第二話 みんなの思い。

 

〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 六合邸 リビング 〜



「じゃから、お主らの勝手を許すわけにはいかんのじゃ!」


「主の意向に背いて、何が配下ですか!」


 我が家に入ると、リビングの方から怒声が響く。


 あれは、シュラとアザミだな。

 シュラは兎も角、アザミが声を荒らげるなんて珍しい。


 俺は、余程の事態かと首を傾げながら、リビングへと入っていく。


「なんだよ、随分白熱してるじゃないか?」


 俺の声にハッとしたように振り返る2人。

 この2人が怒ってるなら、当然イチも怒ってるんだろうなーと見やると、なんか猫みたいにフーフー言ってるマナエを抑えていた。


 マジか。マナエがそこまでキレるほどの案件なのかよ。


「マナカ様、お見苦しいところを……!」


「遅いのじゃ主様よ! お主からもこ奴等に言ってやるのじゃ!」


 そう言い放つシュラが指し示すのは、宙に浮かんだ六つのウィンドウ。

 SF作品とかでよく観る、映像を介したオンライン会議みたいだね。


「待て待て。俺はさっぱり状況が掴めてない。最初から説明してくれ。」


 帰って来たらこの騒ぎである。

 何があったのか、ちゃんと説明してほしいです。


『では我がしゅよ、僭越ながらわたくしが説明仕ります。』


 そう声を上げたのは、ウィンドウの一つ、ダンジョン【狼牙王国】で代理マスターを務めてくれている、人狼皇のヴァンだ。

 俺はヴァンに視線を移して、首肯して促す。


『先刻より、わたくしを除く他のダンジョンマスター達が、勢力の拡大を奏上しているのです。我等のダンジョンは全て、人間達の界隈では初級、中級だのと評価が低い故です。我が主に仕えるに値する、相応の規模へと成長したい、と申しているのです。』


 え、何それ。

 つまり、俺のためにダンジョンをデカくしたいってこと?


『我が主より命じられた、“人間達に目を付けられないこと”という条項に抵触すると苦言を呈したところ、斯様な談判が始まった次第です。』


 ああ、そんなことも言ったな。

 その上で、好きにして良いとも言ったんだけど……


「なるほどな。つまり俺の命令が楔になってて、成長させようにもできないと? だから命令を一部変更してほしいと、そういう事だな?」


『仰せの通りです。』


 言いたいことは解った。

 ならここらで、せっかくだし一度ダンマス面談といっとくか。


「俺の中での最優先事項は、お前らのダンジョンの存続だ。各地からの転移パスが使えないと、俺が困るからな。その上で、人間達に目を付けられても安全を確保できるって言うなら、一考しよう。一人一人具体的にどうしたいか、順番に話してくれるか?」


 そう伝えて、それぞれのダンマスに水を向ける。


 現在、俺の支配下に有るダンジョンは六つ。


 全7階層で、ゴブリン種が湧くダンジョン【小鬼の楽園】。

 ダンマスはゴブリンロードの【ググゲルガ】。


 全10階層。薬草類が豊富に採取できる【薬神の箱庭】。

 ダンマスは樹精霊ドリアードの【ミザリナ】。


 全15階層。爬虫類系の魔物が多く棲息する湿地帯、【蜥蜴の巣】。

 ダンマスは竜人族ドラゴニュートの【バラン】。


 全20階層。遺跡型のダンジョンで、バランス良く魔物が配置されていて、迷宮初心者向けに重宝されている【始まりの迷宮】。

 ダンマスは古樹霊エルダートレントの【ヂド】。


 同じく20階層の遺跡型。アンデッドや死霊系の魔物が豊富な【死出の回廊】。

 ダンマスは女吸血鬼ドラキュリーナの【マリリン】。


 そして一番最初に支配した、25階層の狼系のみで構成された【狼牙王国】。

 ダンマスは代理で俺の配下のヴァン。


 俺はそれぞれの主張に耳を傾ける。


『人間タチニ舐メラレナイヨウニナリタイデス。』


『強力な戦力が欲しいですわ。』


『玉座まで踏み入られるのが我慢ならぬ。』


『これ以上……我が箱庭を荒らされとうない……』


『妾のダンジョンのみならず、身も心も支配してたもれ! というかもっと足しげく通ってたもうっ!』


 うん、若干一名おかしな奴が居たが、概ね意見は一致してるな。

 要は、冒険者達に好き勝手されるのが嫌なんだろう。


「だいたい言いたいことは分かったよ。でもさ、脅威度が低いから見逃されてるって見方も、できないかな? 急に成長したら、本腰を入れて制覇されかねないぞ? お前らに死なれると、俺も困るんだけど。」


 俺が目を付けたのも、それが理由だったりする。


 無茶さえしなければ、安全な迷宮。

 冒険者達の需要は絶えず、国からもギルドからも保護指定を受けている。


『『『『故に! 力が欲しいのです!!』』』』


 ……気持ちは分かるかな。


 彼らからしてみれば、一方的に搾取されるだけ。

 中堅以下の冒険者達しか来ないため、得られるDPダンジョンポイントも僅かで拡張もままならず、そんな状態では下手に冒険者達を迎撃することもできない。


 要は伸び悩んでいるのだ。


「じゃあこうしよう。支配下のダンジョンには、大元の主である俺からDPを支給しよう。俺としてもお前達に感謝はしてるからね。好きに使わせてもらっている、使用料とでも思ってくれれば良い。そのDPを使って、お前達は好きにダンジョンを拡張してくれ。配下を揃えるも自由だ。ただし……」


 念を押すために、一度言葉を切る。

 六人のダンマス達、一人一人の顔をしっかりと見詰める。


「負けて、死ぬことは許さない。どんな手を使ってでも、ダンジョンを護れ。強固な迷宮を創って、冒険者達を追い払え。どうすれば良いのか、諦めずに考え続けろ。それを約束できるなら、俺はお前達を助ける。どうだ?」


 ウィンドウの向こうの顔は、皆一様に黙っている。


 けど、眼が語っている。

 闘志に燃えている。


『強クナル。オデ、強クナル!』


『約束いたしますわ。必ずや、ご期待に応えてみせます。』


『最早吾輩に負けは無い! より高みを目指そうぞ!』


『老骨に無茶を言う……だが、承った。』


『それでこそ、妾の旦那様よのう。はあ……! 妾は惚れ直したぞよ!』


 うん、みんないい顔だね。強くなるのは、別に悪いことじゃないもんな。

 そしてマリリンはちょっと黙ってようか。


 コイツ、一騎打ちで打ち負かしてからずっとこんな感じなんだもんなぁ。

 ホントは吸血鬼じゃなくて、淫魔サキュバスとかなんじゃねえの?


 まあとにかく、これでコイツらも気が済むだろう。

 あと問題は、どれだけDPを譲渡するかだけど……


「まあ、最初だからな。俺がそれぞれのダンジョンに出向いて、都度共有口座に振り込もう。こっちの都合で行く日も順番も決めるけど、構わないか?」


 今のところ、個別に振り込めるような機能は無い。

 共有口座にDPを振り込んでおいて、そこから引き出して使うだけだ。


『我が主の仰せの通りに。皆もそれで良いな?』


 最も発展しているダンジョンのマスターである、ヴァンが仕切る。

 この辺の力関係も、いつの間にか序列みたいになって定まってたんだよなぁ。


 ヴァンの呼び掛けに、他のダンマスの面々も了解の意を示す。

 これで、後のことは考えなきゃだけど、みんなの不満も解消に向かうんじゃないかな。


 よっぽどのダンジョンの危機なら、俺も助太刀するつもりだし。


「それじゃ、そういうことで。拡張に行く時は、また俺から連絡するよ。そう間を置かないようにするから、待っててくれな。」


 そう締め括り、オンライン会議(仮)を終える。

 ダンマス達の映ったウィンドウが、ひとつ、またひとつと消えていく。


 しかし、最後に残ったひとつ、ヴァンの映ったウィンドウは、未だ宙に映し出されたままだ。


「どうしたんだ、ヴァン?」


 何か話でもあるのだろうか?

 俺は残ったヴァンに声を掛ける。


『我が主よ、報告したき事が一点ございます。』


 その顔は若干強張っているように見える。

 俺は黙って、その報告とやらを促した。


『先日、冒険者ギルド・ケイルーン支部の遣いなる者が、ダンジョンを訪れました。支部長のドルチェから用向きがある故、支部に出頭せよ、とのことです。』


 ケイルーン支部のドルチェか。


 モーラ達を救けて以来だな。

 そういえば、あのなんとか男爵の件も、全部丸投げしてたっけ。


「ドルチェがねぇ……まあ、あの人は俺が【狼牙王国】を支配していることを知ってるからな。密書や密使を遣わすより、ダンジョンで呟いた方が安全だって判断だろ。」


 ダンジョン内部の様子は、ダンマスなら全部把握できるからな。

 おおかた人気の無い所まで進んで、目立つように気を引いてから用件を伝えてきたんだろう。


「まあ、分かったよ。近い内にそっちへ行くことにする。他に問題は?」


『いえ、特にはございません。』


 そう言って一礼するヴァン。

 ほんと普段は、戦闘時とは打って変わって穏やかなんだよなぁ。


「報告ありがとな。それじゃあ、また行く時は連絡するよ。」


 報告も終え、『では』と一言断ってから通信が切れる。


 やれやれ。

 みんな真剣に訴えてくるもんだから、肩が凝っちゃったよ。


「マナカ様! あのような勝手を許して良いのですか!?」


 うげっ……! こっちがまだ治まってなかったわ。

 アネモネ以外の我が家の面々が、厳しい顔で俺を取り囲んでいる。


「そもそも木っ端でしかねぇダンマス風情が、頭に物申すこと自体が烏滸おこがましいってもんでさぁ。」


「お兄ちゃん! なんであんなワガママ聞いてあげちゃうのッ!?」


 うん、やっぱりイチも怒ってたんだね……

 マナエの怒りは……もしかしてダンジョンコアとしてか。支配下の下級ダンジョンが力を付けることに、忌避感が有るのかもしれないな。


「まあ、みんな落ち着いてよ。アイツらの言い分だって、何も頭ごなしに否定できるもんじゃないんだからさ。力が無いっていうのは、誰しも不安になるもんだろ?」


 俺はこの世界に産まれ落ちたばかりの頃を思い出す。


 レベルは1。

 知識も無く、周囲は強大な国と危険な森に囲まれて。


 アネモネが居てくれたからここまで成長できたし、みんなが居てくれたから友好国も出来て、人間達とも良好な関係を築けている。


 アイツらはそれも無く、ただ弱いから、脅威じゃないからと生かされてきた。


 そりゃあ、積もるもんも有るだろうよ。俺だったら多分、悔死くやしする。

 そんな悔しさを抱えていたところに、俺みたいな新参のダンマスに支配されて、良いように使われて。


 そりゃあ、力を求めるだろうさ。


「アイツらが強くなるのは、俺達にとっても悪いことじゃない。反乱が怖いなら、それ以上に俺が強くなればいい。重要な活動拠点を強化するだけ、ただそれだけの話だよ。そう目くじら立てるなって。」


 なんとかみんなを宥める。


 そう。決してデメリットばかりじゃないんだ。

 外界の奴等に目は付けられるかもしれないけど、何かがあった時に、堅固な拠点はいくつ在ったっていいだろう。


「まあ、主様の言い分は解ったのじゃ。じゃが、彼奴等が少しでも怪しい素振りを見せた時には、儂は一切の容赦はせぬからのう?」


 おっかねぇな、シュラ。

 どうやら最近は内政にかかずらい過ぎて、腕をふるう機会も減ってストレスが溜まってるみたいだな。


 みんなも、忙しくなった最近の状況に、思うところが有るのかもしれない。


 一度それぞれと、ゆっくり時間を取って、話をした方が良いかもなぁ。

 息抜きのお出掛けプランでも、考えておくか。



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