第十話 なんて性格の悪いダンジョンだ!←


〜 ドラゴニス帝国 ダンジョン【終焉の逆塔リバースバベル】 〜



「のじゃあぁぁぁぁっ!? 蟲は嫌じゃあああああッ!!」


「シュラッ!? このっ……! 柱が邪魔で援護がっ!?」


 うーん……

 フラグだったのだろうか……?


 俺は、大量の蟲の魔物に追い掛けられているシュラと、それを援護しようとしているアザミを眺めている。

 その蟲というのが、俺がモンスターハウスに湧かせたら面白いと考えていた、ローチ系……要はゴキブリなんだよね。


 床、壁、柱、そして天井に宙空。

 空間を真っ黒に塗り潰しながら、獲物を追い回している。


 うん、召喚DPダンジョンポイント安いもんね。

 これぞまさに数の暴力だな。


 決めたぞ。俺のダンジョンでも絶対これやる!


「主様コラああああッ!! 呑気に見物しとらんで、助けるのじゃああああッ!?」


 ふむ?

 大群を引き連れてこちらに走って来るシュラを観ながら、俺は頑張ってゴキブリを焼いているアザミに声を掛ける。


「アザミもこっちおいで! シュラが着いたら結界張るぞ!」


「はい、マナカ様!」


 二人が俺の傍に駆け寄って来たので、俺は普段より強力な結界を張り巡らせる。


「主様、酷いのじゃ!? 儂が襲われておるというのに、ボケーっと眺めておるなどっ!!」


 うん。どうも俺のダンジョンでイナゴの大群に追われてから、蟲の群れにトラウマが出来てしまったらしい。


「いいえ、あれはシュラが悪いです! 敵の素性も探らずに、闇雲に突貫したせいでしょう!」


 頑張ってゴキブリを減らしていたアザミが、シュラに苦言を呈する。

 まあ、俺も数々の感知スキルが無かったら、引っ掛かってただろうけどね。


 現在俺達は、S級ダンジョン【終焉の逆塔リバースバベル】の46階層に到達している。

 階層は様式を変え、31階層からは遺跡風に様変わりした。


 魔物の種類もだいぶ増えており、今必死に結界をガジガジカジっている蟲系の魔物や、霊体スピリット系や死霊ゴースト系、あとは物質系の魔物が追加されていた。


 で、このローチ達なんだが、面白い仕込み方をしててな。

 ローチの群体を一セットとして、それに鎧を纏わせて動かしていたのだ。


 それを見たシュラが、動く鎧リビングメイルの類いだと勘違いし殴り掛かったら……


 というような状況です。


「おえっ……あんまり間近で観てて気分の良いもんじゃないな。っていうかキモい!」


 ドーム状に俺たちを囲んだ結界は、把握するのも馬鹿らしくなるほどのローチ達が群がって、一分の隙も無いほどに包み込まれている。

 必然結界内は真っ暗になるわけで、ほんの少し光の球を出して照らして見たら……


「いやじゃあああああ……! コレ絶対また夢に出るのじゃあああ…………」


「アザミも、夢に見そうです……」


 あーあ、二人とも最早戦うどころじゃないね。


 まったく! こんな悪辣な仕掛けを考えるなんて、なんて性根の腐ったダンマスなんだ!!

 過去に俺が考えていたことなどは脇に置いておいて、まずはこのローチ達を排除しないとな。


 ふむ。

 油虫と呼ばれるほど、ゴキブリは油分を潤沢に纏っているんだけど、これだけの量が一気に燃えたら、下手するとこの階層吹っ飛んじゃいそうだな。


 となると、火以外で殲滅かぁ。

 水は後が大変そうだし、やっぱ無難なのは風かな?


 俺は魔力を練り上げて、強くイメージした。

 結界の外側に魔法を行使して、階層の高さギリギリの竜巻を、4つ出現させる。

 もちろん、土魔法も併せて殺傷用の砂礫をブレンドするのは忘れない。


 後は、俺が感知するローチの反応が無くなるまで、縦横無尽に竜巻を走らせるだけだ。

 残骸が残ると嫌だけど、ダンジョンの魔物は死ねば靄になるからね。


 待つこと数分。


 結界にへばりついて居たローチ達も巻き上げられ、結界の外はスッキリとしていた。

 俺は竜巻と結界を解除して、広々とした空間へと足を踏み出す。


「よし、殲滅完了っ!」


 辺りには、小石程度の魔石が散乱している。

 流石にこれを集めるのは面倒だなー、と考え事をしていると、シュラがジト目で俺を睨んでいた。


「主様よ。よもや、儂を囮にした訳ではあるまいな……?」


 ン? ナンノコトカナー?


「そんな訳ないじゃないか。いくらシュラが頑丈だからって、蟲の大群に突っ込ませるわけがないだろ?」


 嘘は言ってないもーん。

 シュラが勝手に突っ込んだだけだもーん。


「ぐぬぬぬぬ……! そこはかとなく怪しいのじゃっ!!」


 まあまあ、そんな怒るなって。

 追い掛けられてる時のベソかいたような顔が可愛かったから、つい眺めちゃってたけど。


「さ、次行くぞ次!」


 問い詰められればボロが出かねんからな。

 さっさと思考を切り替えたまえよシュラくん。




 さて、50階層なんだけど。


 だいぶ悪辣さが跳ね上がってるな。

 魔物の強さは、森の中央から割と奥に行ったくらいかな?


 一応下層と深層の境目の階なんだけど、このダンジョンを創ったマスターは、どうも魔物の強さに重きを置いているみたいだ。


 俺の場合は、強さよりも戦い難さを重視している。

 強さ重視だとどうしても、戦って勝って進むって感じで、単調になりやすいからね。まあこのダンジョンは、それで一転搦手からめてとか罠とか仕込んできてるんだけど。


 この緩急の付け方は勉強になるな。


 そして、階層主。

 50階層の主は、マンティコアが二体とキマイラが三体か。


 マンティコアは、獅子の身体に人の顔、蠍の尻尾を持つ魔獣だな。人の顔はしているけど、口に並ぶ牙は凶悪極まりない。

 そして、【鑑定】で判ったんだけど、魔法も使ってくるみたいだ。


 キマイラは、まあ王道な合成獣ってヤツかな?

 獅子の頭の両脇に山羊の頭が生えていて、蝙蝠の翼と、蛇の尾を持っている。スキル欄には【咆哮】【幻惑】【毒牙】など、相手の動きを阻害するような物騒な物が並んでいる。


「多分マンティコアが遠距離担当、キマイラが近距離担当だな。状態異常攻撃にさえ気を付ければ、後は定跡通り、魔法から潰すのが妥当かな?」


「ふむ。魔力を纏えば毒も通り難かろう。儂はキマイラを抑えるのじゃ。」


「では、アザミはマンティコアの相手をしましょう。」


 ということは、俺は支援と遊撃かな。


「よし。俺がキマイラまでシュラを送るから、的を散らそう。アザミは飛びながら回り込んで、マンティコアを狙ってくれ。後の援護と遊撃は任せろ。」


 陣容も決まり、魔法攻撃に備えて結界を展開。

 今回は俺を先頭にして、階層主の部屋に踏み込んだ。


「行くぞ!」


 結界魔法【尖角壁ノーチラス】をキマイラに向け、走り出す。後ろにはピッタリとシュラがついて来る。

 それを確認すると、視界の隅でアザミが飛び上がったのが見えた。


 よし。このままキマイラに突っ込んで、戦闘狂シュラを放り込んでやろう。


 階層主達の反応は速かった。

 マンティコア達が唸り声を上げ、宙空に魔法陣を描き出す。キマイラ達は、自らに向かって突き進んで来る俺を睨み、咆哮を上げる。


 スキル【咆哮】は、相手を恐慌状態にして動きを止める効果がある。

 だけど、俺のMND精神力の数値は高いし、魔力も纏ってるから普通に抵抗レジストできた。


 うん、五月蝿いだけだよ。


 俺が足を止めると思ってたんだろう。

 スキルの妨害をアッサリ突破した俺は、結界の尖角をそのまま先頭のキマイラに突き立てる。


「まだまだあっ!! 男の浪漫! 【尖角撃パイルバンカー】ッ!!」


 結界の四角錐の底面で、圧縮した火魔法を炸裂、爆発させる。

 その爆発のエネルギーによって、キマイラに突き立てられた結界が一気に突き込まれる。

 俺が展開した鋭い結界は、突き刺さったキマイラの身体を、抉りながら貫いた。


「相変わらずエグい魔法ばかりじゃ……!」


「言ってないで働け! 行け、戦闘狂ッ!!」


「誰が戦闘狂じゃっ!!??」


 これでキマイラはあと二体。

 俺の後ろからシュラが飛び出し、その二体に襲いかかる。


 横目で確認すると、アザミは空中に留まり、マンティコア達と魔法を撃ち合っていた。


〘アザミ、援護するぞー。〙


 念話でアザミに伝えてから、俺は両者の間に結界を張る。


 マンティコアの魔法が結界に当たり、爆炎でアザミの姿を隠した。

 俺はその隙に【風の円月刃ウィンドチャクラム】を20個ほど飛ばして、マンティコア達に横合いから傷を負わせる。


「「ギャオオオオオッ!!??」」


 身体中を切り刻まれて、怒りと共に標的が俺に変えられる。


 ふふんッ。掛かって来なさい!


 唸り声と共に2体のマンティコアが魔法を行使する。

 片方は火球を、片方は礫弾を多数浮かべて、俺を攻撃しようとしている。


 でも、遅い。

 俺は魔法を発射される間際に、マンティコア達の目の前に結界を展開。

 火球の方は強めの壁、礫弾の方は【攻勢防壁セコム】だ。


 目の前に突如出現した結界に阻まれ、火球は爆ぜて爆炎で自らを焦がし、礫弾は威力を倍化されて跳ね返る。


「「ギギャヤアアアアアッ!!??」」


 おう、熱そう&痛そうだな。

 己の魔法で傷を負ったマンティコア達は、俺を睨み付けて怒りの咆哮を上げている。


 うん、熱くなるのは良いけどさ。

 余所ヨソ見は危険が危ないよ?


「【万雷散華】!」


 閃光と轟音が、広い空間に轟く。

 俺が引き付けている間に魔力を練り上げたアザミの最大級の雷魔法が、横から炸裂する。


 雷の膨大な熱量によって、マンティコア達は一瞬で靄になった。


「シュラ、こっちは終わったぞ!」


 キマイラを引き付けているシュラに呼び掛けると、ちょうど一体を倒したところだった。


「こっちもあと一体じゃ! 手出しはせんでもよいぞ!」


 ふむ。まあ、一対一なら大丈夫だろう。


 キマイラの巨大な前足の爪が、シュラに振り下ろされる。シュラはステップインして掻い潜り、腹の下に潜り込んだ。

 しかし、キマイラの蛇の尾が腹の下に伸ばされ、シュラをそこから追い出す。


 あのキマイラ、防御が上手いな。

 四足歩行の生き物にとって、腹はほとんどの場合、弱点になる。その弱点を、独立して動く蛇の尾に護らせているのだ。


 あ、バカ! そんな迂闊に横に出たら……!


「メ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ッ!!!」


「ぬがッ!?」


 脇から出て来たシュラを山羊の頭のひとつが捉え、咆哮を浴びせる。

 それを浴びたシュラは、身体を硬直させて動きを停めてしまう。


「あんッのバカっ!!」


 俺は全力で飛翔。

 動きの止まったシュラに向けて、キマイラの爪が今まさに振り下ろされようとしていた。


「だらっしゃああああああッッ!!!」


 マナカさん渾身のドロップキックだッ!

 飛行魔法と風魔法を併用して弾丸の如き速さで突っ込み、両足に結界を纏って横腹にブチ込んでやる。


「ギョアアアアアアッ!!??」


 うん。この足応え、肋骨の三本は折ってやったぞ。


 衝突の勢いは、完全にキマイラが受け止めてくれた。

 俺は即座に着地して、シュラを抱えて一旦距離を取る。


 キマイラは身体を折って苦しんではいるが、まだ死にはしないようだ。それは結構な事だが、シュラの安全を確保した以上は容赦しないぞ?


 確か伝説では、全ての頭に命が在るんだったか。

 俺はキマイラの獅子の頭、ふたつの山羊の頭、尾に在る蛇の頭を全て、結界で包み込む。


 そして、分割。

 間に差し込むように発生させた結界で、全ての頭を胴体から切り離す。


 頭部を軒並み失ったキマイラの巨体は、ゆっくりと崩れ落ちながら、靄になった。




 その後、時間経過でシュラの状態異常は治った。

 今はお説教中だ。


「完全に油断だったぞ、シュラ。」


「うぬ……面目ないのじゃ……」


 恐らくあの山羊の頭は、【幻惑】スキルを使ったんだろう。

 蛇の攻撃を躱して、安心した心の隙を狙われたんだ。


「観れば分かっただろ? 頭が多いってことは、それだけやれる事が多いんだ。視野を広く持って、意識に置いておかなきゃダメだろ?」


 アザミは、魔石とドロップ品を回収してからは、大人しく横に控えている。

 口は挟まないつもりのようだ。


「うぅ……次は気を付けるのじゃ。あと、慢心もしないのじゃ。」


 ふむ! 今回は俺が間に合ったから良かったけど、怪我でもしたら嫌だからな。

 シュラも反省しているようだし、このくらいにしておくか。


「うん。同じミスはしないようにな。気を付けるんだぞ?」


 頭をポンポンと撫でて、お説教は終了だ。


 外ではもう、夕方くらいかな?

 そろそろ今日の攻略は終わりにしようかな。


「二人とも、次の階層で部屋を確保して、今日は休もう。」


 俺はアザミから戦利品を受け取って仕舞うと、二人を促して階段を降りて行った。



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