第八話 Aランク冒険者の大冒険。その②
〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 第13階層 草原エリア 〜
《Aランク冒険者 シェリー視点》
ああもうっ! あのマナカって魔族の男、絶対性格悪いわッ!!
「ギュイイイイイイッ!!!」
脇腹の急所に矢を受けたレイジングディアが、断末魔の声を上げる。
そして靄となって魔石と2本の角を残して消えた。
私達Aランク冒険者パーティー【火竜の逆鱗】は今、ひょんな事から知己を得た、迷宮の主が創造した迷宮を攻略している。
最初は上層らしく、そして生まれて間もない迷宮らしく、洞窟と迷路という構成だった。
だけど迷路を抜けた先に広がっていたのは、見渡す限りの草原。
開けた視界に爽やかな風……行楽だったらさぞ気持ち良かったでしょうね!
視界が開けているということは、此方からも敵からも、双方発見し易いということ。広大な草原でひとたび戦端が開けば、まごまごしていると次から次へと魔物が寄って来る。
「あとゴブリンが3匹!」
また!? これ近くにまた集落でも在るんじゃないの!?
パーティーリーダーのダージルが突っ込んで1匹を切り伏せる。斥候のミュゼが撹乱して動きを停めた所に、ロイドが放った風の刃が、周囲の草を巻き込みながら炸裂する。
戦士のブライアンが手甲で殴り、宙に打ち上げた最後の1匹を私が射抜く。
「今度こそ、終わりですかね……?」
僧侶のコリーが素早くメンバーに治癒を施す。
この草原エリア、あちこちにゴブリンやコボルト、オークの集落が点在している。しかも階層を降りる毎に広さも増しているようだ。
「……周囲に魔物の気配は、とりあえず無くなったよ。どうする、リーダー?」
「連戦し過ぎたな。一旦休憩にしよう。コリー、結界を頼めるか?」
「了解しました。」
やっと休めるのね。
ダンジョンに潜って2日目。
1日目で一気に10階層まで踏破したけど、11階層が広い草原ステージで、時間も夕刻を回っていたため、休むことにした。
そして2日目の今日、日が昇ってから行動を開始したけど、広過ぎて思うように進めていない。
そしてそれに付け込むかのように魔物の種類も数も増えていく。
外ではもう昼頃かしら?
迷宮内の時間は外に連動しているみたいで、太陽もほぼ真上に位置している。
「軽く食べよう。開けたエリアで匂いを立てないように、干し肉とパンくらいにしておくか。」
ダージルの号令で皆思い思いに腰を下ろして、軽食を摂る。
「それで。どうなんだ、この迷宮は?」
魔法使いのロイドがダージルに訊ねる。
この迷宮に対する所感を知りたいのだろう。メンバーの中では、ダージルが一番迷宮に詳しいからね。
「……未だ上層だからな、何とも言えない。魔物の種類に関しては、フィールドに適した種が徐々に増えていくって感じで、強さは他に比べるとやや強いくらいか。恐らく段階的に難易度を上げているんだろうな。」
私もほぼ同意見ね。
「フィールドも段々と広くなっているように思いますね。恐らく、ゴブリンやコボルトの集落も、比例して増えているでしょう。下手をすればオークの集落も在るかもしれません。」
「とりあえずどっちに進むか決めてよ。近寄って来る魔物は、アタイが全部嗅ぎとるからさ。」
水袋に直接口を付けて喉を潤し、ミュゼが言う。
「出来れば“はぐれ”には遭わずに駆け抜けたい。強い魔物を避けるように、まずは北を目指そう。幸い太陽があるからな。恐らくはこの草原エリアも15階層までだ。今日中に抜けよう。」
皆が了承の意を返す。
手早く身支度を整え、方角を確認して再び進み始める。
そこからは、単体のフィールドボアや、2,3匹のゴブリンの小集団と遭遇したくらいで、運良く向かう先に次の階層への階段を見付けられた。
〜 第14階層 〜
「ドッグじゃない! ウルフが4頭!!」
ミュゼの鋭い声が響く。
最初に遭遇したのは、この迷宮で初見となるウルフ種の魔物。確か名前は、グラスウルフだったかしら。
草原に良く似た薄緑色の毛皮で、集団での狩りを得意とする。素早さ、持久力共にドッグ種を圧倒する。
「俺とブライアンで動きを止める! シェリーとロイドで仕留めてくれ! コリーは俺達に守護を!」
突出するダージルとブライアンの前衛組に、コリーが祈りを捧げて耐久力を上げる魔法を掛ける。
敢えて大振りで回避をさせ、避けた所に私が矢を撃ち込む。
ブライアンが殴り倒したウルフに、ロイドが岩石の礫を降らせる。
あっと言う間に、ウルフ達はその身を魔石に変えた。
「此処からはウルフも追加か。少数ならまだ良いが、群れになると厄介だな。」
それからも、極力戦闘を避けて突き進む。
単独若しくは少数なら素早く仕留め、群れや強い気配からは迂回する。
太陽はまだ高い。
「……まずいよ! この先は多分ディアの群れ。左右どっちも1体だけど、どっちも“はぐれ”だと思う。」
ミュゼの警戒する声。
運の悪いことに、群れとはぐれ達の進路にかち合ったらしい。
「ミュゼ、はぐれの種類は分かる?」
訊ねるが、難しい顔をされる。
「左は、多分トロール。右が風向きのせいでハッキリしないよ。なんとなくだけど、オーガっぽい……」
トロールか、オーガか。普通なら、弱いオーガを狙って抜けるところだけど……
「多分、シェリーの考えてることは当たってるな。オーガの“はぐれ”とは上の迷路でもう遭っている。この迷宮の傾向だと、より強い上位個体だろうな。リーダーか、下手すればジェネラルか。武装されていたら厄介だな……」
この性格の悪い迷宮なら充分考えられるわね。他のメンバーも同意見のようだ。
「群れはなしだ。トロールを一気に仕留めて駆け抜けよう。」
そうね。群れを相手にしている所に“はぐれ”まで来たら最悪だもの。
反対意見は無いようで、標的を左に居るトロールに定める。
「ロイドは火魔法で上半身より上を狙ってくれ。俺とブライアンが足を止める。コリー、また守護を頼む。シェリーは援護を。隙を突いて急所を狙ってくれ。ミュゼは周囲の警戒だ。他に動きが有ったらすぐに教えてくれ。」
準備はいいな? とダージルが大剣を抜く。
私達は頷きを返し、トロールの居る方を見据える。
少し進めば、薄らとその緑色の巨体が見えてきた。
「一気に行くぞ!」
ダージルとブライアンが駆け出す。私とロイドがそれに続き、コリーもついて来る。
ミュゼは後方、付かず離れずの位置で周囲の警戒に務めている。
「ゴアアアアアッ!!」
トロールがこっちに気付いた。
まずは牽制で、その丸出しの腹に1射、2射。吸い込まれるように突き刺さる矢に、トロールの意識が一瞬逸れる。
その隙に間合いを詰めたダージルの大剣が、トロールの肩から袈裟に捉える。
畳み掛けるように、懐に飛び込んだブライアンが手甲で腹、股間、膝と下半身を主に狙って殴り付ける。
下半身の痛みに注意を引き付ける。私も
「行くぞ離れろ!! 【
詠唱を終えたロイドが注意を促す。
前衛の2人がトロールから距離を取るのと、トロールの顔面にその頭より巨大な火球が命中するのは、ほぼ同時だった。
「グゴガアアアアガアアアアッッ!!!???」
頭を手で抱え、悶え苦しむトロール。そして、その喉ががら空きになる。
私が放った矢は、狙い違わずにその喉へと突き刺さる。
そして止めに振るわれたダージルの大剣が、トロールの出っ張った腹を真一文字に斬り裂いた。
一瞬の硬直の後、トロールはゆっくりと後ろに倒れ、そのまま靄となって消える。
後には大きめの魔石と、トロールが持っていた物と同じ棍棒が残った。
「終わったね。周りのヤツらはまだ動いてないよ。一気に抜けよう!」
戦闘後の余韻もそこそこに、私達は急いでその場を後にした。
太陽は西に傾き始めている。暗くなる前には階層主を倒したいわね。
「これまでの傾向から、魔物も集落も数を増やしてる筈だ。ミュゼ、極力戦闘を避けるように先導してくれ。先ずはフィールドの中央を目指す。」
すぐさま移動を開始する。進行ペースはミュゼに任せておけば問題無い。
軽く走りながら、私は水袋を取り出して一口呷る。
「右にウルフの群れ……上位個体が混ざってるよ。」
後続の私達に注意を促してくる。
この階層では上位個体まで追加されるのね。グラスウルフの上位だと、フォレストウルフかしら?
より連携を強めて襲って来そうね。
「念のため少し避けるよ。ついて来て。」
そう言って少し左に迂回する。
敵の少ない方角を選び、速攻戦を制してまた移動。
そうして暫く走った先で、ミュゼが足を止める。
「どうした、ミュゼ?」
ダージルが近寄り、声を掛ける。
「オーガのまとまった匂いがする。20……いや30くらい。多分集落だよ。進路を塞ぐように在る。」
ええー、最悪じゃないの……!?
流石にオーガの集落を攻めればかなり消耗する。矢も曲がっていない物は回収しているけど、それでも減るのだ。
「迂回路は? 気付かれずに通り抜けられそうか?」
「走っては無理だね。風向きも考えて……右が手薄そう。今のところ周りに他のは居ないし。」
ミュゼの索敵能力を疑う者はパーティーには居ない。何度も私達を助けた能力なんだからね。
「よし。気配を出来るだけ隠して慎重に迂回しよう。」
ダージルの決定にも皆信頼を置いている。
決断が下り、私達は即座に行動に移し。
「……うん、此処まで来ればもう気付かれない筈だよ。速度を上げるね。」
無事にオーガの集落をやり過ごすことに成功した。
実際オーガが集落単位でなど、Bランクパーティーが複数出張る案件なのだ。
草原で罠を敷けない代わりだろうけど、ほんっと性格悪いわねあのマナカって
「不満そうだな、シェリー?」
なによダージル。
「ええ、不満よ? あんな胡散臭い魔族の男に、随分な入れ込みようじゃないのよ?」
走りながらの会話でも、私達の体力なら歩いているのとさして変わりはない。ここぞとばかりに、ダージルに不平を漏らす。
「そう言うな。アイツは、俺と似ているんだ。」
はあ!? アイツとダージルが?! 冗談は止めてよ!
「アイツは、俺と一緒で不器用なんだ。言葉にして上手く伝えられない俺とは違って、かなり弁は立つけどな。だがそれを自覚して出来ない。俺は考えるより先に動いちまうが、アイツにも似たような事は多々あったろうよ。
王女殿下曰く、『道化のように場を混ぜ返し、主役のように掌握する。そしてそれは、全て
苦笑しながら語るダージル。
ズルいわよ……!
そんな顔で、楽しそうに語られたら、文句も言えなくなっちゃうじゃないの……!
「それに、この迷宮もそう悪いもんじゃない気がする。確かに
試練みたいなもんだな。恐らく、あの都市に居着いてくれる冒険者の育成も兼ねてるんだろう。」
言われてみれば。
最初は確かに雑魚ばかりで、罠も怪我をする程度の物だった。徐々に難易度が上がり、魔物の種類も増えてきた。
試練とは、言い得て妙ね。気に入らないけど。
そこからは、暫く無言で走った。
太陽がだいぶ西に傾き始めた頃になり、私達は次の階段を発見し、降りて行ったの。
〜 第15階層 〜
「よし、様子見はもう充分だろう。やはり、段階的にレベルが上がっている。これは明らかに、攻略者達に棲み分けをさせたいんだろうな。そうとなれば、このエリアには用は無い。一気に駆け抜けよう。」
再び遭遇した“はぐれ”のトロールを倒したところで、ダージルが決断した。
つまり、より強い気配へ向かうってことね。
この15階層には階層主が居る。その先には、次の階層への入口も在る。
より強く魔力の湧き出している場所へ、雑魚は放置して行くつもりね。
「ミュゼ、集落だけ避けて行こう。速度も、もう少し上げて良い。」
「分かったよ、リーダー。」
宣言通りに、今日中に次のエリアへ到達するつもりね。
それでこそ、【火竜の逆鱗】よね。
「魔力は温存だ。行くぞ!」
一斉に駆け出す私達。
ただひたすらに、魔力の強い方角へ。
道を阻む雑魚は斬り捨て、集落と群れは避ける。
そして、空に茜が差し始めた頃。
「間違いないね。あれが階層主だよ。」
ミュゼが立ち止まる。
進路上に立ち塞がるのは、オークキング。取り巻きのオーク6体に武装をさせて、ふんぞり返っている。
いや違う、オークジェネラルが2体に、オークリーダーが4体か。
「前は俺とブライアンだ。ミュゼは遊撃に当たれ。一気に決めたいから、コリーは攻撃の加護を頼む。シェリーも隙あらば仕留めて構わん。開幕は、ロイドに任せる。」
短い指示で隊列を組み直す。
全員が武器を構え、コリーが味方の能力を上げる。私は矢を番え、ミュゼは気配を殺し、ロイドが攻撃魔法の詠唱を始める。
「行くぞ! 【
迸る業火。
開戦の狼煙が、オーク達の陣形の中心で立ち昇った。
炎に巻かれ暴れるオークリーダーの頭部に、正確に矢を当てていく。荒れ狂う炎を斬り裂くように、ダージルの大剣が踊る。燃え盛る焔を吹き飛ばすように、ブライアンの拳が唸る。
深手を負わせ、行動を阻害すれば、忍び寄ったミュゼが急所を抉る。
初撃で仕留めたオークは3体。
オークキングと、キングを盾で護ったオークジェネラルはまだ動いていない。ならばと残る1体のオークリーダーに、ブライアンが迫る。
出鱈目に振るわれた巨大な肉切り包丁を手甲で弾き、空いたもう片方の拳を風を唸らせ叩き込む。
下顎を捉えられてよろめくオークリーダーに、ダージルの大剣が吸い込まれる。
これで、オークリーダーは全滅。
残るはオークキングとオークジェネラルが2体。
オークキングは、フルプレートに近い金属鎧を纏っている。
右手には斬馬刀もかくやといった巨大な剣を、左手には金属でできた錫杖……王笏かしら?
オークジェネラルは、1体は
武器は兎も角として、あの盾は厄介ね。あの盾が在る限り、弓では射線が通り難い。
まあ、そんなの関係無いんだけどね。
「
「俺もブラストを使う! 合わせてくれ!」
示し合わせたように同じタイミングで、強力な一打を準備する。
私達の連携は淀みなく、ダージルとブライアンが1体ずつ足止めに掛かる。
コリーからの加護を受け、攻撃能力が更に上昇していく。
魔力を練り上げ、貫通力の高い雷属性の魔力を、矢に
ロイドの詠唱も終わったところで、声を上げる。
「行くわよ2人とも!」
声を受けて、すぐさまダージルとブライアンの2人がジェネラル2体を弾き、退らせる。
射線が、開いた。
「【
「【
私の矢とロイドの魔法が放たれる。
片や総てを貫く紫電を纏った超速の矢。
片や膨大な熱量を収束させた業火の熱線。
私の矢は盾を貫き、ジェネラル1体の頭を吹き飛ばした。
ロイドの魔法はもう1体の鎧を溶かし腹を貫通して大穴を空け、そのまま奥に陣取るオークキングへと直撃した。
腹に穴を空けられたジェネラルは、忍び寄ったミュゼに延髄を断ち切られ絶命する。
「キングはまだだ!」
ロイドが声を上げる。
ジェネラルを貫いたことで熱線の威力が弱まったのだろう。
私は行動を阻害するために、即座にオークキングに矢を連続で浴びせる。
オークキングは右手の巨大剣を盾のようにして矢を防いだ。
その隙に前衛の2人が詰め寄り、ブライアンが巨大剣を渾身の力で殴り、砕く。そしてダージルが、突進の速度とさらに回転の遠心力を乗せて、その愛剣を一閃する。
ダージルの大剣は、オークキングの右手を巻き込んで、その首を刎ね飛ばした。
「ぃよっしゃッ!!」
ロイドが歓声を上げる。
戦闘の後に残ったのは、階層主が倒されて落とした、拳大の大きな魔石と、宝箱。
そして、次の階層への下り階段だった。
〜 第16階層 森林エリア 〜
「おいおい森かよ……!」
「厄介ですね……」
「やっぱりアイツ性格最悪だわっ!!」
「うわー、魔物いっぱいだよ。蟲とかも居るっぽい。」
オークキングを倒して、宝箱の確認は後回しにして急いで階段を降りた。
既に空は暗くなり始めていたからだ。
早めに
そうして降りた先に拡がっていたのは、鬱蒼と茂る、陽の光も僅かな森林だった。
やっぱりアイツがダージルに似てるなんて嘘よ! ダージルは確かに不器用だけど、もっと真っ直ぐで男らしいもの!!
あの男、帰ったら絶対文句言ってやるんだからねッ!!
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