第五話 戦さは数というのは本当の話。


〜 ダンジョン都市 幸福の揺籃ウィール・クレイドル 南門前 〜



「各班、点呼ッ!!」


 俺の号令に弾かれたように、慌ただしく人員確認が行われる。

 声出し確認の波が、列の先頭から後方へと波及していく。


 やがて、それも収まる。


「各班、報告ッ!!」


「シュラ班、準備完了じゃ!」


「フリオール班、異常なしだ!」


「レティシア班、揃っています!」


「コリーちゃん班、問題ないわん♡」


「マリーアンナ班、みなさん元気です!」


「ルージュ班、いつでも行けます!」


 みんなの報告に、俺は鷹揚に頷きを返す。


 作戦プランは完璧。

 太陽は頂点を越え、昼過ぎの長閑のどかな晴れ渡った空の下。


「みんな、良く集まってくれた! 今日これからの戦いは歴史には刻まれないかもしれない。でも、みんなの戦った跡には、きっと輝かしい笑顔の日々が訪れるだろう!!」


 集まった面々を鼓舞する。

 俺の【煽動】スキルの効果も相俟って、士気はうなぎ登りだ。


 みんな、頼もしい顔してやがるぜ……!


「装備は持ったか!?」


「「「「おおっ!!」」」」


 グローブをめたその手に、金属製の武器火バサミが音を立てて掲げられる。

 背には各々、大小の籠を背負って、気合いの込もった返事を返す。


「覚悟はいいな野郎どもッ!! 第一回ゴミ拾い大会、すったあああとぅぉおおおおおおおッッ!!!!」


「「「「おおおおおおおおッッ!!!!」」」」


 さあ、始まりました!!

 第一回、ウィール・クレイドルゴミ拾い大会!!


 おおっと! 早速各班、それぞれに街へと駆け出しております!!


 開始時刻は昼過ぎ、刻限は夕方まで。


 各班で集めたゴミの量が、最も多い班の優勝。

 また、各班のリーダーからの推挙で、グループMVPも発表されるよ。


 参加者のみんなは、漏れなく夕食パーティーに御招待!

 優勝賞品とMVP賞品は、そのパーティーの時に、表彰と共に渡される。


 そんな俺の告知に、これだけ大勢の人が集まってくれた。


 シュラ班……割とノリ良く参加してくれたシュラをリーダーに、我が家の面々と何故か支配下のダンマス達が集まった。うん、ダンマスのみんなが分かり易過ぎるくらいに怯えてるな。


 フリオール班……部下であるフリオール隊はもちろんとして、行政府からも政務補佐官のメイソンさんを始めとし、業務に支障のない非番の人達が参加してくれた。


 レティシア班……こちらも非番の兵士達が名乗りを上げてくれた。普段は兵装に隠されている鍛え抜かれた肉体が、目に眩しいぜ。


 コリーちゃん班……冒険者ギルドからも参加者が集まった。俺の街のギルド支部長のコリーちゃんを代表とし、魔物退治の専門家達が、都市の魔物ゴミを一掃するぜ!


 マリーアンナ班……孤児院の面々とユタ教会の聖職者達、ボランティアの町娘達も加えた、混成部隊が参戦。ただし、ギリアム司教は高齢のため、俺と審査員を務めている。


 ルージュ班……商人であるルージュを筆頭に、その家族やご近所さん、奥さん方や家族連れなど、いつの間にやら結成されていた自治会のような団体から、多数参加。


 審査委員は、俺とギリアム司教。


 本当はフリオールも加えたかったけど、どうしてもこういうイベントに参加したいと仰るので、今回は見送った形だ。


 どうしてこんなイベントを始めたかと言うと、急激に増えた人口と、来場者が主な原因だ。


 この都市には、景観を損なわないため街頭にはゴミ箱は無い。

 在るのは公園や、公共施設の周囲のみだ。


 というかそもそもゴミ処理に関する認識が、俺の前世に比べて違い過ぎていたんだ。


 家財道具やら衣服やら、買い替える時には下請けとして売り払う。貧しい人はその中古を買い、修繕して使う。

 いよいよ廃棄する時にも、古釘や金物なんかは鉄クズとして売られるし、木材はバラして焚き付けに、衣服などの布切れも、雑巾なんかに再利用されている。


 ただ、そんな中での最終地点。

 これ以上は使えない物。


 そういった物は、集落の決まった場所に穴を掘って、そこにまとめててられるそうだ。

 ただし、不燃物も何もかもゴッチャだし、街角なんかには屋台なんかのゴミが平気でポイ捨てされる。


 衛生観念も環境保全も、言ってみれば中世並みだった。

 そして俺の街でも、他所からの来場者や、新たに移住した人達はその通りにしていて、街角にはチラホラとゴミが目立つようになっていた。


 うん、こりゃイカンでしょというわけで、俺はフリオールに掛け合って、ゴミの処理に関する政策の一環として、ゴミ拾いを提案したわけだ。


 そこからは早かったなぁ。


 一日の内に素案ができて関係各所に働き掛け、二日の内に告知から周知、そして三日目の今日には本番だ。


 ゴミ集めのための籠も、職人さん達が急ピッチで揃えてくれた。

 火バサミも、見本を俺が創造しただけで、あとは全て職人の手による物だ。


 みんな、街を清潔にすることの意義に、賛同してくれたらしい。

 嬉しいことだね。


 有志を募れば、聖職者や騎士、兵士、冒険者、住人と、本当に色々な人が集まってくれたし。

 みんなで住み易い街を創っていこうっていう、気概を感じられたよ。


 さて、俺はこの隙にやる事をやっとかないと。


 同じ審査員のギリアム司教はまだ出番も遠いので、教会でお仕事中。

 時間になったら迎えに行くことになっている。


 俺は街から少し離れた周囲に何も無い草原の中を、ダンジョンメニューを開いて、石畳の綺麗な広い道を敷きながら歩く。


 街まで2キロくらいかな?

 その辺りで足を止め、メニューを操作する。


 これからここに、ゴミの処理場を創るのだ。

 環境保全の一環として、ゴミをキチンと処理出来る場所を用意することを提案して、受け入れてもらえたからね。


 とは言っても、別に焼却場とか埋め立て地を創る訳じゃない。

 菌や匂いの飛散を防ぐために、四方を壁で囲まれた建物を創るけど、ここはこれから、俺の配下の住処になるんだ。


「よし、と。おいで、スライムたち。」


 ダンジョンメニューのユニット配置機能で、別の階層で数を増やしておいたスライム達を呼び出す。

 丸いプニっとしたヤツじゃなくて、はぐれとかバブルな感じのヤツだよ。


 呼び出したスライムは、全部で六匹。

 強酸で取り込んだ獲物を溶かすアシッドスライムの、更に上位の個体【グラトニースライム】だ。


 ぶっちゃけコイツら何でも食べる。

 陶器だろうが衣服だろうが、有機物も無機物も、金属だってお構いなしで溶かして食べる。


「「「「ピギュウウウウウウッ!!」」」」


「なんだよ、腹減ったのか?」


 わらわらと、主である俺の下へ集まってくるスライム達。


「もうちょい待っててくれよ。夕方には、たくさんご飯を持って来るからな。」


「「「「ピギュッ!!」」」」


 広い建物の中で快適に過ごせるように、スライムたち一匹々々に巣穴となる小屋を創る。

  このスライムたちに、ゴミの処理をお願いするのだ。俺の言い付けで人は襲わないし、縄張りである住処からも出ない。


 まあ、別に人に害は無いから出歩いてもいいんだけどね。

 それはまた追々だ。


「よし。みんな、これからよろしく頼むぞ。俺は街の様子を観てくるからな。」


「「「「ピギュウッ!!」」」」


 元気の良い返事に見送られて、俺は空を飛んで街に向かった。




 ゴミ拾い大会を開始して1時間程。

 俺はみんなの動きをダンジョンメニューで確認しつつ、様子を見て回った。




《シュラ班》


「こら、バロン! ゴミを素手で触っちゃ汚いですわ!?」


「す、すまないミザリナ。このハサミで挟んで拾うのだったな。」


「ヂドさん、枯葉を落とすのをやめてください! キリが無いですわ!」


「そうは言うがのう、ミザリナよ。我、老木だもの。動けば落ちちゃうわい。」


「ナラジットシテルノダ!」


「ググゲルガまで……酷いのう……」


「ひとつ拾うは旦那様のため〜♪ ふたつ拾うも旦那様のため〜♪」


「マリリンよ、その気の抜ける歌はやめい。やる気が萎えるのじゃ。」


「イチ様、わたくしの集めたゴミの量が多かった時は、縮地の技法をご教授下さいませ。」


「おう、構いやせんぜヴァン。それでこそ頭の舎弟ってモンでさぁ。」


 まあ、意外とみんな仲良くやってました。

 ちなみに、アネモネ、マナエ、アザミの3人は不参加だ。


 今は、我が家で社会復帰訓練中の女性たちと一緒に、夕方からの大宴会の準備中だ。

 有志で、コリーちゃんの奥さんのクローディアさんと、商人のルージュさんが雇っている使用人のカリナさんも、お手伝いしてくれている。


 この班がある意味一番心配だったけど、上手くやってるようで何よりだな。




《フリオール班》


「む! そこの街路樹の根元だ!」


「はっ!」


「姫さま……この先は、屋台通り。目標……たくさん。」


「うむ、ご苦労リコ。各自等間隔で散開! 斥候は探索に集中し、回収は後ろに任せるのだ!」


「はっ!」


「ガッツ、籠の補強は!?」


「バッチリですじゃ!」


「モニカ、積載量はどうだ!?」


「まだまだ余裕だよォ!」


「よし! このまま集め――ひゃうっ!? こら、アリア! 我の身体にゴミは着いておらんんはあんッ!!?」


「いえいえ姫様ぁ〜♡ ほらぁ、こぉんなところに砂粒が〜♡」


「やめんかバカもの! こら、んああっ!?」


 …………楽しそうで何よりです。

 まあ、部下達との久し振りの野外活動だもんな。フリオール隊のみんなも楽しそうで良かったよ。


 うん、アリアはちょっと自重してくれ。

 一応人目が有るから。


 あとは通行人の迷惑にならないようにな〜。




《レティシア班》


「よっしゃあ! 見付けたぜ!」


「ちょっおまっ! その串は俺が目を付けてたのに!?」


「レティシア隊長! 籠の交換をお願いします!」


「こちらも満杯です! 確認お願いします!」


「は、はい! みなさん、張り切ってますね! その調子で、一番を目指しましょう!」


「「「「はっ! 喜んでぇっ!!!」」」」


「「「「我らの【剣姫】のためにぃッ!!!」」」」


「あ! 住民のみなさんに迷惑を掛けてはいけませんよ!」


「「「「仰せのままにッ!!!」」」」


 …………なんだかなぁ。

 レティシアは拠点から動かずに、ひたすら兵達の持って来た籠を交換している。


 籠を運んで来た兵士は、みんな一様に顔を赤くして、より張り切ってゴミ集めに走る。


 ……頑張ってとしか言えないよ……




《マリーアンナ班》


「マリーお母さん、また見つけたの。」


「あら、モーラは凄いですね。ですが、探すと案外落ちているものなんですねぇ。」


「けしからん、なの。いい大人が、みっともないの。」


「マリー母さん、アタシ達のカゴが一杯になったわ。」


「おかーたん、カゴ、いっぱい!」


「はーい。それじゃあ、こっちの新しいのをお願いしますね。エリザ、ノエルが迷子にならないように、気を付けて観てて下さいね。」


「分かってるわよ。いってきまーす!」


「まーす!」


「こらお前ら! 遊んでないでちゃんとゴミ集めしろ! さっきから兄ちゃん1人でやってるじゃないか!?」


「アンタ達! そんなに走り回ったら折角集めたゴミが……ああっ!?」


「ふはははは! 見るがよい! 我の紙クズしっぷう投げぇ!!」


「あまいぞナット! カゴバリアー!!」


「…………あいたっ!?」


「ボーッとするなアンカ! 敵はてごわいぞ!」


「いい加減にしなさーいッ!!!」


 賑やかだなぁ。


 あ、男の子達がボランティア町娘たちにゲンコツ喰らってる。

 さらに正座まで。


 まあ、今のはお前らが悪いな。

 ちゃんとラッカ兄ちゃんの言うこと聞かないからだぞ。


 それに比べて、女の子たちはみんな一生懸命だな。

 マリーも、モーラと一緒の籠で楽しそうに集めている。


 うん、此処は問題無さそうだな。


 ボランティア娘さんたち、頑張ってくれ!




《ルージュ班》


「お母さん、あっちに行ってみようよ! あっちの方がありそうな気がする!」


「待ってエヴァ! そんなに慌てて走ったら人にぶつかっちゃうわ!」


「だいじょぶだいじょぶ〜わきゃっ!?」


「ああもう! ウチの子がすみません! ほら、エヴァも謝って!」


「ごめんなさ〜い!」


 微笑ましい光景だな。

 義理の母親と連れ子の娘だけど、本当の母娘みたいだ。


 他の自治会のみなさんはっと……


「あらまあ! 奥さんも参加してたのぉ!?」


「そういう奥さんこそ! なんだかお祭りみたいで楽しいわねぇ!」


「パパー、あそこ、とどかないー!」


「ははは! じゃあパパが取ってあげよう。ほら!」


「わぁい! これでカゴ、いっぱいだね!」


 うん。他が濃かったから、とっても長閑だなぁ。


 その調子でお願いしまーす!




《コリーちゃん班》


「さあアナタ達! 頑張って集めるのよぉん! そして一番になって、マナカきゅんのゴ・ホ・ウ・ビ♡ を手にするのよぉんッ!!」


「マナカお兄ちゃんの、ごほうび!!」


賞品ご褒美も気になるけど、勝負事となると負けたくはないわね。」


「ですよねーミラ! ここは獣人のわたしとべレッタの見せ場ですよぉー! 異物の匂いを探しますぅー!」


「ミーシャ、オレ、もうダメだ! 周りが美味しそうな匂いだらけで、誘惑が……!」


「ああ! べレッタさんが串焼きの屋台の方に!?」


「ちょっ! オルテ止めて!? 食べた串もゴミと言えばゴミだけど、不正を疑われたらたまったもんじゃないわ!!」


「ハラ減った〜(クンクン)。」


 ……うん、流石にそれは反則だぞ?

 べレッタの動きには要注意だな。


 っていうか、このままだとフリオールの班とカチ合うな。


 ケンカだけはすんなよ〜。




 ◇




 そして夕方。

 最初に集まった街の南門前の広場では、街中を走り回ってヘトヘトになったみんなと、大量のゴミの山。そしてその量を比べる審査員の俺とギリアム司教。


 いやはや。よくもまあこんなに集まったもんだよな。

 ゴミ問題に早めに気付いて良かったよ、ほんと。


 まあ、なにはともあれ。


「よーしみんな、この後は借りた牧場に移ってパーティーだよ! 今日は大変、お疲れ様でした!!」


 そうして、街の夕焼け空に盛大な歓声が響いたんだ。



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