第三話 ビジネスのお時間です。


〜 ユーフェミア王国 ケイルーンの町 〜



 この町も久し振りだなぁ。

 俺は冒険者クレイとして最初の孤児達を保護して以来となる、ケイルーンの町を訪れていた。


 同行者は、俺のパーティー【揺籃の守り人】のメンバー全員だ。


 アザミ(タマモ)とシュラ(ウズメ)、そして実力を付けるため加入した、ミラ、ミーシャ、ベレッタ、オルテの、計六人。


 俺を含めて七人が、現在のパーティーの総員となる。

 まあ、いつかAランクパーティー【火竜の逆鱗】のダージルとシェリーに予言されたように、俺達の下に付きたいっていう冒険者達も増えてはいた。


 でもごめん。正直いっぱいいっぱいっす。

 現状忙し過ぎて、ミラ達の稽古すら満足に観てやれていない。


 だから、新たに街に来た冒険者達には、気の合う連中で一先ずパーティーを組んでもらっている。

 俺の傘下に入るとか、クランを起ち上げるとかは絶賛保留中だ。


 そうそう、俺の街の冒険者ギルド支部だけど、ついに開業したんだったな。

 支部長になるコリーちゃんはひと足早く移住して来てたんだけど、どうやら後始末の類いをフィーア――俺が冒険者登録をした時に担当になった女性だ――に総て押し付けて来てたらしい。


 熊のような巨体のコリーちゃんが正座させられて、小柄なフィーアにお説教されてる光景は、なんとも言えないものがあったなぁ。


 そんな珍百景を思い出しながら、町に入場する。

 冒険者活動中なので当然、俺達ダンジョン勢三人には、俺の隠蔽魔法を掛けてある。


 ミラのようなエルフ族の精霊術には効かないが、一般的な人や術具なら完璧に欺くことが出来るのは、実証済みだ。


 ああ! もしかしたら、ここの支部長の女狐――ドルチェにも、同じようにバレてたのかもしれないな。

 種族はダークエルフって言ってたし、あの人。


 そんなことが気になったので、エルフのミラに訊ねてみると。


「そうね。経験を積んだダークエルフなら、見抜くことはできるでしょうね。どちらかと言えば攻撃重視だけど、ダークエルフも精霊術を使えるから。」


 だ、そうだ。ということは、コリーちゃんの手回し云々以前の問題だったワケだ。

 まあ、おかげである程度の信用を得られたし、無駄って事はなかったんだけどな。


「ほーん。他に、俺の隠蔽魔法を看破できるような奴って、居るかな?」


 試しに、そんなことを訊ねてみる。


「そうね……精霊達のように根源に近しい存在なら、気付くと思うわね。魔素から発生するような、アナタ達悪魔とかかしら。」


「そ、それから、高位の神官などは、【審偽眼ジャッジアイズ】っていうスキルを授かると聴いたことがあります。なんでも、この世の総ての偽りを見抜く神の眼だとか……重大な裁判などで使われる、と。」


 僧侶であるオルテも、情報を追加してくれる。


 つーかマジか。そんなスキルも在るんだなぁ。

 俺の街に来たユタ教会のギリアム司教も、元は大司教だと言うし、もしかしたら持っているのかもしれない。


 今度遊びに行った時に訊いてみよう。


 さて、そんなお喋りをしながら歩いていると、あっという間に冒険者ギルドへと辿り着いた。


 思えば、このギルド支部も縁深いよな。


 最初は盗賊団の討伐時。

 次は人攫い組織の撲滅時。

 そして、町を牛耳っていた悪徳商人の捕縛時。


 事有る毎に立ち寄って……


「おう兄ちゃんよぉ。キレイどころを沢山連れて、景気が良いじゃねえか。ちっと俺らにも幸せのお裾分けをしてくれよぉ。」


「なぁに、ちょっくら姉ちゃん達を貸してくれりゃあ良いんだ。姉ちゃん達も、こんなヒョロっちい野郎なんかより、こっちで遊ぼうぜぇ!」


「俺達が楽しい遊びを教えてやっからよぉ〜!」


 こんな風に絡まれたなぁ。


 相手をするのも億劫だったので、俺は指を振って魔法を展開。

 俺達を包むように、結界を張った。


「なんだこれ!? なんか壁みてえのが!?」


「ぬがっ!? 指がぁッ!? 超突き指したんですけどおッ!?」


「ちくしょうこら! オッパイ触らせろやこら!!」


 …………前言撤回。結界にさらに属性を付与する。


 結界魔法【攻勢防壁セコム】。

 結界が受け止めた衝撃を倍返しする、カウンター結界だ。今回に限り、10倍返しに魔力を練ってるけど。


「こんのッ! 意地でも尻触ってやるべばわぶぉッ!!??」


「ジ、ジョニイイイッ!? ちくしょう俺が乳をぶおへぇあッ!!??」


「くそっ!? なんなんだこれは!? よくもジョニーとピーターを!! こうなったら2人の遺志はこのオレ、マーカスが受け継ぐぞぉ! 乳でも尻でもどっちも好きだああぶぇしぃえッッ!!??」


 …………普通に殴り飛ばした方が静かで良かったかな。

 まあ、そんな感じにテンプレを消化して、結界を解いてから受付へと向かう。


「い、いいいいらっしゃいませ!? ぼぼぼう険者ギルド、ケケケケイルーン支部へよ、ようこしょッ!?」


 うん、受付嬢さんは涙目だ。

 ブリンクス支部のフィーアも、最初はこんな感じだったなぁ。


 妙に懐かしさを感じつつ、俺は用件を伝える。


「支部長のドルチェに呼ばれて来た。クレイが来たと伝えてくれ。」


 そう言って、ギルドカードを差し出す。


 受付嬢は一瞬ポカンとした後、慌ててカードを受け取って、「しょしょしょ少々お待ちくだしゃい!?」と、逆に噛みそうなセリフを流暢に残して、奥へと駆けて行った。


 待つこと暫し、更に緊張した様子の受付嬢に、俺達は支部長室へと案内され、ギルドの奥へと足を踏み入れた。




「はぁい♪ 久し振りね。あら、ちょっと見ない間に恋人が増えたわねぇ。」


「恋人じゃねえ、仲間だ。くだらないこと言うなら帰るぞ。」


 こら、タマモとウズメは残念そうな顔をするんじゃない!

 ミラ達も赤くならなくていいから!


「相変わらず素っ気ないわねぇ。ちょっとはお姉さんとのお喋りに付き合ってくれても、良いんじゃない?」


 そんなことを言いながら、唇を尖らせるこのギルド支部の支部長、ドルチェ。


「はぁ……それで? 何の用事だ?」


 溜め息を吐きながら、ソファに腰を下ろす。

 仲間達にも、それぞれに楽にしてもらう。


「せっかちねぇ。まあ良いけど。」


 そう言いながらドルチェは、ティーポットから人数分のお茶を注いで差し出してくる。

 俺はありがたく頂戴し、無限収納インベントリからマナエのお菓子を取り出し、応接テーブルの中央に置いた。


「さて、先ずはお礼からね。先立っての商人捕縛の件、協力を感謝するわ。物証もバッチリ。領主のフーバー・ヨットヒム男爵の関与の裏付けも取れて、男爵家はお取り潰し、本人は投獄の後に鉱山奴隷よ。私の人事考課の査定も右肩上がり♪ 良い仕事してくれたわ。」


 後半別に要らなくないか? というか、キッチリ自分の手柄として報告したのかよ。

 ホント、喰えない奴だな。


「そりゃ何よりだな。謝礼は現金でいいぞ。」


 出されたお茶をひと口啜って、話の続きを促す。


「抜け目ないわねぇ。まあ、それは後でね。それから人攫いの残党なんだけど、一通りの調きょ……調練は済んだわ。ひと角の情報屋としては使えると思う。どうする? 私の権限でギルドカードを発行してあげましょうか?」


 今調教って言いかけたよな?

 何してたんだよ、一体……


 人攫いの残党……ゴンツォ達のことだな。

 そういや足を洗わせるために、俺のための情報屋になれって言ったんだっけ。そんでドルチェに教育を頼んだんだったな。


 ギルドカードか……


 元犯罪者のゴンツォ達は、身分を持っていない。

 そして犯罪を侵した者は、本来なら身分証となるギルドカードを発行してもらえない筈だ。


 情報屋としては街や国を跨いで活動してもらえると助かるから、その際に身分証が有ると無いとでは雲泥の差がつく。

 それを、ギルド支部長自らが発行してやる、と言う。


「……何が狙いだ?」


 その真意を訊ねる。

 気分を落ち着かせるために、もうひと口、お茶を飲む。


 コイツが裏も無しに親切にしてくれるだなんて、そんな都合の良いことは端から考えちゃいない。

 そんなことは、前回嫌と言う程思い知らされている。


「疑り深いわねぇ。まあ、前回のような甘々のままでも、困っちゃうけどね。」


 ドルチェは肩を竦めながら、自身もお茶を口に含む。


「男爵更迭の報奨金、その俺の取り分で、手続きを頼むよ。ゴンツォ達の教育費含めて、だ。アンタに下手に借りを作ると、後が怖いからね。」


 取り敢えず、先手を打っておこう。


 これで貸し借りはプラマイゼロのはず。

 つつかれると痛いから、ゴンツォ達の更生の対価もついでに払ってしまう。


 他には無かったよな?


「いいわね。ちょっとは駆け引きってモノを覚えてきたみたいじゃない。それでいいわよ。」


 内心で胸を撫で下ろす。

 妙齢のダークエルフは、その艶のある唇を妖しく笑みの形にして、微笑んでくる。


 くそ。やっぱコイツ苦手だ。

 俺は内心を誤魔化すように、マナエの手作りお菓子に手を伸ばす。


 今日はドーナツのアラカルトか。

 プレーンやチョコソース、クッキー生地の物やイーストドーナツも盛り合わせだ。


 うん、マナエにスイーツショップでもやらせようかな……?


「それじゃあ、今日の本題なんだけど……何ニヤニヤしてるの? 気持ち悪いわよ?」


 おっと。

 マナエが天使の微笑みで接客しているお店、という素敵な妄想を打ち消して、ドルチェに向き直る。


 つーか、気持ち悪いは余計じゃコラ。


「ちょっと素敵な光景を思い浮かべてただけだ。俺は気持ち悪くない。それで、本題って?」


 至極当然の抗議をしてから、話を促す。


「……まあ良いわ。アナタ、S級の深層迷宮に、興味無い?」


「…………あん?」


 何を言ってるんだコイツは?


 迷宮には、冒険者ギルドが定めたランクが存在する。


 ランクはD級から始まり、最高はS級。

 更に、階層数でも区分けされている。


 1〜15階層なら上層迷宮。〜30階層なら中層迷宮。〜50階層なら下層迷宮。

 そしてそれ以上を、深層迷宮と呼ぶ。


 だから、カテゴリー分けをされる場合は、ランクと階層がセットで読み上げられることが多い。


 例えば俺が支配した【狼牙王国】だったら、階層数は25階層、難易度はウルフ系のみのため比較的低く、C級の中層迷宮となるわけだ。


 そして、S級の深層迷宮。

 事実上の、最高難易度の迷宮ということになる。


 S級までになると、攻略はほぼ絶望的。

 踏破できる見込みが有るのは、大陸に七人しか居ないと言われるSランク冒険者のみ。それすらも単独では、攻略の許可は降りない。


 魔物の氾濫を防ぐために、軍やAランク冒険者を動員して、中層〜下層までの間引きを行うのみだと聞く。

 そんな国やギルドすら匙を投げる迷宮の話題を、たかだかCランクの俺に振るとか、何企んでやがる?


 そんな訝しむ心情が顔に出ていたのか、ドルチェはティーカップをソーサーに置いて、肩を竦めながら苦笑する。


「そんなに警戒されると、傷付いちゃうわ。まだ興味が有るか訊いただけじゃない。」


 そうは言っても、他ならぬ、ドルチェだしなぁ。

 俺は更に無言でジト目を向けてやる。


「もう、分かったわよ。ちゃんと理由ワケを話すわ。」


 万歳のポーズを取って、降参を示すドルチェ。

 こっちでも、降参はバンザイなんだな…………


「おう、何企んでやがんだ? 包み隠さず話したまえ。」


 さっさと話すよう促し、カップのお茶を飲み干す。

 話さないなら帰っちゃうぞアピールだ。


「企むだなんて、失礼ねぇ。実は、本部長にカマ掛けられてね。どうもアナタ、目を付けられたみたいよ。」


「…………はあ!?」


 な、何を言ってるんだ?!

 え、バレたの? 本部長に? それヤバいじゃんっ!?


「どういうことだよそれ!?」


 思わず腰を浮かす。

 仲間達も、みんな動揺している。


「落ち着いて。何も悪い話じゃないわ。先ずはドラゴニス帝国に在るギルド本部に、私と行ってほしいの。勿論、護衛としてアナタ達を雇うわ。そこで、本部長と会ってもらいたいの。」


 冒険者ギルド本部長、名を【ゲルド・ゲーテ】。

 65歳の老齢と言っていい年齢だが、元Aランク冒険者で、現役時代に大きな功績を挙げ、叙爵された。


 それからも実績を積み重ね、若くしてギルドの支部長の座に就任。

 その類稀なる智謀と冒険者時代に築いた人脈コネクションにより、順調に出世を続ける。


 若干35歳という異例の若さで本部役員に抜擢され、48歳の頃に周囲を圧倒して本部長の座を手にする。


 4年で一期の任期を、既に四期勤めており、現在は五期目。

 各国の重鎮からも、一目置かれる存在である。


 と、ドルチェから本部長の経歴をざっと説明される。

 うん、絶対面倒臭い奴じゃんそれ!?


「やだよ俺。そんな古狸みたいな人と会いたくないよ。」


 絶対にてのひらで好いように転がされるもん。

 自信あるもん。


「あら、良く分かったわね。本部長って、【ギルドの古狸】って各国から呼ばれて、煙たがられてるのよ。」


 そんなことを言いながら、クスクス笑うドルチェ。

 いやいや、まったく楽しくないからな?!


「まあまあ。詳しくは本部長が話すと思うけど、これは依頼なのよ。アナタへの。」


 あん……?


「ギルド本部長から、Cランクパーティー【揺籃の守り人】への、指名依頼よ。」



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