第六話 Aランク冒険者の大冒険。その①


〜 ダンジョン都市【幸福の揺籃ウィール・クレイドル】 〜


《Aランク冒険者 ダージル視点》



 俺はダージル。ただのダージルだ。

 Aランク冒険者パーティーの【火竜の逆鱗】を率いている。


 俺は3日前に、このユーフェミア王国の新都市【ウィール・クレイドル】に、仲間達と共に初めて入ったんだ。


 この都市は、なんと迷宮の中に創られている。

 辺境最北の砦に設けられた転移装置を使って出入りをするのだ。


 この迷宮の主の、マナカって魔族の男がまた変わり者なんだ。


 仲良くしてくれれば溢れた民を迷宮に住まわせてやるっつって、国王と交渉したらしい。

 しかもその準備段階で元王太子に捕まって、惨い拷問までされたらしいが、結果的に王国との交渉は成立。


 しかもこの男、【名君】として名高いフューレンス王と対等の立場まで手に入れやがった。


 頭おかしいだろ。


 そんなおかしな男、マナカと最初に出会ったのは、この都市を目指す移民団の護衛をしている時だった。


 突然やって来たアイツらを、俺達は酷く警戒したもんだ。


 なにしろ感じるプレッシャーが半端なかったからな。

 そして明らかに人間族とは違う見た目だったし、ウチの斥候のミュゼが、全力で逃げるような奴らだったしな。


 その行軍中、俺達はその出鱈目な力を見せつけられた。


 マナカだけじゃない。

 その配下の奴らでさえも、皆化け物と言いたくなるほどの強さだった。見た目の歳ひとケタの幼女、マナエ――マナカの妹らしい。似てないけどな――でさえ、俺のパーティーの誰よりも強かった。


 そして更に困惑したのが、マナカのやつ、俺達を無理矢理誘って宴を開いたんだ。

 強制的に参加させられた宴では、王族も、貴族も、騎士も、冒険者も、魔族も、男も女も無く本当に無礼講で、俺もフリオール殿下にしこたま飲まされた。


 あのシュラっていう赤髪の女の鬼人は正しく化け物だったな。

 アイツとはもう絶対に飲み比べはしねぇ。

 あの細い腹のどこにあの量の酒が入るんだよ。


 まあ、スタイルは抜群なんだが。美人だし。


 宴が終わる頃には、俺達はすっかり打ち解けていた。酔っ払い過ぎて警戒とかどうでもよくなってたとも言うけどな。


 そうして緊張も解けて、移民団は無事に都市に辿り着いた。


 俺達は依頼達成の手続きと、道中討伐した魔物の解体作業と換金があったから都市には入れなかったんだが、それでもマナカは、いつでも歓迎すると言ってくれた。

 俺達他所者でも、【滞在カード】って物を発行すれば入場できるらしいしな。


 そんな感じで、その時は別れたんだ。


 次に会ったのは、移民の最中に内々に頼まれていた、冒険者ギルド誘致についての話し合いだった。

 俺達が信頼できる本部の役員に話を通して、都市の責任者であるフリオール殿下とマナカの相談相手を派遣するってのが、頼まれた事だった。


 そこで面倒な事が起きやがった。


 ギルド本部長の爺さんの甥っ子だかって野郎が、派遣される役員の1人を押し退けて、割り込んできやがったんだ。


 その男の評判はお世辞にも良いとは言えない。

 本部長の甥ってだけでなく、帝国貴族の身分まで振り翳して地位を得たらしい。


 俺達はその一行の護衛として、再びユーフェミア王国の辺境を目指したんだ。


 その道中はひたすら鬱陶しかった。

 その割り込んできた野郎――リッケルトが、偉そうな奴でな。他の2人の役員を顎で扱き使いやがるんだ。


 俺達も偉そうに命令されたんだが、護衛依頼の枠に無いことはしないって突っぱねたら、何も言わなくなったけどな。


 あの野郎、ウチのメンバーの女子達に色目使いやがって……!


 そんな憂鬱な旅は、目的地に着いてガラリと変わった。


 砦に着いた俺達は、かの【軍神】マクレーン辺境伯に直々に出迎えられ、応接室に案内された。


 流石のリッケルトも、【軍神】の名は知っていたらしい。

 まあ、あの尋常じゃない威厳を前にしたら、役人なんぞ木っ端みたいなもんだよな。


 そして遅れて部屋に入って来たのは、移民の時に世話になった都市の責任者、【姫将軍】フリオール殿下と、迷宮の主マナカの2人だ。


 お互い自己紹介をしたんだが、リッケルトの奴は完全にギルドの代表面だった。他の2人は何も言わせてもらえない。


 自己紹介が終わったと思ったら、マナカの奴がおかしなことを言い出した。


 もう1人参加させたい、と。


 誰も居やしねえぞ、と思っていたんだが、アイツが水晶玉みたいのを取り出して――多分あれは魔力を注いでたんだろう――何やらすると、いきなり宙に四角い窓みたいのが浮かび上がったんだ。そして誰かが、その窓のような物の中に映っていた。


 そこに映っていたのは、名にし負う稀代の【名君】。ユーフェミア王国の国王陛下だった。


 正体が分かるや否や、俺達は慌ててその場に跪いたよ。いくら無頼の冒険者でも、王を前にして突っ立ってる訳にはいかないからな。


 跪いた状態で、名高い【名君】の名乗りを聞く。


 ここから、マナカと国王による悪巧みが、始まったんだ。


 掻い摘んで言えば国王とマナカは、敢えてリッケルトが失態を演じるよう誘導し、王の不興を買ったとして、リッケルトを対談の場から追い出したのだ。


 後からマナカに聞いたんだが、リッケルトが割り込んで参加したことを、対談の半刻ほど前に報されたらしい。

 そのたった半刻の間に、マナカはリッケルトの素性を調べ上げ、信用ならないと判断するや否や、国王に直にあの茶番劇を依頼したんだと。


 本当に訳の分からん奴だ。ただの相談の場に国王を引っ張り出すとか、マジで馬鹿だろ。

 まあ、俺達も大いにスッキリしたのは間違い無いから、そんなことは言わなかったがな。


 ん? ああいや、馬鹿だろとは言ったか。


 兎も角そうして場は仕切り直され、スムーズに対談は終わった。


 帰りの護衛は、行きと違って途中までだ。

 なんでもギルド支部の視察もするらしく、その目的地まで送って、俺達は解放された。


 それでみんなで話し合って、この都市にいよいよ入ってみたってわけだ。

 マナカとは、迷宮を優先的に探索させてもらう約束もしてたしな。


 それで着いたのが3日前。


 歓迎してくれたマナカとの話の中で迷宮探索の話をしたら、アイツは申し訳無さそうな顔で。


『悪ぃ、ちょっと今リニューアル中なんでな。もうあと3日、待っててくれ!』


 と、そんな風に頼んできた。


 俺としてもそこまで急ぐ用も無い訳だから、その場は承諾した。仲間達も3日の骨休めと聞いて喜んでたしな。


 詫びにと高級宿でもてなされ、この3日間は色々と都市を観て回った。

 本当に移住して間も無いのかと、疑いたくなるほどの活気だったな。


 見た事のない建築様式の建物。

 綺麗に整備された道路に、行き来し易い整った区画割。

 緑溢れる4つの公園や、思わず息を飲むほどの荘厳な大聖堂。


 大噴水の人形劇は、見事だったな。


 飯も酒も全部美味いし、店の種類も豊富だった。


 自由行動ってことで、仲間達も思い思いに羽を伸ばしていた。

 特に女子組――シェリーとミュゼのはしゃぎっぷりは凄かったな。


 男連中も、それぞれ気に入った食い物や酒、店を見付けてきては、連れ立って飲み食いした。

 俺はハンバーガーって食い物が気に入ったな。


 そうして思い思いに3日をこの街で過ごし、朝に集まった俺達の所へ、約束通りにマナカがやって来た。


「お待たせ、ダージル。フリオール……姫さんの街はどうだった?」


 今王女殿下を呼び捨てにしなかったか……?

 汗をかきつつ目を逸らすアイツに、俺はまあ今更か、と溜め息をつきながら。


「ああ。楽しませてもらっている。特に女子組は、此処に住みたいとまで言い出して大変なくらいだ。」


 そう軽く返したんだが……


「お! いいねいいね、定住しちゃう?! 今なら家も余ってるし、選り取りみどりだよ!」


 このヤロウ、嬉しそうに勧誘しやがって。


「先ずは迷宮が先だ馬鹿たれっ! まあ難易度次第では、本腰を入れるために長期滞在するかもしれんがな。」


 俺はまだまだ、どこかに定住するつもりは無いんだよ! いいからさっさと迷宮について話しやがれ!


「ちっ。強い住民兼冒険者なら大歓迎なのに。まあいいや。賃貸物件だっていっぱい在るし。」


 おいこら。それは長期滞在確定ってことか? 逃がさねえって意志の表れか?


「それで、迷宮だったね。いやぁ、再設計に苦労したよ。ちょっとやり過ぎてフリオール……姫さんとかに叱られたしさぁ。」


 待てこら。【姫将軍】がやり過ぎって言うほどの迷宮なのか?


「ああ、大丈夫だって。ちゃんと難易度は調整したし、自分の実力をしっかり把握できてれば、死にはしないだろうからさ。」


 ……さっきからそこはかとなく不安を煽りやがって。

 お前絶対わざとだろ?


「ダージル達は全員Aランクなんだろ? どうする? 特別に中級レベル辺りまで飛ばして連れて行こうか?」


 お前はアホかッ!


「散々不安を煽ってから初見の迷宮で無茶させんじゃねえ! 最初からで良いわ!」


 残念そうな顔してんじゃねえよ!? お前、絶対俺らを苦しめて楽しむつもりだろ?!


「ざんね……ゴホンッ。分かったよ。それじゃ、案内するから着いてきてくれ」


 お前今残念って言いそうになってたよな!?

 どうしよう。だんだん不安になってきたぞちくしょうめ。




「此処が、住民若しくは他所から街に来た冒険者が、迷宮探索に向かうゲートだよ。」


 そんな感じでマナカについて行って辿り着いたのは、中央区から北側に少し歩いた、この街の軍の駐屯地の隣り。

 ちょっとした神殿のような、石造りの柱と屋根だけの建物だ。


 建物の中へ進むと、中央に可視化された魔法陣が煌めきを放っている。

 その前には兵士が2人、番をしているようだ。


「先ずはこの人達に滞在カードと冒険者ギルドのカードを確認してもらってね。確認してこの魔法陣に入れば、カードを読み取って迷宮に転移させてくれる。まだ最初だから、転移先は迷宮の入口脇に創った小部屋だね。とりあえず一緒に行ってみようか。」


 そう言って、マナカは躊躇無く転移魔法陣に入り、姿を消した。

 俺達はカードの確認を終え、お互いに頷き合って、魔法陣の中に入った。




〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 第1階層 転移部屋 〜



「お、来た来た。此処がスタート地点だよ。」


 視界が一瞬で切り替わった先で、マナカがそう声を掛けてくる。

 周囲を見回せば……なるほど、洞窟の小部屋って感じだな。


「そこの出口を出てすぐ左が、迷宮の本当の入口だよ。外は、悪名高い【惑わしの森】だね。迷宮に飽きたら、そっちで腕試ししても良いかもね。」


 さらりととんでもないこと言いやがって。


「今のところ森に興味は無えよ。それで? 5階層毎に主が居て、倒せば転移部屋が開くんだったか?」


 一応の設計は、3日前に簡単に聞いている。

 俺は確認の意味も込めて、マナカにそう訊ねた。


「そうだね。階層主を倒すと通路が開いて、その先に階段と、転移部屋の入口が現れるから。転移魔法陣の操作は心の中で思っただけでできるから、忘れずにカードを持って入って、踏破階層を登録してね。」


 なるほど。そうしてこの滞在カードに踏破階層を登録していって、次回以降はあの神殿から好きな階層に転移できるわけか。


「説明はこんなところかな? もう行くかい?」


 マナカが訊ねてくる。


「ああ。お前らも楽しみにしてただろ?」


 そう言って仲間達の顔を見回せば、みんな、活き活きとした、冒険心に溢れた良い笑顔で見返してくる。


 そんな俺達の様子を見て、マナカがニヤリと口角を上げた。


「意気軒昂、だね。Aランクの君らには余計なお世話かもしれないけど、気を付けて行ってきてね。新しい冒険譚を楽しみに待ってるよ。」


 そう言って、俺に手を差し出す。


「ああ、行ってくるぜ。踏破されても泣くんじゃねえぞ?」


 俺はしっかりとその手を握って、そう言ってマナカと別れた。


「よし、お前ら行くぞ!」


 そうして、未踏の迷宮へと、乗り出したんだ。




〜 第9階層 迷宮エリア 〜



 時刻は夕方くらいか。

 朝に迷宮に潜り始めてから、一気に9階層まで攻略した。


 まあ、最初は弱いってのはお約束だからな。Aランクの俺達にとっては肩慣らしみたいなもんだ。


 罠への対処や索敵は斥候のミュゼに任せておけば間違い無いし、ゴブリンやコボルト、オークが出て来ても今更って感じだ。


 まあ、それでも落とす素材や魔石は有難く拾うけどな。


 俺達は全員魔法鞄マジックバッグ――空間魔法の掛かった鞄で、見た目を超える容量を収納できる――を持っているから、そうそう荷物に困ることは無いしな。


 迷路タイプの迷宮はマッピングが面倒で、主にそれで時間を食っている。


 マナカは迷宮の内容までは教えてくれなかったからな。念のため数日分の食料を持って来て正解だった。


「止まって!」


 そんなことを考えていた俺に、斥候のミュゼが鋭く声を掛ける。


「魔物か?」


 確認を取ると、コクリと頷くミュゼ。


「他より強い気配が向こうからする。匂いから判断すると、多分オーガ。今まで見てないから、“はぐれ”かもしれない。」


 稀に、その階層に見合わない強い個体と遭遇することがある。

 そういった魔物は“はぐれ”と呼ばれ、階層内を徘徊していて、いつ遭遇するか分からないため警戒する必要がある。


「数は?」


 言葉短かに確認する。


「1体だね。周囲には他の気配も無いよ。やるならすぐやった方がいい。」


 オーガ1体か。まだ脅威って程じゃないし、速攻戦だな。


「俺が前に出る。ミュゼは遊撃でサポートしてくれ。ロイドとコリーは後方で待機。ブライアンは殿で警戒。シェリーは中衛で援護を頼む。」


 思い思いの返事をして隊列を組み直す仲間達。

 ミュゼに確認すれば、既に通路の曲がり角の先まで来ていると言う。


 俺は先制するべく、背中の大剣を抜きつつ曲がり角に近付く。

 そしてわざと、大剣の柄で壁を叩き、音を立てた。


 来た。


 音に誘われたオーガが駆け寄ってくる足音が聴こえる。このままの勢いで飛び出して来るだろうな。


 俺は大剣を後ろに引き、即座に振るえるように構えて待つ。


 そして曲がり角から、オーガがその凶悪な姿で躍り出て来る。


「おらぁッ!」


 横薙ぎに一閃。


 避け難い胴を狙い振るった大剣は、その身体の半ばまで食い込み、オーガの動きを停める。 即座にミュゼがオーガの後方に回り込み、シェリーが放つ矢が頭部に命中する。


「ゴグガアアアアアッ!!??」


 受けた痛みと衝撃に悲鳴を上げるオーガ。


 俺は剣を引き、上段に構え直す。タイミング良く、回り込んだミュゼの短剣がオーガの両膝裏の腱を切り裂いた。


 膝から崩れ落ちるオーガ。

 そして差し出されるように下がったくびに、俺の振り下ろした大剣が吸い込まれた。


 転がり落ちたオーガの首は、停まる前に黒い靄となって消えていった。


「オーガ1体なら、まあこんなもんか。」


 温まった身体の感触を確かめる。


 調子は良い。3日間のリフレッシュが効いているみたいだな。


「奥に魔力が吹き出してるのを感じる。多分次の階層への階段だよ。」


 周囲を警戒するミュゼがそう話す。

 いよいよ次は10階層。


 5階層ではゴブリンキングが率いているゴブリンの集団が階層主だったな。

 今度はどんな魔物が出てくるやら。




〜 第10階層 階層主の間 〜



「左右に気を付けろ! 後ろに回らせるなよッ!」


 指示を受けたシェリーが弓矢で牽制し、ロイドが火球で足止めをする。

 足を停めたオークに突っ込み、大剣を袈裟斬りに叩き込む。


 あと4体。


 10階層の階層主は、オーガ1体とオークが5体だった。

 後方で悠然と構えるオーガに率いられ、オークが拙い連携を取り、棍棒を振るってくる。


 1体が正面から突撃して来て、2体ずつが左右に別れて背後を取ろうと駆ける。


 正面の1体はブライアンに任せ、俺達は先ずは右手から崩しに掛かった。


 矢でももを射抜き、火球を頭に当てて動きを停める。

 停まってしまえば、後はミュゼが急所を一突きだ。


 あと3体。


 左手から2体が迫ってくる。隊の後方に居たコリーが素早く詠唱を終え、閃光を生み出す。

 普段は明り取りに使うが、込める魔力を増やせば目眩しにも使える魔法だ。


 突然の閃光に目を庇うオーク達。そこへ切り込み、回転するように大剣を振るう。

 遠心力の乗った大剣は、1体の首を刎ね、もう1体の左脇に深く食い込んで止まった。そして間髪入れずに飛来する矢が頭部に突き刺さり、オークは悲鳴も上げられずに靄になった。


 振り返ると、ちょうどブライアンも1体を倒したところだった。

 これであとはオーガ1体。


 危なげ無く、俺達は連携して冷静にオーガを討伐した。


 そして。




〜 第11階層 草原エリア 〜



 目の前に広がっていたのは、どこまでも広大な草原地帯だった。

 めんどくせぇ構成だ、と。


 俺はこの時、まだその程度にしか思っていなかったんだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る