閑話 世界の狭間から親しみと少しの希望を込めて


〜 転生神ククルシュカーの神域 スナック【女神のオアシス】 〜


《転生神ククルシュカー視点》



「ちょっとククルシュカー! 居るんでしょ?! 開けなさいよっ!!」


 ああー、ひまだわー。

 なんか面白いことないかしらねー。


「ちょっと!? 明かり点いてるし、居留守とかバレバレだから!? 開けなさいったらぁ!!」


 カラオケも正直、歌い尽くした感があるのよねー。

 まあ、演歌・歌謡曲にはあんまり手は出してないけどー。


「ねえったら!? どうしてそんな意地悪するのよっ!? 泣くわよ!? 開けてくれないと、泣いちゃうからねっ!?」


 あーもう。さっきからうるっさいわねー。


 まだ開店時間じゃないのよー! ウチは20時〜LASTなんだからねー?

 まだ18時半だってのにー。


「はいはいー。どちらさまですかー?」


 お店の二重扉の鍵を念じて開ける。

 まあ誰かなんて、最初から分かってるんだけどねー。


「ああもう! やっと開いたっ!! ちょっとアンタねえ、折角訪ねて来たってのに、あんまりじゃないっ!?」


 ドアベルをけたたましく鳴らしながら店内に入って来たのは、思った通り、【アストラーゼ】という世界の主神、ユタだった。


 【アストラーゼ】とは、最近地球の日本出身の男性、【六合真日りくごうまなか】さんが転生して行った、剣が振るわれ魔法が飛び交う、所謂いわゆるファンタジー世界だ。


「なによー、ユタ。今日はアンタ一柱ひとりなのー?」


 主神とは言うものの、結局は創造神様がひとつの世界を管理させるために創り出した、一柱の神でしかない。

 世界の管理者として、その世界の理を維持、発展、昇華させるのが役割だ。


「そんなこと言ってる場合じゃないのよ! 大変なんだから! あ、とりあえず生でっ!!」


 大変って言ってる割には酒は飲むんかーい!?

 まあ、GPゴッドポイントはキッチリ払ってもらうから、別に良いんだけどさー。


「なによー。ひとつの世界の主神様ともあろうお方が、随分慌ててるのねー?」


 バーテンホムンクルスが、ユタの前に冷えた生ビールと、お通しを差し出す。今日のお通しは……ポテトサラダ、キュウリのナムル、サイコロステーキねー。

 よし、私も頼もー。


 バーテン、私も生ちょうだいー。


「それでー? 何が大変なのー? んくっんくっ……」


 生ビールのジョッキを受け取って、冷たいビールを喉に流す。


 んんー♪ やっぱり1杯目は、生よねー♪


「ぷはーっ!! 生き返ったー! 生きてないけど!」


 ……なんかイラッとするなー。

 何今のー? ジョークのつもりー?


「用が無いならお引き取り願うわよー?」


 要件とやらを急かしてやる。

 まあ、思考を読めば一発なんだけどー、神同士で無闇に読心するのって割とタブーなのよねー。


「あ、ああ、そうだったそうだった! もうっ! お酒飲んでスッキリしてる場合じゃないんだってば!!」


 先に飲み出したのはアンタでしょー!?

 何、私が悪いみたいに言ってるのよー!


「あのね! 【勇者】が居たのっ!!」


 へ? 何の話ー?


「あのねユタ、要約し過ぎよー。ちゃんと詳しく話してー。」


 そりゃ勇者くらいそこら中に掃いて捨てるほど居るでしょー。


「あーもう! だから、勇者が居たの! 知らない内に召喚されてたのっ!!」


 な、なんだってーーー!!??


 で?


「それでどうしてそんなに慌ててるのよー? っていうか勇者ってどんなよー? 俺TUEEEE系? 無自覚無双系? 今地球で流行りの騙され復讐系? それとも追放系?」


「人類最終兵器型異種族絶対殺すマン系。」


 え…………


「えええええええええええええッッ!!??」


 ちょっ……!? 何それ何それーッ!?


「それがね、召喚先は北の大陸の大帝国で、首謀者は勿論そこの大帝。それと皇女と皇室筆頭魔導士ね。で、大帝国は人間至上主義の典型で、更には過去の転移者の影響で、科学文明が混じってるの。」


 ええぇー……! 何なのその厄介を絵に描いたような帝国は!?


「もうひとつオマケに、皇帝は【煽動】スキル持ちで、皇女は【魅了】持ち。で、筆頭魔導士は【洗脳】持ち。」


 大・三・元じゃん!!?? なんてことなのー!?


「ちょ……!? そもそも勇者召喚だなんて、そんなの伝わってたの!? なんで気付かないのよー?!」


「しょーがないじゃない!? アタシだって地上の総てを四六時中監視してる訳じゃないし、その大帝国の聖堂地下が召喚場所なんだけど、転移者の故郷の科学文明と独自に組み合わせた結界が張られてて、全く引っ掛からなかったのよぉ!!」


 不味い不味いーっ!?

 まだ北の大陸ってことだけは救いだけど、もし南の、真日さんの居る大陸に手を伸ばされたら……!


「それで、その大帝国と勇者の動向は?」


 ぶっちゃけ真日さんの周囲しか観察してなかったから、【アストラーゼ】の他の国とか大陸とか知らないのよー。


「北の大陸の8割は既に大帝国の手の中よ。獣人の国とドワーフの国、それと魔族の国が連合を組んで、抵抗してるわ。」


 うっそー!?

 既にそんなことになってるの!?


「そんなになるまで気付かなかったのーっ!?」


 明らかにバランス崩れてるじゃん!?


「ついこの間、連合の盟主だった魔族の国の、そこの魔王が勇者に討ち取られたの。それで勇者のリソースが急激に上昇したから、それでようやく気付けたのよ。」


 魔王討伐はある意味お約束だけど、問題はその勇者が大帝国の傀儡に近い形で囲われてるってことねー。

 既に、大帝国の都合の良い兵器に成り下がってるってわけかー。


「戦火は、遠からず南の大陸――あの子の居る大陸に届くわよ。どうするの? ことわりを覆した勇者召喚もそうだけど、現在その勇者に対抗できる可能性が有る転生者は、彼しか居ないわよ?」


 現地民は当然として、真日さん以外の転生者でも歯が立たないってことなの?


「ちなみに、他の転生者はどんな感じなのー?」


 たとえ一人じゃ無理でもー、徒党を組めばなんとか……


「えーと、農民になってスローライフしてるのと、悪役令嬢になって死亡フラグを折りまくってるのと、冒険者パーティーから追放されてから成功してざまぁしてるのと、産まれたてのドラゴンの赤ちゃんやってるのと……魔王の娘ね。」


 ダメダメじゃん!? って、魔王の娘って転生者なのー!?

 今まさに亡国の姫プレイ中!?


「一応、参考までに訊くけど……その魔王の娘って、いくつ?」


「8歳ね。」


 戦・力・外・通・告っ!!!!

 まともな赤ちゃん転生で8歳とか、現役最終兵器な勇者に勝てるわけないじゃんッ!!?


 しかもその子の親殺して超絶レベルアップしてるんでしょー!?


「え、なにその地獄絵図。ユタ、アンタ管理責任問われるんじゃない?」


「ちょっと、不吉なこと言わないでよ!? アタシだって何とかしようとしてるけど、相手はたとえ理に反して召喚されたと言っても、曲り形にも勇者だし、しかも手引きをしてるヤツが――――んぐっ!?」


 突然、ユタが息を詰まらせ、言葉を継げなくなる。

 両手で喉を抑えて、苦悶の表情を浮かべている。


「ちょっ、ユタ!? 何よ、何の干渉受けてるのッ!?」


 嘘でしょ!? こんなんでも彼女は、ひとつの世界を任された管理者なのよ!?

 そんな彼女に、しかも私の神域で干渉するなんて……!?


〘おやおやぁ。お喋りな口はコレかなぁ?〙


 なに、これ……

 私の神域が、侵食されている……!?


「あ、アンタ……アンタいったいなんなのッ!?」


 私はその、侵食された空間に空いたうろから、ユタに手を伸ばしているを睨む。


〘神域を侵食されてるのに、随分元気なんだねぇ。たかが転生神のくせにさぁ。〙


 不味い……! コイツ、私の権能じゃ情報が読み取れない!?

 ユタは……駄目か。完全に権能を掌握されちゃってる。


 他の神域へのアクセスも遮断されてるし、抗う術が、無い……!?


〘おやぁ? 諦めちゃったのかなぁ? まあいいかぁ。変なちょっかい出されるとイラッとするしぃ。〙


 は、酷く億劫そうに手を伸ばし、ユタの首を掴んで、虚へと引き摺り込もうとする。


「ユタッ!!」


 駄目だ。私とは神格が余りにも違い過ぎる。

 それでいてこの、息の詰まるような神威プレッシャーは……


「ア、アンタ……【堕とし子】、ね……?」


「ユタ!?」


 絞り出すように、ユタがそう言い放つ。


 【堕とし子】ですって?!

 創造神様から創られたのではなく、神格の高いお后様との間にもうけられた、真なる神の子。


 その恵まれた神子みこが、父たる創造神様に逆らって堕とされた存在。

 つまりは、【邪神】。


 そんなヤツが、どうして……!


〘へぇ。ボクをっているの。まあ、だからなんだって話だけどねぇ。どうしてこんなことするのかってぇ? 遊びだよ、遊び。やっと創造神アイツに堕とされた深淵から抜け出せたんだ。そこら辺に転がってる世界オモチャを使って、遊ぼうと思っただけだよぉ。〙


 何を言っているの。

 世界オモチャ? 遊ぶ……?


「それが……アタシの世界ってことか……!!」


〘神核を掌握されてるのに、随分元気だねぇ! 流石は管理者ってとこかな。でもボクが今やってるゲームを、邪魔されたくないんだよねぇ。だからさぁ、消滅して居なくなってよ?〙


 不味い、ユタが消されちゃう!!?

 でも何もできない! 神域すら掌握されて、権能も働かない……!


 ユタ……!


《ククルシュカー、ごめんね。彼に、伝えてあげて。それと……託しても、いいかなぁ……?》


 アンタ、何言ってんのよ……!

 権能振り絞って私に直通思念飛ばす暇が有ったら、ちょっとは抵抗しなさいよ!!


《ごめん、それ無理。でも、コイツの情報はちょっとは読み取れたよ。アタシの権能と情報、渡すからさ。ねえ……頼むよ。》


 ……馬鹿じゃないの。

 私みたいな木っ端な転生神に、堕とし子に抗えって言うの?


《ほんと、ごめんねぇ。このままじゃ、アタシの世界は滅茶苦茶にされちゃう。アタシの子達を……ううん。彼を、護ってあげて。》


 …………分かったわよ。


 やってやるわよ! でも失敗しても恨まないでよね!?


〘んん? 何をコソコソしてるんだい? 余計な事はしないでほしいなぁ。〙


《お願いね? あーあ、折角仲良くなれたのになぁ……ごめ――――》


 ユタから圧縮隠蔽された権能ちからと情報が、塊で私の神核に注入される。

 それと同時に、ユタは空間に空いた虚に、飲み込まれていった。


「ユタあああああッ!!!!」


 力なく伸ばした私の手は、何も掴むことなく彷徨うだけ。


〘これで当面の邪魔者は居なくなったねぇ。そうだ。寂しくないように、キミもこの神域ごと消してあげるよぉ。存在の塵になってから、二柱ふたりで仲良くすればいいよぉ。〙


 堕とし子による侵食の速度が上がる。

 私の神域は、既にその殆どが塵になって、虚へと飲み込まれてしまっている。


〘それじゃあ、さよならだねぇ。残り僅かな時間、この神域で思い出にでも浸ってなよぉ。〙


 そう言い残し、堕とし子はこの神域を去って行った。

 後に残されたのは、崩壊する私の神域と、私だけ。


 たった今、お気に入りだったスナックも、消滅してしまった。


「なんてもん託してくれてるのよ……ユタのバカ……!」


 託されてしまった。


 願われてしまった。


 ユタが権能を私に譲渡したことは、隠蔽のおかげでバレてはいない。

 これを使って、【アストラーゼ】を護らなくてはならない。


 だけど、神域が堕とし子によって封鎖されてしまっているため、ユタの神域まで跳ぶことができない。


 こうなったら……!!

 私はその場に腰を下ろして、貯めに貯めたGPの、特典を選び始めた。



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