第七話 みんなホントにいいやつら。


〜 ダンジョン都市【幸福の揺籃ウィール・クレイドル】 政庁舎 執務室 〜



「それで、第2弾の移民団はいつ頃になりそうなんだ?」


王都あちらの意向としては、来月中には形を整えたいらしい。規模は前回と同等になりそうだ。メイソン、移民団の問題点は?」


「はい。前回と違うのは、難民、流民などだけでなく、元々の国民も移住を希望している点です。それも、貴族達が治めている各領地からの希望者が続出しているようですので……」


「あー、支配してる貴族達が文句言ってるわけね。税収が減っちゃうもんねぇ。」


「はい、マナカ殿。どの貴族達も、自領の民の流出は看過ならない様子で、それならばと自領内での開拓案を提言しているようです。」


 うん。ぶっちゃけ、人が足りない。


 第1次移民団が成功し、俺の創った都市【幸福の揺籃ウィール・クレイドル】に移住してから、早1ヶ月半。

 既に住民の殆どに職は行き届き、産業も商いも動き出している。


 冒険者ギルドの誘致を決定したことにより、外部からの商人の参入や、勿論冒険者達の来訪も見込める状況にある。


 にも関わらず、我等が都市は未だ人口は1000人。実質的な民は、それに満たない数だ。


 都市の規模に人口が釣り合っていない。見込みの渡来者数にも、見合っていない。

 これでは、外部の人間に付け入る隙を与えてしまう。


「うーん、いっそ王国内に拘らずに、他所の国からも集めようか……?」


「それも構わんかもしれんが、足はどうするのだ? 王都から護衛をして連れて来るのとは訳が違うぞ?」


 転移装置はダンジョン領域にしか置けない。

 転移石もダンジョン内限定――流通すると大変な事になるのは目に見えてるからね――の物だ。


 一縷の希望を込めてダンジョンメニューを閲覧するも、やはり飛び地での領域指定は出来ない。

 これはアネモネさんに相談かな。


 移動手段だけなら何とかなる構想は有るが、国境や領境の関所を抜けるには、身分証と真っ当な目的が要る。


「人口については俺の方でも考えておくよ。あと俺からお願いしたいのは、孤児の受け入れに関してだね。どうなってる?」


「現状では難しいと言わざるを得ません。移民はやはり経済的見込みの有る大人が優先されますし、それと別途で孤児を集めるにも、王国の財政的にも人手的にも現実的ではありません。」


 それもダメかぁ。

 まあね、闇雲に子供を集めたって、すぐに働ける訳でもなければ、育てるのに金も食料も要る。


 それならば、働き盛りの大人が優先されるのは、当然だ。ただ単に人助けをする訳にはいかないのは、国である以上仕方が無い。


 でもなぁ。子供はそんなこと分からないんだよな。

 特に孤児は、父母の愛も知らず、物事の善悪も分からず、ただ生きるためだけに生きている。


 そんなの、人としての生き方じゃねぇよな。

 子供が笑顔で居られないなんて、我慢ならないんだよなぁ。


「それじゃあ、姫さん達は移民について話を詰めておいてよ。俺は、独自に人口を増やす方法や、孤児を保護する方策を練ってみる。」


 フリオールもメイソンさんも気まずそうな顔だな。

 別に2人を責めてる訳じゃないんだけどね……


「勘違いしないでよ。思い通りにならない事だってあるのは、俺だって重々承知してる。でも、それでも子供達には何の罪も無いんだから、大人になって自分で生きていけるまでの手助けをしたいんだ。俺個人のただの我儘なんだから、自分で何とかしてみるってだけだよ。」


 事実その通り。孤児を集めることは俺の希望だ。


 前世でだって、恵まれない子供は数え切れない程居た。平和ボケした、日本でだってそうだった。


 俺は不愉快に思いつつも、何もしてこなかった。


 テレビで実の親に虐待される子供のニュースや、世界中の貧困に喘ぐ子供達を、他人事にしてた。


 でも、この世界に生まれ変わって、俺は力を得た。


 人を幸せにも不幸にもする、大きな力。

 ダンジョンマスターの力。


 大人が割を食うのは自分にも原因が有る。

 でも、子供は生まれも性別も名前も種族も選べないんだ。


 そんな子供達を、この力を使って救けようとするってのは、間違い無く俺の我儘なんだ。


「ああ、分かっている。力になれず済まない。その代わり、街のことは任せておけ。人が増えようが孤児が溢れようが、受け入れ切ってみせるからな。」


「微力ながら、私もフリオール殿下をお支えします。マナカ殿は、どうぞお望みのままに。」


 それでも、こうして力を貸すと言ってくれる2人には、むしろ俺の方が頭が上がらない。


「ありがとう。もしかしたらまた出掛けることになるかもしれないけど、家には誰かしら残るようにするから、何かあったらそっちに頼むよ。」


 俺がダミーコアを持ち歩いていれば、家のダンジョンコアから何処に居ても連絡は取れるからね。


 2人に礼を言って、俺は政庁舎を後にした。




〜 六合邸 リビング 〜



 俺は早速、家の面々を集めて政庁舎での話し合いの結果を伝えた。


 反応は概ね2通りだった。


「民の移動は、非常にデリケートな問題です。人知れず大規模な移民を連れ出すのは大変難しく、慎重になるべきです。」


 という、アネモネ先生有する慎重派と。


「移民を理由に攻めて来ようが、蹴散らしてやれば良いではないか。そも此処に来るには、王国が邪魔で手出し出来ぬじゃろうしのう。」


 という、脳筋鬼娘が筆頭の強硬派。


 ちなみに俺は、『事を荒立てたくはないけどいざという時は実力行使もやむを得ない』派だ。


 うん、俺ひとりぼっちです。


「というかのう。そもそも主様が答えを言っておるではないか。」


「そうですね。マスターらしくありません。マスターがそれを是とするのであれば、私達はそれをお支えするだけです。」


 え? なんなのキミ達、いきなりてのひら返して。


「お兄ちゃんが子供を救けたい、人を増やしたいって言うなら、あたし達は手伝うよ?」


「アザミはマナカ様の成されたい事をお助けしたいです。」


「今更何を水臭ぇこと言ってやすかねぇ、頭は。」


 お前ら……


 良いのか? ただの俺の我儘なんだぞ?


 俺がやりたいのは、ただの偽善だ。


 何もしてこなかった前世の罪悪感。罪滅ぼしにもならない利己的な妄想。


「それで良いのではないですか? やりたい事をやり通す。それがマスターが常々仰っている、『胸を張って生き抜く』ということなのではないですか?」


 …………本当に。

 俺は、人に恵まれてるな。


「みんな、ありがとう。それじゃあ、人口を増やす方法と、孤児を保護する方法。俺と一緒に考えてくれ!」


 その日は遅くまで話し合ったよ。


 途中からは、帰って来たフリオールやレティシアさんも参加して、馬鹿なこと言ったり、口喧嘩したり、お説教されたり、笑い合ったり。


 あーでもない、こーでもないと。

 喧喧囂囂と、和気藹々と。


 俺の望みへの道筋を、みんなで組み立てていったんだ。




〜 六合邸 庭園 〜



 翌日朝。

 毎日の日課となっている、朝の鍛錬のお時間だ。


「今日こそは魔法をひとつは使わせてみせますっ!!」


 レティシアさんは気合い充分って感じだな。

 俺の居ない時に仲間達にも稽古を付けてもらっていたらしく、成長著しい。


 太刀筋も、日に日に鋭くなっている。


「行けレティシア! 近衛に名を連ねた意地を見せるのだッ!」


 いや、なんで俺が悪役ポジションなのよ?

 フリオールめ。見学は許すから静かにしてなさい。


「行きます!」


 律儀に宣言してから攻撃をしてくるレティシアさん。騎士の誇りなのか知らんけど、その辺は変わらないね。

 まあ、その実直さも彼女の魅力ではある。


 袈裟斬りから更に踏み込んで返す刃を、紙一重で躱す。

 だいぶ重心も安定してきたな。


 振った剣について行くように身体を回してから……蹴り!?


「おっと!?」


 咄嗟に蹴りを肘で迎え撃ち、衝撃に逆らわずに自ら飛び退さがる。


「まだまだっ!!」


 退る俺に追い縋り、横薙ぎから連絡しての袈裟斬り、からの斬り上げ。

 いいね。軸もブレてないし、手ではなく身体で剣を振れている。


「腕を上げたね! それじゃ、ペースを上げようかなっ!」


 再びの蹴撃に敢えて踏み込み、クロスレンジに持ち込む。


 回し蹴りをその太腿フトモモに体当たりするように防いでから、超至近距離からの寸打を左右連続で打ち込む。


 レティシアさんは右は首を振って躱し、左は咄嗟に引いた剣の柄で受ける。

 いいねいいね。ちゃんと視えてるよ。


 この間合いは不利と退るレティシアさんを追い掛け、革鎧の襟を掴んで引き込みながらの膝蹴り。


 おっ! 右肘を挟み込んでガードして、更に敢えて跳んで衝撃を逃がした。


 やるねぇ。でも、剣を持ってる右手は封じたよ?

 その襟はまだ放していない。掴んだ手を捻り、浮いた身体を反転させる。


 そして――――


「ぎゃんっ!?」


 仰向けになった腹に打ち下ろしの鞭打べんだ

 当たる瞬間に体重を一挙に乗せ、背中から地面に叩き付ける。


「はい、残念でした。でもだいぶ良くなってるよ。蹴りを混ぜるのはシュラの入れ知恵かな?」


 実際、来たばかりの頃に比べれば段違いだ。

 格式ばった型は洗練され、剣に鋭さが乗った。重心も安定してブレず、力任せの戦い方から流れを意識するようになった。


「ゲホッゲホッ! うぅっ、また格闘のみで完封です……!」


 そう落ち込むなよな。確かに前世でも、“剣道三倍段”なんて言葉は在ったけどさ。


 “剣道三倍段”とは、剣などを持った相手を素手で制するには、それに三倍する段の心得が必要……といった意味の言葉だ。

 でもこの世界には、前世では無かったレベルやステータス、種族差なんて物も在る。


 種族的にもレベルでもレティシアさんより上の俺に組み伏せられたからって、そこまで気にしなくても良いだろう。


「マナカ! 次は我だ!」


 はいはい、お転婆姫め。お相手致しますよ。


 ん?


「フリオール、ちょっとタンマ。ダージル達の様子がおかしい。」


 すぐさまダンジョンメニューを開く。


 ダージル達、Aランク冒険者パーティーの【火竜の逆鱗】が俺のダンジョンに潜ってから既に4日。

 様子を知るためにダンジョンマップでダージル達をマーキングしておいたのだ。


「これは……不味い、ダージルが瀕死だ! アザミ、シュラ! ついて来てくれ! アネモネは捕虜施設を使えるようにしといてくれっ!」


 駆け寄って来たアザミとシュラと共に、即座にダンジョン内転移を使用する。

 この機能は、DPダンジョンポイントは消費するが、定めた人員と共にダンジョン領域内なら何処へでも転移できる優れものだ。


 視界が歪み、一瞬で切り替わる。


 開けた視界の先には、無数のロックゴーレムに囲まれた【火竜の逆鱗】のメンバー達。

 傷だらけで血を流し倒れているダージルを囲み、防衛戦を繰り広げている。


「シュラ、行け!」


 すぐさまシュラをけしかける。


 圧倒的な膂力でゴーレム達を粉砕するシュラ。その後に続き、駆け抜ける。


「おい! ダージルはまだ生きてるかッ!?」


 魔力切れでダージルの護衛をしていたらしい、魔法使いの男――ロイドに詰め寄る。


「だ、旦那アンタか!? 仲間を庇ってバジリスクの石化を受けちまったんだ! すぐに殺したけど、利き腕が石化しちまって……!」


 それで石化を治す薬は持っていなかったから撤退を……という所でロックゴーレムの集会所に足を踏み入れてしまったらしい。


「特別だ。転移で脱出するぞ。全員集まれ!」


 【火竜の逆鱗】の面々が集まって来る。

 アザミは既にダージルの治療を始め、シュラは殿で撤退を支援している。


 よし、みんな来たな。


「シュラ、もういい! 行くぞ!」


「うむ!」


 俺達の元に駆け込むシュラを確認して、俺はその場の全員を転移させた。




〜 捕虜収容施設 〜



 かつてフリオールと部下達を収監……もとい保護していた施設に、【火竜の逆鱗】のメンバー達を運び入れる。


 一番の重症のダージルは個室に入れ、他の面々も少なくない傷を負っていたため、治療薬を渡して休んでもらう。


 俺はDPで石化の治療薬を創造し、治癒魔法を掛け続けるアザミに渡す。

 意識が戻ってから飲んでもらった方が良いだろうしね。


 さて。


「アネモネ、みんなの様子はどう?」


 食堂で軽い食事を用意してくれているアネモネに声を掛ける。


「疲労は濃いですが、幸い皆様の負傷はハイポーションで完治しました。今は疲れで眠っている者、浴場で身を清めている者に分かれていますね。」


 そうか、良かった……!


 詳しい話はダージルが目を覚ましてからで良いだろう。

 それまでは、ゆっくり身体を休めてほしい。


「了解。俺はちょっとフリオールに報告して来るから、暫くこっちは任せるよ。何か有ったら念話で報せてくれ。」


 その場をアネモネに任せて、俺は家に戻った。




 それから丸1日。

 俺はあの後フリオールに状況報告したり、ダンジョンゲートを護る兵達にも情報を伝え、彼らはこっちで保護したから問題無いことを説明して回った。


 折角友達になった奴らを俺のダンジョンで死なすのは、あまりにも夢見が悪過ぎるからね。


 彼等のことは住民も良く知っているし、信頼も寄せられている。

 街に無用の混乱が広がることは、防がなくちゃいけないよな。


〘マスター、ダージル様が目を覚まされました。右腕の石化も、治療薬で完治しております。〙


 そして、アネモネから念話が届いたのだ。

 俺はすぐさま転移して、ダージルの元へ向かう。


「よう、生きてるか?」


 軽口を叩きつつ部屋へと入る。

 ダージルは、ベッドに身を起こして身体の具合を確かめていたようだ。


「マナカか。随分世話になっちまったらしいな。助かった。」


 俺に向かい合って頭を下げるダージル。

 観たところ、全部完治したみたいだな。


「ホントだよ。お前に俺のダンジョンで死なれたら滅茶苦茶気まずいじゃねえか。まあ、間に合って良かったよ。」


 そう言って拳を突き出す。

 ダージルは、それを見て苦笑しながらも、コツリと、自分の拳を合わせてきた。


「ダージルうぅぅ!! 目が覚めて良かったよおおおぉぉッ!!」


 うおっ!?

 勢い良く部屋に飛び込み、俺の横をすり抜けてダージルを急襲する女性。


 確か、シェリーって名の弓士だったか?あの猫のような耳と尻尾……模様からして、豹の獣人か。

 普段落ち着いて見えていたが、やはりパーティーリーダーの大怪我は心配だったんだろうね。


 ……それだけにしては力いっぱい抱き締めて、今にもキスしそうだけど。


「リーダー! 目が覚めたんだね……ってあらぁ〜? シェリーもだいぶ積極的になったねぇ?」


「おやおや、目に毒ですね。私達は出直しましょうか?」


「いいぞシェリー! そのまま襲っちまえ!」


「(コクコク!)」


 ゾロゾロと部屋に入ってくる【火竜の逆鱗】メンバー達。


 かと思いきや、踵を返して出て行こうとする?

 ……ふむ。ここは、俺も空気を読んで退散するとしよう。


「待てお前ら!? マナカも何勘違いしてんだ!!?? 出て行くな! 待てっておいいいッ!!??」


「私、もうダメかと思ったんだよおおおおおッ!!!」


 うん、先ずはごゆっくり。


 病み上がりなんだから、あんまりに精を出し過ぎないようにね?


 あ、俺今上手いこと言ったかも?


「マスター、下ネタは御遠慮ください。」


 はい、ごめんなさい。



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