第九話 俺、ダンジョンマスターなんだけどな。


〜 ダンジョン都市【幸福の揺籃ウィール・クレイドル】 孤児院 〜



 ……吊り橋効果って凄いのな。まさか冗談で言った事が本当になるとは。


 俺のダンジョンで瀕死の重傷を負ったダージルを救出し、治療を施した。


 目を覚ましたダージルに話を聞きたかったんだけど、心配していた彼の仲間――特に彼に想いを寄せていたシェリーにお先にどうぞって譲ったら……


 まあ、想い人が死にそうで、それが救かれば気持ちが爆発するのも解らんでもないよ?


 まあなんだ。要は病み上がりに張り切り過ぎて、また倒れちゃったってだけなんだけど。


 おかげで今は絶対安静で、お話は先延ばし。シェリーなんかは顔を真っ赤にしてダージルに謝ってたよ。

 その後は他の仲間達に揶揄われ祝福されてたけど。


 ま、そんなこんなで暇になっちゃったもんだから、俺は街の教会に、情報を集めに来た。


 中央礼拝堂で転生神様幼女に感謝と恨みを捧げてから、目的の人を探す。


 まあダンジョンマップで探せばすぐなんだけど、あまりにプライバシーが無いからさ。よっぽど緊急じゃない限りは、使わないことにしているのよね。


 そして近くを通りがかった修道士の男性に訊ねると、孤児院に居るとのこと。

 同じ敷地内に建つ孤児院の方に顔を出してみると、彼女は1人で、せっせと窓を拭いていた。


「こんにちは、マリーアンナさん。お掃除ですか?」


 シスターマリーアンナ。

 移民団と共に招いたユタ教会の修道女シスターで、現在はこの孤児院の寮母マザーを任せている。

 と言っても、まだ孤児は1人も居ないんだけど。


「これは、マナカ様! ようこそおいで下さいました。お見苦しいところをお見せして……!」


 窓を拭いていた雑巾をバケツに入れ廊下の隅に置いてから、丁寧に挨拶してくれる。


「まだ子供も居ないのに、いきなり孤児院なんて押し付けちゃってごめんね。それに人手も、まだ1人きりだし……」


「良いんですよ。私は子供好きですし。それに実はこの間の告白会以降、孤児院を手伝いたいと言って下さる方が結構居てくれまして。まだ子供も居ないので、暇な時に手伝いに来てくれているんです。子供を受け入れ始めたら、改めてお願いするつもりです。」


 告白会とは、元王太子ウィリアムの女遊びの被害に遭った女性達をこの教会に集めて、俺が話を聴いた時のことをそう呼んでいるらしい。


 そっか。彼女達も、少しずつ前へ進めているんだな。

 よかったよ。


「それで、本日はどうなされたんですか?」


 おっと、本題を忘れちゃいかんね。


「ああ、そうそう。実は孤児の保護について、色々教えてもらいたいと思ってね。外部に依頼してもなかなか上手くいかないみたいだから、独自に動こうと思ってるんだよ。」


 それには、実際に孤児の面倒を見ることもある教会関係者に聞くのが手っ取り早いと思い立ち、こうして彼女に会いに来たのだ。


「それでしたら、落ち着いてお話した方が良いですよね。お茶を淹れますので、どうぞ中へお入りください。」


 と、マリーアンナさんがバケツを持って案内してくれようとするので、俺はそのバケツを代わりに運び、ついて行った。


 孤児院の応接室。


 なんだか小学校の校長室を思い出すその部屋へと通され、ソファに腰掛けて待つこと10分ほど。


 ティーセットをワゴンに載せたマリーアンナさんが戻ってきた。


「お待たせして申し訳ありません。市井の粗茶ですので、お口に合うかどうか分かりませんが……」


 そう言って差し出されたのは、紅茶だった。

 淹れてくれたそれを、まず一口啜る。


「美味しいよ。きっとマリーアンナさんの淹れ方が上手なんだろうね。」


「まあ、お上手ですのね。」


 素直に褒めたのだが、コロコロと笑って謙遜されてしまった。

 ホントに美味しいんだけどな。


 そうだと思い付き、俺は無限収納インベントリからお菓子を取り出して、マリーアンナさんにも勧める。


「これはマドレーヌっていうお菓子だよ。紅茶にも合うから、食べながら話そう。」


 そう言って、まずは俺から食べて見せる。

 それを見て、彼女も恐る恐るマドレーヌを手に取り、口にした。


「まあ! 優しい甘みですね! こんな甘くて美味しいお菓子は初めて食べます!」


 花が咲いたような笑顔でそう言ってくれるマリーアンナさん。


 そんなに喜んでくれるなんて、こっちも嬉しいな。

 作ったのは例の如くマナエなんだけどね。


「たくさん有るから、遠慮しないでね。それで、話なんだけど。」


 俺はお茶を楽しみながら、王国の力で孤児を集めることは、現状難しいということを話した。

 それを受けて、人口増加とも並行して、独自に孤児を保護できないか模索中、ということも伝える。


「そうでしたか。お国の事情とはいえ、歯痒いものですね……」


「それでさ、実際教会はどんな風に孤児を保護してきたのか、教えてくれないかな?」


 相談の主旨を伝える。


 俺のイメージだと、様々な事情で赤子を育てられない親が、そっと教会の門前に置いて行く……ってのが精々だ。

 それでも巫山戯ふざけんなって感じだけど。


「そうですね。確かに教会に直接捨てられていく子供も居ますが、大体は貧困街スラムなどで炊き出しをした際や、巡礼の旅の途上で保護する子供も多いですね。そういった子供達で、教会に来ることを受け入れてくれた子達を、お世話しています。」


「ということは、拒否する子も居るってこと?」


 気になったことを訊ねる。

 スラムなどの劣悪な環境に居るより、教会に保護された方がよほど良いだろうに、拒否する理由って?


「そういった子供は、悪人に囲われていることが多いんです。窃盗グループだったり、薬物の密売組織の末端の手足として、使われているんです。」


 …………やっぱ有るのか、そういうの。


 大方、メシをやるから働けって感じでいいように扱き使われてるんだろう。善悪の判断の甘い子供なら、仕込むのも楽だろうし。


 もし下手を打ってもたかが孤児。簡単に切れるし、足も着かないからな。


 子供達は、悪人とはいえ世話をしてくれている大人を裏切れないんだろう。

 そして怖い大人だと知っているから、何をされるか分からないから、差し伸べられた他の手を取れないんだろう。


「スッキリしない話だな。その話、役人には?」


「何度も訴えてはいる筈です。私も訴えたことは有りますが、「調査する」の一点張りで……」


 それが王都の治安問題だとすると、担当は警備隊か?


 いつかの王都の警備隊長の顰めっ面が脳裏を過ぎる。あの頑固そうな人が見過ごすようには思えないんだけどな……


「だとすると現場担当が買収されているか、上層部が癒着してて揉み消してる可能性も有るな……」


「そんなっ!?」


 おっとしまった。つい口に出しちゃったか。


「今のは気にしないで。どちらにせよ、そんな物騒なことに子供達を関わらせてはおけないし、俺がなんとかするから。それで、国内はともかくとして、外国でも似たような感じなのかな?」


 その後も、マリーアンナさんに色々と教えてもらった。


 孤児が多く見られるのは、首都や商業都市、迷宮都市などの発展した都市が多いとのこと。

 これは富裕層の残飯が目的だったり、冒険者達の荷物持ちなどをしたりして食い扶持が比較的多いからだとか。


 逆に発展の遅い農村部などでは、口減らしとして放逐された子供達は、運良く他の街に辿り着ければ良いが、そうでなければ盗賊などに捕まったり、魔物に襲われることが多いらしい。


 盗賊に捕まった子達は、男の子は運が良ければ育てられて手足として使われ、やがて盗賊に。

 女の子は悲惨で、散々お楽しみの後には、裏のスジから奴隷として売り飛ばされるらしい。


 まったく、反吐が出るね。


「そうなると、先ずは農村部からかな。口減らしされそうな子供を食糧とでも引き換えに引き取れば、諍いも起きないだろうし。都市部の子供達は、いっぺんに連れ出す必要があるな。残された子に悪人の報復が向いたら意味が無いもんな。」


 村を良くしてやろうなんて思わないよ?

 それは大人の責任だ。村民や町民が、領主が努力をするところだ。


 俺はそんなとこまで面倒見ないさ。

 俺が救けたいのは、そういう大人の勝手な事情で割りを食っている、子供達なんだから。


「親は、助けはしないのですか?」


 不安そうに訊ねてくるマリーアンナさん。

 そんな彼女に、俺は。


「うん、助けない。我が身可愛さに子を差し出す親なんて、親とは呼べないよ。自分がどうなっても、子供を愛し護るのが親だろう? もし自分を奴隷にして、子供共々面倒を見てくれって言うなら考えなくもないけど、口減らしなんて言葉で大人の怠慢を誤魔化しているような連中に、貸す手は持ってないよ。」


 そこは譲らない。子供に親は選べないのだから。


 望まない子?

 だったら最初から産むんじゃねえ。産むと決めたからには、死ぬまで責任持ちやがれ。


 おっと、いけない。俺は怖い顔でもしてたんだろう。

 マリーアンナさんの顔色が悪い。


「怖がらせたならごめんね。でも、それが俺の譲れない一線だから。もちろん、頭ごなしに決めつけて罵ったりはしないよ。事情を聞いてから、ちゃんと判断するよ。」


 神様に仕える人にする話じゃなかったな。気を悪くしなければいいけど。


「正しい、考え方だと思います。神様から授かった宝である子供を、蔑ろにしていい理由はありませんから。是非、私にもお力にならせてください! その子達の親に代わって、私が愛情を込めて、立派に育ててみせます!」


 ……強い人だな。それに、とても優しい。

 言ってみれば、好き嫌いで親を見捨てると言っているのと同じなのに。


「ありがとう。頼りにしてるよ。」


「こちらこそ。貴方様のお力になれれば、幸いです。」


 なんか、そこまで言ってもらえると照れるな。


「それと、できればもう少し気楽に接してくれないかな? 俺は別に貴族でもなんでもないし、“様”なんて付けられるような立派な奴じゃないからさ。」


 そうかしこまられると、背中がムズムズしてくるよ。方々で無駄に持ち上げられ過ぎだよね、俺。


「ふふっ。分かりました。では、マナカさんと呼ばせてもらいますね。私のことも、どうか気軽にマリーと呼んでください。」


「ああ。ありがとう、マリー。これからもよろしく頼むよ。」


 そうしてマリーアンナさん……マリーに礼を言って別れ、俺は早速計画を詰めようと、帰宅した。




〜 六合邸 リビング 〜



 家に戻った俺は、夕飯に集まった家族みんなに、マリーから得た情報を共有した。


 一先ずの方針としては、先ずは僻地で口減らしの子供達を保護すること。

 そして、都市部の孤児の一斉保護だ。


 緊急性が高いのは、どう考えても僻地の子供達だからね。

 あとは移動手段と越境の手段だけど……


「マスター、ここはダンジョンを活用しては如何でしょうか?」


 アネモネが提案してくれる、がしかし。


「それは俺も考えたんだけど、どうしても飛び地でダンジョン領域は作れないんだよ。地続きで領域拡張なんて、時間と労力が掛かり過ぎるし、下手すれば侵犯と看做されちゃうだろ?」


 あまりにも現実的じゃない。アネモネなら、そんなことは解っているだろうに。


「ノン。私が活用するとお伝えしたのは、ダンジョンです。」


 ……なんだって?


「あたしが説明するよ、お兄ちゃん。」


 そう言ってアネモネから説明を受け取るのは、マナエだ。


「あたしが提案したんだけどね……要するに、各地に点在する他のダンジョンを、お兄ちゃんが支配しちゃえば良いんじゃないかなって。」


 マナエが言うには、ダンジョンを踏破し、ダンジョンマスターを討伐若しくは屈服させれば、ダンジョンコアの支配権を得ることが出来るらしい。


 ダンジョンマスターを討伐してしまった場合だと、時間経過でコアは消滅、ダンジョンは崩壊を始めてしまうため、その前にコアに支配を認めさせねばならない。

 なので難易度としては、屈服させて支配権を上書きする方が簡単だ。


 支配権を得れば、支配したダンジョンコアと俺のダンジョンコアにパスが繋がり、主従として登録される、とのことだ。


 つまり、他所のダンジョンと転移による行き来が可能になると。


「マジか。そんな方法が有ったんだな……!」


 ん? ということは、ウィリアムが俺に支配権をどうのって言ってたのって、そういうことか?


「なあ、それって割と常識的な知識なのか?」


 思わず問いを口にする。それに対して答えたのは、アネモネだ。


「ノン。一般には流れていない事柄です。知っているとしても、国の上層部か、ギルドのトップにまことしやかに伝わっている程度でしょう。」


 だとすれば、ウィリアムが知っていたのは元からか?

 それとも、そんなことを誰かに吹き込まれたのか……?


「どうかな、お兄ちゃん? あたし、役に立てたかな……?」


 おっといかん。可愛い妹を放置するとは、俺らしくもない。


「ああ! 良くやったぞ、マナエ! これであとは移動手段と、具体的に狙うダンジョンを決めるだけだ!」


 マナエを抱きしめ、頭を撫でてやる。


 ふふふ。本当にマナエは良い子だなぁ〜。


「うん! あたしもお兄ちゃんの役に立てて、嬉しいよ♪」


 あん? なんだシュラこのヤロウ?

 なにヤレヤレだぜって顔してやがる!?


「しかしマナカ殿。他の迷宮を支配するのは良いとして、どうやって入るおつもりでしょうか?」


 空気が固まる。


 れ、レティシアさん? それは、どういうことなのかな?


「やはり知らなかったか。いいかマナカ。迷宮には、国が発行する許可証若しくは、Dランク以上の冒険者証が無ければ入ることはできんのだぞ。」


 フリオールさん、マジですか?


「え、じゃあ、王様に頼んで許可証とか――――」


「不可能だ。アネモネ殿も言っていた通り、国の上層部には支配権の話が伝わっている可能性が有る。で、ある以上、迷宮の主であるお前が他の迷宮へ入る許可を申請するということは、支配域を拡大する意図を勘繰られる要因になる。王国との友好に亀裂が入りかねんぞ?」


 食い気味に却下されてしまった……悲しい。


 でもフリオールの言う通りだな。俺の目的はどうであれ、邪推する奴は少なからず出てくるだろう。


 シュトローム侯爵だっけ? アイツとかさ。


「侵入するにも骨が折れますよ? 迷宮は基本入口はひとつですし、そこを四六時中兵士が見張っているんです。都合良く国が認知していない迷宮でも在れば良いですけど、今回の目的だと、各地の複数の迷宮を支配する必要が有るんですよね?」


 うむ、ぐうの音も出ませんです。


 国からの許可は降りない。不法侵入も非現実的。


 となれば……


「仕方ないか。よし! 冒険者になろう!!」


 六合真日りくごうまなか0歳! 種族はアークデーモンで、職業はダンジョンマスターをやってるよ!

 そんな俺は、これから冒険者を目指します!!



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