第七話 シュラセレクトのお酒をお土産にしよう。


~ マリリンのダンジョン【死出の回廊】 ~



「それじゃみんな、行ってくるね。見送りありがとう。マリリンも、ご苦労様。」


 ダンジョンの転移部屋の出口に立ち、俺は見送りに来てくれた我が家の面々を振り返る。


「ご武運を、マスター。」


「お兄ちゃん、気を付けてね!」


「ダンジョンの留守居は、あっしにお任せくだせぇ。」


「旦那様、お早いお帰りをお待ちしておりますえ。」


 みんなの言葉に背中を押してもらい、ダンジョンから外へ出る。


「はぁー。これは凄いわね。これだけで、行程の半分は消化しちゃったわ。」


 今回の同行者の1人、ダークエルフのドルチェが、ダンジョンの外の風景を見回しながらそう言う。


 時刻は夜半。

 ダンジョンの入口とは違う出入口を悟られないよう、コッソリと出るために、こんな時間に行動しているのだ。


 現在地は、俺の配下である女吸血鬼ドラキュリーナマリリンが支配する、ダンジョン【死出の回廊】。

 所在地は、この大陸で最大の版図を誇る覇権国家、【ドラゴニス帝国】の内側だ。


 正確には、近年に帝国に併呑された、王族が治めていた小国跡だけどね。


「これで、後は海を目指して南下すればいいんだろ? 空を飛ぶから、基本的に移動は夜間になるけど、構わないよな?」


 ドルチェに確認する。

 俺達は、冒険者ギルド本部長からの召喚に応じて、ギルド本部の在る街を目指して出発した。


 ケイルーンの町にドルチェを迎えに行き、彼女を連れて同じく俺が支配下に置いている、ダンジョン【狼牙王国】へと移動。

 見送りに来てくれていた家族達と共に、帝国領内に在るダンジョン【死出の回廊】へと転移して来たのだ。


 同行者は、お馴染みのアザミとシュラ、そしてケイルーン支部の支部長ドルチェだけだ。


 今回の旅の目的は、帝国内に在るS級の深層迷宮が魔物の氾濫スタンピードを起こす可能性が高いということで、それを俺達が解決すること。


 頼みの綱のSランク冒険者は捕まらず、軍は国境警備で多忙。

 常に警戒していたAランク冒険者達は、迷宮の魔物との戦闘でリタイア。


 事態の重さに頭を抱えていた本部長に、昔馴染みであるドルチェが俺達のことを話してしまったおかげで、こうして俺達にお鉢が回ってきた、というワケだ。


 迷宮へ向かう前に本部に立ち寄って、本部長に詳しい話を聴くことにもなっている。


「そうね。普通なら帝国領まででも二週間は必要だったんだけど。ここからだと、陸路を馬で一週間とちょっとかしら。空を飛ぶなら、もっと早そうね。」


 確認がとれたので、俺は早速行動に移る。

 無限収納インベントリから四人掛けのソリを取り出し、全員で乗り込む。


 みんな乗ったのを確認し、ソリを結界で包み込み、念動で浮遊させる。


「話には聞いていたけど、実際目の当たりにすると凄いわねぇ。」


 急速に遠くなる地面を見下ろしながら、ドルチェが言葉を漏らす。


「とりあえず、進路は南へ真っ直ぐだな。夜明け近くまで飛んで休息。近くに街が在ればそこで、って感じだな。それじゃ行こうか。アザミ、シュラ、警戒は任せるよ。」


「はい、マナカ様。」


「任せるのじゃ。」


 車で言う運転席に俺、助手席にアザミが。

 後部座席の俺の後ろにシュラ、そして隣がドルチェという配置で、俺は星の瞬く夜空を、サンタクロースよろしく、ソリを走らせた。




 マリリンのダンジョンを出発した翌日。

 俺達は【サクシャーノ】というそこそこ大きな街に立ち寄って、宿の一室に集まっていた。


「一晩でサクシャーノまで来られたから、もうあと二日もあれば、【パラーノ】の街に着けるわね。」


 地図を囲んで観る俺達に、指で指し示しながら、ドルチェが話す。

 確かに地図で見ると、マリリンのダンジョンから目的地のパラーノまで、残り2/3といったところか。


「それなら今日はこの街で休息をとろう。出発は明日の朝でいいだろ。」


「それは構わないけれど、空を飛ぶのなら日中だと目立たないかしら?」


 一泊を提案した俺に、ドルチェが疑問を投げ掛けてくる。

 まあ、当然の疑問だよな。


「別に、豆粒くらいにしか見えない高さを飛んでも良いし、結界に細工して空に溶け込んだって良い。昨日夜に出発したのは、転移装置の在る隠し部屋を出るのを、見られたくなかったからだからね。」


 ダンジョンは、日中は人で賑わっているからね。

 そんな中で、裏手の誰も知らない出入口からひょっこり出て見付かるのを避けるために、入口を見張る警備兵しか居ない夜半に、ダンジョンを出たのだ。


「それなら問題ないわね。食事はどうする? 部屋に届けることもできるって、宿の主は言っていたけど。」


「いや、せっかく他所の国の街に来たことだし、美味い店を知ってたら連れてってくれないか? お礼は、俺がご馳走するってことで。護衛なんだし、一緒に食事を摂るのはおかしくないだろ?」


 実は今回の依頼だが、俺達と一緒に召喚されたドルチェの護衛も、含まれているのだ。

 休息時はともかく食事などは、できれば傍に居て共に行動した方が良いだろう。


「それなら、この街の美味しいお店に案内してあげるわ。夕方になったら迎えに来てちょうだい。正直ずっと座りっぱなしで、身体を伸ばして休みたかったのよ。」


 言いながら、身体を伸ばすドルチェ。

 うん、背中を反らすのは良いけど、ちょっと控えめなプルンッと揺れるふたつの果実が目に毒なんだよなぁ。


「それは俺も同感だな。それじゃあ、夕方に合流ってことで。あ、念のため、部屋に結界を張っとくからな。」


 慌てて視線を逸らし、部屋の出口を見ながら声を掛ける。


「あら、ありがと。それじゃ、また後でね。」


 俺は部屋からの去り際に、結界魔法【安全地帯アルソック】を張り巡らせて、自分達の部屋へと向かう。


 そしてアザミとシュラにも休んでもらうために、彼女たちの部屋にも結界を張り、俺の部屋も同様にしてから、硬いベッドに身体を投げ出した。




 ◇




 その日の夕方。

 再び合流した俺達は、ドルチェの案内で一軒の店に入った。

 ドルチェおすすめのその店は、華やかな見た目の彼女からは連想しづらい、こぢんまりとした居酒屋だった。


 店内は落ち着いた風合いで、カウンター席の他には、テーブル席が三つだけ。

 宵の口にもならない夕方だからか、店内には俺達以外の客は居なかった。


 この店、なんとメニューが存在しなかった。

 その日その日で、店主の目利きにより仕入れられた食材で、前菜から始まり完全お任せで料理が運ばれてくるスタイル。


 飲み物も、その品それぞれにピッタリの酒がチョイスされ、提供される。


 シュラとアザミに酒を勧めて、俺自身はノンアルコールを頼んだが、それにも快く応えてくれて、出された果汁やお茶はどれも見事な味だった。


 更に、店主にこんな物が食べたいと伝えれば、希望通りに即席で作ってくれさえする。

 料理もハズレが無くてどれもとても美味しいし、俺は一発でこの店が気に入ってしまった。


「流石ドルチェだな。よくこんな店を知ってるもんだ。」


 赤ワインの入ったグラスを傾けているドルチェにそう声を掛けると、彼女は少しだけ酒に頬を染めながら。


「気に入ってくれて嬉しいわ。この街に立ち寄る時は、いつも此処に来るのよ。いつもは一人だけど、今日は賑やかで私も楽しいわ。」


 そう、穏やかに微笑みながら話す。

 その色気のある表情に不覚にもドキッとしながらも、俺は会話を続ける。


「今度家のみんなでまた来るかな。いい店を教えてくれて、ありがとな。」


「いいのよ、ご馳走してもらうわけだし。それにしても、部下に飲ませてあげて自分は我慢するなんて、どういうつもりなの?」


 ドルチェがそんなことを訊いてくる。

 俺は肩を竦め、美味しそうに料理や酒を味わっている家族二人を眺める。


「部下じゃなく、仲間な。別に深い意味は無いさ。護衛に就いている以上、誰かは我慢しなきゃならないだろ? それに、今夜も結界を維持するつもりだから、酔って魔力操作をミスりたくない。あとは、日頃の恩返しも兼ねてるかな。」


 転生してからこちら、俺はずっと仲間達に助けられてきた。

 だから、ほんの少しでもいいから、その恩に報いたいだけ。


「そこまで想ってくれてるなんて、羨ましいわねぇ。私もいっぱい協力すれば、良い目が見られるかしら?」


 悪戯イタズラっぽく微笑みながら、上目遣いで俺を見詰めてくるドルチェ。


「ドルチェにも感謝してるよ。貸し借りだの駆け引きだのが無ければ、もっと素直に感謝できるな。」


 そんな彼女に、俺は苦笑しながら言葉を返す。


「手厳しいわねぇ。もうしないって言ったじゃないの。でもまあ、私もアナタには感謝してるわ。」


「?」


 突然の言葉に首を傾げる俺を、可笑しそうに見ながら彼女は続ける。


「今回のゲルドからの依頼よ。確かに拒否権は無かったかもしれないけれど、それでもアナタなら、断ろうと思えばできたはずよ。でも受けてくれて、こうして誠意を込めて依頼に当たってくれている。本当に、ありがとう。」


 酔ってもいないのに、調子が狂うなぁ。


 なんだかんだで俺は、ドルチェのことを苦手だとは思っても嫌いではない。

 俺に足りないところを、都度指摘してくれて、成長を促してくれているとすら思っている。


 ……まあ、やり方は腹立つけどな。


「気にすんなよ。ギブ&テイクってな。持ちつ持たれつってヤツだよ。」


「ギブアンドテイク……ね。良い言葉だわ。」


 俺の言葉を繰り返したドルチェが、グラスを掲げる。

 俺はそっとそのグラスに自分のグラスを合わせ、澄んだ音を響かせた。




 その翌日からの移動も、特に問題らしい問題は起こらなかった。


 何しろ俺達が行くのは高い高い空の上。

 飛行型の魔物を発見すれば、それが飛べないほどに高度を上げてやり過ごし、陽が落ちる前には近くの街で宿を取る。


 そうして、マリリンのダンジョンを出発してから三日後の夕方。

 俺達は大陸の南端、隣に他国との国境を持つ街、パラーノへと辿り着いた。


「ここが、冒険者ギルドの本部の在る街か。流石にデカいな。」


「帝国に併呑されるまでは、パノン市国という中立国家だったの。此処はその首都だったのよ。」


 空から街を見下ろしてその大きさに驚く俺に、ドルチェがそんなことを教えてくれる。


 パノン市国……ねぇ。

 都市国家だったのかな?


「さあ、じきに日暮れよ。人気の無い所に降りて、入場の列に並びましょう。」


 ドルチェに促されて、人気の無い場所にソリを降下させる。


 ソリを無限収納インベントリに収納し、徒歩で街道を街へ向かって歩く。


 はぁ……

 ここまで来ておいてなんだけど、気が重いなぁ。


「なあに、溜め息なんか吐いて?」


 見咎めたドルチェにツッコまれるが、溜め息も出ようもんだろ。


「だって、【ギルドの古狸】なんて異名を持ってるんだろ? 化かされるのは、どこぞの女狐だけでお腹いっぱいなんだけどなぁ。」


 ここに来て尻込みしてしまう。


 正直俺は頭の出来に自信なんてないし、駆け引きは苦手だ。

 いつも、ノリと勢いで誤魔化してるだけだからな!


「そんなに身構えなくても、悪いようにはしないわよ。ゲルドは義理堅いから。私もついててあげるんだから、シャキッとしなさい。それに……」


 言葉を止めたドルチェの顔を見ると、彼女にしては真剣な眼差しで、俺を真っ直ぐに見詰めてきた。


「それに、冒険者ギルド本部長との繋がりは、きっとアナタにとっては、大きな力になるわ。この先、アナタが何をするにしてもね。」


 確かに、コリーちゃんやドルチェの協力を得られたとは言っても、所詮は一支部の支部長クラス。

 扱える権限にも限りが有るだろう。


 それに、思い返せばドルチェは、俺に見限られるリスクを背負ってまでして本部長に俺たちのことを話したんだったな。

 そこまでして縁を繋いでくれて、俺も協力を申し出た以上、あまりグダグダ言い続けるのも、あまりにも優柔不断が過ぎるよな。


 こうなった以上は、腹を括るしかないってことか。


「ああ。弱気を見せて、悪かった。一度やると言った以上は、ちゃんとやり遂げるよ。ドルチェ。」


 外門の入場待ちの列へと辿り着く。


 最後尾に4人で並びながら話していた俺は、改めてドルチェに向き直る。


 彼女は、「なあに?」と、いつもの何か企んでいるような顔ではなく、まるで雛鳥を見守る親鳥のような、温かい眼差しで、俺に顔を向けた。


「いろいろと気を回してくれて、ありがとう。ドルチェが繋いでくれたこの縁、きっとものにしてみせるよ。」


 陽が地平線に近く落ちてきている。

 夕焼けに朱くそまったドルチェは、俺の言葉に対して返事ではなく、優しい笑みを、返してくれた。



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