのお力になるために、本日もしっかりと働きましょう。




 ◇




〜 ドラゴニス帝国 ダンジョン【終焉の逆塔リバースバベル】 〜



 さて、51階層でのキャンプをして、出発してから凡そ2時間強。

 俺たちは、60階層に到達した。


 ゲルド本部長に聞いた話では、過去にこのダンジョンに挑んだ人達の最高到達点だそうだ。それを成し遂げたのは、Sランク冒険者2名が率いる10人のパーティーだった。


 ただし、生還者はそのSランク冒険者2名を含めて、たったの4名。

 Sランク冒険者は、仲間を失ったことのショックに加え、己の限界を悟り、この稼業から足を洗ったそうだ。


 そんな話を思い返しながら索敵しつつ進んでいると、魔物の存在を感知した。

 向こうも既に気付いているのか、急速にこちらに向かって移動している。


「アザミ、シュラ。前方から5体だ。種類は……デーモンとレッサーデーモンだな。」


 レッサーデーモンが4体と、上位種のデーモンが1体。


 そう。51階層からは、更に魔物の種類が増えたのだ。

 俺のお仲間のデーモン種や、吸血鬼、魔人、人獣種など、戦闘能力だけでなく知能も高い魔物が追加された。


 戦闘に巧みさが加わり、撹乱して連携してきたり、近・中・遠距離など陣形を組んだりと、魔物の狡猾さが一気に上がった。


 先にこの階層に到達したパーティーが、何処まで進む事ができたのかは、口を閉ざして語らなかったそうだ。

 道中の魔物に迎撃されたのか、それとも階層主まで辿り着いたのか、そもそも何があったのかは、今では闇の中だ。


「デーモン達は魔法も使う。俺が結界で止めるから、アザミとシュラで迎撃してくれ。」


「お任せください。」


「了解じゃ。」


 明かりは壁に等間隔に設置されている、松明のみ。

 奥の暗闇は見通せないが、俺の感知スキルには、もうすぐそこまで迫って来ている魔物の存在が捉えられている。


 暗がりから飛び出してくる寸前、通路を塞ぐように結界を張る。


「グギャアッ!!??」


 先導して飛んで来たレッサーデーモン2体が結界壁に衝突して、痛みからか驚きからか、声を上げる。

 それを見て後からついて来た残りが、思わず飛翔を止める。


「よし、行け!」


 鉄扇を両手に持ったアザミと、獰猛な笑みを口に浮かべるシュラが、足を止めたデーモン達に向かって疾走する。


 俺はタイミングを合わせて結界を解く。

 それと同時に先頭の2体のレッサーデーモンは、片や首をねられ、片や胸元を拳で抉られ、それぞれもやに変わる。


 尚も突き進む2人を追って、俺も走る。

 上位種のデーモンが、レッサー達を盾にするように少し退いて、詠唱を開始している。


「させるか!」


 俺は軌道を曲げられ視認もしにくい【風の円月刃ウィンドチャクラム】を10個飛ばして、デーモンの身体や翼に傷を負わせる。

 詠唱を中断されたデーモンは、傷付いた翼のせいで宙に留まっていることができず、通路に着地する。


 その時には、既にアザミとシュラが残り2体のレッサー達を葬っていた。


「グ、グガアアアッ!!」


 詠唱の隙が無いと見るやデーモンは肉弾戦へと切り替えて、その身を武器に躍り掛かって来る。


「ぬんっ!」


 それを迎え撃ったのはシュラ。

 手の爪を鋭く突き出した腕を左手で捌き、カウンター気味に右のフックで頭を打ち抜く。


 その膂力に魔力も纏っていたのも相俟って、デーモンは頭部を弾けさせながら、靄になった。


「まあ、今みたいに連携を崩してやるのが戦闘の基本だからな。相手のしたい事を邪魔して、こっちのしたいことを押し付けるってのが、シンプルだけど極意だぞ。」


 60階層に来て何度目かの戦闘だったが、俺達の連携にもだいぶ磨きがかかってきてるな。


「なるほどのう。相手の初動を崩せば乱れが出る、か。」


 シュラも、戦術についての理解を深めつつある。

 うん、益々手が付けられなくなりそうだな。


「マナカ様、この先に、強い気配を感じます。」


 俺とシュラが反省会をしていると、アザミが声を掛けてくる。

 うん、俺も感じてた。…………ホントだよ?


 通路や小部屋に湧いている雑魚とは、明らかに違う大きな魔力の反応。


「階層主、だな。もうちょい近付いて、【鑑定】で調べよう。」


 頷く2人を連れて、奥へと進む。

 開けた空間で、先へ進む階段を守るように立ちはだかって居たのは、ヴァンパイアロードと、ヴァンパイアが4体だった。


《こんな時に侵入者とは。ええい、忌々しい! 煩わしい!》


 へえ。言葉を話す魔物は、このダンジョンでは初めてだな。

 俺のダンジョンにはいっぱい居るけど。


「聴いたか? あいつ、言葉を話したぞ!」


 ちょっと興奮気味で、アザミとシュラに呼び掛ける。

 しかしそんな2人は、首を傾げていた。


「マナカ様。アザミには、唸り声にしか聴こえませんが……?」


「儂も同じくじゃ。主様にだけ聴こえたのかのう?」


 え、マジ?

 いやだって、今も盛大に毒づいてるけど……


 気になった俺は、ぶちぶちと文句を言っているヴァンパイアロードに、話し掛けてみることにした。


《なあ、何をそんなに苛立ってるんだ?》


《!!??》


 え、何その反応?

 俺の言葉は確かに届いたようだが、ヴァンパイアロードは目を見開いて固まってしまった。


《何をそんなに驚いてるんだ? 侵入者なのは確かだけど、別に言葉を話さないワケじゃないぞ?》


 まさか侵入者の誰一人、口を利かない訳でもあるまいに。

 ヴァンパイアロードは暫く俺をじっと睨んでいたが、やがて口を開いた。


《貴様、我の言葉を解するか。斯様な事は此処の守護者を任ぜられてより、初めての事だ。》


 ん? 我の言葉?

 仲間達を振り返るも、2人は相変わらず首を傾げている。


 と、いうことは……固有スキルの【全言語翻訳】の仕業か!

 合点がいった俺は、再びヴァンパイアロードに向き直る。


《どうやら、俺のスキルのおかげみたいだ。それで? 何をそんなに苛立っている?》


 俺の言葉に得心がいったのか、ヴァンパイアロードは饒舌に語り出した。


《苛立ちもするわ! 二百と四年振りに尊き御方おんかたの御来訪を得たというのに、貴様等のような何処の馬の骨とも知れん侵入者が、分もわきまえずにくだって来おって! おかげで御尊顔を賜ること、未だ叶わぬ! ああ! 忌々しい! 煩わしい!!》


 ありゃー、だいぶ怒ってらっしゃる。


 というか、何だって?

 尊き御方? 御来訪?


「主様よ、説明してほしいのじゃ。あ奴は、何か話しておるのか?」


「アザミにはマナカ様とロードが、妙な唸り声を上げているようにしか聴こえません。」


 おっと、そういや2人には言葉が伝わらないんだったな。


「なんでも、尊き御方とやらが、久し振りに来たらしい。で、俺達が侵入して来たせいで、会いに行けないって怒ってるみたい。」


 順当に考えるのであれば尊き御方とやらは、このダンジョンのダンマスになるのかな?

 それが、204年もの間不在で、帰って来た?


《何をコソコソと話しておるかっ!? 忌々しい! 煩わしい!》


 いや、通訳してただけですがな。


《そう怒るなよ。2人はお前の言葉が解らないから、俺が伝えてるだけだ。で? その尊き御方ってのは、お前の主――ダンジョンマスターのことか?》


 気になったことを訊ねてみる。

 すると、ヴァンパイアロードは一瞬目を見開くもすぐに細め、俺に敵意と殺気を浴びせてくる。


《忌々しい。煩わしい! 貴様、何故ダンジョンマスターなどという言葉を知っておるのだ!? まさか、他のダンジョンのマスターか!?》


 どうやら、当たりみたいだな。

 となると、あとは長い間不在だった理由ワケが気になるところだけど……


《させぬ! させぬぞ!! このダンジョンは尊き御方の最後の牙城! 守護者たる我の身が砕けようとも、決して他のマスターの手には渡さぬ! 忌々しい! 煩わしい!! お前達、彼奴等を鏖殺せよ!!》


 あちゃぁ。いきなりぶっ込み過ぎたか。


「2人とも悪りい。どうも余計怒らせちゃったみたいだ。俺がロードを相手するから、残り4体は任せていいか?」


 内心で舌打ちしながら、アザミとシュラに戦闘開始を知らせる。


「露払いは、お任せを。」


「邪魔はさせぬのじゃ。存分にやるがよい。」


 うん、頼もしい限りだな。


「よし、行くぞ!」


 俺達が駆け出すのと同時、4体のヴァンパイア達も地を蹴って、此方に向かって来る。


「させぬのじゃ!!」


「やらせません!!」


 俺の横を追い越して、シュラが2体を横薙ぎに蹴り飛ばし、アザミがもう2体を尻尾で絡めとる。

 俺はロードに向かって、真っ直ぐに突き進む。


《小癪な! 忌々しい! 煩わしい!! 人間如きが、身の程を知るがよいわあっ!!》


 床に落ちるロードの影がザワザワと蠢き、鋭利な先端が4つ、俺を標的に捉え、急速に伸びてくる。


 吸血鬼種の、固有魔法【影魔法】か。

 影を自在に操って、攻撃したり、捕縛したり、更には影の中を移動したり出来る、ぶっ壊れ魔法だ。

 うん、女吸血鬼ドラキュリーナのマリリンを屈服させる戦いで知ったんだよ。


 俺は前方に結界を張って、影の槍を防ぐ。


《悪いな。生憎と俺は、人間じゃないんだ。》


 種族と見た目を偽っていた隠蔽を解くと共に、俺の本来の魔力が溢れ出す。


 そっちが影を自在に操れるとしても、俺だって結界を自在に操れるんだよ!

 影の槍を防いだ結界に魔力を注ぎ込み、変質させる。


「【硝子の豪雨グラスレイン】!」


 結界の壁は自ら粉々に砕け、鋭利なその破片が一斉にロードに向けて殺到する。


《ちいっ!? 忌々しい! 煩わしい!! 貴様も魔族か!?》


 ロードも流石なもので、足下の影を変質させてボールのように自らを包み込んで結界片の雨を防ぎ切る。

 けど俺はその間にも接近を続けている。


 彼我の距離を詰め、ロードが影に潜れないように、結界を纏った脚で影のボールを宙へと蹴り上げる。


 影魔法は一見便利そうだが、使役する影に触れないといけないっていう欠点が在る。

 空中なら、使える影も限られるからね。


《ぐぬっ!? 小賢しい真似を!? 忌々しい! 煩わしい!》


 うん、さっきから気になってたけど、お前の口癖の方が煩わしいわ!!


 俺は、影のボールが解れて露になりつつあるロード目掛けて飛翔。

 同時に、お気に入りになった【風の円月刃ウィンドチャクラム】を20個発射する。


 影魔法で使役している影には、実体が在る。

 つまり、普通なら触れられない影にも、攻撃が通るってことだ。


 放たれたチャクラムが、ロードの護りの影を斬り裂き、無力化していく。


 これで奴を護る影は、ほとんど剥がれた。

 俺は右手に先端の鋭い結界を纏わせ、魔力を高めて加速する。


《ええい! 忌々しい! 煩わしい!! 調子に乗るでないわあっ!!》


 意外にもロードが取った行動は、回避ではなく、迎撃だった。

 自らの鋭い爪を伸ばし、カウンターで俺に突き出してくる。


 でも、甘い。

 俺に向かって突き出された貫手ぬきてを、更に生成した結界で逸らす。

 残った俺の右手の結界は、その先端をロードの心臓の位置へと、潜り込んだ。


 しかし、相手は吸血鬼――不死者アンデッドだ。


 俺はダメージで硬直しているロードを即座に結界で包み込み、捕縛。

 リッチ相手に行ったのと同様に結界内部に高火力の火魔法を発動し、再生が追い付かない程の威力で燃焼させる。


《ぐ、ぐがあああああああっ!!?? い……まいましい……わずら……わしい……!! おんか……たさま……おゆる……し……があああぁぁぁっ…………》


 ロードの身体は燃え尽き、結界の中にはその魔石と、1本の腕輪が残った。

 それを手に取り下に降り立つと、アザミとシュラも、既にヴァンパイアを倒した後だった。


「マナカ様、流石のお手並みでした!」


「鮮やかなもんじゃったのう。あ奴め、ほとんど何も出来ておらなんだな。」


 仲間達が勝利を労ってくれるが、どうにも気になって仕方がない。


 御方様、久し振りの帰還、ねえ……

 それがどんな意味を持つのか、スタンピードと関係が有るのか。


 そして奴が言った、『最後の牙城』という言葉。

 一体、このダンジョンで、何が起きているんだ……?



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