第十話 Aランク冒険者の大冒険。その③


〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 捕虜収容施設 〜


《Aランク冒険者 ミュゼ視点》



 リーダーとシェリーがやっとくっついた。

 シェリーの片想いをずっと見守ってきたアタイとしては、ホントに、ようやくかよ! って感じだ。


 それで、ちょっとシェリーを揶揄からかい過ぎてマジで弓攻撃をされたけど、そこはアタイも斥候のプロだからね。

 上手いこと仲間の男共を盾にして、逃げてやったさ。


 まあ、2人が上手くいったなら結果としては上々なんだけど……


 なんというか、その切っ掛けがリーダーの大怪我だからね……

 正直複雑だ。


 特に、パーティーの危機管理で重要な役割である斥候の、アタイにとっては。


 途中で脱出した迷宮でのことを思い出す。


 草原エリアの15階層までは、特に大きな問題は無かったんだよ。

 問題は、16階層からだったんだよなぁ……




 ◆




〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 第18階層 〜



「くっそ、 魔物が多い! あまり拡がらないで! 蜂のテリトリーに引っ掛かるよ!」


 クラッシュボアの突進を躱しつつ、仲間に警戒を呼び掛ける。


 擦れ違いざまにリーダーの大剣が叩き付けられ、ボアは転倒。トドメに脇腹に剣を突き刺されて、魔石になった。


「ふぅ。確かに多いな。どれも集団で行動する魔物ばかりだ。」


 剣を背中に背負い直したリーダーが、汗を手で拭いつつ零す。


 そうだ。

 群れを作る狼や猿、巣を作る蜂に蟻、集落を構えるゴブリンやオークなど……単独で徘徊するその他の魔物も混ざって、森の中は魔物が犇めき合っている。


 ただでさえ視界が通り辛い深い森で、あちこちから魔物の気配がして、索敵どころじゃない。


 極めつけは。


「うきゃあああああッ!!??」


 これだ。


 シェリーが蔦に絡め取られて宙吊りになってしまった。

 即座に短剣を抜き、シェリーを吊し上げている蔦を切断する。落ちたシェリーは仲間達がキャッチした。


 天然のトラップが多い。

 それは、絡み付く蔦であったり、食獣植物であったり。


 魔物でもない巨大な、しかもただの植物に、度々足を止められる。

 もちろんただの植物だから気配も察知できない。


 更に、植物に擬態して気配を殺している魔物も居る。


 厄介極まりないよ、ホントに。

 シェリーじゃないけど、マナカさん、本当にいい性格してるよね……!


「これほどの森林は滅多に無いから、なかなか慣れないな。どうだ、ミュゼ? 抜けられそうか?」


 リーダーに問われるが、正直森が深くなってから、まともに魔物を避けられていない。


「数が少ない方を見分けることはできると思う。遭遇せずにやり過ごすのは、正直無理だね。」


 悔しいが、虚勢を張ってもリスクは高まるばかりだ。

 正直に伝えて、方針を練ってもらおう。


「そうか。森ではロイドも火を使えないし、視界が悪い中で強行突破も無謀だしなぁ。やはり、できるだけ少ない方へ向かうしかないか。」


 魔法使いのロイドが最も得意なのは火の魔法だ。

 だけど森でそんなもんブッ放せば、アタイらが炎に巻かれるのは分かりきっている。


 今は、風と土の属性でなんとか遣り繰りしている状態なのだ。


「分かったよ。なんとか頑張ってみる。」


「頼りにしてるわよ、ミュゼ。」


「任せますよ。」


 みんなの命はアタイに懸かっている。

 今まで以上に集中し、気配と匂いを探る。


 相変わらず周囲は魔物の気配だらけだ。

 意を決して、比較的密集の薄い方へとみんなを先導し、歩き始めた。




〜 第19階層 〜



「なんなんだよ、ちくしょおおおおおおッ!?」


「黙って走れ!! 追い付かれるぞっ!?」


 ホントマジで巫山戯フザケんなっ!


 ひたすら走り回って、逃げ回る。


「ちっ! 前はダメ!! 左に迂回するよッ!!」


 アタイ達を追い掛け回しているのは、キラーアントの大群。


 初遭遇となる熊の魔物、フォレストベアに避けられたロイドの礫弾が、偶々茂みの向こうに居た斥候蟻に命中してしまい、大量に仲間を呼ばれてしまったのだ。


 堅いし、速いし、多いし、獰猛。


 咄嗟に逃げ出したアタイらと違って、大群に飲み込まれたフォレストベアは、あっと言う間に靄になってしまった。


「前方オーク5匹! 擦り付けて一気に抜けるよッ!!」


 ちょうど良い規模のオークの集団を見付けた。

 上手くすれば蟻共を此処で引き離せる。


「噛み合うなよ! 手傷だけ負わせて走り抜けろッ!!」


 流石リーダー。アタイのしたいことを瞬時に理解してくれたね。


 茂みを抜けると、たむろしているオーク達の姿。


 パーティー全員で踊り掛かり、反応される前に擦り抜ける。擦れ違いざまに脚や腕を斬り付けることも忘れない。


「ブギイィィッ!!??」


 驚いてるね。悪いけど、アタイらのために壁になっておくれよ!


 オーク達は、反撃する間も無くアタイ達を取り逃がす。

 そして。


「ブゴオオオアアアアアッ――――」


 キラーアントの大群に飲み込まれた断末魔だけを、後ろに聴く。

 オークの血の匂いで誤魔化している間に、少しでも遠くへ走り去る。


 周囲は、キラーアントの大群を恐れたのだろう、魔物の密度は減っている。


 走り続け、逃げ続け……


「……!! 魔力の吹き出し口! 見付けたよッ!!」


 ポッカリと空いた洞窟のような、深い穴。

 この感じは間違い無く、次の階段だ。


「一気に駆け込め! 治療は下でいい!!」


 後ろを振り返ると、茂みが揺れ再び現れるキラーアント。

 しつっこいな!!??


 アタイ達は一も二もなく、階段へと飛び込んだ。




〜 第20階層 〜



 まったく、酷い目に遭ったよ。

 キラーアントの大群からなんとか逃れ、駆け下りて来た20階層。


 鬱蒼と茂った大樹や草、蔦。森は、より一層深くなっているようだった。


 あちこち擦り傷だらけで軽く出血しているのを水で流し、コリーに治癒してもらう。

 血の匂いでまた魔物を誘き寄せちゃ、目も当てらんないからね。


「とりあえず、今日は此処を抜けて次のフィールドまでだな。樹で空は見えんが、もういい時間だろう。」


 リーダーの提案にアタイ達は頷く。


 方針は変わらず、集団を避けて、奥へ進む。

 途中見付けた薬草や毒消しの花も念のために採取しながら、薄暗い森の中を気配を探りながら先導する。


 オークの集落を迂回し、キラーホーネットの巣を遠巻きに通り過ぎ。


 樹から落ちて襲い来るアサシンスネークを斬り払い。


 服にヒルが入ったと騒ぐシェリーを宥めて、一番体力の無い僧侶のコリーに合わせて休憩を取る。


 ふと、耳に微かな音が届く。

 種族は違うが、同じ獣人のシェリーにも聴こえたようだ。


「これは……何かデカいのが、争ってる……?」


「ミュゼも聴こえた? これ、割と近いわよ。」


 パーティーに緊張が走る。


「ミュゼ、見てこれそうか?」


 リーダーも、なかなか無茶を言ってくれるね。

 でも確かに、音の正体を調べないと不味そうだ。


 気配を探れる範囲からは外れているけど、目指そうとしている濃い魔力は、音の方角だから。


「行ってみるよ。コリー、念のため守護掛けて。」


「分かりました。」


 コリーに耐久力を上げてもらってから、念入りに周囲の気配を探る。


 みんなにはすぐに動けるようにしておいてもらい、茂みに分け入る。

 近くに魔物の気配はなさそうだ。


 音は、まだ聴こえる。


 近付くにつれ大きくなる音と、ぶつかっている衝撃なのか、地面が振動している。


 そして、アタイの索敵範囲が音の正体に引っ掛かる。


「ゲッ……!?」


 思わず声を漏らしてしまった。

 ハッとして周囲を探るが、特に何も居ないようで、胸を撫で下ろす。


 先程から聴こえる音の正体は、3体の巨大な魔物だった。


 ジャイアントベア。

 ジャイアントスネーク。

 ジャイアントスパイダー。


 それらが、ここら一帯だけ拓けた広い空間で、まるで森の覇権を争うように衝突しているのだ。


 そしてこれ見よがしに、争う3体の向こう側に、ポッカリと口を広げた洞窟が在る。


 アタイはすぐさま引き返し、仲間達に状況を伝えた。


「あの男っ……! どこまで性格悪いのよ!?」


「巨大な熊と蜘蛛と蛇って……そのどれかが階層主ってわけか?」


「いや。わざわざ同じ等級の魔物を揃えてる辺り、ソイツら全部が階層主なんだろうな。」


「同時に3体の巨大魔物ですか。骨が折れますね……!」


「(コクコク……!)」


 仲間達もうんざりした顔だ。


 1体でも厄介な魔物を、3体同時撃破。それも、すでに興奮状態のヤツらを、だ。


「幸い、3体で争ってるなら連携される事は無さそうだ。ここは横合いから、強力な不意打ちで行こうと思うが、どうだ?」


 異論は無いよ。アタイの装備じゃ、あそこまでデカい相手には有効打が打てないからね。

 オークキングの時と同じように、シェリーとロイドにぶちかましてもらうのが良いだろう。


「次の階段もすぐ近くだって言うし、火魔法を使っても良いだろ? とりあえず効きそうな蜘蛛を狙うわ。」


「それじゃ私は、戦い難い蛇を狙うわね。上手く口が開いたところを狙うから、今度はロイドが合わせてよね?」


 蜘蛛は火が弱点なら恐らく致命傷だろう。

 蛇も、シェリーの雷属性の矢が口に飛び込めば、かなりのダメージを受ける筈。


「決まりだな。最後に熊と対決だ。弱らせた端から潰して行くぞ。」


 思い思いの返事をそれぞれがリーダーに返して、戦闘準備をする。

 武器を取り出し、コリーの守護と加護を受けてから、慎重に階層主の元へ向かう。


 3体の魔物達は相変わらず争っているようだ。


「ゴアアアアアッ!!」


「シャアアアアアッ!!」


「キギイイイィィィッ!!」


 ぶつかり合い、絡まり合い、喰らい付き合い……

 その牙や、爪や、尾が、縦横無尽に振るわれる。


 争う3体に気付かれないように、不意打ちに有利な場所を確保する。


 そしてシェリーが魔力を練り、矢に雷の属性を付与し始める。ロイドも既に詠唱を始めていた。


 リーダーとブライアンが武器を構え、コリーは何時でも支援出来るように呼吸を整えている。

 アタイも短剣を抜き、自身の身体能力を魔力で上昇させる。


 布陣は整った。

 争う轟音が、腹に響く。


 鎌首をもたげたジャイアントスネークが、威嚇の声を上げるために口を開いた、その瞬間――――


 シェリーの矢が放たれ、紫電を纏った一筋の光が戦場を一瞬で駆け抜けた。

 間を置かずにロイドが紅蓮の業火を解き放つ。


 それを合図に、パーティーのメンバーが戦場へ躍り出る。


 鱗を持つ蛇へは攻撃力の高いリーダーが向かい、業火に巻かれた蜘蛛へはアタイとブライアンが走る。


「ギイイイイイイッ!!??」


「ガアアアアッ!!」


 突然の乱入に咆哮を上げる巨大熊。大蜘蛛は、どうやら弱点を突けたらしく、炎を消そうとのたうち回っている。


 そうこうしている内に、喉の奥を【稲妻の矢ライトニングアロー】で貫かれ、声も上げられずにいた大蛇にリーダーが迫り、上段からの渾身のひと振りで首を切断した。


 あと2体!

 熊はまだ驚いて動けていない。


 暴れ回ってなんとか火を消し止めた大蜘蛛にブライアンが突撃し、その剛腕で片方の顎を叩き折る。

 アタイはそのブライアンを踏み台に跳躍。蜘蛛の頭と胴体を繋ぐ節に上空から狙いを定め、全体重を乗せて短剣を突き立てる。


「ギッ!!?? ギキイイイイッ!!!?」


 駄目押しに、柔らかい腹部を狙ってシェリーが矢を連射し、大蜘蛛は断末魔の声を上げて崩れ落ちた。


 これで、あとは熊だけだ。


「グルアアアアアアアッ!!!」


 好敵手ライバルを先に仕留められてお冠かい?

 いきり立つジャイアントベアが後ろ脚で立ち上がり、威嚇してくる。


「いつも通り、俺とブライアンが前だ! ミュゼは遊撃、シェリーは援護! コリーは何時でも回復できるように頼む! ロイド、デカいのをもう1発頼むぞ!」


 阿吽の呼吸で淀みなく隊列を整える。

 後ろを確認もせずに、前衛2人が突っ込む。


 信頼されてるねぇ。その期待に応えなきゃね!


 シェリーの矢が次々放たれ、上半身に殺到する。熊は矢を嫌って、前足を振り回して迎撃する。

 しかしその隙に、前衛が懐へと辿り着いた。


「オラァッッ!!」


「……ッ!!」


 うん。ブライアンさ、気合いの声くらい出してもいいんだよ?


 アタイから注意は完全に逸れている。

 気配を殺し、【隠密】スキルを最大限に行使して、熊の後方へと回り込む。


 リーダー達の猛攻は続いている。

 浅くない傷を幾つも与えているはずだが――――まずいッ!?


 突如、熊が伸し掛るように両前足を振り下ろした。

 リーダーは大剣で、ブライアンは手甲でなんとか防御は間に合ったようだが、衝撃で吹き飛ばされてしまった。


 すかさずコリーが治癒魔法を行使する。


 熊の狙いは……シェリーだ!!


 降り注ぐ矢が余程癇に障ったのだろう。一直線にシェリーに突進して行く。


「シェリー、横に飛べッ!!」


 響く声に従い、間髪入れずにシェリーが飛ぶ。

 その陰から迸るのは、ロイドの火魔法【猛火熱線ブラストレイ】だ。


 最高のタイミングでの魔法攻撃。

 しかし、それにも関わらず、熊は咄嗟に身を捻って頭部への直撃を避けた。


 熱線は熊の肩口に当たり、その膨大な熱量でその身を焼く。熊はもんどり打って倒れ、転がる。

 確かに大ダメージは与えた筈だが、転がったせいで熱線の射線から外れてしまった。


 ロイドとシェリーは既に退避している。

 アタイは気配を殺したまま、身を起こそうとしている熊に飛び掛かる。


「グガアアアアアアッ!!??」


 驚いただろ? 跳躍して、思い切り短剣を眼に突き刺してやったからね。


 ダメージに狂乱し、再び後ろ脚で立ち上がって滅茶苦茶に前足を振り回す熊。


 当たりたくもないしね。さっさと短剣を放して飛び退る。

 そして追い付いたリーダーが、ガラ空きの熊の腹に横薙ぎの一閃を叩き込んだ。


「グギャオオオオオオオッ!!!??」


 アタイの肩幅くらいあるリーダーの大剣が、その刀身が埋まるほど食い込んだ。

 巨大熊――ジャイアントベアは、一際デカい断末魔を上げて、靄となって消滅した。


 アタイは短剣を回収するのも忘れて、思わずその場にへたり込んじまったよ。


 これまだ20階層なんだろ? マナカさん、どんだけ殺意剥き出しの迷宮作ってんだよ……!


 暫しの間勝利の余韻に浸り、アタイ達は誰ともなしに装備を確認し、全員で洞窟の階段を降りて行った。




〜 第21階層 岩場エリア 〜



 降りた先は、今度は大岩がゴロゴロしている岩場のフィールドだった。


 降りる前にちゃんと転移装置に登録も済ませたし、とりあえず様子見で探索してみたら、このエリアは巨人系の魔物が多いみたいだった。

 森の中で小型から中型の魔物にひっきりなしに襲われるよりは、いくらか戦い易かったね。


 ひとしきり様子を見たところで、キャンプを張って休むことにした。

 今日はここまでってね。


 いや、正直20階層の階層主でお腹いっぱいだもん。




 翌日の夜明け。


 魔物避けの術具やキャンプ用品を片付けて、早速攻略を再開した。


 トロールやギガース、サイクロプスなど、巨人系の魔物は図体もデカく強いが、その分気配も強いため、索敵は容易だった。

 ただ、注意しないと岩場の隙間とかからスライムが飛び出して来るから、集中は欠かせなかったけどね。


 それでも森に比べれば索敵もし易く、アタイ達は昨日が嘘のように順調に進んで行った。




〜 第24階層 〜



 本当に順調だった。

 途中、岩に擬態したロックゴーレムや、石化の毒霧を吐くコカトリスが追加されたけど、それも注意して気配を探ればそれほど遭遇せずにやり過ごせた。


 何体目かのサイクロプスを打ち倒して、スライムも擬態したゴーレムも居ないことを確認して、コリーに結界を張ってもらって休憩を取る。


「このフィールドは俺達に相性が良さそうだよな? 魔物の数は多くても、群れを作るタイプでもないし。」


 ロイドが幾分肩の力を抜いてそう言う。


「そうだな。とりあえず注意すべきは、隠れているゴーレムとスライムくらいか。巨人系は連携の訓練にも丁度良さそうだ。コカトリスは、今度来る時は念のため、石化治療薬を持って来るとしよう。」


 リーダーも、リラックスした様子で受け答えしている。


 アタイ? アタイは、リーダーをじっと熱い目で観ているシェリーを観察して溜め息吐いてたよ。


 ホント、さっさと想いを告げちまえばいいのにさ。そういうトコは奥手なんだから。リーダーは鈍感で、全く気付いてないしさ!


 そんな感じで人心地着いて、一休みしたらまた歩き出す。


 索敵範囲には特に何も引っ掛からない。

 スライムやゴーレムも隠れてる様子は無かった。


 だから。


「シェリーッ!!!」


 突如後ろから聴こえた大声に、ハッとして振り返る。


 そこには、リーダーに突き飛ばされて倒れ込むシェリーと、その右腕が徐々に石と化していくリーダーの姿があった。


 まさか、そんな!? 索敵では何も捉えられていないのに!


 急いで周囲を見回すと……居た!

 アタイの索敵範囲のギリギリ外くらいから、此方を睨め付けている大きな蜥蜴。


 バジリスクだ。

 リーダーの石化は、アイツの魔眼の仕業か!


「あそこにバジリスクが居るよ! シェリー、ロイド! なんとか攻撃して! アタイがトドメを刺す! 早くしないとリーダーが全身石にされちまうよ!! 攻撃する時は合図するから!」


 叫ぶと同時に走り出す。

 岩を盾にして、万が一にも魔眼がコチラに向かないように駆け抜ける。


 矢が風を切る音と、火炎が大地や岩を焦がす音が響く。

 チラッと覗き見れば、バジリスクは怒涛の攻撃に晒されて、身動きも取れない状態だった。


 行ける!

 ヤツの足元の岩の裏まで辿り着き、気配を殺したままで合図を出す。


 何のことは無い。短剣を抜き、陽の光を反射させるだけの合図だ。

 しかし、そんな簡単な合図でもしっかり伝わり、攻撃が止む。


 その瞬間に躍り出て、バジリスクの喉元に短剣を突き立ててやる。

 しかし一撃では少し浅かったようで、まだのたうっている。


「これでも、喰らいなッ!!」


 突き立てた短剣の柄を、思い切り蹴り込む。

 喉の奥深くまで突き刺さった短剣に、一瞬身を震わせたバジリスクは、そのまま靄へと変わっていった。


「ダージルッ!!」


 仲間達の悲痛な声が響く。

 アタイは短剣だけを回収して鞘に仕舞い、すぐさまみんなの元へ駆け戻る。


「そんなっ! 嫌よ、ダージルッ!!」


 リーダーの隣でシェリーが座り込んでしまっている。

 リーダーは、右腕のほぼ全部が石化してしまっていた。


「くそっ! まさかバジリスクまで居るとは……ッ!」


 リーダーが無念そうに言葉を漏らす。


 右腕はリーダーの利き腕だ。それが使えないだけで戦力は半分以下になってしまう。


「石化の治療薬は無く、階層主戦はダージルがこれでは絶望的です。ここは20階層までなんとか引き返して、転移で街に戻るべきです。」


 僧侶のコリーが、悔しそうに提案する。

 彼は毒や麻痺、催眠なら癒すことは出来るが、石化まで治すことは出来ない。


 きっとアタイ達の誰よりも、コリーは悔しいに違いない。


「アタイも賛成だね。敵はなんとか掻い潜ってみせる。だから引き返そう。良いよね、リーダー?」


 勿論アタイだって悔しい。

 あと少し、アタイの索敵範囲が広ければ、バジリスクに不意を打たれることはなかったのに。


「それしか無いな。みんな、すまん。20階層まで撤退しよう。」


 重々しく告げるリーダー。


 彼としても、撤退は歯痒いに違いない。

 でもここで無理をすれば、それこそ取り返しのつかない事態になりかねない。


「それじゃ行くよ! みんな、急いでついて来て!」


 石化はバジリスクを倒したことで停まっているように見えるが、油断はできない。

 できるだけ急いで、20階層の転移装置を目指さなければ。


 そこからは兎に角必死だった。

 ひたすらに、先へ、先へ。


 リーダーも、片腕を庇いながらなんとかついて来てくれていた。


 しかし焦りからか、疲労からか。

 集中が乱れ、踏み込んだ先で……


「うそ…………!?」


 周囲の岩が、一斉にゴーレムへと変態した。


「リーダーを守ってッ!! 密集、防御陣形!!」


 すぐさまみんな集まり、防御を整える。


 囲まれてしまった。

 相手は、ロックゴーレムが……16体。


「ブライアン、足から砕いて! ロイドは爆発系の魔法を!!」


 アタイも短剣を構え、鈍重なゴーレムに斬り掛かる。ブライアンも即座に動き、近付くゴーレムを殴り付ける。


「どらあああッ!!」


 リーダー!? なに片手で無茶してんのさッ!?


 利き腕を使えないリーダーまで駆り出しての防衛戦。

 最初こそ、ゴーレムの勢いを押し留めることは出来ていた。


 でも、そんな無茶は、長くは続かなかった。




「くそっ! これで仕舞いだぞ!? 【燃焼爆裂エクスプロージョン】!!」


 ロイドの渾身の爆裂魔法を浴びて、1体のゴーレムが砕け散る。それと同時に、ロイドは魔力が尽きて膝をついてしまう。


 そこへ突進して来る別のゴーレム。


「どけええええええッ!!!」


 ロイドを突き飛ばして割り込む人影。

 それは、普段の力強さとは程遠い、片手で大剣を振り回すリーダーだった。


「ダージルぅッッ!!!???」


 ゴーレムの巨体に撥ね飛ばされ、2回、3回と大地にその身を打ち据えるリーダー。


「リーダー!? くそ! コリー、治癒は!?」


「駄目です! 魔力が、もう……ッ!」


 最悪だ。何がAランク冒険者だ。

 いつもアタイらを守ってくれているリーダーすら、護れないで。


「ロイド、コリー! なんとかリーダーを守って!! ブライアン、アタイと行くよ!!」


 いつかこんな日が来るだろうとは、思っていたさ。

 所詮は命が対価の、戦闘屋稼業だからね。


「無茶しないでミュゼっ!? あなたの装備じゃ、あの装甲はけないでしょッ??!!」


 無茶でもなんでもさ、アタイにだって護りたいモノくらい有るんだよ!


 ブライアンはアタイの隣で、黙々とゴーレムと打ち合っている。

 アンタ、こんな時でも声出さないんだね。


 可笑しくなって、思わず口元が緩んでしまう。

 そんな時だった。


「シュラ、行け!」


 ふと耳に届いた、鋭い声。

 その方向を見やれば、燃えるような赤い髪の女性が、ロックゴーレムを砕きながら此方に向かって来ているのが見えた。


 触れれば薙ぎ、当たれば砕けるゴーレム達を擦り抜けて、現れたのは。


「おい! ダージルはまだ生きてるかッ!?」


 この迷宮の主の男、マナカさんだった。

 彼はアタイの肩をポンと叩くと、血塗れで倒れるリーダーの元へと駆け寄った。


「だ、旦那アンタか!? 仲間を庇ってバジリスクの石化を受けちまったんだ! すぐに殺したけど、利き腕が石化しちまって……!」


 ロイドが狼狽えながらも説明する。

 それを受けて彼は、引き連れてきた獣人の女性――アザミさんといったか――に治癒魔法を掛けさせ、おもむろに宣言したのだ。


「特別だ。転移で脱出するぞ。全員集まれ!」




 ◆




 そうして、なんとか1人も欠けることなく迷宮を脱出することができた。

 そして思ったのは、まだまだ力が足りない、ということ。


 聞けばマナカさんの話では、あの岩場はまだまだ中級の域らしい。

 先へ進めば、より過酷な事態が待ち受けているだろうね。


 思えば、パーティーが有名になって、ちょっと調子に乗っていたかもしれないね。


 誰ひとり欠けずにそれに気付けたんだから、まだ良しとしないといけないかな。


 リーダーが復帰したら、特訓を申し出てみようか。

 アタイはそうだな……マナカさんの従者のアネモネさんに指導してもらおうかな。


 彼女の身のこなしは半端じゃない。速さも勿論だけど、技術的にもアタイの戦い方のお手本のような人だ。


 うん。寧ろやっぱり、この街に住んじゃおうよ。

 マナカさん達と一緒に居れば、絶対今より強くなれる、そんな確信がある。


 そうと決まれば、先ずはシェリーを囲い込まなきゃ!


 ……シェリーってば、もういい加減、機嫌直ったかな……?



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